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浅川 由梨花

宣言

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 有名なクラーク博士の像の向こうには真っ白な雪原、そして札幌の街並みが広がっていた。

「あ!」

 木の幹を、黒っぽい影が駆け昇って行く。

「エゾリスですね。尻尾がフサフサしてたでしょう?」
「初めて見ました。けっこう大きいんですね。あれ、でも……」
「どうしました?」
「リスって、冬眠するんじゃ?」
「ああ、それはシマリスですね」
「そう、リスと言えばあれだと思ってました。あの小さくてかわいい……」
「ここにはキツネやウサギもいるんですよ。実際に見たことはないですが、ときどき雪の上に足跡が残っています」
「自然が豊かなんですね」

 利光さんがこっちを見た。

「ここは特別な場所なんです」
 
 思わず見返す。

「亡くなった妻にプロポーズしたんです、ここで。大地が真っ白で、天気が良くて、ちょうどこんな日でした」

 鼓動が激しくなって、思わず胸を押さえた。

「妻は笑って承知してくれました。私たち夫婦はここから始まったんです」
「そんな場所に、なぜ……」
「挨拶しておこうと思ったんです、妻に」
「挨拶?」
「一緒に生きたいと思える女性ひとに出会ったよ、と」

 いつの間にか、雪の上に白い野生のウサギが座って、こちらを見ていた。

「実は妻の位牌も遺影も義母に取り上げられてしまってね、小樽で見たでしょう?」
「はい」
「義母はね、妻の位牌があったら、いつまでも前を向けないからと言うんですよ。娘は連れて帰る。会いたかったら小樽まで来い。そこできちんと食事をしたら会わせてやる。それがあの子の遺言だからって、ね。結局、月命日には小樽まで行く羽目になりました。私の両親は釧路という街に住んでいて、ここからだと東京と名古屋くらい離れているんですよ。だからどうしても、義母の世話になってしまいます」

 利光さんは遠くを見るような目をした。ウサギは鼻をヒクヒクさせながら、こちらを見ているようだ。

「私にとって、かけがえのない時間がいま終わり、新しい時間が動き出す」
 
 利光さんの目から、一筋の涙が流れた。

「さよなら、美雪」

 それまで黙って見ていた私は、利光さんの手を握って叫んだ。

「それは違うわ、

 突然の私の変貌に利光さんはたじろいだ。

「利光さんは美雪さんを忘れられない。自分にウソをついてはいけません」
、でも……」
「いいじゃないですか、忘れなくても。人間の心なんて、すぐに変わるはずない。利光さんが一番よく知っているじゃないですか」

 もう、自分の感情を止められなかった。

「私は、亡くなった奥さんのことをいまも大切に思っている利光さんが好きなんです。だから私のために忘れるなんて言わないで。利光さんは言い尽くせないくらい傷ついてきた。これからもきっと、痛みを感じて生きていくのでしょう。見ている私も辛いと思います。でも、それを覚悟のうえで言います」
「……」
「私と、私といっしょにいてください!」

 私は、こんなにも利光さんを好きになってしまったんだ。
 そして私は、こんなにも強くなったんだ。

「由梨花さん……」

 初めてのハグ。利光さんの香りに包まれ涙が流れる。大丈夫、きっと利光さんを幸せにしてあげられる。
 いつの間にかウサギはいなくなった。足跡だけを残して。

「東京で待っています、利光さん」
「由梨花さんのところに荷物を送っていいですか?」
「もちろんです」

 夕刻の新千歳空港では、そこかしこで見送りが行われている。

「じゃ、行きますね」
「はい」
「これからは東京が、二人で暮らす家がホームです。安心して帰ってきてください」
「楽しみです」
「小樽の女将さんがライバルと思って、お料理も頑張ります」
「でも、由梨花さんにも仕事があるのだから」
「じゃ、休みの日は利光さんも一緒にやりましょう」
「それもまた楽しみ。あれ、いつの間にか名前で呼び合うようになりましたね」
「当然です。同居するんですから」

 検査場に入る前、笑みを交わして私たちは離れた。
 
「……報告は以上です」

 翌日の朝、社長に出張の報告をした。

「それでは、藤木先生はこのフロアで仕事をするのだな?」
「はい、什器も手配してあります」
「それは良い。さすが優秀な社長秘書だな」

 社長は満足気に笑った。

「で、住まいの方は?」
「この週末でできるだけ準備をします」
「そうか、頼んだぞ。だが、本当にいいのか?大丈夫か?」

 社長から父親の顔になる。

「なにか、申し訳ない気もするんだが」
「どうして?小樽で美雪さんの話を聞いて、利光さんのことが本当に好きになった。彼ならどんなことがあっても、私を大事にしてくれる、そう確信したわ。だから私も中途半端なことはしない」
「大人になったんだな、由梨花。ただ純情で可憐な子だと思っていたのに」
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