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「……どうして? 修平、まだそんなこと言ってるの? 私は貴方から二回も逃げたんだよ」
「あのね、千沙さん、僕は何回も諦めようとしたんです。でも、諦めさせないのは貴方だ」
「逃げるような女、探さなくてもよかったのに」
「僕だって、一目会って、がっかりして立ち去りたかったです。でも、千晶と手を繋いで幸せそうに笑っている千沙さんを見たら、やっぱり好きだって、そこに僕も入れて欲しいって思ってしまったんです」
「……」
「千沙さんも、僕のこと、好きでいてくれたんですよね?」
「へっ? そ、そんなこと……あっ!」
修平が手にしていたものを見て、私は青ざめてしまった。そこには修平が特集された記事が載っていた雑誌があった。しかも何度も見て折癖がついている方……。
「千晶がね、『ちー、おともだちしってる』って言って持ってきてくれたんです」
修平が私の目の前で特集記事のところを簡単に開いて私に見せた。そういえば夜中に起きてきた千晶に見つかって慌てて隠したことがあった。何度か変な感じに仕舞われていたのを不思議に思っていたけど、千晶がきっと勝手に見てまたしまっていたんだ……。
「これ、僕ですよね。ちーは『ははのかたらものだよ』って言ってましたよ」
トントンと指で写真を叩かれて、私は顔を背けることしかできなかった。前に千晶が枕の下に新幹線のおもちゃを隠しているのを見て『隠すくらい宝物なんだね』と言ったのをそう解釈したのだろう。
「千沙、さん」
強く言われて、私は頭を下げた。
「ごめんなさい」
「千沙さん、何に謝ってるんですか?」
「……愛してて……ごめんなさい」
私の告白に修平が押し黙った。どんなに逃げても思い出すのは修平との短い日々だった。その幸せな思い出が千晶と二人の生活を支えてくれていた。夜中に千晶が熱を出して不安だった時も、神様じゃなくて修平に祈ってしまっていた。
「私は上手く人を愛せないから、修平にどうしてあげたらいいのかわからない」
「……それで相談もしないで消えたんですか?」
「修平はきっと私と千晶の為に嫌なことも耐えると思ったから」
「わかってたんなら、相談してくれたらいいじゃないですか」
「でも、それじゃあ、修平が幸せになれない」
「そんな」
「私は親に私がいないことが家族の幸せだって、ずっと言われて育ったの。世間体を気にしていなかったらとっくに見捨てられていたと思う」
「……僕の幸せは、千沙さんと千晶がいないと成立しません。全部、僕がなんとかします。千晶と千沙さんを守るから、だから……愛しててごめんなさいなんて、言わないでください。僕を家族に入れてください」
修平の腕が伸びてきて私を抱き寄せた。
「修平……」
「愛して、いいんです。僕のことも。思う存分、愛してください」
「……うん」
逃げ回った私に修平は愛していいと言ってくれた。私は念入りに雲隠れした。だから修平は私を見つけるのに相当苦労したはずだ。ここまで追いかけられて捕まったのなら、もう降参するしかないだろう。
恐る恐る修平を抱き返すと、ギュッと抱き込まれた。そうっと目線を上げて修平を仰ぎ見ると、やっぱり彼は泣いていた。
「ははのおともだち、は、ちーのパパだったの?」
次の朝、修平はすぐに千晶にバラしてしまった。いきなり父親が出てきてどうするのだろうと思ったら、千晶は飛び上がって喜ぶと『えまちゃんのおねえちゃんにおしえてあげよう』と言った。
修平は『逃げられたので婚約破棄をしました』と私の実家に告げていた。それでも『千沙の子があんたの子なら慰謝料をよこせ』と言いがかりをつけられて、私が最後に修平に送ったメッセージ『千晶はあなたの子ではありません』というのを見せたそうだ。融資の当てが外れた両親と兄は私のことをずいぶん悪しく罵っていたらしい。このまま私の実家とは完全に縁を切って、こっそりと修平と結婚することにした。
前回出せなかった婚姻届けは急いで戸籍を取り寄せて無事に役所に提出した。そんなに急がなくてもといいと言ったが、修平は『安心させてください』の一点張りで絶対に譲らなかった。
そして、一旦あの思い出のマンションに移動した後、すぐに引っ越しすることになった。修平は家族で暮らすために新しい家を探してくれた。もちろん私と千晶を守るためにセキュリティーが万全のところらしい。
「おひっこししたら、しながわえきいける?」
「父が連れてってあげるよ」
「はは! ちちが、しながわ&&’&%#=!!」
「ちー、落ち着いて、シートベルトかけるから」
修平が乗ってきたピカピカのファミリーカーに見覚えのあるチャイルドシートがのっている。
「千沙さん、どうかしました?」
「あ、ううん。車買い換えたんだと思って」
「……二年前にね」
「え……ご、ごめんなさい」
「いいです。今、二人が僕の側に戻ってきてくれましたから」
笑う修平に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。どんな思いで修平はこの車に一人で乗っていたのだろう。
「浮かれて先走って買った僕も僕なんで。これからいっぱい乗ってください」
「うん」
「ちーもいっぱいね」
後部座席に千晶と乗り込んで、修平の顔を後ろから見つめた。うん、やっぱりかっこいい。修平はずっと諦めないで、私たちを探してくれていたのだ。全部受け入れて、準備もしてくれて。
「ありがとう、修平」
「ちーの前で泣きたくないんで、もう黙っててください」
お礼を言うと修平はぶっきらぼうにそう言った。
***
新しい生活は順調で、とくに修平の祖父……会長が千晶にぞっこんになった。早々に会社を引退して毎日千晶を連れて新幹線を見に行ったり、鉄道博物館に行ったりしている。プレゼントだけで一部屋が電車のおもちゃのレール部屋になってしまった。会長のお屋敷にはジオラマもあるので千晶も大興奮である。……鉄道好きだったとは知らなかった。
海外なのでまだオンライン通話だけだが、修平のご両親やお姉さんにも優しくしてもらっている。
結婚したことは修平だけ公表し、私を妻にしたことは内緒にした。『寺田』という名前は一切ださないことになっている。修平は身内だけで結婚式がしたいと言ったが、そうもいっていられなくなってウエディングフォトのみになった。なぜかと言うと……。
「今度は千沙さん似の女の子がいいですね。いやあ、僕たち相性がいいんですね」
「……子ども、出来にくいって診断されてたんだけどな」
あの後、すぐに第二子を妊娠してしまったのだ。修平のご両親はもちろん、会長なんて狂喜乱舞で大喜びだった。
「奇跡は真実の愛にのみに起こるんですよ」
ニコニコと言う修平に、真実の愛と言うより修平の執念を感じると言えば、どう答えが返ってくるだろうと考えた。
どちらしにしても、きっと答えは
『愛してますよ、千沙さん』に違いないのはわかっていた。
「あのね、千沙さん、僕は何回も諦めようとしたんです。でも、諦めさせないのは貴方だ」
「逃げるような女、探さなくてもよかったのに」
「僕だって、一目会って、がっかりして立ち去りたかったです。でも、千晶と手を繋いで幸せそうに笑っている千沙さんを見たら、やっぱり好きだって、そこに僕も入れて欲しいって思ってしまったんです」
「……」
「千沙さんも、僕のこと、好きでいてくれたんですよね?」
「へっ? そ、そんなこと……あっ!」
修平が手にしていたものを見て、私は青ざめてしまった。そこには修平が特集された記事が載っていた雑誌があった。しかも何度も見て折癖がついている方……。
「千晶がね、『ちー、おともだちしってる』って言って持ってきてくれたんです」
修平が私の目の前で特集記事のところを簡単に開いて私に見せた。そういえば夜中に起きてきた千晶に見つかって慌てて隠したことがあった。何度か変な感じに仕舞われていたのを不思議に思っていたけど、千晶がきっと勝手に見てまたしまっていたんだ……。
「これ、僕ですよね。ちーは『ははのかたらものだよ』って言ってましたよ」
トントンと指で写真を叩かれて、私は顔を背けることしかできなかった。前に千晶が枕の下に新幹線のおもちゃを隠しているのを見て『隠すくらい宝物なんだね』と言ったのをそう解釈したのだろう。
「千沙、さん」
強く言われて、私は頭を下げた。
「ごめんなさい」
「千沙さん、何に謝ってるんですか?」
「……愛してて……ごめんなさい」
私の告白に修平が押し黙った。どんなに逃げても思い出すのは修平との短い日々だった。その幸せな思い出が千晶と二人の生活を支えてくれていた。夜中に千晶が熱を出して不安だった時も、神様じゃなくて修平に祈ってしまっていた。
「私は上手く人を愛せないから、修平にどうしてあげたらいいのかわからない」
「……それで相談もしないで消えたんですか?」
「修平はきっと私と千晶の為に嫌なことも耐えると思ったから」
「わかってたんなら、相談してくれたらいいじゃないですか」
「でも、それじゃあ、修平が幸せになれない」
「そんな」
「私は親に私がいないことが家族の幸せだって、ずっと言われて育ったの。世間体を気にしていなかったらとっくに見捨てられていたと思う」
「……僕の幸せは、千沙さんと千晶がいないと成立しません。全部、僕がなんとかします。千晶と千沙さんを守るから、だから……愛しててごめんなさいなんて、言わないでください。僕を家族に入れてください」
修平の腕が伸びてきて私を抱き寄せた。
「修平……」
「愛して、いいんです。僕のことも。思う存分、愛してください」
「……うん」
逃げ回った私に修平は愛していいと言ってくれた。私は念入りに雲隠れした。だから修平は私を見つけるのに相当苦労したはずだ。ここまで追いかけられて捕まったのなら、もう降参するしかないだろう。
恐る恐る修平を抱き返すと、ギュッと抱き込まれた。そうっと目線を上げて修平を仰ぎ見ると、やっぱり彼は泣いていた。
「ははのおともだち、は、ちーのパパだったの?」
次の朝、修平はすぐに千晶にバラしてしまった。いきなり父親が出てきてどうするのだろうと思ったら、千晶は飛び上がって喜ぶと『えまちゃんのおねえちゃんにおしえてあげよう』と言った。
修平は『逃げられたので婚約破棄をしました』と私の実家に告げていた。それでも『千沙の子があんたの子なら慰謝料をよこせ』と言いがかりをつけられて、私が最後に修平に送ったメッセージ『千晶はあなたの子ではありません』というのを見せたそうだ。融資の当てが外れた両親と兄は私のことをずいぶん悪しく罵っていたらしい。このまま私の実家とは完全に縁を切って、こっそりと修平と結婚することにした。
前回出せなかった婚姻届けは急いで戸籍を取り寄せて無事に役所に提出した。そんなに急がなくてもといいと言ったが、修平は『安心させてください』の一点張りで絶対に譲らなかった。
そして、一旦あの思い出のマンションに移動した後、すぐに引っ越しすることになった。修平は家族で暮らすために新しい家を探してくれた。もちろん私と千晶を守るためにセキュリティーが万全のところらしい。
「おひっこししたら、しながわえきいける?」
「父が連れてってあげるよ」
「はは! ちちが、しながわ&&’&%#=!!」
「ちー、落ち着いて、シートベルトかけるから」
修平が乗ってきたピカピカのファミリーカーに見覚えのあるチャイルドシートがのっている。
「千沙さん、どうかしました?」
「あ、ううん。車買い換えたんだと思って」
「……二年前にね」
「え……ご、ごめんなさい」
「いいです。今、二人が僕の側に戻ってきてくれましたから」
笑う修平に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。どんな思いで修平はこの車に一人で乗っていたのだろう。
「浮かれて先走って買った僕も僕なんで。これからいっぱい乗ってください」
「うん」
「ちーもいっぱいね」
後部座席に千晶と乗り込んで、修平の顔を後ろから見つめた。うん、やっぱりかっこいい。修平はずっと諦めないで、私たちを探してくれていたのだ。全部受け入れて、準備もしてくれて。
「ありがとう、修平」
「ちーの前で泣きたくないんで、もう黙っててください」
お礼を言うと修平はぶっきらぼうにそう言った。
***
新しい生活は順調で、とくに修平の祖父……会長が千晶にぞっこんになった。早々に会社を引退して毎日千晶を連れて新幹線を見に行ったり、鉄道博物館に行ったりしている。プレゼントだけで一部屋が電車のおもちゃのレール部屋になってしまった。会長のお屋敷にはジオラマもあるので千晶も大興奮である。……鉄道好きだったとは知らなかった。
海外なのでまだオンライン通話だけだが、修平のご両親やお姉さんにも優しくしてもらっている。
結婚したことは修平だけ公表し、私を妻にしたことは内緒にした。『寺田』という名前は一切ださないことになっている。修平は身内だけで結婚式がしたいと言ったが、そうもいっていられなくなってウエディングフォトのみになった。なぜかと言うと……。
「今度は千沙さん似の女の子がいいですね。いやあ、僕たち相性がいいんですね」
「……子ども、出来にくいって診断されてたんだけどな」
あの後、すぐに第二子を妊娠してしまったのだ。修平のご両親はもちろん、会長なんて狂喜乱舞で大喜びだった。
「奇跡は真実の愛にのみに起こるんですよ」
ニコニコと言う修平に、真実の愛と言うより修平の執念を感じると言えば、どう答えが返ってくるだろうと考えた。
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