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April

第3の王②

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 場所は、5階の本棟。渡り廊下前。
 声の主は、渡り廊下の向こう側に立っていた。


「なぁにしてんの? こんなトコに2人きりで」


 揶揄う様に話しかけてきながら、ゆったりとした足取りでこちらに近付いてくる。
 離れているここからでも分かるほどの、溢れ出る色気と、上に立つ者のオーラ。左腕に着いた緑色の腕章は、風紀委員の証だ。

 相手を確認した篠原くんは、瞬時に執事モードに切り替わった。
 姿勢を正して、綺麗なお辞儀をする。俺も続いて、軽く会釈した。


「世羅様、お疲れ様でございます」
「お疲れ様です、世羅先輩」
「お疲れさん」


 風紀委員長、世羅せらみやび先輩。
 抱かれたいランキングでは、バ会長に次いで2位の超絶イケメンで、生徒たちからは《魔王様》と呼ばれている、んだが…。なんかもう、名付け方よ…。なんでこんなにまとまりがないんだ。
 副委員長の桜花ちゃんが《女王様》なんだぞ? 風紀は2人の“王”で成り立ってるのかよ。ヤバいって。
 しかも確かバ会長はノーマルな《王様》なわけで。1つの王国に3人の“王”がいる現状は絶対に良くない。下手したら滅びるぞ。

 とはいえ、呼び名が定着しきった今ではもうどうしようもない。俺たち自身が決めてるわけでもないし、しかも本人たちはさほど気にしてない。
 ただ俺としては、《魔王様》は気にすべきだと思う。敵キャラ感半端ないし。しかもラスボスな。
 まぁ、そこを気にしないどころか、“魔王とかカッコよすぎねぇ?”って笑いながら言っちゃうのが世羅先輩か。

 そんな《魔王様》は、俺たちの目の前まで来ると、見下ろしながら愉しそうに尋ねてきた。


「んで。も1回聞くけど、こんな空き教室だらけの場所でナニしてんの? 場合によっちゃあ、風紀室に連行するけど?」
「…何考えてんですか。俺たちはただ自分たちの教室に帰るところなだけです」
「あーそういやぁ、執事くんは2-Aだったっけ。ほーん、なるほどな」


 納得したふうに、1人うんうん頷いている。

 実は俺、この人のことちょっと苦手だったりする。
 なんせ、何考えてるのかさっぱりわからないのだ。俺には理解できない動きをしてくるから、どうすればいいのか対応に困ってしまう。

 良い人なのはわかる。こんなチャラっとした見た目なのに、委員会の仕事にはとても真面目なことも知っている。それこそ、1年の時はかなり助けてもらったのだから、とても感謝しているのも事実だ。
 だがこの人、天性のドSでして。弄ばれることもしばしば。
 その時の対処法がまるで分からない。だから苦手なのだ。

 まぁ、そんな姿がある意味《魔王様》に見えなくはない。人が困る顔を見て愉しむその感じ。まさに《魔王様》そのもの。
 あとは、風紀委員長として加害者側への処分を行う姿とかかな。結構慈悲がないから。まぁ、それ相応の悪いことをしているわけだから、同情の余地は無いのだけど。


「そういや、藤咲」
「ひゃい!?」


 突然名前を呼ばれて、思わず変な声が出た。
 赤面しながら見上げると、思ったよりも近くにイケメン顔があって、反射的に逃げようとしたが、後頭部に手が回っていて動けない。
 やっぱりこの人、行動が読めない上に手が早い。ある意味会計よりも危険かもしれない。ってか多分間違いなく危険だ。


「ひゃいって」


 くつくつと、喉の奥で愉しそうに笑うイケメン顔を間近で見せられる苦行。
 これはどうしたらいいんだ。胸を押してみてはいるが、ビクともしない。俺が非力なわけではないぞ。相手がおかしい。絶対おかしい。


「やっぱ飽きねぇなぁ、藤咲は」
「そう言われましても…。離してください」
「そういう可愛い反応すっから、何回も危ない目に遭うんだよ。今も捕まえんの簡単だったぞ」
「先輩がおかしいんですよ」
「まぁそれはそうとして──」


 すると、近くにある顔をさらに近付けてきた。
 思わずギュッと目を閉じる。


「……お前、あんま学園を騒がせんなよ。有名人だっつーこと、もっと自覚しろ」


 耳元で低いイケボでそんなことを言われた。
 意味がわからず、閉じていた目を開いて瞬く俺。
 それだけ告げて離れていく先輩を目で追いながら、俺は首を傾げた。


「えーっと……、どう言うことです?」
「わかんだろ? ただでさえ、あの問題児のせいで学園がガタガタなんだ。そこに余計な厄介ごとを加えないでくれってこった」
「マリ……彼がヤバいのは分かりますけど。何で俺が注意されるんすか?」
「あー、自分の胸に手ぇ当てて聞いてみろ。んじゃな」


 手をひらひらと振りながら、本棟の奥へと去っていく。様になる後ろ姿を見送りながら、俺は言われた通りに胸に手を当ててみた。

 ……いや、わかんね。
 何で俺? 何かしたっけ?
 今日したことといえば、生徒会室に行ったことくらいだ。そして、初めて生徒会役員全員と喋った。
 それ以外に、何かしたっけ?


「今の、どう言うことかわかる? 篠原くん」


 自分で考えていても埒があかないので、ダメもとで篠原くんに話を振ってみる。
 すると、まるで逃げるかのように廊下を歩き出す篠原くん。
 ちょっと待って、何その反応!?


「え? ちょっと篠原くん!?」
「……心当たりはあります」
「マジ? なになに、教えて!」
「でも、もうどうしようもありません。全ては動き始めてしまいましたから」
「へ?」


 少し深刻な顔でそんな怖いことを言う篠原くん。

 ちょっと待ってよ。
 動き始めたって何?
 どうしようもないってどういうこと? 冗談でしょ。
 でも本当にどうしようもないことだと言うのなら、やっぱり生徒会関連なんじゃ……。


「もしかしてバ会長に暴言吐いたこと? それに関しては大丈夫だ保証するって、篠原くんが言ったじゃんか」
「言いましたよ。だからそれじゃないです」
「じゃあ何? それ以外に何かした覚えないんだけど」


 腕を取り引っ張ると、篠原くんはピタリと足を止めた。
 ゆっくりと俺を振り返る。あまり感情を表に出さないその眉根に、グッと力が加わった。
 そして、言いづらそうに低い声で話し出した。


「……正直な話、今のこの学園の騒動は、起こるべくして起こったことだと、俺は思っています」


 “今のこの騒動”とは、マリモが起こしている学園の混乱のことだろう。
 それが、起こるべくして起こったとは何事? 予期していたことってことか?


「なにその意味深発言…。しかも、今の篠原くんの発言と世羅先輩の発言を足したら、まるで俺が騒動の元凶みたいに聞こえるんだけど…」
「…………………………いえ、そんなことはありませんよ」
「いや、今の間は何…?」


 あまりにも不自然な間もさることながら、眉根にさらなる力が加わったように感じた。
 ポーカーフェイス過ぎて分かりづらいからあれだけど。口では否定してたけど、今のって肯定ですよね?

 篠原くんは何事も無かったかのように、姿勢を正して背筋を伸ばす。
 いや、今頃身なり整えられても、なかったことにはならないんですけど。


「……まぁ、詳しいことは明日になればわかるかと思います。でも、どうしても早く理由を知りたいと言うのなら、相良様など仲の良い方に聞いてみてください」
「え? 陽希が知ってんの? なんで?」
「相良様の情報網を舐めちゃダメですよ」


 そう告げると、篠原くんは止めていた歩みを進めた。
 俺はもう頭の中がパンク寸前で、その背中を追うようにしてついていくので精一杯だった。

 それはもう、周りの音なんて聞こえないほどに──。





「元凶、ですか。ある意味、そうなのかもしれませんけど、ね…」
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