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コチョコチョはしていない

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「はあ~。生き返るぅうう」

 『これから外で食事をするときにはアイラを膝にのせよう』なんて言い出したコランお兄様を恨めしく思いながら、恥ずかしい視線に耐えて食事を終わらせると呪いをハージお兄様に渡した。お休みの挨拶をして私は隣に取ってもらった一人部屋に移動した。コランお兄様は優しくて、紳士で、とてもいい人だが、それでもとっても気を遣う。ベッドに一人ダイブして足首をじっと見てもそこには赤い糸など見えるはずもない。

 誰かとずうっと繋がっていないといけないなんて、コランお兄様のストレスは計り知れない。もう半分くらいは移動できただろうか。当初の一週間より速いペースで進んでいるとは言っていた。けれどこれからぬける森は整備されていない道で明日と明後日の夜は野宿か山小屋になるらしい。野宿なんてしたことがないから不安だ。魔獣も出てくるというし……。

 氷の山があるプレスロト国。魔法国家で魔力の研究に力を入れていることで有名だ。氷の山には竜が住んでいて、ほかの国とは違った特徴のある国だ。広い領土に美しい風景も有名で、物語の題材になることも多く、寒い土地なのに旅行者にも人気がある。小さいころに読んだ絵本の竜のお話はプレスロト国の風景を模していたと思う。

 まさか、そこに私が行けるなんて思ってもみなかった。気軽に行ける場所ではないし、途中魔獣が出るような旅はボディーガードを頼まなければいけない。そんなことができるのはよほどの大金持ちだろう。それが、ちょっと名の知れた冒険者と騎士団長と一緒に行けるなんて贅沢である。しかも一方は美男子で王子様。今日だって街を歩けば、フードの下でちらりとしか見えないのにコランお兄様の美貌に何人もの女の子が胸打たれていた。

 そりゃあねぇ。とってもかっこいいもの。しかも優しいの。腕っぷしも超一流!

 今頃、あの二人は何をしてるのかな……。シャワーってやっぱり二人で入ってるんだよね。

 あの本、お母様にあげてしまわずに持ってきたらよかった。そうしたら、読み返して、妄想できたのに……。でも、あの二人に見つかったら不味いしな。え、不味い? い、いやいやいや、不味いよね。……明日の朝、また着替え前に抱きしめ合ってるんだろうな。ちょっと早めに行って見ちゃおっと! 



「おはようございます! ……朝食、ここに置きますね」

 朝、期待を胸に抱えて早起きした私は素早く支度を整えて食堂に朝食を取りに行った。そうして鼻息荒く頃合いを図ってドアを開けた。しかし、タイミングがずれてしまっていたようで二人はすでに着替えた後だった。意気込んできたのに抱擁が見られなかった。うう。ショック。

「おはよう、アイラ。ありがとう」

「お、アイラ、似合ってるじゃないか」

 朝食をテーブルに置いて少し落ち込んでいると、ハージお兄様が私の服を褒めてくれた。森に入ると魔獣も出て危ない。虫も出るというので厚手の軍服のような服を買ってもらったのだ。今はポニーテールにしているので女の子に見えるだろうが、これで髪を帽子にでもしまったら少年に見えなくもないだろう。いや、けっして胸がペッタンコだからではない。それから膝を叩くコランお兄様の足の上に無言で座って朝食を済ませた。宿の会計も朝食を持って行くときに先に手続きしてある。

「では行くか」

 ハージお兄様と私が指先を針でつついてから合わせる。するとするりと赤い糸が私の足首に現れた。毎回しても同じなのに私は足を少し上げて引っ張られるのを確認する。ちなみにその際引っ張ってもコランお兄様の足はびくともしない。あれ、糸の色ってもっと薄い赤色じゃなかったかな。最近濃くなってきたような気がする。こんなものだったのかな……。

「アイラ、手を出して」

「はい」

「虫も出るからな。しっかりと虫よけを塗っておくんだ」

 コランお兄様に独特の匂いのするオイルを手に付けてもらった。見よう見まねで服の上からそれを塗っていく。

「アイラ、背中に塗ってくれ」

「はーい!」

 コランお兄様が背中を向けると、ハージお兄様もやってきて並んで背中を向けた。

「お任せください! お兄様がた!」

 張り切って二人の背中に虫よけを塗ると、くすぐったいのか二人の肩が揺れていた。大きな背中は面積が広くて高くて大変である。

「アイラ、コチョコチョ塗るのはやめてくれ、笑ってしまう」

「一生懸命塗っていますのに、失礼な」

「確かに、コチョコチョされているな」

「そんなこと言うならご自分たちで塗ったらいいじゃないですか!」

 両腕を上げて頑張っているのに、この言われようである。

「ごめん、ごめん、ほら、すねるな。今度は兄様が塗ってやるから」

「じゃあ、私も」

「きゃーっ」

 くるりと体の向きを変えられて今度は私が二人に背中を向けた。二人は明らかに私の背中にとどまらず、わき腹までコチョコチョした。絶対、虫よけ塗り終わってるのに! 私がキーキー怒るのを見て、何が楽しいのだか二人は大笑いしていた。

「ほら、飴をやるから機嫌を直せ」

 二人の仕打ちにむくれているとハージお兄様に飴を口に放り込まれた。ムグ……こんなことで……ムグムグ……。

「さあ、アイラ、行こうか」

 コランお兄様に声をかけられると、もう当然のように広げられたマントの中にすっぽりと入る。そうして私たちは宿屋をでて山へと向かった。
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