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何度だって諦めてあげない4

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「ほんと、ごめんね。まさか寝てしまうとは……」

「いえ」

「リビングにお布団敷くから待っててね。飲み物代、払うよ」

「美味しいご飯をごちそうになったんですから、これくらいなんてことないです。また後でお二人で飲んでください」

「ごめんね。そうだ、また飲みに来てね」

 僕が代金を受け取らないと悟ると千沙さんは申し訳なさそうに飲み物を受け取った。食べ終わった料理を片づけ始めた千沙さんを手伝っていると千沙さんが小さく笑った。

「なにか、おかしかったですか?」

「だって、黒川って、ここに来たお客さんの誰よりも気が利くし、手伝ってくれるんだもん」

「普通、ごちそうになったら手伝うでしょ?」

「いつも亭主関白っぽくしたい孝也が千沙にやらせとけばいいって言って止めるのよ。まあ、今日は寝ちゃったからね」

「なんですか、それ。僕は孝也さんに言われたって片付けします」

「ふふ。いい子だね黒川は。いいお嫁さんがくるよ」

 ふわりと笑う千沙さんに、『あなたならいいのに』と思ってしまう。しかし、孝也さん、ちょっとひどくないか? いくら妻だからといって二人とも働いているし、もう少し家事は分担すべきだろう。ちらっと聞いたときは生活費も折半だって聞いた。なんでも『千沙の方が給料高いんだぜ』とか言う理由で。

「千沙さんが我慢して孝也さんのわがままを聞く必要ないじゃないんですか?」

 思い切って言ってみると千沙さんは渋い顔になった。

「頼られると嬉しくなっちゃってさ……ちょっと構いすぎちゃうの。必要とされてるって思うとなんでもしたくなっちゃってね」

 寂しそうに笑う千沙さんに、その時僕は『そんなものなのかなぁ』くらいの感想だった。

 ――僕は彼女の心の闇の深さを全く知らなかったのだ。



 ***


 それから、お花見やバーベキューなど、鹿島夫婦のイベントに何度か参加した。相変わらずこっそりとたまにお弁当ももらっていた。数カ月過ぎて部署異動して孝也さんから離れると途端に疎遠になっていく。異動すると覚えることが一からになって忙しいのもあって、僕から連絡することも減った。初めは何度か誘ってくれていた孝也さんもだんだんと連絡が無くなっていった。

 これでいい。

 結局僕は千沙さんに会うたび惹かれていたし、千沙さんを大事にしない孝也さんが憎くなってしまう。

 僕ならもっと大切にするのに。僕なら……。

 そんなことを繰り返し思ってしまう。これ以上この想いが育ってしまう前に離れた方がいいと思った。

 そうして二年経ち、失恋にも吹っ切れたと思っていた。避けていた営業企画への配属も、もう大丈夫だろうと考え、これが終わったら社長秘書として配属される約束を祖父としていた。

 そうして、なんの因果か千沙さんに面倒を見てもらうことになり、再び関わり合いを持つようになってしまった。部署異動が発表された初日に孝也さんから『千沙の部下だってww 宅の飲みにこいよ』とメッセージをもらって久々にお家に顔を出した。

「黒川と一緒に仕事ができるなんて嬉しいよ」

 相変わらず心地のよさそうな部屋にあがって孝也さんと飲んでいると、そんなことを言いながら笑いかける千沙さん。そんなの反則だ。吹っ切れたと思っていた恋心は簡単に再熱してしまう。だめだ、もともと顔とかも好みなんだ。これは不味いとその後の誘いは断ろうと思ったが、それよりなにより仕事の方で手一杯になってしまった。

 しかし、聞いてはいたが営業企画が一番ハードな仕事である。企画書作りのための見積もりなどの下準備やリサーチ、データ収集なとやることも多ければ考えることも多い。加えて取引先の意向を上手くくみ取って円滑に進めるのも手腕がいる。ここで一線で、ずっとやってきた千沙さんは凄い人なのだ。

 ああもう、人間としても尊敬できるとは。


 必死で千沙さんに少しでも追いつこうとして出した企画が取り上げてもらえることになり、僕は必死で仕事に集中した。当然千沙さんにいいところを見せたかったのもある。必要な資料は千沙さんが惜しみなく貸してくれ、サポートしてくれた。そのおかげで初めてだった企画も何とか纏め上げることができた。

「黒川さんて熱心ですよね。素敵です」

 営業事務の女の子、神部さんと吉沢さん二人に告白されたのもこの頃で、でも二人には『ずっと好きな人がいるので』と断った。彼女たちは仲良しで僕の話題を共有しているようだった。千沙さんとも仲がいいので飲みに行くときに一緒に来ることが多い。正直二人が誘ってくれる時は千沙さんも誘ってくれるのでそれが楽しみだった。きっと僕の片思いの相手が千沙さんだなんて二人は露とも思わないだろう。千沙さんはいくら後輩や友達であったとしても男性と二人きりでは飲みに行ったりしない誠実な人なのだ。

「黒川さん、気を付けてくださいね。総務の新しく入った派遣の女の子があっちこっちで社員さん狙ってるんで」

「そんな子がいるの?」

「細井さんっていうんですけど、まあ、可愛いですよ。見た目は。でも、あれは要注意です。仕事も出来ないって聞いてますし、婚活目的らしいですから」

「ふうん。まあ、でも僕は興味ないから」

「黒川さんて一途なんですね。学生のときからの片思いなんですか?」

「ああ、うん」

「黒川さんが告白したら誰だってOKしちゃうと思いますけどね」

「ありがと」

 二人は勘違いしていたけれど、それが告白すら出来ない相手だとは言えない。そっと向こうの机の千沙さんを盗み見る。

 仕事中の彼女はなんともかっこよく、今日もキラキラと輝いて見えた。

 噂の細井さんにはその後、本当に『お茶でもどうですか?』と誘われた。神部さんに話を聞いていたのでスムーズに断ることができたと思う。見た目は可愛いけれど凄腕のナンパ師みたいな子で驚いた。
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