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三章

少女達の出会い

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 怒りに震えながらトゥーラは乱れた着衣を手早く整えた。三度ほど平手を食らわせたエタンダールはまだ痛いとぼやいている。殴ったのだから当り前だと怒りをこめて言い返してからトゥーラはさっさとその部屋を出た。

 エタンダールが連れていたのは一人の少女だった。見た目からすると十代半ばだろうか。トゥーラは暗く不気味な通りを足早に抜け、改めて二人と向き合った。リカルトを含むあの男達は王宮の警邏隊に捕まえてもらうらしい。トゥーラにそう説明したのは少女だった。

「失礼だけど階級を訊ねてもいいかしら」
「あ、僕ですか? 見習です」

 少女が微笑みを浮かべて言う。それを聞いたトゥーラはそう、と答えてからエタンダールの胸倉を捕まえた。驚いたように目を見張る少女に待つように言ってからエタンダールを引きずる。少女から十分に離れたところでトゥーラはエタンダールに詰め寄った。

「どういうことですかっ。一番弟子を出すのではなかったのですか!?」

 馬鹿にされているのだと感じたトゥーラは険悪な表情でそう訊ねた。だがエタンダールは相変わらずだらしのない笑みを浮かべているだけだ。トゥーラは歯軋りしてエタンダールの外套から手を離した。

 考えても考えても腹が立つ。何で自分があんな目に合ったのだろう。どうしてあれだけ嫌だと思っていたのに気付いたらこの男に抱きついていたのだろう。そもそも何で触れられて気持ちいいなどという気分になったのか判らない。トゥーラは苛々しながらエタンダールを睨みつけた。

「ほんっとに気がつええなあ。あんなことがあった後なのに威勢いいし」
「それとこれとは別問題です! あなたは任務のことを真面目に考えていないのですか!?」

 のんびりとしたエタンダールの言い草にトゥーラは険しい表情をして返した。王宮での話し合いの段階からエタンダールにはやる気が感じられなかった。もしかしたらエタンダールは天使討伐の任務のことを軽く考えすぎているのではないだろうか。仮にも王宮からの命令なのに、とトゥーラは渋い顔で言った。

 結局、エタンダールからはろくな解答が得られないまま、トゥーラは渋々と少女のところに戻った。少女が不安そうな顔でトゥーラとエタンダールを見る。とりあえず、とトゥーラは少女に自己紹介をした。少女が真面目な顔で頷いてからトゥーラに頭を下げる。

「えっと、僕はライツっていいます。いつもは塔で師匠の世話をしてるんだけど」

 ライツと名乗った少女がよろしくとにっこりと笑う。その笑みは愛らしい面立ちにとてもよく似合っていた。ライツの微笑みは、暗い夜道で見てもぱっと花が咲いたような印象がある。明るい笑みの似合うライツを見つめ、トゥーラはつい顔をほころばせた。

「んじゃ、オレは戻るぞ。警邏隊には伝えてやるから、後はお前らで好きにやってくれ」

 それじゃあな、とエタンダールが片手を上げてその場を去る。それを見送ってからトゥーラは塔に戻らないとならない、とライツに言った。だが鞄は買えていないし食料も準備出来ていない。恥ずかしくは思ったが、トゥーラは正直にそのことをライツに話した。

「あ、それなら心配要りません。食料は僕の手持ちがありますから」

 でも着替えは必要ですね。そう付け足してライツは夜道を先に立って歩き出した。トゥーラは慌ててその後を追い、ライツと並んで歩きながら訊ねた。

「何故、王宮の任務なのに見習のあなたが?」

 エタンダールに訊いても解答の得られなかった疑問をトゥーラは直接ライツにぶつけてみた。迷いのない足取りでゼクーの塔に向かいつつライツが気軽に頷く。不思議なことに、ライツを見ていると気分が妙に和む。あんな事があった後だというのに、トゥーラは自分が安堵していることに気付いてうろたえた。

「師匠が何を考えているのかは僕にはよく判りません。ですが、師匠の決めることに間違いはないと思います」

 ライツはやけにあっさりとそう言って、人好きのする笑みを浮かべてトゥーラを見た。引き締めようとしていたトゥーラの気がまた緩む。いけない、と内心で自分を叱りつけてトゥーラは意識して厳しい表情を作った。

「あの人の塔に所属しているあなたは、こう言われるのは辛いかも知れないけれど」

 いくらエタンダールが有能な魔道士だといっても、討伐隊に見習弟子を寄越すやり方は納得出来ない。トゥーラは正面を見つめて静かな口調でそう告げた。ライツは黙って話を聞いている。だがライツがすぐに納得出来るとはトゥーラも思っていなかった。どれほどトゥーラが正論を述べても、ライツはエタンダールの弟子なのだ。しかもまだライツは年若い。自分のように飛び級を繰り返して昇級して行くにしろ、今からの話だ。今はまだライツは何も判らない見習なのだから。

 少なくともこの時点でトゥーラはそう思っていた。悪く言えばトゥーラはライツをなめていたのだ。

「詳しいお話はとりあえず出発してからにしましょう」

 穏やかな笑みを浮かべてライツはそう答えた。それを聞いてトゥーラははっとした。塔に近づくにつれて周囲に人が増えている。確かにこんなところで極秘任務のことを口にするのはまずいだろう。

 塔に戻り、荷造りを始めたトゥーラの代わりにライツはゼクーのところに報告に向かった。ライツはライツなりに、襲われた時のことを思い出させないように配慮してくれたらしい。トゥーラはそのことに心底感謝しつつ、言われた通りに着替えといくらかの金を鞄に詰め込んだ。ライツが言うには、旅をするには大きな荷物はかえって邪魔になるらしい。

「一応、先ほどの件は報告はしておきました」

 トゥーラの部屋に戻ってきたライツが真っ先にそう告げる。トゥーラはそう、と返事して荷造りを再開しようとした。するとライツが困ったような顔をしてトゥーラに近づく。

「良ければ代わりましょうか? 僕の方が慣れていると思いますから」

 鞄に荷を詰めるのに悪戦苦闘していたトゥーラは、情けない気分になりつつもライツに任せることにした。ライツはトゥーラが苦心していたのが嘘のように手際よく荷物を作っていく。その様をトゥーラはベッドに腰掛けてぼんやりと眺めた。
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