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五章
黒の縁
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とにかく和也を探さないと。震える声で呟いた順は傍に近付いてくる気配にはっと顔を上げた。文江が頼りない足取りで歩み寄ってくる。文江が近付くにつれて順は酷く落ち着かない気分になった。
甘い香りが鼻をくすぐる。
「木村、くん」
文江はふらふらと歩み寄って潤んだ目を順に向けた。それを見た順の胸が強く脈打った。いつもの文江とどこかが違う。
「あ、の、菅野さん? 大丈夫?」
もしかして具合が悪いの? そう続けた順に唐突に文江が抱きつく。順は目を見張って思わずよろけた。甘い香りが一層強く感じられる。そのことを感じ取った順の下半身は意思を無視して熱くなり始めた。
「お願い……もう……我慢が出来ないの」
熱に浮かされたような表情で文江が囁く。順は反射的に文江の身体に手を回した。今は誰もいないとはいっても大学の構内だ。もしかしたら学生や教授が通りかかるかも知れない。だがこの時の順の頭からはそんな考えは吹き飛んでいた。
びくりとペニスが脈打つ。文江はうっとりとした面持ちで順の股間に手を伸ばした。服越しに勃起したペニスを撫でられる。順は夢中で文江の首筋に顔を埋めた。白いうなじに唇をつけ、舌先でくすぐるように撫でる。強い欲求がこみ上げると同時に目の前にいるのが誰なのか次第に判らなくなる。
犯したい。思うままに突き入れて嬲りたい。その一心で順はその場に文江を押し倒した。ブラウスを引き裂いてブラジャーをむしりとる。露わになった乳房をつかんだ順は乱暴に揉み始めた。だが文江は痛みを感じないのか甘い声を上げて悶えている。順はその場に放り捨てていたブラジャーを文江の口に噛ませた。後頭部に回して結んでから裂けたブラウスで両手を縛る。文江はそんな真似をされてもうっとりとした面持ちをしていた。
だがこの時の順は文江の反応は全く見ていなかった。スカートをめくり上げて下着を引き裂く。濡れた陰部を見た順は嗤いを浮かべてジーンズのベルトとファスナーを外した。勃起したペニスを引っ張り出して文江の秘部にあてがう。芝の上に転がった文江は声にならない声で喘ぐと腿を大きく開いた。愛液に塗れた秘部が日差しに照らされて光を鈍く反射する。
「凄いな。もうこんなにして」
くすくすと笑いながら順は亀頭で文江の秘部を探った。濡れた感触を楽しみながら膣口付近をかき回す。
「都子って思ったより淫乱なんだな。俺のがちょっと入っただけで愛液がどろどろ出てくるよ」
そう言いながら順は一気に腰を押し出した。ぬめる膣内にペニスが何の引っ掛かりもなく潜り込む。順は文江に圧し掛かりながら激しい抽迭を始めた。遠慮のない順の動きにつられて文江の身体が大きく揺れる。順はでたらめに膣内を突きながら低く嗤った。泣きじゃくる都子の姿しか見えない。
「処女じゃないんだ? 駄目だな。俺の断りなく別の男と寝て」
お前は俺のものなんだから。そう呟きながら順は抽迭のスピードを上げた。文江は順のペニスを入れられただけで達してしまっている。だがそれでは足りないと言いたげに腰を動かし、自分から快楽を貪っていた。文江が腰を動かすたびに亀頭が膣壁に強く擦れる。順は息を荒らげて都子の名を呼びながら果てた。膣内にぶちまけられた精液が納まりきれずに膣を逆流する。
「まだまだ出来るよな? 俺、これじゃ足りないし」
悲鳴にも似た嬌声を上げた文江が背を反り返らせる。順は両手に文江の腰を抱いてでたらめに腰を動かした。ほどなく衝動がこみ上げ、二度目の射精感に襲われる。順は小さく嗤いながら精液に満ちた膣をペニスでかき回した。
何度、絶頂に達しただろう。ふと、順の肩を誰かが叩く。振り返った順はとろんとした目で相手を見つめた。
「見てよ。ほら、こんなにたくさん出ちゃった。ここを押すと出てくるんだ」
くすくすと笑いながら順は文江の下腹部を指で押さえた。大量に順の精液を注がれたために文江の下腹部はぽっこりと膨らんでいる。順が指で押さえると二人の繋がっている箇所から白い精液が漏れ出てくる。それを眺めながら順はまたくすくすと笑った。文江はもう失神しており何の反応も示さない。
不意に腕を引かれる。順はよろけながらその場に立ち上がった。ペニスが音を立てて文江の膣口から抜ける。その直後、耳元で高い音が鳴る。頬を張られた順は目を見張って息を止めた。
「正気に戻れ」
低い声を耳にした順はようやく我に返った。正面に立っているのは和也だ。順はのろのろとそのことを理解した。
「……あのくそばばあ。やってくれるじゃねえか」
舌打ちして吐き出すと和也は右腕を大きく振った。するとそれまで立ち込めていた甘い香りが急に消えてなくなる。それと共に順には理性が戻ってきた。順はぎこちなく地面に目を向けた。横たわる文江は無残に服を裂かれ、口を塞がれ、股間から白いものを漏らしている。それが自分の仕業だと理解した順は震え始めた。
「おら。女やったくらいでびびってんな。しゃきっとしろ、しゃきっと」
「でも」
自分のやったことに怯えながら順は和也を見た。そこで息を飲む。和也が押さえている胸には真っ赤な染みがある。間違いなく血だ。
「どうしたんだよ! それ!」
「くそ、やばいな」
順の声を無視して和也が文江の傍らに膝をつく。文江の下腹部に手をあてがってから和也は舌打ちをした。そうしている間にも和也は胸から血を流している。よく見れば和也が歩いてきたところをなぞるかのように、地面には点々と血の跡がついている。それを見た順は真っ青になった。
「は、早く病院に!」
「うるせえ。ちっと黙ってろ」
和也が今度は血だらけになった方の手を文江の下腹部に乗せる。その直後、順は信じられないものを見て目を丸くした。和也の手を中心に黒っぽい煙のようなものが小さな渦を巻く。その渦は吸い込まれるように文江の下腹部に潜り込んだ。
「い、いまの……一体……」
「説明はなしだ。ほれ、これやるよ」
そう言って和也は立ち上がるとポケットから黒い薄いものを取り出した。投げられたそれを順は慌てて受け止め、次いで息を飲んだ。二枚あるそれは資料室の端末に使用するファイルに違いない。
「ど、どうしてこんなもの」
「そこに龍神の身体が隠してある場所が入ってる。それとお前が知りたそうなことも」
急に言葉を途切れさせて和也が咳き込む。和也は鮮血を吐いてその場に膝を落とした。畜生、という呟きが聞こえる。順は和也の身体を支えるために手を伸ばした。和也の身体に触れた途端に背中に冷たい汗が流れる。和也の身体が妙に冷たいのだ。
「おい! 早く、病院に行かないと!」
「アホか。病院で治せる訳ねえだろ。人間なら即死コース間違いナシだぞ」
早口で告げて和也が嗤う。順は絶句して和也を凝視した。人間なら即死。その言葉の意味するところはただ一つだ。和也は胸を押さえてしばし嗤うとゆっくりと顔を上げた。唇から伝う血がまるで涙のように見える。
「やっぱ、治癒力完全に消えてんな。すげえだるいわ」
「……和也。お前……もしかして」
順は顔を強張らせたまま掠れた声で呟いた。和也はそれには答えずあてがっていた手を少し胸から離す。
「肩支えてろ」
言われるままに順は和也の肩を持つ手に力をこめた。次の瞬間、和也の手が音もなく和也自身の胸に潜り込む。
「ばか! 何してるんだ!」
顔を歪めて呻く和也を順は必死で止めようとした。和也の腕を取り、懸命に引っ張る。だが和也が自らの胸に突き立てている腕はぴくりとも動かせない。しばしの後、和也はゆっくりと手を胸から抜いた。
血だらけの手に真っ黒な丸い宝玉が握られている。それを見止めた瞬間、順は猛烈な飢餓感を覚えた。何故かは判らない。が、和也の握るそれを見ていると訳の判らない欲求がこみ上げる。食いたい、と思ってしまうのだ。
「ほら、手を出せ」
殆ど地面に倒れるようにして和也が震える手を順の前に差し出す。順は片手で和也が握る宝玉を受け取った。闇色の不思議な輝きを帯びる珠を握りしめて順は唇を噛んだ。
和也は監視者などではない。だが人でもない。順は泣きそうな顔で和也を見つめた。力なくうなだれた和也をそっと地面に横たえる。仰向けになった和也はしばし苦しそうな呼吸をしてから、小声で告げた。
「いいか……腹が減っても下手に龍神に手をかけるな」
和也が最初から順を人ではないと知っていたのは間違いない。いや、もしかしたらよほど詳しく順のことを知っていたのではないか。だがそう考える余裕も順にはなかった。もういいから喋るな。掠れた声で辛うじてそれだけ言って順は弱々しく首を横に振った。
「今のお前じゃ、反撃されて殺されるのがオチだ」
次第に和也の声が弱くなっていく。順は唇を噛んで和也の胸元を見た。和也のシャツは真っ赤に染まっている。鮮やかな血の色とは対照的に和也の顔色は酷く悪い。喋るなって言ってるだろう。順は殆ど声にならない声でそう言った。
「とりあえずは……オレので、我慢しとけ」
苦しそうに顔を歪めて和也がそう告げる。その意味を順は今はもうはっきりと理解していた。あの日、人でないことを知った時から感じていた狂気にも似た飢餓感は、恐らく他では埋め合わせられないものだ。
手に握った宝玉と和也とを見比べる。
「和也……」
そう呟いて順は宝玉を握る手に力をこめた。
「……お前の本当の名前はなんて言うんだ?」
目の前の和也がかつての親友とは違うのだということを順は悟っていた。同じ名前、同じ容姿、でもこの和也はあの親友とはまったく違う存在なのだろう。
和也は苦笑して傍に座る順の頬を手で撫でた。震える指先が順の頬に血の跡を刻む。
「やっと気付いたか……アホが」
殆ど聞き取れない声で呟いて和也が少しだけ目を細める。
「オレ……お前のこと……けっこー……気に入ってた、ぞ」
言葉の合間に和也の唇から血が流れる。順は頬に触れている和也の手を握って声を詰まらせた。
お前が何者でも、俺は構わない。そう言おうとした順に和也が微かに笑みかける。儚いその笑顔を見止めた順の声は喉の奥で凍りついた。
「お前が……龍神……なんかじゃ……なくて」
本当に良かった。
声にならない声がそう言葉を刻む。頬に触れていた和也の手から力が抜ける。順はこみ上げてくるものを堪えてその手をかたく握りしめた。こときれた和也の身体がふわりと輪郭を滲ませ、一気に闇色の砂へと変わる。細かい砂は風に流されてあっという間に消えた。
やがて誰かの足音が聞こえてくる。順はうなだれて地面にへたり込んでいた。
「あら……まあ。これはこれは」
聞き慣れた声がする。美恵は順と文江とを見比べてくすくすと笑った。順は身動き一つせず、背中に美恵の声だけを聞いていた。
「すぐに運んでちょうだい」
美恵が誰かに指示を飛ばす。それと同時に複数の足音が順の傍を行き過ぎた。地面に倒れていた文江が担架に乗せられてどこかに運ばれていく。だが順は顔を上げず、ただ音だけを耳に捉えていた。
「全く。とんだ手間をかけさせてくれたわね。彼はどこ? 正直に言わないとためにならないわよ」
「一つ、訊かせてください」
傲慢な美恵の問いかけに順はぽつりと呟いた。
「彼を傷つけたのはあなたですか」
その質問に美恵は少しの間、沈黙した。だがすぐに笑いながら答える。
「そうよ。撃ったのは私。あなたもよく知っているでしょう? 余計なことを知りすぎた輩は処分されるのが普通よ」
「そう、ですか」
順はゆらりとその場に立ち上がった。俯いたまま踵を返す。順は静かに耳に手を伸ばして耳朶から二つのピアスを取り去った。
黒いピアスが手の中で鈍く日の光を照り返す。
「さあ、お屋敷に戻りましょう。心配要らないわ。逃げたあなたをお父上は咎めたりなさらないから」
急に猫なで声になって美恵が告げる。順はピアスを地面に落としてゆらりと顔を上げた。正面から真っ直ぐに美恵を見つめる。
順の瞳と髪が一気に色を染め替える。驚愕に息を飲む美恵を睨みつけ、順は右手を掲げた。握っていた宝玉が一瞬でその姿を変える。現れた巨大な鎌の柄を両手で握り、順は咆哮を上げて美恵に斬りかかった。
甘い香りが鼻をくすぐる。
「木村、くん」
文江はふらふらと歩み寄って潤んだ目を順に向けた。それを見た順の胸が強く脈打った。いつもの文江とどこかが違う。
「あ、の、菅野さん? 大丈夫?」
もしかして具合が悪いの? そう続けた順に唐突に文江が抱きつく。順は目を見張って思わずよろけた。甘い香りが一層強く感じられる。そのことを感じ取った順の下半身は意思を無視して熱くなり始めた。
「お願い……もう……我慢が出来ないの」
熱に浮かされたような表情で文江が囁く。順は反射的に文江の身体に手を回した。今は誰もいないとはいっても大学の構内だ。もしかしたら学生や教授が通りかかるかも知れない。だがこの時の順の頭からはそんな考えは吹き飛んでいた。
びくりとペニスが脈打つ。文江はうっとりとした面持ちで順の股間に手を伸ばした。服越しに勃起したペニスを撫でられる。順は夢中で文江の首筋に顔を埋めた。白いうなじに唇をつけ、舌先でくすぐるように撫でる。強い欲求がこみ上げると同時に目の前にいるのが誰なのか次第に判らなくなる。
犯したい。思うままに突き入れて嬲りたい。その一心で順はその場に文江を押し倒した。ブラウスを引き裂いてブラジャーをむしりとる。露わになった乳房をつかんだ順は乱暴に揉み始めた。だが文江は痛みを感じないのか甘い声を上げて悶えている。順はその場に放り捨てていたブラジャーを文江の口に噛ませた。後頭部に回して結んでから裂けたブラウスで両手を縛る。文江はそんな真似をされてもうっとりとした面持ちをしていた。
だがこの時の順は文江の反応は全く見ていなかった。スカートをめくり上げて下着を引き裂く。濡れた陰部を見た順は嗤いを浮かべてジーンズのベルトとファスナーを外した。勃起したペニスを引っ張り出して文江の秘部にあてがう。芝の上に転がった文江は声にならない声で喘ぐと腿を大きく開いた。愛液に塗れた秘部が日差しに照らされて光を鈍く反射する。
「凄いな。もうこんなにして」
くすくすと笑いながら順は亀頭で文江の秘部を探った。濡れた感触を楽しみながら膣口付近をかき回す。
「都子って思ったより淫乱なんだな。俺のがちょっと入っただけで愛液がどろどろ出てくるよ」
そう言いながら順は一気に腰を押し出した。ぬめる膣内にペニスが何の引っ掛かりもなく潜り込む。順は文江に圧し掛かりながら激しい抽迭を始めた。遠慮のない順の動きにつられて文江の身体が大きく揺れる。順はでたらめに膣内を突きながら低く嗤った。泣きじゃくる都子の姿しか見えない。
「処女じゃないんだ? 駄目だな。俺の断りなく別の男と寝て」
お前は俺のものなんだから。そう呟きながら順は抽迭のスピードを上げた。文江は順のペニスを入れられただけで達してしまっている。だがそれでは足りないと言いたげに腰を動かし、自分から快楽を貪っていた。文江が腰を動かすたびに亀頭が膣壁に強く擦れる。順は息を荒らげて都子の名を呼びながら果てた。膣内にぶちまけられた精液が納まりきれずに膣を逆流する。
「まだまだ出来るよな? 俺、これじゃ足りないし」
悲鳴にも似た嬌声を上げた文江が背を反り返らせる。順は両手に文江の腰を抱いてでたらめに腰を動かした。ほどなく衝動がこみ上げ、二度目の射精感に襲われる。順は小さく嗤いながら精液に満ちた膣をペニスでかき回した。
何度、絶頂に達しただろう。ふと、順の肩を誰かが叩く。振り返った順はとろんとした目で相手を見つめた。
「見てよ。ほら、こんなにたくさん出ちゃった。ここを押すと出てくるんだ」
くすくすと笑いながら順は文江の下腹部を指で押さえた。大量に順の精液を注がれたために文江の下腹部はぽっこりと膨らんでいる。順が指で押さえると二人の繋がっている箇所から白い精液が漏れ出てくる。それを眺めながら順はまたくすくすと笑った。文江はもう失神しており何の反応も示さない。
不意に腕を引かれる。順はよろけながらその場に立ち上がった。ペニスが音を立てて文江の膣口から抜ける。その直後、耳元で高い音が鳴る。頬を張られた順は目を見張って息を止めた。
「正気に戻れ」
低い声を耳にした順はようやく我に返った。正面に立っているのは和也だ。順はのろのろとそのことを理解した。
「……あのくそばばあ。やってくれるじゃねえか」
舌打ちして吐き出すと和也は右腕を大きく振った。するとそれまで立ち込めていた甘い香りが急に消えてなくなる。それと共に順には理性が戻ってきた。順はぎこちなく地面に目を向けた。横たわる文江は無残に服を裂かれ、口を塞がれ、股間から白いものを漏らしている。それが自分の仕業だと理解した順は震え始めた。
「おら。女やったくらいでびびってんな。しゃきっとしろ、しゃきっと」
「でも」
自分のやったことに怯えながら順は和也を見た。そこで息を飲む。和也が押さえている胸には真っ赤な染みがある。間違いなく血だ。
「どうしたんだよ! それ!」
「くそ、やばいな」
順の声を無視して和也が文江の傍らに膝をつく。文江の下腹部に手をあてがってから和也は舌打ちをした。そうしている間にも和也は胸から血を流している。よく見れば和也が歩いてきたところをなぞるかのように、地面には点々と血の跡がついている。それを見た順は真っ青になった。
「は、早く病院に!」
「うるせえ。ちっと黙ってろ」
和也が今度は血だらけになった方の手を文江の下腹部に乗せる。その直後、順は信じられないものを見て目を丸くした。和也の手を中心に黒っぽい煙のようなものが小さな渦を巻く。その渦は吸い込まれるように文江の下腹部に潜り込んだ。
「い、いまの……一体……」
「説明はなしだ。ほれ、これやるよ」
そう言って和也は立ち上がるとポケットから黒い薄いものを取り出した。投げられたそれを順は慌てて受け止め、次いで息を飲んだ。二枚あるそれは資料室の端末に使用するファイルに違いない。
「ど、どうしてこんなもの」
「そこに龍神の身体が隠してある場所が入ってる。それとお前が知りたそうなことも」
急に言葉を途切れさせて和也が咳き込む。和也は鮮血を吐いてその場に膝を落とした。畜生、という呟きが聞こえる。順は和也の身体を支えるために手を伸ばした。和也の身体に触れた途端に背中に冷たい汗が流れる。和也の身体が妙に冷たいのだ。
「おい! 早く、病院に行かないと!」
「アホか。病院で治せる訳ねえだろ。人間なら即死コース間違いナシだぞ」
早口で告げて和也が嗤う。順は絶句して和也を凝視した。人間なら即死。その言葉の意味するところはただ一つだ。和也は胸を押さえてしばし嗤うとゆっくりと顔を上げた。唇から伝う血がまるで涙のように見える。
「やっぱ、治癒力完全に消えてんな。すげえだるいわ」
「……和也。お前……もしかして」
順は顔を強張らせたまま掠れた声で呟いた。和也はそれには答えずあてがっていた手を少し胸から離す。
「肩支えてろ」
言われるままに順は和也の肩を持つ手に力をこめた。次の瞬間、和也の手が音もなく和也自身の胸に潜り込む。
「ばか! 何してるんだ!」
顔を歪めて呻く和也を順は必死で止めようとした。和也の腕を取り、懸命に引っ張る。だが和也が自らの胸に突き立てている腕はぴくりとも動かせない。しばしの後、和也はゆっくりと手を胸から抜いた。
血だらけの手に真っ黒な丸い宝玉が握られている。それを見止めた瞬間、順は猛烈な飢餓感を覚えた。何故かは判らない。が、和也の握るそれを見ていると訳の判らない欲求がこみ上げる。食いたい、と思ってしまうのだ。
「ほら、手を出せ」
殆ど地面に倒れるようにして和也が震える手を順の前に差し出す。順は片手で和也が握る宝玉を受け取った。闇色の不思議な輝きを帯びる珠を握りしめて順は唇を噛んだ。
和也は監視者などではない。だが人でもない。順は泣きそうな顔で和也を見つめた。力なくうなだれた和也をそっと地面に横たえる。仰向けになった和也はしばし苦しそうな呼吸をしてから、小声で告げた。
「いいか……腹が減っても下手に龍神に手をかけるな」
和也が最初から順を人ではないと知っていたのは間違いない。いや、もしかしたらよほど詳しく順のことを知っていたのではないか。だがそう考える余裕も順にはなかった。もういいから喋るな。掠れた声で辛うじてそれだけ言って順は弱々しく首を横に振った。
「今のお前じゃ、反撃されて殺されるのがオチだ」
次第に和也の声が弱くなっていく。順は唇を噛んで和也の胸元を見た。和也のシャツは真っ赤に染まっている。鮮やかな血の色とは対照的に和也の顔色は酷く悪い。喋るなって言ってるだろう。順は殆ど声にならない声でそう言った。
「とりあえずは……オレので、我慢しとけ」
苦しそうに顔を歪めて和也がそう告げる。その意味を順は今はもうはっきりと理解していた。あの日、人でないことを知った時から感じていた狂気にも似た飢餓感は、恐らく他では埋め合わせられないものだ。
手に握った宝玉と和也とを見比べる。
「和也……」
そう呟いて順は宝玉を握る手に力をこめた。
「……お前の本当の名前はなんて言うんだ?」
目の前の和也がかつての親友とは違うのだということを順は悟っていた。同じ名前、同じ容姿、でもこの和也はあの親友とはまったく違う存在なのだろう。
和也は苦笑して傍に座る順の頬を手で撫でた。震える指先が順の頬に血の跡を刻む。
「やっと気付いたか……アホが」
殆ど聞き取れない声で呟いて和也が少しだけ目を細める。
「オレ……お前のこと……けっこー……気に入ってた、ぞ」
言葉の合間に和也の唇から血が流れる。順は頬に触れている和也の手を握って声を詰まらせた。
お前が何者でも、俺は構わない。そう言おうとした順に和也が微かに笑みかける。儚いその笑顔を見止めた順の声は喉の奥で凍りついた。
「お前が……龍神……なんかじゃ……なくて」
本当に良かった。
声にならない声がそう言葉を刻む。頬に触れていた和也の手から力が抜ける。順はこみ上げてくるものを堪えてその手をかたく握りしめた。こときれた和也の身体がふわりと輪郭を滲ませ、一気に闇色の砂へと変わる。細かい砂は風に流されてあっという間に消えた。
やがて誰かの足音が聞こえてくる。順はうなだれて地面にへたり込んでいた。
「あら……まあ。これはこれは」
聞き慣れた声がする。美恵は順と文江とを見比べてくすくすと笑った。順は身動き一つせず、背中に美恵の声だけを聞いていた。
「すぐに運んでちょうだい」
美恵が誰かに指示を飛ばす。それと同時に複数の足音が順の傍を行き過ぎた。地面に倒れていた文江が担架に乗せられてどこかに運ばれていく。だが順は顔を上げず、ただ音だけを耳に捉えていた。
「全く。とんだ手間をかけさせてくれたわね。彼はどこ? 正直に言わないとためにならないわよ」
「一つ、訊かせてください」
傲慢な美恵の問いかけに順はぽつりと呟いた。
「彼を傷つけたのはあなたですか」
その質問に美恵は少しの間、沈黙した。だがすぐに笑いながら答える。
「そうよ。撃ったのは私。あなたもよく知っているでしょう? 余計なことを知りすぎた輩は処分されるのが普通よ」
「そう、ですか」
順はゆらりとその場に立ち上がった。俯いたまま踵を返す。順は静かに耳に手を伸ばして耳朶から二つのピアスを取り去った。
黒いピアスが手の中で鈍く日の光を照り返す。
「さあ、お屋敷に戻りましょう。心配要らないわ。逃げたあなたをお父上は咎めたりなさらないから」
急に猫なで声になって美恵が告げる。順はピアスを地面に落としてゆらりと顔を上げた。正面から真っ直ぐに美恵を見つめる。
順の瞳と髪が一気に色を染め替える。驚愕に息を飲む美恵を睨みつけ、順は右手を掲げた。握っていた宝玉が一瞬でその姿を変える。現れた巨大な鎌の柄を両手で握り、順は咆哮を上げて美恵に斬りかかった。
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