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痛手

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 翌日私は退院し、マンションに戻った。父もやって来て今回のことを話した。

「セキュリティ万全だと思っていたこのマンションで、まさかこんなことが……」

 このマンションを選んだのは父だ。相当に責任を感じているようで、憔悴しきっていた。

「首謀者は、相沢弁護士の名前を知っていることと、由梨花と相沢弁護士のやり取りを知っているのだから、藤川法律事務所内部の人間でしょう。調べればすぐにわかるでしょう」
「それにしても、なぜ?」
「実は浅川物産北海道支社が関わっているかもしれません」
「と言いますと?」
「実は少しトラブルになっていたのですが、北海道支社と利益相反する会社がありました。私は和解する方法を探っていましたが、事務所内の何物かがそれを不快に思ったのかも知れません」
「ということは」
「おそらくは、由梨花を誘拐し、私を脅迫するつもりだったのでしょう。浅川から手を引けと。実行犯は雇われたのだと思います。首謀者は時間を稼ぐために相沢弁護士の名前を語り、情報の撹乱を図ったのではないでしょうか」

 数日後、実行犯が逮捕された。そこから。首謀者も判明した。
 藤川法律事務所の事務職員で、問題の会社の社長の親類だった。私が事務所を初めて訪問した時、お茶を出してくれた女性だった。

「あんな穏やかで優しそうな女性が……」

 にわかには信じられない話だった。

「ま、人間の内面はわからない」

 後で聞いた話だが、彼女は秘かに利光さんを思っていたそうだ。だが、美雪さんのことも知っていたため、利光さんが振り向くことはないと、諦めていたそうだ。しかし、私のことを聞き、しかも事務所にまで現れたため、やりきれない気持ちになったとのことだ。
 今回、浅川の北海道支社と親類が経営する会社が対立することになり、立場上、利光さんが浅川側に立つことになって怒りが爆発したらしい。

「彼女は僕に、浅川物産とは一切手を切るよう脅迫するつもりだったらしい。浅はかなことだが、思うようにいかなければ由梨花に危害を加えたかもしれない」
「実行犯は誰だったの?」
「彼女の甥で、都内の大学に通う男だった。由梨花が事務所に来た時に、彼女がこっそり撮った写真を甥に送ったらしい。この前も言ったが、相沢弁護士は全く関与していなかった」
「なんだか怖い話ね」

 利光さんは、父と私に深々と頭を下げた。

「このたびは、私の部下の犯行により、お嬢さんを危険な目に遭わせてしまい、お詫びのしようもございません。私は事務所の代表を辞し、浅川物産の顧問弁護士については、進退伺を出させていただきます」

 父が重い口を開く。

「由梨花はどうなりますか?」
「由梨花さんは……」
「別れるのですか?」

 利光さんは唇を噛みしめた。

「藤木先生の社会的な立場、そして心情はお察しします。体面的なけじめということを考えていらっしゃるのでしょう。しかし、社長として父親としてあえて言わせていただきます」

 私は父を食い入るように見ていた。

「いま先生が浅川物産からも由梨花からも離れたとして、それで責任を取ったと言えるのでしょうか?会社も娘も、あなたに放り出されたらどうしようもありません。心中は察しますが、ここは踏みとどまって頂かないと困ります」

 利光さんは目を真っ赤にしている。

「今回のことは、結果的に利益相反に近い事案を押し付けることになってしまい、こちらとしても申し訳ありませんでした。これは他の弁護士に依頼して、こちらで和解に向けた話し合いをしようと思います。今後は負担を感じなくて結構です」
「ありがとうございます」
「では、顧問契約と娘との婚約は今まで通りということで。それでよろしいですね」
「はい」
「しかし利光君、きみはモテるんだねえ」

 父はがらりと打ち解けた口調で言った。

「こりゃあ、由梨花も大変だ」
「どうして?」
「周囲の女性をすべてを敵に回しそうだからさ」
「プレッシャーを掛けないでよ」

 でも私は知っている。利光さんと私には強い味方がついている。私が襲われた時、体当たりして救ってくれた、あの白いウサギ。

(美雪さん、だよね。ありがとう)

 利光さんは責任を取って事務所の代表を辞任した。山路弁護士が代表となり「山路弁護士事務所」として再出発することになった。首謀者の女性は逮捕され、解雇となった。傷ついた信用を回復するのは大変だろう。しかし、あの仲間ならきっとできる。そう信じよう。

「利光さん」

 夜、話しかけると抱きしめられた。

「怖かった。由梨花まで失うかと思った」
「私も怖かった。でも美雪さんが守ってくれた、ような気がする」
「僕もそう思う」

 利光さん、また傷ついてしまったね。でも、どんなことがあっても私が傍にいるから。
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