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一章

天使とは(エタンダールの塔

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 ライツの予想通りにアルセニエフはサマラと同じ勘違いしてくれた。ライツはアルセニエフに言いたいだけ文句を言ってからエタンダールに向き直った。

「師匠。説明してくれるんでしょう?」

 エタンダールの広い私室に居るのはアルセニエフとライツ、そして部屋の主のエタンダールの三人だ。サマラは魔術講義中でここにはいない。長椅子に腰掛けて伸びをしてからエタンダールはおもむろに話を始めた。

 天使と言われる希少種には特別な力があるのだという。ごく稀に生まれる天使は外界から隔離され、とある場所で静かに生きるのが王の定めた決まり事らしい。だがそれはあくまでも表向きの話だ。

「前の時は国内だけじゃねえ。国境越えて争いにくる馬鹿もいてな。どえらい騒ぎになったんだ」

 珍しくきっちりとローブは着ているが、相変わらずの気だるそうな表情でエタンダールが淡々と語る。アルセニエフも生真面目な顔で話に聞き入っている。口を挟まないところを見ると、アルセニエフも天使のことは知らないのだろうか。そんなことを考えてからライツは訊ねた。 

「天使の力って何なんですか。国同士で争うほどのことなんですか?」

 エタンダールの話では天使を手に入れようと色んな者たちが争ったのだという。だがライツはその話に現実味を感じることが出来なかった。似たような感想を抱いたのだろう。アルセニエフが難しい顔でそうだな、と頷く。

「世界を変えちまうんだとさ」

 至極あっさりとエタンダールが言う。その口調があまりにも軽かったため、ライツはエタンダールが何を言ったのか、すぐに理解出来なかった。少し間を置いて理解したライツはエタンダールを凝視した。どういう意味かと訊ねようとしたライツを目で制してエタンダールが言葉を継ぐ。

「だから天使を手に入れようってみんな躍起になってた訳だな」

 呆れているのか、それともうっとうしいと感じているのかは判らない。そう言ったエタンダールは顔をめいっぱいしかめていた。

 もしかしたら師匠は天使の話をしたくないのかな。ライツはそう考えて口を噤んだ。エタンダールは天使に対してというより、それを取り巻く周囲にあまり良い印象を持っていないように見える。

 口を噤んだライツの代わりにか、今度はアルセニエフが質問する。

「もしや王宮からの報せというのは……召喚ですか」
「おうよ。あー、うぜえ」

 アルセニエフの問いかけにエタンダールがしかめ面で答える。

「見つかった天使の処遇についてのお話し合いだとさ。役に立たねえことばっかに力入れやがって」

 もっと他にすることあんだろうがよ、と憎々しい口調で吐き出してからエタンダールが深いため息を吐く。その様子を見たライツは仰天して目を見開いた。

「王宮に行くんですか!? 師匠が!?」

 エタンダールはこれまでに何度も王宮会議をすっぽかしている。そんなエタンダールの代理としてアルセニエフがいつも出席しているのだ。もし、今回もさぼる気でいるならエタンダールはここまで嫌そうにしないだろう。つまり裏返せば、エタンダールは今回の召喚に応じるつもりでいるのだ。ライツと同じ事を考えたのか、アルセニエフがあんぐりと口を開けてエタンダールを凝視する。

「本気ですか!? いつも何だかんだと適当な理由をつけて私に押し付けるのに!?」

 アルセニエフがライツに負けないくらい大きい声を上げる。エタンダールは目の前に立つライツとアルセニエフとを交互に見つめてから、より嫌そうに顔を歪めた。

「……お前らがオレをどう思ってるのか、よおく判った」

 膨れてそっぽを向いたエタンダールを余所に、ライツはアルセニエフと顔を見合わせた。目を合わせ、お互い感じているものが同じだと確認してから頷き合う。

「徹底的にぐうたらの師匠を動かす天使って凄いよ!」
「天使が世界を変えるというのは本当なのかも知れん!」
「馬鹿野郎! そんな感心の仕方があるか!」

 ライツとアルセニエフが納得しあった直後にエタンダールが喚く。唾を飛ばす勢いで一喝されてライツは渋々と黙った。だがアルセニエフはライツより長くエタンダールと接しているからなのか、淡々とした口調で続ける。

「他にどの部分に感心しろと仰るのですか。私は……ライツもでしょうが、天使についての情報は何も持たないのですよ?」

 エタンダールの説明から考えると、特別な力とやらが世界を変えるのだろう。だがその力がどんなものなのかの説明は一切されていない。アルセニエフの言葉にライツは何度も頷いた。
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