上 下
28 / 38

何度だって諦めてあげない13

しおりを挟む
 僕を見た千沙さんはあからさまに動揺していた。それからどうにか僕を追い返そうと頭を巡らせているように見えた。けれど、その時、スリングの中の赤ちゃんが泣きだしてしまった。おむつの交換が必要なようで、千沙さんは仕方ないと部屋に戻って僕を入れてくれた。

「お邪魔します」

「ごめん、適当に座ってて」

 千沙さんは慌てておむつ替えをし始めた。部屋の中は簡素だったけど、綺麗にしてあった。赤ちゃんの洗濯物が沢山干してある。青い服が多く、手際の良いおむつ交換をちらりと覗くとやっぱり性別は男の子だった。

「ええと、とてもおもてなしできる状態じゃなくて……」

 赤ちゃんの服を整えると千沙さんがバツが悪そうに僕の方を見た。千沙さんを逃すつもりのない僕はたたみかける。

「千沙さん、その子は千沙さんの子どもですか?」

「も、もちろん」

「父親は僕ですか?」

「違います。父親は行きずりの男です。あれから毎日いろんな男と遊び歩いたの」

 きっと事前に答えを決めていたのだろう、千沙さんがあからさまに嘘をついた。嘘だとわかっていても聞きたくない言葉だった。

「でも、それなら僕である可能性だってありますよね」

「……」

 僕だってこんなに逃げ回った千沙さんが素直に認めるなんて思っていない。案の定DNA検査してくれと言ったら狼狽えだした。

「この子は私の奇跡のような存在で、命なの。絶対に迷惑かけない。だから、そっとしておいてくれないかな。この子を私から奪わないでくれるなら、なんでも言うことを聞く。お金は……あんまり用意できないけど、もう少しこの子が大きくなったらもっと働くから、きっと……」

 懇願する千沙さんの言葉を聞いて、ただ、悲しかった。彼女の未来に僕は必要ないと言われているようだった。それに交渉の一手段だとしても、僕はお金を要求するような人間ではないつもりだ。

「千沙さんはその子と離れ離れにならないためには何でもするんですか?」

「うん……」

「じゃあ、僕と結婚してください」

「へ?」

 僕はあの日できなかったプロポーズをした。色々な気持ちが溢れてきてしまって、涙が溢れてくるのを止められない。どうしたら千沙さんが僕を受け入れてくれるのかわからない。少なくとも僕はあの夜、受け入れられて、愛し合ったと思っていた。なのに、子どもさえできれば僕は用無しだったのか。

「ぼ、僕がどれだけ必死にあなたを探したと思っているんですか。ふ……ふうう、あ、あなたがいなくなって、れ、れんらくも……ううっ」

「あ、あの……く、黒川?」

 また僕は他人行儀に『黒川』と呼ばれる。それは、孝也さんが呼べと言った名前だ。本当に僕のことなんてどうでもよかったっていうのだろうか。

「……それなのに、うう……いろんな男と遊び歩いたんですか?」

「あ、いや、あれ? なんの話?」

「千沙さんの子ならどっちでもいいです。今、恋人はいないんですか?」

「ええと……」

 男の影などないことは大家さんにも確認していた。そもそも千沙さんは子どもを何よりも優先する人だとわかっていた。男と遊び歩いただなんて嘘をつく千沙さんが憎らしい。僕ばっかり千沙さんが好きで、でもやっぱり目の前の千沙さんが愛おしくて悔しい。

「すん……僕の純情をもてあそんで、楽しかったですか?」

「え、純情?」

「……僕の初めては千沙さんに捧げました」

「……はあ?」

「雲隠れがうますぎて全然見つからないし……、こんな捨て方酷いです」

 千沙さんに罪悪感が湧くように話をむける。きっと優しい彼女はそうした方が困ることを僕は知っていた。脅すようなことをするつもりはなかったけれど、あんまりな千沙さんの態度になりふり構っていられない。

 それから僕は持っているカード全部使って千沙さんに訴えた。彼女は僕が言った『今夜だけなかったことにしてあげます』という言葉を誤解していて、他に好きな人がいると思っていた。それを聞いて少しだけ溜飲が下がった。少なくとも嫌われているわけではない。

 僕はどんなに千沙さんのことが好きかを彼女に訴えた。どんなに我慢しても感情が高ぶって涙がでた。

 きっと僕はこの世で一番情けない生き物だったと思う。

 でも、千沙さんを諦める気はなかった。どうにか僕を必要として欲しかった。思っていたことが全部伝わったかなんてわからない。それでも僕は千沙さんに精一杯気持ちを伝えた。もう後悔はしたくない。

 そうして強引に千沙さんが買い物に行くのについて行き、ベビーカーを人質に二人の生活に割り入った。

 僕と千沙さんの子は『千晶』と命名されていた。

 千晶。僕の家系は祖父の名を一文字貰うのが伝統だ。父は花菱晶太、祖父は花菱洋平。僕は祖父から平の字を貰っていて、千晶はまるで父の晶の字を貰っているように思えた。

 僕と千沙さんと千晶になんの未来もなくて、こんな奇跡があるものか。

 千晶を授かったことが『奇跡』なのだ。きっと僕と千沙さんは運命で繋がっている。

 今度こそ、絶対に千沙さんを離さないと、僕は心に誓った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

私が一番近かったのに…

和泉 花奈
恋愛
私とあなたは少し前までは同じ気持ちだった。 まさか…他の子に奪られるなんて思いもしなかった。 ズルい私は、あなたの傍に居るために手段を選ばなかった。 たとえあなたが傷ついたとしても、自分自身さえも傷つけてしまうことになったとしても…。 あなたの「セフレ」になることを決意した…。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

処理中です...