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April

制裁イベントは、間違いなく過剰防衛です② -side里緒-

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「はーい。風紀でーす。武器を持っている人は手放して、大人しくしてくださーい」


 通報のあったラクロス部の部室に、2-B風紀委員の菅野すがの京平きょうへいくんと立ち入った僕は、思わず目を見張った。なぜならそこは、考えていたよりもずっと悲惨な状態だったから。

 床に転がった7人の屈強な男たち。血を流している人もいる。僕たち風紀委員の登場に何の反応も示さないところを見ると、全員失神しているみたい。
 さらに部室の奥では、この制裁を引き起こしたと見られる生徒が4人、体を寄せてうずくまっていた。明らかに怯えている。

 ちょっと予想外の展開に内心焦りつつ、僕は表向き冷静を装う。


「京平くん。委員長、副委員長に連絡。人数が人数だから人手がいるって伝えて」
「……あ、了解」
「それが終わったら、仁科にしな先生にも連絡して。これは診てもらったほうが良いと思うから」
「わかった…」


 京平くんも、この状況に動揺しているみたい。
 少し歯切れの悪い返事を聞いて、僕は新垣くんの方へと向かう。彼は、壁にもたれて自身のスマホを弄っていた。その表情は眼鏡と髪の毛で全く見えない。


「……あ、お前」


 僕の接近に気付いた新垣くんは、パッと顔を上げる。そんな彼の全身を確認するけど、新垣くん自身に怪我とかはないみたい。ただ、返り血で拳が濡れていたり、顔に赤い血が飛んでいたりはしている。


「新垣くん。これ、全部キミ1人で?」


 背後を指しながら尋ねてみる。
 普通で考えたらあまりにも非日常でヤバい状況。そんな中、身体に赤い血をつけたままの新垣くんは、何事もないかのように明るく言い放った。


「ああ、そうだぞ! ちょっと気持ち悪いこと言われて、カーッとなっちゃって、思わずな!」


 カーッとして、こうなっちゃったんだ。
 確か、会長さんも初対面の時にキスして殴られたって聞いたな。今度お会いした時にでも、殴られただけでよかったねってお伝えしよう。まぁ、会長さんがそんな無抵抗でやられるわけが無いけど。

 それにしても呑気だな。こういうことに慣れているのかな。いくつもの事件現場を扱ってきた風紀委員ですら、これは上位に入ると思えるほど悲惨な状況なのに。

 彼は一体何者?

 なんて、いろいろ考えることはあるけど、今はとりあえず目の前の事件を処理しないとね。


「なるほど。気持ち悪いことって例えば──」
「──それよりお前、今日の朝、蒼葉や悠真と喋っていたやつだよな!? 確か名前は………里緒! 合ってるか!?」


 ……この子、本当に空気読めないなぁ。

 言葉を遮って今更な質問をしてくる新垣くんに、僕は表面上笑顔で対応する。
 そう言えば、名前名乗ってなかったんだね僕。


「合ってるよ。っていうか、あの席僕の席だからね」
「そうだったのか! オレのことは朔って呼んでくれていいぞ、里緒!」
「ありがとう。じゃあ朔。事件のことを詳しく教えてもらえる?」
「わかったっ!」


 馬鹿とはさみは使いよう、ってね。
 何度も脱線する彼の話を上手く聞き流しながら、事件についての調書を取っていく。大体は藤咲くんからの通報メッセージに書いてあった内容の通りだった。藤咲くんたら流石だな。

 ある程度聞き出すと、僕は朔から離れて奥に固まる加害者たちの元へ歩み寄る。
 すると、その中の1人が立ち上がった。ネクタイの色は緑色。3年生を示していた。


「あなたが、今回の件の首謀者ですか?」
「首謀者だなんて、汚い言い方しないでもらえる? 僕たちはただ、心からお慕いしている生徒会の皆様をお守りしたかっただけ。ここには話し合いに来ただけなんだから。ねぇ、みなさん?」


 おそらくリーダーだと思われる先輩が、他の生徒に同意を求める。彼らは、涙を浮かべながらこくこく頷いている。


「話し合い、ですか」
「そう。それなのに、風紀なんかが来てびっくり。僕たち何か罪になるの?」
「残念ですけど、その言い訳は通用しないんです」


 僕はTSPを取り出すと、送られてきた音声データを再生した。


『もういい。何を話しても分からないみたいだし、これ以上アンタみたいなヤツと話してると口が腐るわ。……ヤっちゃって』
『いいけどさぁ。やっぱどーにも気が乗らねぇんだわ』
『性処理の道具にくらいはなるでしょ。痛めつけてマワしてくれていいから』
『そうそ。二度と生徒会の皆様に近付けないくらいにね』
『ま、金も貰ってるわけですし、ヤりますか』


 そこで停止し、加害者たちの様子を見てみる。全員、これでもかというくらい真っ青な顔をしていた。確実な証拠だもん。もう言い逃れはできない。


「ど、どうして…」
「善意の第三者からの提供物です。本人の希望で名前は伏せますけど」
「それって──」
「──小鳥遊。副委員長が来てくださるそうだ」


 電話を終えた京平くんが、こちらへ戻ってくる。副委員長が来てくれるならもう安心。あの人は本当にすごいからねー、いろんな意味で。


「おっけー。じゃあ、実行犯たちの方お願いしていい?」
「わかった」


 京平くんが未だ起きない実行犯たちの元へ向かうのを見届け、蹲ったままの加害者たちに視線を向ける。彼らはよほどさっきの音声データが効いたらしく、泣きじゃくっていて話が聞ける状態じゃなかった。
 そんな中、首謀者の先輩だけは、涙を溜めた瞳でキツく朔を睨んでいた。


「……この転入生のせいで、何もかもおかしくなった。コイツさえ来なければ、会長様や皆様に変な虫がつくこともなかったのに。この、このキモヲタのせいで……っ!!!」


 正直、先輩の言いたいことはわからなくはない。
 確かに、転入生の朔が入ってきたことによって、学園の秩序はものすごく乱れてる。天照は、幼稚舎からのエスカレーター式の学園。だから、何年も愛し崇めてきた相手や環境そのものも含めて、突然来たたった1人の転入生によって変わってしまうのを黙って見ていられないのも無理はないのかもしれない。

 でも、例えそうだとしても、この“制裁”という残虐な行為を正当化することにはならない。どれだけ大切な人を守るためだったとしても、人を傷つけていいわけがない。

 どうしてこの人たちは、そんな当たり前のことが分からないの……?


「先輩。どんな理由があろうと、制裁はやってはいけないことだって、わかっていますよね? 会長様のためなら、人を傷つけてもいいだなんて思っているんですか? そんなわけないでしょ? 本当に会長様のことを想うなら、こんなこと絶対に起こしちゃダ──」
「──うるさい!!!」


 叫び声を受けて、先輩に改めて視線を向ける。いつの間にか、その手にはカッターナイフが握られていた。

 対応を間違えた。そう考えてももう遅い。

 目の前で荒れる先輩をやけに冷めた頭で見つめる。いつの間にか強く握り締めていたらしい拳を開くと、手のひらがピリリとした。多分、爪がくい込んじゃったんだ。僕らしくないな。


「アンタに何がわかるの…!? ずっと同じクラスで、ずっと近くであの方を想ってきた僕の気持ち、アンタなんかにわかるわけないでしょ!!!!」


 叫び、震える腕でカッターナイフを突き出すと、なりふり構わず突進してくる先輩。
 その声に反応した京平くんや朔が、焦ったように叫んだ。


「あぶない!!」
「小鳥遊っ!!」
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