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 ユムが私にプロポーズしたとき、顎が外れるかと思った。

 煌めくサファイヤのような青い髪に金色の切れ長の瞳。神々に愛されたかのような美しい顔の造形。細身なのに服の上からでもわかるしっかりとした素晴らしい体つき。世の女性の理想をかき集めたようなイケメンが初めて会った私にこう言ったのだから。

「一目見て運命の人だと分かりました。俺と結婚を前提にお付き合いしてください!」

 ユムはこの町では有名な超絶イケメンだった。しかも実家の鍛冶屋を手伝いながら商売にも手を出して大きな収益を上げていた。彼の生み出す商品はどれも大ヒット!当然町中の適齢期の女の子たちの羨望の的だったし、隣の花屋のばーちゃんだってあんな男前とならじ~ちゃん置いて結婚したいと言い出すくらいだった。それが、このパッサパサの稲みたいな色の髪を後ろで束ねただけの化粧っ気もない健康と胸が大きい(マシュマロだけどね!)だけが取り柄の私に突然のプロポーズだ。一目惚れとかありか?罠か?罰ゲームか?と私は疑いまくった。だって客観的に見てもそばかすだらけで一目惚れされるような容姿ではない。何かの冗談だ。

 ーー確かに私の焼くパンはお気に入りだったようだけれど。ユムは私の焼いたクマの形のクリームパンを握りながらプロポーズしていた。力を入れ過ぎてクリームが出ちゃいけないところからはみ出ていて買って帰ってくれるか心配だったけれど。

 そうやって色々疑ってかかった私が良い返事を出す訳がなく。その日からユムは私の店に日参した。

 正直に言う。

 絆されたのだと思う。

 毎日必死に私を口説くイケメンが何時しか大型犬に見え。初めこそは皆、断る私をホッとして見ていたのだが、だんだんと余りにしつこいユムが可哀想になって来たらしく2ヶ月を過ぎる頃には周りに「勿体ぶらずにいい返事しろ」とまで言われるようになった。勿体ぶるったって私に勿体ぶれるものなどない。まあ、しかしこんなに好きだ好きだと言ってもらえる事はもう生涯無いだろうと思い、取り敢えずお付き合いを承諾した。

 あくまでも、お付き合いを受けただけだ。

 ……なのだけど…何処でボタンをかけ違えたのか何故か翌月には結婚していた。あれよあれよと外堀を埋められて、いくら仕事の出来る男だとしても恐ろしい手腕だった。

 私は両親の店の一角でパン屋を営んでいるのだが、朝が早いからとユムが新居として選んだのは隣の家だった。なんか、素敵な家が建ってるなーって思ってたけど、アレ、私がユムと住む家だった?結婚前から建築中だったよね!?急にたまたま建てたけど住めなかったとかいうラッキー物件だよね!?外観も内装も私の好みばっちりってどういうこと!?

 ……深く考えてはいけない気がする。

 結婚式でおどおどするうちの両親に対しユムの両親の顔が何だか呆れてたのも気にしない。

 と、まあこんな具合に強引なユムだったが、私の事を大事にしてくれるので幸せだ。


 ***


 私は朝早いので夕方は遅くても5時にお店を閉める。両親はもともと小麦を売る商売をしていてパンを売っているわけではない。私がパン屋をやりたいと言って家の店舗部分の一角にパンのコーナーを作ってもらっているのだ。だから小さなかまどで焼くだけ焼いたらその日は終わり。余ったパンは7時まで開けている両親に売ってもらったりしていたのだが最近有り難いことに5時前には完売していた。店の後片付けをしてから明日の仕込みだけして隣の我が家へ帰る。シチューはユムの好物でわりとよく作る。二人用に持って帰ったパンを軽くトーストし直すとユムが帰ってくる扉の音がした。

「おかえりなさい」

「ただいま。キリ。あーいい匂いだ!」

 シチューだと気づいたユムは心躍るようにそう言ってコートをかけて手を洗いに行く。食卓に戻ってくるまでにはシチューも注ぎおわり、二人で席に着く。ユムが美味しそうにシチューを頬張るのを見ながらサラダも勧める。チーズをかけてあげるといっそう嬉しそうにユムが「ありがとう」と言ってくれる。ユムは美味しい、美味しいと繰り返して鍋を空にすると「あー、幸せだ」と言う。こんなに美味しそうに食べてもらって私の方が幸せだ。

 とんだイケメンと結婚したと思ったけど、わりと普通に幸せだった。

「キリ、食べ終わった? 洗い物は俺がするよ」

 食べ終わるとお茶も入れることなくサッサとユムが食器を片付ける。そうして手を洗いに行ったついでに沸かしたらしい風呂に誘われる。「狭いからいやだ。」といえば「狭いからいいんじゃないか!」と返される。なんだか風呂の設計まで計算されていたのではないかと疑ってしまう。仕方ないので「寝室でイチャイチャしたい。」と告げるとユムは耳を真っ赤にして「五分で出るから!」といそいそ風呂場に向かった。ーー私はユムの後にゆっくり一人で入るけどね?

 本当に5分で出てきてしまったユムが風呂から出るのを見計らって私もお風呂に入る。ユムは一日の疲れを落としたいって思わないのだろうか。……そこまで私とイチャイチャしたいのか。

 それでも早めに風呂をでて寝室に行くと「30分も待った……。」とユムが拗ねて布団をかぶっていた。ふー。なんか、やり手のイケメンとか言われてるけど私といると子供みたいなんだよなぁ……。

「これでも早く出てきたんだけどな。ユムに触れられると思ったら綺麗にしておきたいし」

「こんなに待つなら一緒に入りたかった……キリ、ズルい」

 ーーズルいって……。はあ。

「女の子には準備も大切なの。愛妻のお風呂を30分ぽっちも待ってくれないの?」

「……」

「今日の下着、ユムが好きな白のレースだよ?見たくない?」

 もう一押しかと私がそう言った途端にガバリと布団が舞い上がり、ユムが登場する。

「ぎゃああああああああ!!!なんで裸なのよ!?」

 そりゃ寒くて布団もかぶるわ!

「どうせすぐ脱ぐと思って。俺は裸が通常装備!!あ、キリはエロ下着とネグリジェとコスプレは着ていいからね!」

「黙れ、ド変態!そして寝るときはパジャマだ!」

 なんだかユムが相手をしてはいけない生き物に見えてきて寝室でユムから逃げ回る。最初は「追いかけっこ?捕まえちゃうぞ~。」なんておどけて言っていたユムだが本気で私が逃げ回っていると悟ると泣きそうになった。素っ裸のイケメンがぶらぶらさせながら悔し泣きって……と思うと笑えた。

「愛してるよ?ユム」

 ガックリ落ち込んだユムに後ろからそっと抱き着く。冷えた体は全裸だけど。ユムは笑顔になる呪文「愛してる」を唱えると途端に上機嫌になる。当然ベッドに押し倒されたがまあ、仕方ない。ちょい面積の狭い下着はユムの好みだったらしく「可愛い」「エロい」と繰り返しながらさっそく私のパジャマを脱がしにかかった。「はっ!地味ボロパジャマからのエロ下着の方が萌えるのか!」とか言ったのはこの際聞かなかったことにする。断じて狙ってなどいない。てか、地味ボロって失礼な!このパジャマは昔からのお気に入りだ!


「俺も愛してるよ、キリ」

流石、鍛冶屋の息子でユムはバッキバキのいい体をしている。ああもう、脱いでもすごいなんてなんだこのイケメン。そりゃ、これでお金まで持っているんだからモテないわけがない。なのに、私が良いだなんて変わり者。

「うん」

 こんなに好きになるなんて思ってなかったな。だって私の好みは……。好みは……あれ??

「あっ」

 何か心に引っかかりを感じたけどユムの長い指が私の背中を撫ぜてきて思わず甘い声が唇から漏れた。ユムが私の体を蕩けさしていく。ああ。もう考えていられない。

 ふにゃふにゃになった私はその夜もユムに翻弄されっぱなしで抱かれた。


 ***


 ちょっと嫉妬されたりするけどそれもユムのゆるぎない愛情の前では些細な事だった。ユムが商売で隣国に行くために数週間家を空けると言われた時も私は「ちょっと寂しいな」とは思ったけれどそれだけだった。ユムが私の元へ帰ってくるのは当たり前。「キリと離れたくないから行くのを止めようかな。」と言っていたけれど、結局「お土産期待してるから」とユムの背中を押したのは私だ。

 ユムはマメな男で毎日私に手紙をよこした。最初は真面目に返事をかえしていたが三通目あたりから「キリの痴態を思い出して一人でしてる」だの「寂しかったら自分で弄って」だの「早く挿れたい」だのと内容が下に偏ってきたので返信することもないとスルーした。流石に六通目に「下ネタ書かないから返信して。」と懇願されたのには返信した。九通目が来た時にあと2日で帰るとあって、もうすぐ帰るんだからもう手紙は要らないよ。と短く送った。

 もう帰ってくるんだよね?

 そう思ってソワソワ待ちわびていたらそれから三日ほど過ぎた。もう要らないといった手紙は当然のように来ていない。なにかトラブルでもあったのかな。

 ちょっと不安になったのがいけなかったのか私は体調を崩した。ユムのせいだ。朝から気分が悪くなって店をお休みにして母に付き添ってもらって病院へ行った。

「おめでとうございます」

「え?」

 お医者さんがそう私に告げた。ユムのせいだとは思っていたが本当にユムのせいだった。私は妊娠していたのだ。ぺったんこのお腹を擦る。ここに、私とユムの子供が??

 母と喜び合って父に報告すると父も大喜びしてくれた。ユムの両親にも伝えるとさっそくベビーベッドはうちで作る!と大張り切りだった。鍛冶屋なだけに金属で作ってしまいそうだ。こんな調子ならユムは飛び上がって喜ぶかもしれない。手紙を書こうか迷ったがもう帰ってくるに違いない。大喜びのユムを想像するとニヤニヤしてしまった。

 ユムの事だ、大騒ぎするに違いない。

 ワクワクして、ユムの帰りを待った。

 でも、四日過ぎ……五日過ぎても……。

 ユムは

 帰ってこなかった。
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