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四章
賑やかな連中
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「あの時の引越し業者!?」
何事かを言い合っていた二人がぴたりと口を閉じる。準備をしていたつかさと静もつられたように手を止めて顔を上げた。順はつい大声を上げてしまったことに焦り、口を手で覆った。
「おー、よく覚えてたな」
嬉しそうに言いながら和也が順に近付く。その後ろから不機嫌極まりない顔の男が歩いてきた。間違いない。順が和也のアパートに引越しした時に荷物を運んでくれた男だ。見覚えのある顔をじっと見つめてから順は慌てて頭を下げた。
「その節はお世話になりました」
「いーんだよ、こんなヤツに頭なんざ下げなくても」
「へえ。お前に飼われてるにしてはまともじゃないか」
和也の嫌そうなせりふに続いた男の言葉に順は思わず顔を引きつらせた。恐る恐る顔を上げて男と和也を見比べる。和也は平然としているし男もそうだ。順は不安に駆られて他の二人にも目をやった。だが彼らもごく普通の態度だ。動揺している風はない。
「あ、あの?」
「こいつ、黒田。ベース担当ね」
順の戸惑っている様を楽しんでいるのか、和也がにやにやと笑いながら黒田の頭をぽんと叩く。黒田はとても嫌そうに顔を歪めてはいたが、仕方なさそうに軽く頭を下げてみせた。
「ええと、俺は」
「知ってる。木村順、だろ? 年は二十歳。大学二年。身長一七二、体重五十三キロ。右利き。何なら学籍番号言うか?」
すらすらと早口で言ってから黒田が順を見る。やけに整った顔立ちだからか黒田はとっつきにくい感じがする。何となくそう思いつつ順はいいです、と首を横に振った。何故かは知らないが情報が筒抜けになっている。が、さして重要な情報でもないので順は黒田の言うことを流しておいた。
「あー、それならアタシも言えるー! 好きな食べ物はトマトでー、嫌いなのは納豆? だっけか」
「違うよ、粘り気のあるのが駄目なんだよね?」
つかさに続いて静が告げる。そこまで聞いてから順は無言で和也の胸倉をつかんだ。おお、と笑って和也が片手を上げる。
「どこまで言い触らした!」
怒りに震えて叫んだ順を和也がにやにやと笑う。学校のことや年齢、身長に体重もそうだが、食べ物の好みまで触れ回っているとは思わなかった。隣に立っていた黒田がため息をついて首を横に振った。
「こいつらに何を言っても無駄だ。脳みそが普通とは別のもので出来ていると考えた方がいい」
淡々と酷いことを言ってから黒田が静かにその場を離れる。どうやらこのバンドのメンバーの中で黒田だけが唯一まともらしい。順は黒田の姿を目で追いかけてから仕方なく和也から手を離した。
「しっつれいだなー。んなこと言ってるとクロチャンって呼ぶぞー」
言いながらつかさが軽く手を動かす。スピーカーから流れてきたキーボードの音に驚き、順は慌ててその場を離れた。スピーカーの目の前に立っていたのだ。
「誰がクロチャンだ!」
それまで冷静さを保っていた黒田がつかさに向かって喚く。だがつかさはけらけらと笑いながらお前だー! と叫ぶ。子供の喧嘩か、と呟いて順はステージの袖に向かおうとした。
「こらこら、どこ行くの。きみの立ち位置はそこじゃないよ」
ふと声が飛んでくる。順は眉を寄せてドラムの前に座る静を見た。静はにっこりと笑ってくるりと指の間でスティックを回すと、その先端をステージの中央に向けた。
「そこにバツ印があるでしょ? そこがきみの立つ所」
「ま」
待て、と言いかけて順は慌てて耳を手で覆った。スピーカーからいきなりギターの大きな音がしたのだ。よし、と呟いて和也が手を止める。どうやら試しに弾いたらしい。
「ほんっと助かったよねー。ウチのメンツ、誰も歌いたがらないからさあ。下手したら歌抜きだったんだけどさー」
「そうだよね。今回だけはカズくんに感謝しないとかな」
つかさが頷きながら言えば静がそれににこにこと笑って同意する。状況を考えなければこの二人はいいコンビなのかも知れない。順はうろんな眼差しで和也を見た。だが和也は楽器の調整に夢中になっているのか順の方を見もしない。順は泣きたい気分で今度は黒田を見た。黒田はだが無言でじっと順を見てからステージ中央に向かって顎をしゃくる。
ステージの前方、真ん中の位置には赤いビニールテープでバツの印がつけられている。順はしばらくそれを見てからくるりと背を向けた。
「帰る!」
そう怒鳴ってから順は階段に向かって歩きだした。和也は最初から嵌めるつもりでここに連れて来たのだろう。怒りに任せて大股で進む。
「ま、待って待って! ちょ、ちょっと、カズ! 何とかしなさいよ!」
「そんなに怒らなくても」
つかさと静がそれぞれ言うのが背中越しに聞こえたが順はそれを無視した。付き合ってられるか! そう呟いて客席を横切る。そもそも和也は何故、色んなことを言い触らしたのだろう。何で彼らは平然としているのだろう。様々なことが順の頭を素早く過ぎる。
「こらー。逃げると後で酷いぞー」
間延びした和也の声が聞こえる。順はそれも無視して出口に向かった。どうせ今ここで逃げても逃げなくてもする時には酷いじゃないか。そう呟きながら順は出口の扉に手をかけた。
不意にハウリングが起こる。耳障りな甲高い音に順は思わず驚いて足を止めた。だがすぐに思い直して扉の取っ手を強く押す。
「木村くん! 待って! あたしたちにはあなたが必要なの! あなたが歌ってくれなきゃヒュペリオンは解散よぉぉぉ!」
唐突に知らない女の声がスピーカーから聞こえる。順は驚きに目を見張って思わず振り返った。そこで硬直する。いつの間にか黒田がステージの中央に立ってマイクに向かっていたのだ。
「おお! さすがクロチャン! ナイス、足止め!」
「出たね! クロの十八番!」
つかさと静がはやしたてる。黒田は先ほどまでと変わらない表情でマイクに向かっている。どうやらさっきの女の声は黒田が作ったものらしい。順は引きつりながら扉から手を離した。
「諦めて戻れ。ここで逃げたら、こいつらずっと付きまとうぞ」
元の声で黒田が告げる。順は深々とため息をついてステージに向かって行った。別に黒田の言ったことを信用した訳ではない。ただ、もしかしたらこの連中と共に過ごすのも面白いかも知れないと思ったのだ。
ステージに上がった順は和也を睨みつけた。
「最初からこのつもりだったんだな?」
「ったり前。でなきゃ連れて来るわけねえだろが」
にやにやと笑いながら和也が顎をしゃくる。順はやれやれと息をついて印のある場所に移動した。黒田からマイクを譲り受けて振り返る。
「言っておきますが、俺、歌なんてよく知りませんからね」
「だーいじょうぶ。最初は知ってる曲からやるからーっ」
明るく笑ってからつかさがキーボードに手を乗せる。流れてきたメロディに順は片頬を引きつらせた。
「本気、ですか……?」
「だーいじょぶだって言ったじゃーん。あ、心配なら歌詞カードあるよ?」
前奏の頭の部分だけを繰り返しながらつかさが言う。順は観念してつかさから歌詞カードを受け取った。カードの頭のところに丸っこい文字でタイトルが書かれている。有名な主題歌のタイトルが堂々と記されているのを見て、順は真剣に悩んだ。
何でアニメーションの歌なんだろう。そういう曲をやるバンドなんだろうか。
「じゃー、いちにーのさん!」
なんとも間の抜けた掛け声と合図に前奏が進む。キーボードの音にギターが乗り、ベースが乗り、最後にドラムが加わる。腹の底に響くバスドラムの音を聴いて、順はやけくそでマイクに向かって歌い始めた。
何事かを言い合っていた二人がぴたりと口を閉じる。準備をしていたつかさと静もつられたように手を止めて顔を上げた。順はつい大声を上げてしまったことに焦り、口を手で覆った。
「おー、よく覚えてたな」
嬉しそうに言いながら和也が順に近付く。その後ろから不機嫌極まりない顔の男が歩いてきた。間違いない。順が和也のアパートに引越しした時に荷物を運んでくれた男だ。見覚えのある顔をじっと見つめてから順は慌てて頭を下げた。
「その節はお世話になりました」
「いーんだよ、こんなヤツに頭なんざ下げなくても」
「へえ。お前に飼われてるにしてはまともじゃないか」
和也の嫌そうなせりふに続いた男の言葉に順は思わず顔を引きつらせた。恐る恐る顔を上げて男と和也を見比べる。和也は平然としているし男もそうだ。順は不安に駆られて他の二人にも目をやった。だが彼らもごく普通の態度だ。動揺している風はない。
「あ、あの?」
「こいつ、黒田。ベース担当ね」
順の戸惑っている様を楽しんでいるのか、和也がにやにやと笑いながら黒田の頭をぽんと叩く。黒田はとても嫌そうに顔を歪めてはいたが、仕方なさそうに軽く頭を下げてみせた。
「ええと、俺は」
「知ってる。木村順、だろ? 年は二十歳。大学二年。身長一七二、体重五十三キロ。右利き。何なら学籍番号言うか?」
すらすらと早口で言ってから黒田が順を見る。やけに整った顔立ちだからか黒田はとっつきにくい感じがする。何となくそう思いつつ順はいいです、と首を横に振った。何故かは知らないが情報が筒抜けになっている。が、さして重要な情報でもないので順は黒田の言うことを流しておいた。
「あー、それならアタシも言えるー! 好きな食べ物はトマトでー、嫌いなのは納豆? だっけか」
「違うよ、粘り気のあるのが駄目なんだよね?」
つかさに続いて静が告げる。そこまで聞いてから順は無言で和也の胸倉をつかんだ。おお、と笑って和也が片手を上げる。
「どこまで言い触らした!」
怒りに震えて叫んだ順を和也がにやにやと笑う。学校のことや年齢、身長に体重もそうだが、食べ物の好みまで触れ回っているとは思わなかった。隣に立っていた黒田がため息をついて首を横に振った。
「こいつらに何を言っても無駄だ。脳みそが普通とは別のもので出来ていると考えた方がいい」
淡々と酷いことを言ってから黒田が静かにその場を離れる。どうやらこのバンドのメンバーの中で黒田だけが唯一まともらしい。順は黒田の姿を目で追いかけてから仕方なく和也から手を離した。
「しっつれいだなー。んなこと言ってるとクロチャンって呼ぶぞー」
言いながらつかさが軽く手を動かす。スピーカーから流れてきたキーボードの音に驚き、順は慌ててその場を離れた。スピーカーの目の前に立っていたのだ。
「誰がクロチャンだ!」
それまで冷静さを保っていた黒田がつかさに向かって喚く。だがつかさはけらけらと笑いながらお前だー! と叫ぶ。子供の喧嘩か、と呟いて順はステージの袖に向かおうとした。
「こらこら、どこ行くの。きみの立ち位置はそこじゃないよ」
ふと声が飛んでくる。順は眉を寄せてドラムの前に座る静を見た。静はにっこりと笑ってくるりと指の間でスティックを回すと、その先端をステージの中央に向けた。
「そこにバツ印があるでしょ? そこがきみの立つ所」
「ま」
待て、と言いかけて順は慌てて耳を手で覆った。スピーカーからいきなりギターの大きな音がしたのだ。よし、と呟いて和也が手を止める。どうやら試しに弾いたらしい。
「ほんっと助かったよねー。ウチのメンツ、誰も歌いたがらないからさあ。下手したら歌抜きだったんだけどさー」
「そうだよね。今回だけはカズくんに感謝しないとかな」
つかさが頷きながら言えば静がそれににこにこと笑って同意する。状況を考えなければこの二人はいいコンビなのかも知れない。順はうろんな眼差しで和也を見た。だが和也は楽器の調整に夢中になっているのか順の方を見もしない。順は泣きたい気分で今度は黒田を見た。黒田はだが無言でじっと順を見てからステージ中央に向かって顎をしゃくる。
ステージの前方、真ん中の位置には赤いビニールテープでバツの印がつけられている。順はしばらくそれを見てからくるりと背を向けた。
「帰る!」
そう怒鳴ってから順は階段に向かって歩きだした。和也は最初から嵌めるつもりでここに連れて来たのだろう。怒りに任せて大股で進む。
「ま、待って待って! ちょ、ちょっと、カズ! 何とかしなさいよ!」
「そんなに怒らなくても」
つかさと静がそれぞれ言うのが背中越しに聞こえたが順はそれを無視した。付き合ってられるか! そう呟いて客席を横切る。そもそも和也は何故、色んなことを言い触らしたのだろう。何で彼らは平然としているのだろう。様々なことが順の頭を素早く過ぎる。
「こらー。逃げると後で酷いぞー」
間延びした和也の声が聞こえる。順はそれも無視して出口に向かった。どうせ今ここで逃げても逃げなくてもする時には酷いじゃないか。そう呟きながら順は出口の扉に手をかけた。
不意にハウリングが起こる。耳障りな甲高い音に順は思わず驚いて足を止めた。だがすぐに思い直して扉の取っ手を強く押す。
「木村くん! 待って! あたしたちにはあなたが必要なの! あなたが歌ってくれなきゃヒュペリオンは解散よぉぉぉ!」
唐突に知らない女の声がスピーカーから聞こえる。順は驚きに目を見張って思わず振り返った。そこで硬直する。いつの間にか黒田がステージの中央に立ってマイクに向かっていたのだ。
「おお! さすがクロチャン! ナイス、足止め!」
「出たね! クロの十八番!」
つかさと静がはやしたてる。黒田は先ほどまでと変わらない表情でマイクに向かっている。どうやらさっきの女の声は黒田が作ったものらしい。順は引きつりながら扉から手を離した。
「諦めて戻れ。ここで逃げたら、こいつらずっと付きまとうぞ」
元の声で黒田が告げる。順は深々とため息をついてステージに向かって行った。別に黒田の言ったことを信用した訳ではない。ただ、もしかしたらこの連中と共に過ごすのも面白いかも知れないと思ったのだ。
ステージに上がった順は和也を睨みつけた。
「最初からこのつもりだったんだな?」
「ったり前。でなきゃ連れて来るわけねえだろが」
にやにやと笑いながら和也が顎をしゃくる。順はやれやれと息をついて印のある場所に移動した。黒田からマイクを譲り受けて振り返る。
「言っておきますが、俺、歌なんてよく知りませんからね」
「だーいじょうぶ。最初は知ってる曲からやるからーっ」
明るく笑ってからつかさがキーボードに手を乗せる。流れてきたメロディに順は片頬を引きつらせた。
「本気、ですか……?」
「だーいじょぶだって言ったじゃーん。あ、心配なら歌詞カードあるよ?」
前奏の頭の部分だけを繰り返しながらつかさが言う。順は観念してつかさから歌詞カードを受け取った。カードの頭のところに丸っこい文字でタイトルが書かれている。有名な主題歌のタイトルが堂々と記されているのを見て、順は真剣に悩んだ。
何でアニメーションの歌なんだろう。そういう曲をやるバンドなんだろうか。
「じゃー、いちにーのさん!」
なんとも間の抜けた掛け声と合図に前奏が進む。キーボードの音にギターが乗り、ベースが乗り、最後にドラムが加わる。腹の底に響くバスドラムの音を聴いて、順はやけくそでマイクに向かって歌い始めた。
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