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鬼の慕情編
その二
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「人間界に行ってくる。」
その日、突然私の部屋に現れた若様は端的にそう告げた。
「へ? えと、私は……」
「当然、留守番だ」
「若様! それは! ダメです! お食事はどうするんですか! 人間調達するんですか? 妖力のない血はダメなんですよね?」
「その時だけ帰ってくる。お前はニンニク食わずに待ってろ!」
「っちょ、それって、私の血液飲むってことですか!? 餌は餌らしくお屋敷の中でブクブク太って食っちゃあ寝してまてっていうんですかぁあああ!!」
ガツン!
飛んでくるゲンコツ。幼少より慣れているとは言え痛い。
「誰が太る生活しろって言った!? お前、ちょっとでもデブってみろ、ヒイヒイ言わしてやるからな!!」
「卑猥!!」
どうやら若様が人間界へ行くのは決定事項らしい。なぜだか私は餌係(もはや餌)なのに連れて行ってもらえない。楽しそうなのに人間界。若様だけ、ずるい。
「いいか、面は取るな!屋敷内から出るのも禁止だ!」
「そんな無茶な!」
なんて O・RE・SA・MA!!
「行ってくる。くれぐれも大人しくしてろ」
鬼の威圧に体が震える。バタンと乱暴に襖が閉まると若様のドスドスという不機嫌な足音が遠ざかって行った。
はうぅ!!
逆らえないのが悲しい!!くぅううう!
※※※
あれから……三か月。若様が屋敷に帰ってくる気配は全くない。
お行儀良くチンと広い部屋の畳の上で座って待っていても帰ってこない。
退屈しない様にと水晶に人間界のテレビが見られるように映してもらっているが、今どき録画機能のない水晶なんて通販番組ばかりになった時間帯はつまらんのだ。初回限定の青汁だってここには配達してもらえない。
どうやら若様は旦那様から何か「命」を受けているようだ。「すぐに済ませる」といった割りに長引いている。私を餌とするため週一では帰ってくるが、若様との触れ合いはそれだけになってしまった。
ムム。
決して、
決して寂しいわけではない。
夜、抱っこしてもらえないからではない。
……くすん。
いやいや、それよりも食事が週一で足りるって初めて聞いたが??解せぬ。
屋敷からも出られずに(面は偶に勝手に外しているが)不満が募って布団の上をゴロゴロしていると座敷童がやってきた。
「風花さま。風花さま。旦那様がお呼びですよ?」
「若様に一人で旦那様に会ってはならんと言われているのだ」
「大丈夫です。奥様も一緒ですから」
「ええ!?」
「お支度してください。最奥の菖蒲の間でお待ちです」
「す、すぐ!い、今すぐに!」
バタバタと着物を整えて、軽く髪を撫でつけた。旦那様に呼ばれることはあっても(若様が居ないときは会ってはいけないと言いつかっているが)奥様が揃っていることはない。これは、何やら若様に一大事があったのではないだろうか!
慌てて足を縺れさせながら座敷童について菖蒲の間へと急ぐ。襖を開けてもらって中へ入ると美しい男女が手を取って中央で座っておられた。燃えるような赤い髪の美丈夫は凛々しくその艶を奥方へと向けていた。そして今にも悪戯しそうな手をやんわりと抑え込んでいるのは美しい金髪をもつ絶世の美女ーー若様のお母上様である。
久々に見たけれど、美しさに目がつぶれそうだ。しかし今はお二人の観察をしている場合ではない。
「発言をお許しください!もしや、若様に何か!?」
居てもたってもいられない私はお二人にそう声をぶつけた。美男美女はその言葉に顔を見合わせるとくすりと微笑まれる。
「安心しろ、アレは無事だ。けれども事が上手く運んでいないようなのだ。お前、アレが人間界に行った事情は聴いておるのか?」
「「人間界に行ってくる」とだけおっしゃって旅立たれましたが……」
「全く。あいつらしい。が。今回の事はお前たち二人の問題だ。よって、風花。お前も一緒に解決に向けて力を合わせないといけない」
「お館様。風花はなーんにも聞かされていないのでしょう?それこそ大事なことも」
「ええ?だってこないだ……」
「そのことだって、あの子から聞いただけですよ?現に風花にその自覚があるのでしょうか」
「ふうむ。風花、お前、統俐が元服した際、約束をしたのだよな?」
若様が元服なさった時……うーん。
「魂の誓いをしたのであろう?」
首を傾げて唸る私にそろそろと旦那様が言葉を添えた。
「魂の誓……ええと、確か「俺が死ぬまで傍にいると誓え」と血判を。ーーそこまでご自分の偏食を気にされていたとは思っていませんでしたので私も驚きましたが」
元服の儀式が終わるや否や私を小部屋に閉じ込めて恐ろしい形相で血判を押せと言われたことを思い出す。あれは鬼だからか鬼気迫る(うまいこと言うな私)ものだった。そこまでしなくてもお傍にいるのにと思いつつ(半分無理やりだが)血判を押した。ーー餌係、就職ゲット!とこっそり思ったのは内緒だ。
「この風花、光栄にも若様の「お食事係」を任されました」
「「……」」
ニコニコと答えた私にお二人は絶句していた。俺様息子が食事に気にかけていたことが意外だったのだろうか。
「……ある意味合ってると言えば合っているのかしら。一生、統俐の食事の世話をするのだから」
「ふう。二人の事は統俐に任せる。アレにも考えがあるのだろう」
「すみません、お話がまったく見えないのですが……」
「ああ、その話はもういい。お前はば……あ、いや、素直だからな。世の中知らぬ方が幸せなこともある。
「今、『馬鹿』と言いかけませんでしたか? 旦那様!? 日ごろ若様に言われ続けているのでその辺りには勘が効くのですが!」
「まあまあ、風花。落ち着いて。あのね。要は人間界へ行って統俐のお手伝いをして欲しいの」
「えっ!?」
私の耳がピコンと立つのを見て奥様がにっこりと笑った。
その日、突然私の部屋に現れた若様は端的にそう告げた。
「へ? えと、私は……」
「当然、留守番だ」
「若様! それは! ダメです! お食事はどうするんですか! 人間調達するんですか? 妖力のない血はダメなんですよね?」
「その時だけ帰ってくる。お前はニンニク食わずに待ってろ!」
「っちょ、それって、私の血液飲むってことですか!? 餌は餌らしくお屋敷の中でブクブク太って食っちゃあ寝してまてっていうんですかぁあああ!!」
ガツン!
飛んでくるゲンコツ。幼少より慣れているとは言え痛い。
「誰が太る生活しろって言った!? お前、ちょっとでもデブってみろ、ヒイヒイ言わしてやるからな!!」
「卑猥!!」
どうやら若様が人間界へ行くのは決定事項らしい。なぜだか私は餌係(もはや餌)なのに連れて行ってもらえない。楽しそうなのに人間界。若様だけ、ずるい。
「いいか、面は取るな!屋敷内から出るのも禁止だ!」
「そんな無茶な!」
なんて O・RE・SA・MA!!
「行ってくる。くれぐれも大人しくしてろ」
鬼の威圧に体が震える。バタンと乱暴に襖が閉まると若様のドスドスという不機嫌な足音が遠ざかって行った。
はうぅ!!
逆らえないのが悲しい!!くぅううう!
※※※
あれから……三か月。若様が屋敷に帰ってくる気配は全くない。
お行儀良くチンと広い部屋の畳の上で座って待っていても帰ってこない。
退屈しない様にと水晶に人間界のテレビが見られるように映してもらっているが、今どき録画機能のない水晶なんて通販番組ばかりになった時間帯はつまらんのだ。初回限定の青汁だってここには配達してもらえない。
どうやら若様は旦那様から何か「命」を受けているようだ。「すぐに済ませる」といった割りに長引いている。私を餌とするため週一では帰ってくるが、若様との触れ合いはそれだけになってしまった。
ムム。
決して、
決して寂しいわけではない。
夜、抱っこしてもらえないからではない。
……くすん。
いやいや、それよりも食事が週一で足りるって初めて聞いたが??解せぬ。
屋敷からも出られずに(面は偶に勝手に外しているが)不満が募って布団の上をゴロゴロしていると座敷童がやってきた。
「風花さま。風花さま。旦那様がお呼びですよ?」
「若様に一人で旦那様に会ってはならんと言われているのだ」
「大丈夫です。奥様も一緒ですから」
「ええ!?」
「お支度してください。最奥の菖蒲の間でお待ちです」
「す、すぐ!い、今すぐに!」
バタバタと着物を整えて、軽く髪を撫でつけた。旦那様に呼ばれることはあっても(若様が居ないときは会ってはいけないと言いつかっているが)奥様が揃っていることはない。これは、何やら若様に一大事があったのではないだろうか!
慌てて足を縺れさせながら座敷童について菖蒲の間へと急ぐ。襖を開けてもらって中へ入ると美しい男女が手を取って中央で座っておられた。燃えるような赤い髪の美丈夫は凛々しくその艶を奥方へと向けていた。そして今にも悪戯しそうな手をやんわりと抑え込んでいるのは美しい金髪をもつ絶世の美女ーー若様のお母上様である。
久々に見たけれど、美しさに目がつぶれそうだ。しかし今はお二人の観察をしている場合ではない。
「発言をお許しください!もしや、若様に何か!?」
居てもたってもいられない私はお二人にそう声をぶつけた。美男美女はその言葉に顔を見合わせるとくすりと微笑まれる。
「安心しろ、アレは無事だ。けれども事が上手く運んでいないようなのだ。お前、アレが人間界に行った事情は聴いておるのか?」
「「人間界に行ってくる」とだけおっしゃって旅立たれましたが……」
「全く。あいつらしい。が。今回の事はお前たち二人の問題だ。よって、風花。お前も一緒に解決に向けて力を合わせないといけない」
「お館様。風花はなーんにも聞かされていないのでしょう?それこそ大事なことも」
「ええ?だってこないだ……」
「そのことだって、あの子から聞いただけですよ?現に風花にその自覚があるのでしょうか」
「ふうむ。風花、お前、統俐が元服した際、約束をしたのだよな?」
若様が元服なさった時……うーん。
「魂の誓いをしたのであろう?」
首を傾げて唸る私にそろそろと旦那様が言葉を添えた。
「魂の誓……ええと、確か「俺が死ぬまで傍にいると誓え」と血判を。ーーそこまでご自分の偏食を気にされていたとは思っていませんでしたので私も驚きましたが」
元服の儀式が終わるや否や私を小部屋に閉じ込めて恐ろしい形相で血判を押せと言われたことを思い出す。あれは鬼だからか鬼気迫る(うまいこと言うな私)ものだった。そこまでしなくてもお傍にいるのにと思いつつ(半分無理やりだが)血判を押した。ーー餌係、就職ゲット!とこっそり思ったのは内緒だ。
「この風花、光栄にも若様の「お食事係」を任されました」
「「……」」
ニコニコと答えた私にお二人は絶句していた。俺様息子が食事に気にかけていたことが意外だったのだろうか。
「……ある意味合ってると言えば合っているのかしら。一生、統俐の食事の世話をするのだから」
「ふう。二人の事は統俐に任せる。アレにも考えがあるのだろう」
「すみません、お話がまったく見えないのですが……」
「ああ、その話はもういい。お前はば……あ、いや、素直だからな。世の中知らぬ方が幸せなこともある。
「今、『馬鹿』と言いかけませんでしたか? 旦那様!? 日ごろ若様に言われ続けているのでその辺りには勘が効くのですが!」
「まあまあ、風花。落ち着いて。あのね。要は人間界へ行って統俐のお手伝いをして欲しいの」
「えっ!?」
私の耳がピコンと立つのを見て奥様がにっこりと笑った。
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