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幸せな別れ
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私たち二人と小樽の女将さんが、円山の部屋に集まった。部屋の中の整理をしていると利光さんと美雪さんが生活した思い出がいくつも見つかった。それらを見逃さないように丁寧に拾い上げてゆく。
部屋にあったあの花瓶は、美雪さんのお気に入りだったそうだ。利光さんと話し合って私たちの部屋に持ち帰ることにした。女将さんは反対したが、私自身も心を込めて花を生けたこともあり、この花瓶には生命を保ってほしかった。
その他の思い出の品は丁寧に箱に詰めて、小樽で保管することになった。家具や家電などは、新しい家主がそのまま使いたいとのことだったので、部屋の整理は短時間で終わった。
その晩は別れの宴となり、利光さんがスープカリーを作った。美雪さんは利光さんが作るカリーが大好きだったそうだ。
「利光さん、ようやく決心したのね」
「はい」
「私もなんとなく安心したわ。由梨花さんと二人で生きていくのが本来の形で、無理をしてはいけない。だからあの花瓶は……」
「いえ、私も大好きなんです、あの花瓶」
私は静かに言った。
「短い間でしたけれど、ここに来て花を生けるたびに部屋の中に光が溢れるようで、生命というものを感じました。それを閉じ込めてはいけない。これからも私の手で生命をつなごうと思いました」
「由梨花には感謝しています。美雪がいなくなった後、私の心はこの部屋から離れてしまった。家の中は荒れていました。私自身の身勝手で美雪を悲しみの中に閉じ込めてしまったのです。でも、由梨花が来るようになって、本当に最後になって、この部屋での楽しかった思い出が鮮やかに蘇りました。今なら、幸せな別れが出来そうな気がしたんです」
「まさにその通りですわね。由梨花さんは私たちにとって、本当に救世主だった」
「でも、利光さん……」
「由梨花は何も気にすることはないよ。もう十分だよ。感謝しきれない程だ。まあ、後輩が住むわけだから、全く縁が切れるわけじゃない。呼んでもらえることもあるかもしれない。美雪には小樽に行けば会える。由梨花が同行しないときは小樽に泊めてもらおうと思っている」
「私はちょっと迷うところで、美雪さんにお線香をあげたい気もするんですけど、二人きりにしてあげたい気もします」
「まあ、あまり深く考えずに来てくださいな。娘も喜ぶと思いますよ。大恩人ですもの」
「そう思ってもらえるでしょうか」
「当たり前です。私たち母娘はそんな恩知らずではありません」
利光さんのスープカリーは、本当に美味しかった。うれしそうに食べる美雪さんが目に浮かんだ。
次の日、新婚さんたちがやって来た。二人はこの部屋がとても気に入っているようで、はしゃぎながら部屋を見て回った。特にソファは気に入っているようだ。何かとお金のかかる状況なので、家電などもそのまま使えるのはとても助かると言っていた。この部屋は新しい主により、また違う光り方をするだろう。
幸せなお別れ。私たちは花瓶を大切に包み、部屋を後にする。鍵をかけた時、笑みと涙がこぼれた。
(着いたよ)
東京に戻って、花瓶は玄関に置いてみた。でも、やっぱり居間の日当たりの良いところに置くことにした。そういう花を生けたいと思う。
(お花が絶えないようにするからね)
翌日、社長と秘書室長から正式に話があった。藤木弁護士には札幌の北海道支店の顧問弁護士とも連絡を取り合ってもらうこと。それゆえ、藤木弁護士が札幌に赴くときは浅川由梨花も同行すること。これは出張扱いとすること。
利光さんが事務所で仕事をしている間、私は支社で連絡事務をこなすという流れだ。必要に応じて利光さんも支社での打ち合わせに参加する。
(利光さん、大丈夫かな)
でも、いつも一緒にいられるのは、やっぱりうれしい。そして、利光さんの栄養管理はとても楽になった。
なにもかも、うまくいくようになったと思ったある日、あの事件は起こった。
部屋にあったあの花瓶は、美雪さんのお気に入りだったそうだ。利光さんと話し合って私たちの部屋に持ち帰ることにした。女将さんは反対したが、私自身も心を込めて花を生けたこともあり、この花瓶には生命を保ってほしかった。
その他の思い出の品は丁寧に箱に詰めて、小樽で保管することになった。家具や家電などは、新しい家主がそのまま使いたいとのことだったので、部屋の整理は短時間で終わった。
その晩は別れの宴となり、利光さんがスープカリーを作った。美雪さんは利光さんが作るカリーが大好きだったそうだ。
「利光さん、ようやく決心したのね」
「はい」
「私もなんとなく安心したわ。由梨花さんと二人で生きていくのが本来の形で、無理をしてはいけない。だからあの花瓶は……」
「いえ、私も大好きなんです、あの花瓶」
私は静かに言った。
「短い間でしたけれど、ここに来て花を生けるたびに部屋の中に光が溢れるようで、生命というものを感じました。それを閉じ込めてはいけない。これからも私の手で生命をつなごうと思いました」
「由梨花には感謝しています。美雪がいなくなった後、私の心はこの部屋から離れてしまった。家の中は荒れていました。私自身の身勝手で美雪を悲しみの中に閉じ込めてしまったのです。でも、由梨花が来るようになって、本当に最後になって、この部屋での楽しかった思い出が鮮やかに蘇りました。今なら、幸せな別れが出来そうな気がしたんです」
「まさにその通りですわね。由梨花さんは私たちにとって、本当に救世主だった」
「でも、利光さん……」
「由梨花は何も気にすることはないよ。もう十分だよ。感謝しきれない程だ。まあ、後輩が住むわけだから、全く縁が切れるわけじゃない。呼んでもらえることもあるかもしれない。美雪には小樽に行けば会える。由梨花が同行しないときは小樽に泊めてもらおうと思っている」
「私はちょっと迷うところで、美雪さんにお線香をあげたい気もするんですけど、二人きりにしてあげたい気もします」
「まあ、あまり深く考えずに来てくださいな。娘も喜ぶと思いますよ。大恩人ですもの」
「そう思ってもらえるでしょうか」
「当たり前です。私たち母娘はそんな恩知らずではありません」
利光さんのスープカリーは、本当に美味しかった。うれしそうに食べる美雪さんが目に浮かんだ。
次の日、新婚さんたちがやって来た。二人はこの部屋がとても気に入っているようで、はしゃぎながら部屋を見て回った。特にソファは気に入っているようだ。何かとお金のかかる状況なので、家電などもそのまま使えるのはとても助かると言っていた。この部屋は新しい主により、また違う光り方をするだろう。
幸せなお別れ。私たちは花瓶を大切に包み、部屋を後にする。鍵をかけた時、笑みと涙がこぼれた。
(着いたよ)
東京に戻って、花瓶は玄関に置いてみた。でも、やっぱり居間の日当たりの良いところに置くことにした。そういう花を生けたいと思う。
(お花が絶えないようにするからね)
翌日、社長と秘書室長から正式に話があった。藤木弁護士には札幌の北海道支店の顧問弁護士とも連絡を取り合ってもらうこと。それゆえ、藤木弁護士が札幌に赴くときは浅川由梨花も同行すること。これは出張扱いとすること。
利光さんが事務所で仕事をしている間、私は支社で連絡事務をこなすという流れだ。必要に応じて利光さんも支社での打ち合わせに参加する。
(利光さん、大丈夫かな)
でも、いつも一緒にいられるのは、やっぱりうれしい。そして、利光さんの栄養管理はとても楽になった。
なにもかも、うまくいくようになったと思ったある日、あの事件は起こった。
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