冥府への案内人

伊駒辰葉

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三章

講義室の戯れ

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 ……その後、自分はどうするつもりなのだろう。都子を連れてあの家から逃げ続けるだけなのだろうか。

「暗い顔に逆戻りか?」

 ふと隣から潜めた声が聞こえる。順は驚きに身体を震わせて声のした方を見た。いつの間にか和也が肘杖をついて順を見ている。にやにやと人の悪い笑いを見つけた順は顔をしかめて和也から目を背けた。

 和也と初めて交わったあの日から何かが狂っているような気がする。そもそもあんなことがなければ、いつもと変わらない日々を過ごしていた筈なのだ。きっと他の女子学生や美恵に変な気持ちを抱いたりもしなかった。

「せっかくいい感じだったのに、それじゃつまんねえだろ」

 殆ど声にならない声で言って和也が右腕を伸ばす。講義室の机は横に長く、和也と順の座る席の間に隔たりはない。順は無言で和也の手を睨みつけた。順の前に置かれたリフィルに和也がシャーペンで何事かを走り書きする。

 声、出すなよ。

 そう書かれたのを見取った順は首を傾げた。どういう意味だろう。和也の手と顔とを交互に見てから順はどういう意味かと書こうとした。

 唐突に股間を何かが撫でる。順は驚きに息を飲んで全身を緊張させた。ジーンズ越しに和也が片手で順の股間を弄ったのだ。順は慌てて和也の手を払いのけた。すると少し怒ったように和也が順を睨む。

 逆らうつもりか?

 ろくでもないことを書かれている筈なのに、字だけは妙に綺麗だ。順は歯を食いしばって横目に和也を鋭く睨んだ。抵抗すれば都子を、という毎度の脅迫なのだろう。しばし無言で睨み合ってから、順は諦めのため息をついた。

 好きにしろ。そう呟いて股間を隠していた手を退ける。要は自制すればいいだけのことだ。順はそう気軽に考えてさりげなく周囲を見回した。幸い、和也の隣には誰もいない。少し離れた場所に数名の学生が座ってはいるが、こちらに関心はなさそうだ。前の席には学生がいるが、用がない限りは振り返ったりもしないだろう。

 先ほどより強めに和也が股間を弄る。だが順は予想した通り、触れられたという以外のことは何も感じなかった。少しくすぐったいが耐えられない程度ではない。どうせ和也は暇つぶしにしているだけのことだろう。そう考えて順は知らん顔でノートを取り始めた。

 鈍い感触が股間を上下に動く。その内に順のペニスは首をもたげ始めた。特に激しい快感があるという訳ではない。だが順は無意識にぼんやりとした目になった。目はホワイトボードに向いているのに内容を書き取る気が起こらない。教授の声も聞こえている筈なのに、喋っている内容が耳を素通りしてしまう。

 和也が巧みに手の力を加減して情欲を煽っていることに順は気付かなかった。左手で順を弄りながら、和也は知らん顔でホワイトボードに書かれた内容をルーズリーフに書き写している。横目にそんな和也を見つめ、順は出来るだけ声を潜めて言った。

「もういいだろう。離せ」

 股間を弄る和也の手を握る。だが和也は股間から手を離そうとしない。おまけに人の悪い嗤いを浮かべている。それを見止めた順の胸の内に奇妙な感覚が生まれた。背中がざわつき、落ち着かなくなる。助けを求めるように順は周囲に視線を向けた。

 微かな音を耳に捉え、順は慌てて俯いた。よせ、と声にならない声で呟く。だがそんな順に構わず和也はじりじりとジーンズのジッパーを下げた。順は俯いたまま真っ赤になって目を閉じた。握ったシャーペンが小刻みに震え、手の中が自然と汗ばんでくる。

 ジッパーの隙間から手を忍ばせた和也が微かに息を飲む。順は恥ずかしさにこの場から今すぐ逃げ出したくなった。和也が何かを確かめるようにしきりに指先を動かす。今にも下着からはみ出しそうなほどに勃起した順のペニスの先端を何度も指先が往復する。順はその度に息を殺して歯を食いしばった。

 この状況でどうしてこんな風になるのか判らない。周囲には学生たちがたくさんいる。しかも教授は淡々と講義を続けている。ごく当り前の日常の風景の中にいるのにどうして感じてしまうのだろう。順は泣きたい気分で目を薄く開けた。真っ白なリフィルにはシャーペンで書いた文字が並んでいる。

 ふと、和也が右手を伸ばす。目の前に書かれた文字を読み取った順は悔しさに唇を噛んだ。

 おまえもかなりの変態だよな。

 違う、と順は心の中で叫んだ。自分は好きで欲情している訳ではない。こんな状況で和也が触れるのがいけないのだ。だがそう思う心のどこかで順は書かれたことに納得していた。

 張りつめたペニスが和也の指に引っ張り出される。順は呻きを殺して手をかたく握り締めた。ペニスの先端は既に先走りに濡れている。それを確かめるように和也は指先で何度も鈴口をつついた。濡れたペニスを情けない気分で見下ろし、順は震える手で和也の手をつかんだ。

 もう、十分だろう。その意味をこめて順は和也の手をつかんで股間から遠ざけようとした。だが頑として和也は手を退けない。これだけ恥ずかしい思いをさせたんだから十分じゃないか。そう心の中で告げて順は恐る恐る和也を見た。

 和也は一見、真面目そうな顔をして前を向いていた。その横顔には特に感情は浮かんでいない。それを見た順は声を詰まらせてまた俯いた。和也は平然とした素振りをしつつ、手の中の感触を楽しんでいるのだ。それを知った順の鼓動はどんどん速くなって言った。異常な性癖だと思うのに、どうしても感じることが止められない。

 呼吸が荒くなるのを抑えるために順は出来るだけゆっくりと息を吸い込んだ。意識してゆっくりと息を吐く。下手に呼吸を荒くしていれば周囲が何事かと思うだろう。順は必死で音を殺すことに意識を集中させた。シャーペンを握った指に自然と力が入る。順は机についた腕で身体を支え、かたく目を閉じた。

 焦らすことに飽きたのか、和也がペニスを手全体で握る。和也はしばらくの間、ゆっくりとペニスを扱いていた。必死で堪える順の額に汗が浮き、流れた汗がリフィルに落ちる。

 不意に和也が手を離す。順ははっとして目を開いた。ようやく解放されるのだという安堵感に思わず深く息をつく。和也は順に何か声をかけるでもなく、握っていたシャーペンを机に転がした。ジーンズの尻ポケットを探って財布を取り出す。順は呼吸を整えつつ、剥き出しになったままのペニスをしまおうとした。

「さわんじゃねえよ。まだそのままにしとけ」

 殆ど唇を動かさずに和也がぼそりと告げる。順は目を見張って慌てて顔を上げた。和也が膝の上で財布を開く。小銭入れから出てきたものを見た順は思わず息を飲んだ。まさか、と思わず呟く。和也はにやにやと嗤いながら取り出した小袋の封を切った。

 順はそれを実際に見るのは初めてだった。が、知識としては理解している。ビニールの小さな袋から和也が取り出したのはコンドームだった。じゃーん、と小声で言いながら和也がもう一度小銭入れを探る。次に出てきたものを見た順は思わず和也の手を押さえた。

 携帯用の歯磨き粉のようなチューブの表面は無地で白い。間違いなく和也は前に使ったものと同じ物を使おうとしているのだ。

「いいかげんにしろ。そんな物、どうするつもりだ」
「抵抗したら騒ぐぞ」

 すぐさまそう返されて順は思わず手の力を抜いた。和也が口許に嫌な嗤いを浮かべて順の手を払う。順は悔しさに歯を食いしばって股間に手を伸ばした。順がペニスに触れる寸前に和也が無造作に手を伸ばす。急にペニスを横からつかまれた順は思わず上げかけた声を必死で飲み込んだ。口を手で覆って俯く。

 和也は膝に乗せたコンドームの中央に透明なジェル状のものを絞り出した。動くなよ、と順に忠告してから左手でコンドームをそっとすくい上げる。順は口を押さえたまま全身に力をこめた。

 何で!

 心の中で叫ぶ。どうしてこの状況下で感じるのだろう。何故、これからされることに期待してしまうのだろう。順は自分の反応に混乱しながら目を見張った。冷ややかなものがペニスの先端に触れる。和也は器用に左手だけで順のペニスにコンドームを被せていった。根元まで完全にコンドームを被せてから、下着の中にペニスを押し戻す。じりじりという微かなジッパーの音がして順のペニスは完全に服の中に納まった。
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