純情可憐な社長令嬢はイケオジ弁護士に溺れていく

芦屋 道庵 (冷月 冴 改め)

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浅川 由梨花

花筏(はないかだ)

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 はあ、はあ……
 土曜日の早朝、私たちはお互いの体温を貪るように抱き合っていた。
 実家の近く、川沿いの桜が見ごろになったので、今日はお花見に行く予定だ。東京の桜の名所と言えば上野や隅田川が有名だけど、最近はおしゃれな店も多く集まった、実家近くの桜並木が有名になった

「こっちの方が花びらでいっぱいになってしまったな」
「もう……」

 私の全身には、利光さんが付けた痕が、赤い花びらのように散らばっていた。

「外から見えるところはやめてね」
「そんなドジはしないさ。あれ、でもこれは……」

 私の首筋の一点を指差した。

「えっ……」

 私は焦り、声を上げた。社長秘書が首筋にキスマークなんかつけていたら……

「はは、ウソウソ」

 また、やられた。

「もう、仕事上困るんです。これ以上やったら、ホントに業務妨害で訴えますからね」
「おー、こわいこわい。優秀な弁護士さんを頼まないと」
「あの……」

 じとーっと利光さんを見る。

「あんまりイジメると、私泣きますよ」
「泣かせるようなことはちっともしてないよ」
「釧路のお義母さんに言いつけてやるから」
「残念ながら、親には信用されてるんだ」
「もう、知らない」

 プイっと横を向く。

「わかったよ、これから気を付けるからさ」
「ほんとに?」
「はい、誓います。かわいい奥さん」
「え……」

 奥さん?

「なに、嫌だった?」
「イヤ、じゃない……」
「そろそろ、いろんなこと具体的に考えなきゃね」
「うん」

 午後、家を出て、いったん実家に向かう。ハスカップジャムのたっぷり入った北海道の極上スイーツと、余市という街で醸造されたピュアモルトの限定品だった。
 父はウイスキーに目がない。限定品を見て、目を輝かせた。

「これはなかなか手に入らない逸品だ。どこにあったのですか?」
「札幌の知り合いの酒屋が一本持っていたので譲ってもらいました」
「それはそれは。いや、ありがとうございます」

 父がこんなに喜ぶのも珍しい。

「さすが、利光君はセンス抜群だね」
「恐れ入ります」
「こんな紳士に愛されて娘も幸せだ。なあ由梨花」
「は、はい」

 横目でじっとり利光さんを見ると、涼しい顔で微笑んでいる。そして、ふっと真顔になると、父に向って言った。

「同居生活も三カ月を過ぎました。私と由梨花さんの年齢から言っても、中途半端な状態を長引かせるのは良くないと思います」
「うむ」
「由梨花さんとも話したのですが、今後のことについて具体的なことを考えたいと思います」
「それは娘と入籍するということですね?」
「はい」
「私どもに異存はありません。どうか、由梨花を幸せにしてください」
「わかりました」

 実家を出て、近くの川沿いの桜並木に向かった。カフェや飲食店などのお店もたくさんある。幸せそうなカップルが何組もいて、スマホで写真を撮っている。ここはインスタ映えするだろう。

「みんな楽しそうだね」
「うん」
「ぼくたちも幸せそうに見えるかな」
「もちろん。だって私、すごく幸せだもん」
「なら良かった」
「え、違うの」
「違わないさ」
「あ、羊肉の店がある」
「まあ、ラムならやっぱり札幌かな?札幌では桜の木の下でジンギスカンをするんだ」

 いつしか、街灯が点る時間になっていた。川面には散った花びらが浮かび、ゆっくりと流れている。

「幻想的な光景だね。あの花びらはどこに行くんだろうね。遠いところに行くのかな」

 なぜか利光さんが動揺している。

「由梨花、川の方を見ないで上の花を見よう。ほらこんなにきれいだよ」
「ほんと。あ、この花は中心が赤くなっていないから、まだ咲いたばかりね」
「そうなんだ」
「もうすぐ散る花は、真ん中が赤くなるからわかるの」
「……散る花の話は止めよう」

 利光さんを見た。

「利光さん、思い出してもいいよ」
「え……」
「ほら見て。水面に花弁が浮かんでいるのは花筏(はないかだ)って言うんだよ」
「うん、知ってる」
「昔、大和の国で誰かが亡くなると、お骨の入った壺の上にいっぱい花を飾って、筏で川に流した。流れて行くうちに花がほどけて、川面いっぱいに広がって、それを花筏と言ったらしいよ……」
「詳しいんだね」
「うん……。あのね、利光さんの中には、まだ桜の美しい思い出が残っているんでしょ?無理に花筏にして流す必要はないよ。私に話す必要もない。大丈夫、私はそんな利光さんのすべてが好きだから」

 利光さんは花びらを目で追いながら言った。

「ぼくは小さい人間だ。由梨花にはとても敵わない」
「そんなことないと思うけど?」
「ぼくは由梨花を幸せにできるのかな」
「できるよ。私は利光さんを幸せにしてあげられるよ、きっと」

 利光さんに笑みを向ける。

「もし、忘れられないことが辛くなったら私に逃げ込んでいいよ。いつでも受け止めるよ。どんなことからも守ってあげるよ」

 人は、桜の花は儚いという。でもそれは違う。今年散っても、来年には必ず蘇る。その再生能力は生命の持つ計り知れない強さの象徴ではないだろうか。
 どんなに傷が深くてもいつか治る日が来るよ、利光さん。
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