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五章
名前を呼んで
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もう、時間がない。
しなった細い身体を両腕に抱いて和也は内心で呟いた。動くたびにベッドが低い軋みを上げる。嬌声を放った順の腕をつかんで引き寄せると、和也は強い抽迭を始めた。両腕を後ろに引かれた順の身体は自然と反り返っている。繋がった二人の間でローションが飛沫になって散る。和也はしばらくの間、順の尻に向かって腰を強く打ち付けてから唐突に動きを止めた。
「おね、がい……も、出させ、て」
喘ぎながら訴える順の声にはどうしようもない艶がかかっている。和也は順の腕を取ったまま駄目だ、と首を振った。
順のペニスの根元にはリングがつけられている。そのリングは順が勝手に射精しないよう、和也がつけたものだ。リングに締められたペニスは全体的にうっすらと紅色に染まっている。和也はしばし順の股間を肩越しに覗きこんでから低く嗤った。
「ここんとこしてなかったからか? 限界早すぎだぞ」
いつもならあと五、六分は順も我慢しているところだ。嘲るような言葉を浴びせながら和也は腰を一気に突き出した。ローションを十分に塗りこめた腸内をペニスで強く擦りながら何度も腰を前後させる。順が一際激しい声を上げて全身を緊張させる。それと同時に腸壁が強く脈打つ。和也はこみ上げてくる感覚を堪え、ペニスを根元まで埋めたままで腰を上下させた。絶頂に達したばかりの順の身体が何度も強く震える。
知り合ってからの時間はとても短く感じられる。あの夜、珍しく仕事に出かけなければ恐らく順にも会うことはなかっただろう。
「おら、休んでないでケツ振れよ」
そう言って和也は順の尻を軽く叩いた。片腕を離した拍子に順の身体がぐらりと傾く。おっと、と呟いて和也は素早く順を抱きとめた。ベッドに静かに順の身体を下ろす。
やけに月の美しい夜だった。だから普段は避けている仕事にも興味を覚えたのかも知れない。言われるままに赴いたその場所で見知らぬ少年が倒れていた。近付くと少年はまだ息をしていた。だが死ぬのは時間の問題だった。いや、死ぬことは既に決まっていたのだ。そうでなければわざわざ出向く必要がない。
少年は月を背負って立つ自分を見て薄く笑った。少年の目には違う誰かに見えていたのだ。
約束、守れなくてごめんな。そう言って伸ばされた血だらけの少年の手をどうして拒絶出来ただろう。死に逝く者のせめてもの願いをどうして無視出来ただろう。
ぎこちなく順が腰を揺する。和也に命じられるままに腰を振りながら順は苦しそうなか細い声を漏らした。ベッドに顔を押し付けて身体を震わせている。和也は静かな眼差しで順を見つめてから、おもむろに腰を動かし始めた。焦らすためにゆっくりと腰を前後させる。するとそれまで揺れていた順の腰の動きがぴたりと止まった。
「……あー?」
不機嫌を装って和也は順に声を投げた。全身で荒い呼吸をしながら順が肩越しに振り返る。
「も、う、我慢、出来ない……っ!」
「根性なし」
順にとって出来る限りの必死の懇願に和也は嘲笑で応えた。熱く火照った赤い頬はもう涙で濡れきっている。そんな順を見つめてから和也はやれやれと肩を竦めた。
「仕方ねえなあ」
そう呟いて和也は順の腰をつかんだ。抑制していた感覚を開いて欲望を解き放つ。もう、自制することも難しくなった感覚はあっと言う間に膨らんだ。ペニスで何度か抽迭しただけで息が上がる。和也は歯を食いしばって強い欲求に身を任せた。射精した瞬間に思わず漏れそうになる呻き声を何とか喉の奥で押し止める。快楽が頂点に達すると同時に全身から汗が噴き出すのを感じる。和也はベッドに横たわる順の身体を両腕に抱え上げ、夢中で腰を突き上げた。悲鳴を上げて順が背を反らす。
二度目の射精を終えた和也はペニスを抜いて息をついた。腕の中に抱えていた順が戸惑ったような声を上げる。重い腕を持ち上げて頭を撫でると、涙に濡れた目を細めた順が肩越しに振り返る。
「ああ、心配するな。きっちり出させてやっから」
「で、でも……」
こういう時の順の表情や仕草はまるで女のそれを思わせる。和也は何とか呼吸を整えて順をそっとベッドに下ろした。ぺたんと足をついて座った順の股間に顔を近づける。何をされるのか理解したのだろう。順が慌てたように和也の頭を押さえる。
「駄目だ! そ、そんなことしたら!」
「あー、いいんだって」
いっつもしてもらうばっかじゃ悪いしな。そう続けて和也は強引に順のペニスを口に含んだ。その瞬間、頭を押さえていた順の腕の力が緩む。鈴口を舌先で何度かつついてから、和也は一気にペニスの根元までを口に咥え込んだ。そこで頭の動きを止めてペニスの根元についていたリングを外す。
「あ、あ……うぅ」
呻きながら順が手を震わせる。和也は心の中で苦笑して唇で輪を作り、ペニスを根元から亀頭の付け根のくぼみまでをなぞった。だが順は必死で我慢しているのか射精しようとしない。和也は顔を上げて順に声をかけた。
「出しちまっていいんだぞ?」
「でっ、でも! そんなこと、したら……渡部が」
「心配するな。オレは狂ったりしない」
そう告げると順が目を見張る。順のことだ。自分の体液が人に特別な影響を与えると自覚しているのだろう。和也は苦笑して唾液に濡れたペニスを指先でなぞった。
最後くらい。
「下の名前で呼べよ。いつまでも他人行儀な奴め」
「え、ええと」
困ったように順が視線を泳がせる。きっと順にとっても辛い思い出に違いはない。和也は無言でペニスを強く握った。息を飲んで順がぶるりと震える。
「和也」
口に和也の名前を出した途端、順の顔から表情が消える。だがすぐに順の顔は元に戻ってしまった。どうやら無意識のうちに思い出さないようにしているらしい。和也はこっそりため息をついて再び順の股間に顔を埋めた。
「せっかくだから歌え」
「えっ、む、無理言うなよ! この状況で歌なんて……!」
「リクエストはー」
充血しきった亀頭を一舐めして和也は小さく笑った。
「早春賦」
「……何で?」
戸惑う順のペニスを口にしっかりと咥える。しばし順は黙っていたが、やがて言われた通りに歌い始めた。
春は名のみの風の寒さや。
谷の鶯 歌は思えど
拾い上げた記憶の中で順はあどけない笑みを浮かべて歌っていた。恐らく、少年がとても大切にしていた思い出なのだろう。記憶の中でその部分だけが妙に鮮明で、無視したくても出来ないほどに印象深かった。
時にあらずと 声も立てず。
時にあらずと 声も立てず。
震える声で順が歌を紡ぐ。記憶の中の順にはなかった艶が歌にはこもっている。和也はその歌に耳を澄ましながらゆっくりとペニスを愛撫した。
順は人として不完全なだけではなく、龍神としても完全体ではなかった。それ故に研究者たちは順のテストの結果に落胆したのだろう。きっと妹である都子の成績が良かったことも落胆の原因になっている。
だが本来はそれが普通だ。龍神の力は生まれて十七年という時間を眠って過ごす。都子の方が龍神としては特異体質なのだ。そして研究者たちはテストで好成績を上げた都子を今でも大切に箱にしまいこんでいる。
屋敷を出た瞬間から順には別の監視者がつけられた。監視者は順の行動を見張り、必要があれば研究施設にデータを送る。そして研究者たちは放たれた実験体の状態を研究施設にいながらつぶさに観察することが出来たのだ。
まあ、そのことが判ったのも最近だけどな。そう内心で呟いて和也は唾液と共に順のペニスを啜りながら顔を上下に揺すった。
「あ……!」
恍惚の表情で順が掠れた声を上げる。和也は口の中に飛び込んできた精液をためらいなく飲み込んだ。感覚を研ぎ澄まして順の精液に含まれるものを分析する。大丈夫だ。これなら多少、人間の女性と交わってもすぐに相手が壊れるということはないだろう。
「ほら、何してんだ。歌えっつったろ」
「も、もういいから」
「あに言ってんだ。まだ足りないって顔してやがんぞ」
そう言ってから和也は再度、順のペニスを口に含んだ。途切れていた順の歌声が再び部屋の中に響く。今度は先ほどより余裕があるのか、歌の調子は大きく外れるということはない。
氷解け去り葦は角ぐむ。
さては時ぞと 思うあやにく
今日もきのうも 雪の空。
今日もきのうも 雪の空。
一緒に歌いながら順は何度も心配そうに少年をうかがっていた。少年は変声期を迎え、まともに声を出すことが出来なかったのだ。
大丈夫? 和也。
心配顔でそう訊ねる順に少年は頷く。そんなやり取りをしつつ、仲良く学校から帰るのが二人の常だった。
少年はだが家に帰るのがとても嫌だった。その辺りから記憶は急に曖昧になる。恐らく、少年にとって生きている時間は順と共に過ごした時間だけで、その他の時間は死んでいるも同然だったのだろう。両親に冷たくあしらわれ、挙句の果てに暴力を揮われる。そんな記憶は時間を無視してほぼ一緒くたにされている。
その頃から少年は監視者として順の行動を木村の研究施設に報告していた。その記憶もかなり薄い。辛うじて拾えるのは研究者たちのつまらなさそうな顔だけだ。
監視者はその任を解かれた後、始末されるのが普通だ。少年にも例に違わず刺客が差し向けられた。だが少年は自ら彼らの罠に嵌り、そして自分の身を犠牲にして彼らを根こそぎ道連れにしたのだ。当時の研究所はその事実に混乱したが、事態をひた隠しにすることに成功はした。だから順は未だに少年が死んだことを知らないだろう。この情報はメインフレームにも残ってはいないからだ。
それに、オレが居るしな。そっと呟いて和也は順のペニスに口づけをした。唇の下でペニスがぴくりと震える。
春と聞かねば知らでありしを。
聞けば急かるる 胸の思を
いかにせよとの この頃か。
いかにせよとの この頃か。
何も知らなければ少年は人としてごくまっとうな道を進むことが出来ただろう。疑うこともなく順との付き合いを続け、もしかしたら今ごろ同じ学校に笑いながら通っていたかも知れない。
龍神なんぞに関わるからだ。心の底でそう呟いて和也は顔を上げた。
「……ん? どした?」
いつもの調子で和也はそう訊ねた。順は静かに和也を見つめている。いつの間にか歌も途切れている。
「何でもない」
「なんだなんだ、しけたツラして。このオレ様がフェラしてやってんだぜ? もっと悦べないのかよ」
そう言って順の頭を軽く叩いてから和也は身を屈めた。それまでの柔らかな愛撫から一転して激しく頭を上下に振る。唇の間で強くペニスを擦るうちに順の呼吸は荒く速くなっていった。
「で、出るっ!」
切羽詰った声で告げて順が和也の頭を押さえる。和也は喉の奥で亀頭を擦りながら唾液を強く啜った。ほどなく精液が喉の奥に飛び込んでくる。だが意図的にシャットアウトしている和也の身体に順の精液を介して力が注がれることはない。せっかく注いだものを逆流させても無意味だ。
「じゃ、オレは一足先に大学行くぞ」
シャワーを浴びて身支度を整えたところで和也は笑って順に声をかけた。ベッドに沈んだままの順が手を上げるだけの返事をする。疲れ果てて声も出せないらしい。その様子に苦笑して和也は家を出た。
階段を降りたところで和也は深々とため息をついた。待ち構えていたように黒田が姿を現す。うざいな、と呟いて和也はアパートを囲む塀にもたれて立つ黒田を無視して過ぎた。
「どうしようもない馬鹿者だな、貴様は」
「くっそ、無視しようと思ったのにどうしようもないときたか」
ぴたりと足を止めて和也は振り返った。怒りを込めて黒田を睨む。黒田はだがいつものようには絡んでこない。肩を竦めて和也の横に並ぶ。和也は仕方なく黒田と一緒に歩き始めた。
「だんまりかよ。いつもは小姑のごとくぴーぴーうるせえくせしてよ」
駅までの道を歩きながら和也はぼそりと言った。すると黒田が横目に和也を睨む。
「貴様の行く末の方が気になるんでな」
「黒妖牙」
そう呼んで和也は足を止めた。黒田が無言で目を細める。この男はいつだって名前を配下の者に呼ばれることを嫌う。だがこの時だけは黒田は和也を咎めなかった。黙って顎をしゃくって先を促す。和也はにやりと笑って胸を張った。
「何で木村ってあんなに可愛いんだと思う?」
「……それはのろけか」
表情は殆ど変えず、声にだけ呆れたような響きをこめて黒田が呟く。おうよ、と笑って和也は黒田に手を振った。そのまま駅に向かって駆け出す。改札を走って抜けて滑り込んできた電車に乗り込む。大勢の客を詰めた電車がゆっくりと進み始める。いつもの大学への道だ。
いつもの。そう呟いて和也は窓から外を眺めた。
しなった細い身体を両腕に抱いて和也は内心で呟いた。動くたびにベッドが低い軋みを上げる。嬌声を放った順の腕をつかんで引き寄せると、和也は強い抽迭を始めた。両腕を後ろに引かれた順の身体は自然と反り返っている。繋がった二人の間でローションが飛沫になって散る。和也はしばらくの間、順の尻に向かって腰を強く打ち付けてから唐突に動きを止めた。
「おね、がい……も、出させ、て」
喘ぎながら訴える順の声にはどうしようもない艶がかかっている。和也は順の腕を取ったまま駄目だ、と首を振った。
順のペニスの根元にはリングがつけられている。そのリングは順が勝手に射精しないよう、和也がつけたものだ。リングに締められたペニスは全体的にうっすらと紅色に染まっている。和也はしばし順の股間を肩越しに覗きこんでから低く嗤った。
「ここんとこしてなかったからか? 限界早すぎだぞ」
いつもならあと五、六分は順も我慢しているところだ。嘲るような言葉を浴びせながら和也は腰を一気に突き出した。ローションを十分に塗りこめた腸内をペニスで強く擦りながら何度も腰を前後させる。順が一際激しい声を上げて全身を緊張させる。それと同時に腸壁が強く脈打つ。和也はこみ上げてくる感覚を堪え、ペニスを根元まで埋めたままで腰を上下させた。絶頂に達したばかりの順の身体が何度も強く震える。
知り合ってからの時間はとても短く感じられる。あの夜、珍しく仕事に出かけなければ恐らく順にも会うことはなかっただろう。
「おら、休んでないでケツ振れよ」
そう言って和也は順の尻を軽く叩いた。片腕を離した拍子に順の身体がぐらりと傾く。おっと、と呟いて和也は素早く順を抱きとめた。ベッドに静かに順の身体を下ろす。
やけに月の美しい夜だった。だから普段は避けている仕事にも興味を覚えたのかも知れない。言われるままに赴いたその場所で見知らぬ少年が倒れていた。近付くと少年はまだ息をしていた。だが死ぬのは時間の問題だった。いや、死ぬことは既に決まっていたのだ。そうでなければわざわざ出向く必要がない。
少年は月を背負って立つ自分を見て薄く笑った。少年の目には違う誰かに見えていたのだ。
約束、守れなくてごめんな。そう言って伸ばされた血だらけの少年の手をどうして拒絶出来ただろう。死に逝く者のせめてもの願いをどうして無視出来ただろう。
ぎこちなく順が腰を揺する。和也に命じられるままに腰を振りながら順は苦しそうなか細い声を漏らした。ベッドに顔を押し付けて身体を震わせている。和也は静かな眼差しで順を見つめてから、おもむろに腰を動かし始めた。焦らすためにゆっくりと腰を前後させる。するとそれまで揺れていた順の腰の動きがぴたりと止まった。
「……あー?」
不機嫌を装って和也は順に声を投げた。全身で荒い呼吸をしながら順が肩越しに振り返る。
「も、う、我慢、出来ない……っ!」
「根性なし」
順にとって出来る限りの必死の懇願に和也は嘲笑で応えた。熱く火照った赤い頬はもう涙で濡れきっている。そんな順を見つめてから和也はやれやれと肩を竦めた。
「仕方ねえなあ」
そう呟いて和也は順の腰をつかんだ。抑制していた感覚を開いて欲望を解き放つ。もう、自制することも難しくなった感覚はあっと言う間に膨らんだ。ペニスで何度か抽迭しただけで息が上がる。和也は歯を食いしばって強い欲求に身を任せた。射精した瞬間に思わず漏れそうになる呻き声を何とか喉の奥で押し止める。快楽が頂点に達すると同時に全身から汗が噴き出すのを感じる。和也はベッドに横たわる順の身体を両腕に抱え上げ、夢中で腰を突き上げた。悲鳴を上げて順が背を反らす。
二度目の射精を終えた和也はペニスを抜いて息をついた。腕の中に抱えていた順が戸惑ったような声を上げる。重い腕を持ち上げて頭を撫でると、涙に濡れた目を細めた順が肩越しに振り返る。
「ああ、心配するな。きっちり出させてやっから」
「で、でも……」
こういう時の順の表情や仕草はまるで女のそれを思わせる。和也は何とか呼吸を整えて順をそっとベッドに下ろした。ぺたんと足をついて座った順の股間に顔を近づける。何をされるのか理解したのだろう。順が慌てたように和也の頭を押さえる。
「駄目だ! そ、そんなことしたら!」
「あー、いいんだって」
いっつもしてもらうばっかじゃ悪いしな。そう続けて和也は強引に順のペニスを口に含んだ。その瞬間、頭を押さえていた順の腕の力が緩む。鈴口を舌先で何度かつついてから、和也は一気にペニスの根元までを口に咥え込んだ。そこで頭の動きを止めてペニスの根元についていたリングを外す。
「あ、あ……うぅ」
呻きながら順が手を震わせる。和也は心の中で苦笑して唇で輪を作り、ペニスを根元から亀頭の付け根のくぼみまでをなぞった。だが順は必死で我慢しているのか射精しようとしない。和也は顔を上げて順に声をかけた。
「出しちまっていいんだぞ?」
「でっ、でも! そんなこと、したら……渡部が」
「心配するな。オレは狂ったりしない」
そう告げると順が目を見張る。順のことだ。自分の体液が人に特別な影響を与えると自覚しているのだろう。和也は苦笑して唾液に濡れたペニスを指先でなぞった。
最後くらい。
「下の名前で呼べよ。いつまでも他人行儀な奴め」
「え、ええと」
困ったように順が視線を泳がせる。きっと順にとっても辛い思い出に違いはない。和也は無言でペニスを強く握った。息を飲んで順がぶるりと震える。
「和也」
口に和也の名前を出した途端、順の顔から表情が消える。だがすぐに順の顔は元に戻ってしまった。どうやら無意識のうちに思い出さないようにしているらしい。和也はこっそりため息をついて再び順の股間に顔を埋めた。
「せっかくだから歌え」
「えっ、む、無理言うなよ! この状況で歌なんて……!」
「リクエストはー」
充血しきった亀頭を一舐めして和也は小さく笑った。
「早春賦」
「……何で?」
戸惑う順のペニスを口にしっかりと咥える。しばし順は黙っていたが、やがて言われた通りに歌い始めた。
春は名のみの風の寒さや。
谷の鶯 歌は思えど
拾い上げた記憶の中で順はあどけない笑みを浮かべて歌っていた。恐らく、少年がとても大切にしていた思い出なのだろう。記憶の中でその部分だけが妙に鮮明で、無視したくても出来ないほどに印象深かった。
時にあらずと 声も立てず。
時にあらずと 声も立てず。
震える声で順が歌を紡ぐ。記憶の中の順にはなかった艶が歌にはこもっている。和也はその歌に耳を澄ましながらゆっくりとペニスを愛撫した。
順は人として不完全なだけではなく、龍神としても完全体ではなかった。それ故に研究者たちは順のテストの結果に落胆したのだろう。きっと妹である都子の成績が良かったことも落胆の原因になっている。
だが本来はそれが普通だ。龍神の力は生まれて十七年という時間を眠って過ごす。都子の方が龍神としては特異体質なのだ。そして研究者たちはテストで好成績を上げた都子を今でも大切に箱にしまいこんでいる。
屋敷を出た瞬間から順には別の監視者がつけられた。監視者は順の行動を見張り、必要があれば研究施設にデータを送る。そして研究者たちは放たれた実験体の状態を研究施設にいながらつぶさに観察することが出来たのだ。
まあ、そのことが判ったのも最近だけどな。そう内心で呟いて和也は唾液と共に順のペニスを啜りながら顔を上下に揺すった。
「あ……!」
恍惚の表情で順が掠れた声を上げる。和也は口の中に飛び込んできた精液をためらいなく飲み込んだ。感覚を研ぎ澄まして順の精液に含まれるものを分析する。大丈夫だ。これなら多少、人間の女性と交わってもすぐに相手が壊れるということはないだろう。
「ほら、何してんだ。歌えっつったろ」
「も、もういいから」
「あに言ってんだ。まだ足りないって顔してやがんぞ」
そう言ってから和也は再度、順のペニスを口に含んだ。途切れていた順の歌声が再び部屋の中に響く。今度は先ほどより余裕があるのか、歌の調子は大きく外れるということはない。
氷解け去り葦は角ぐむ。
さては時ぞと 思うあやにく
今日もきのうも 雪の空。
今日もきのうも 雪の空。
一緒に歌いながら順は何度も心配そうに少年をうかがっていた。少年は変声期を迎え、まともに声を出すことが出来なかったのだ。
大丈夫? 和也。
心配顔でそう訊ねる順に少年は頷く。そんなやり取りをしつつ、仲良く学校から帰るのが二人の常だった。
少年はだが家に帰るのがとても嫌だった。その辺りから記憶は急に曖昧になる。恐らく、少年にとって生きている時間は順と共に過ごした時間だけで、その他の時間は死んでいるも同然だったのだろう。両親に冷たくあしらわれ、挙句の果てに暴力を揮われる。そんな記憶は時間を無視してほぼ一緒くたにされている。
その頃から少年は監視者として順の行動を木村の研究施設に報告していた。その記憶もかなり薄い。辛うじて拾えるのは研究者たちのつまらなさそうな顔だけだ。
監視者はその任を解かれた後、始末されるのが普通だ。少年にも例に違わず刺客が差し向けられた。だが少年は自ら彼らの罠に嵌り、そして自分の身を犠牲にして彼らを根こそぎ道連れにしたのだ。当時の研究所はその事実に混乱したが、事態をひた隠しにすることに成功はした。だから順は未だに少年が死んだことを知らないだろう。この情報はメインフレームにも残ってはいないからだ。
それに、オレが居るしな。そっと呟いて和也は順のペニスに口づけをした。唇の下でペニスがぴくりと震える。
春と聞かねば知らでありしを。
聞けば急かるる 胸の思を
いかにせよとの この頃か。
いかにせよとの この頃か。
何も知らなければ少年は人としてごくまっとうな道を進むことが出来ただろう。疑うこともなく順との付き合いを続け、もしかしたら今ごろ同じ学校に笑いながら通っていたかも知れない。
龍神なんぞに関わるからだ。心の底でそう呟いて和也は顔を上げた。
「……ん? どした?」
いつもの調子で和也はそう訊ねた。順は静かに和也を見つめている。いつの間にか歌も途切れている。
「何でもない」
「なんだなんだ、しけたツラして。このオレ様がフェラしてやってんだぜ? もっと悦べないのかよ」
そう言って順の頭を軽く叩いてから和也は身を屈めた。それまでの柔らかな愛撫から一転して激しく頭を上下に振る。唇の間で強くペニスを擦るうちに順の呼吸は荒く速くなっていった。
「で、出るっ!」
切羽詰った声で告げて順が和也の頭を押さえる。和也は喉の奥で亀頭を擦りながら唾液を強く啜った。ほどなく精液が喉の奥に飛び込んでくる。だが意図的にシャットアウトしている和也の身体に順の精液を介して力が注がれることはない。せっかく注いだものを逆流させても無意味だ。
「じゃ、オレは一足先に大学行くぞ」
シャワーを浴びて身支度を整えたところで和也は笑って順に声をかけた。ベッドに沈んだままの順が手を上げるだけの返事をする。疲れ果てて声も出せないらしい。その様子に苦笑して和也は家を出た。
階段を降りたところで和也は深々とため息をついた。待ち構えていたように黒田が姿を現す。うざいな、と呟いて和也はアパートを囲む塀にもたれて立つ黒田を無視して過ぎた。
「どうしようもない馬鹿者だな、貴様は」
「くっそ、無視しようと思ったのにどうしようもないときたか」
ぴたりと足を止めて和也は振り返った。怒りを込めて黒田を睨む。黒田はだがいつものようには絡んでこない。肩を竦めて和也の横に並ぶ。和也は仕方なく黒田と一緒に歩き始めた。
「だんまりかよ。いつもは小姑のごとくぴーぴーうるせえくせしてよ」
駅までの道を歩きながら和也はぼそりと言った。すると黒田が横目に和也を睨む。
「貴様の行く末の方が気になるんでな」
「黒妖牙」
そう呼んで和也は足を止めた。黒田が無言で目を細める。この男はいつだって名前を配下の者に呼ばれることを嫌う。だがこの時だけは黒田は和也を咎めなかった。黙って顎をしゃくって先を促す。和也はにやりと笑って胸を張った。
「何で木村ってあんなに可愛いんだと思う?」
「……それはのろけか」
表情は殆ど変えず、声にだけ呆れたような響きをこめて黒田が呟く。おうよ、と笑って和也は黒田に手を振った。そのまま駅に向かって駆け出す。改札を走って抜けて滑り込んできた電車に乗り込む。大勢の客を詰めた電車がゆっくりと進み始める。いつもの大学への道だ。
いつもの。そう呟いて和也は窓から外を眺めた。
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