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過ぎ行く久遠なる流れの中で、誰もが生き、歩いていく

悦楽を望み下す者、他愛して足掻く者 前編

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【1】

 荒廃した世界が広がる、この荒野に向かえる朝は重く感ずる。始まったとしても、終わりを想起させる荒れ果てた光景を、重く鉛の如き曇天に拠る暗さで更に寂れて見えてしまう。
 空気すらも重く圧し掛かるような朝、彼方まで広がる荒涼とした景色とトレイドは対峙する。その身、様子に一切の不調は感じられない。完治し、疲労感は消え去り、倦怠感どころか活力さえ感じる。まさに全快と言った様子。新しき防具で身を包んだ事もあってか、初心に戻ったかのように晴れ晴れと、しかし程良い緊張感で気を引き締めていた。
 陽射しはなく、けれど乾いた風が吹き込む寂しき風景。吸い込めば肺を傷付けてしまいかねないほどの空気を溜め、大きく吐き出す。それは気合を入れるもので、覚悟を定める際の些細な動作でもあった。
 装着した防具の確認と純黒の剣の手入れを行う。それで多少逸る気持ちを抑えようとし、だが来たる時の為に神経は尖ってばかりであった。
 絶えず心の根底から恐怖心と憎悪を抱く空気を受け、少しずつ嫌悪感に様子を荒めていくトレイドの目が飛翔物を捉えた。
 薄く明るくなった空の彼方から飛んできたそれは確かな生物であり、魔物モンスターではなかった。人に害を為すにはあまりにもか弱く、運搬の為に訓練させられたそれは伝書鳥。
 胴体部のおよそ倍ほどの両翼を羽ばたかせて降り立つのは、やや離れた位置で立っていたガリード。彼も十分に休息を取り、有り余った元気か、有り余る気持ちに促されてか素振りを行って軽く汗を流していた。その彼は伝書鳥に気付き、腕を視線よりも高い位置に構えた。
 其処に留まり、足に備えられた小さな筒から封筒を取り出すと再度空に向けて構える。その動作を受けて鳥は直ぐにも飛翔、上空に飛び立ち、元来た方向へと飛び去っていった。
 数枚の羽根を残し、厚い雲に覆われた空を素早い動きで過ぎていく。小さくとも力強い羽ばたきで彼方へと姿は遠ざかり、そして見えなくなった。
 その一部始終を眺めていたトレイドは直ぐにも近寄る。直後に気付く、彼の面が難色を示し、憤りを感じている事に。想起はしていた、だがやはり受け入れられないと言った様子の渋き顔で紙面を睨む。
 様子から神妙な気配になるほどの重要な内容が書かれている事は間違く、その顔をトレイドに向けた事からその内容もある程度は予測された。間を置き、溜息を吐いて気持ちを定める。同時にトレイドも覚悟して。
「・・・夜の内に伝書を送ってたんだよ。ステインさんと、アニエスさんにな。今来たのはアニエスさんの方だ」
「・・・クルーエの事だな」
 この状況、連絡を、情報を知りたいとなればそれしかなく。尋ねると重く頷かれた。更に顔を険しくし、悔しさを引き裂く様に口を開く。
「・・・昏睡状態は変わらねぇけどよ、生体反応って言うのか?まぁ、呼吸とか心臓の音が極端に小さくなっちまったらしい。続いているけど、何時止まってもおかしくねぇってよ。生きているのが不思議とも書いてるな。もしかしたら、今日を越えられねぇ、かも、ってさ・・・」
 その情報にトレイドの気配は変わる。努めて冷静、けれど空間を歪ましかねないほどの憤怒を抱く。憎しみから来る殺気は傍の者を苦しめてしまう程に鋭く強烈で。
 もう猶予はない、無駄な時間を消費している場合でもない。それを噛み締める二人の様子は同調、俄然やる気は満たされていった。
「行くか、とっととよ」
 届けられた情報を力任せに握り締める。それを信じず、覆すと言う心の表れ。その意思表示がトレイドにも届き、相当する面で深く頷いていた。
 応援を待っている暇はない。一刻も早く元凶を見付け出し、解放する術を、或いは元凶を討つ事で解放させるのは定石。その為に野宿したその場所を足早に立ち去って行った。
 笑みなど一切見せない、孤軍奮闘する戦士の如く追い詰められ、けれどそこに恐れの無い勇敢な面で歩む。力強く大剣を担ぎ、彼方を進む姿を、純黒の剣を静かに携えて鉄靴を鳴らす姿は見る者を圧倒しよう。それは魔物モンスターであろうと後退りを起こさせる程に。
 セントガルドを後にしてから昨晩までは異なり、トレイドに余裕が感じられた。それは表面上の話ではない。確かに焦りは薄れ、気を引き締めていても壮絶な勢いがなくなったのは友の存在が強いだろう。口には出さずとも、隣に居ればその思いが感じ取れるほどに。
 そして、それはガリードも同じであった。気を許せる友人だからこそ、その友人の意思を尊重するからこそ、それの助けになりたいと気力を漲らせていた。

 荒野地帯、其処は文字通りの荒廃した地平が広がる。所に崖の様に隆起して地形は歪み、建造物の瓦礫で散乱していれば山肌から零れ落ちた岩が転がっていたりと生命を感じさせない。
 緑は一切になく、風で削り出されたかのような岩と石、砂利が撒布された地面が広がる。生物を受け付けない景色を更に削る乾いた風が流れる。その流動は悪意を孕む様に。
 進む事に関して不自由はない。障害物となる瓦礫は散らばっていても基本的には開け、平坦な地帯。極端な環境でもなければ、見た目こそ恐ろしくともあまり脅威にならない魔物モンスターが蔓延っている程度。困難ではない場所ではあるが、進む足取りは不思議と重くなっていた。それは風の所為かも知れない。
 何処からともなく吹き込むそれは異様な変化を持たず、潤いを求めるように削られたと錯覚させられるように流れる。それでいて、それ自身も削って奏でる音色は心細く、だからこそ心に染み入るように聞こえる。それは淋しさを齎して。
 過去、二人は似たような場所と相違ない場所に来た事がある。其処以上にこの地は荒れ果てていた。それを最も象徴するのは生息する、およそ生物とは言い得ない外見の魔物モンスター。白骨死体が動いている様にしか見えないそれらの所為で、黄泉の国のような、死の世界の様にも思えてくる。それらが脆く、外見が恐ろしくても然程脅威に成り得ない事が救いかも知れない。
 時折、白骨達に時間を削られながらも二人は荒野を突き進む。先頭を歩むトレイドに迷いが見られない。誘われるように、最初から目的地が分かっているかのような足取りで進む。隣接して追従するガリードはそれに質問をしない。彼もまた終始圧し掛かり、身を穢してくるような気配に、身を焦がすほどの憎悪の念が肯定するかのようであった。そう、歩む毎に気配、間隔の強さは増し、疑念を挟む暇もない。この地に訪れて一層強くなり、強烈になったそれは宛ら道標、最も濃い方向が解ってしまうほどであった。
 故に、トレイドの足は、ガリードの意識は一切揺れず、前方を見据えて歩き続ける。その表情が少しずつ、死地に踏み入っていると理解してか、鬼気迫っていく。それは彼等自身気付けずに。
 やがて、酷く荒れ果てた光景に変化が齎される。突き進んでいた彼等を出迎えるように存在した異変、果てた環境、単調な色合いの岩地が唐突に様を変えた。
 異なる材質で構成されたそれは明らかに人工物であり、建造物であった。今やそれの残骸が周囲に山積する。頑強に積まれてあった岩壁は砕け果て、細微まで趣向を凝らしたであろうそれはただの木片に、無論植物の類は形すらも消え果て、永劫まで残っていたかも知れない巨大な鉄門扉は無残に拉げて転がる。硝子はただの罠の様に砕け、散らばって土に塗れる。嘗ての姿も想像出来ない瓦礫が広がるばかりであった。
 想像は出来ていた。今迄転がっていたのは明らかに住居であった。目の前に広がるそれも住居や店と言った特徴が捉えられる。材質や趣が変わった事から察するに、位が上がったと言う事か。農民や平民の居住区から貴族やそれに準ずる市民達の区画に。ならば、更に奥で待ち受ける存在に対して想像するのは易かった。
 今彼等の前に広がる光景とそれまでの地形を合わせて考えると、其処は大規模な都市である事は間違いなかった。それも中心と言えるほどの機能を持っていたに違いない。それも自分達が活動の場とするセントガルドを軽く越えてしまう程の。
 それが今や廃墟の海、瓦礫どころか自然に帰ってしまった姿でしかない。様々な推察が出来てしまう荒廃した光景には誰もが足を止めるであろう。しかし、彼等は多少の反応を示しても足を止めなかった。ただ、前だけを睨んで、益々凶悪になる気配に立ち向かうように進んでいく。
 更に進むと、それもまた崩れ去っていた。大規模に及ぶそれは辛うじて形を保っているのだが、嘗ての威光や壮大さ、最高権力が集い、居住として構える場所とは思えぬ姿と成り果てていた。正に見る影もなく、乾いた風と時間に晒されて風化するだけの存在でしかない。
 それでも嘗ての姿を辛うじて想像する事は出来る。最初に構えていたであろう、鉄格子の柵と門。門番が居たであろうそれは太い鉄筋で構成され、それすらも意匠が施される。余程の権力者か、微細にも気を配る神経質な者であったと想像する。
 辛うじて形を保つのは骨幹である基礎、材質が上質故であろう、当時の技術をふんだんに使用したに、操魔術ヴァーテアスのような力も使ったに違いない。その技術の粋を集積したであろう其処は巨城。それが何時かの姿を保っていたならばセントガルド城など引けに取らない巨大さであったであろう、仰々しく、堅苦しい雰囲気を、まさに要塞として聳えていたに違いない。何故、それがそうなったのかは想像してもその域を超えられず。ただ、山積するそれの残骸を眺めるのみ。
 そして、此処があの存在の居城、拠点であると確信する。思うと、更なる感情と、怠らぬ警戒を以て踏み出し、内部へと目指す。崩壊した内部へと恐れなく、漏れ出すように感じる気配を辿って。
 壊れ果てた城、今にも崩れそうな瓦礫の隙間を縫いながら進む度に、身を裂くような邪悪な気配は増大する。確固たる意識を崩すほどのそれは重き空気の層を渡る様に足取りを遅くする。それに二人は怯まずに進むのみ。
 此処に、この城を前にしてから二人に怖気の一つも無かった。あの存在と邂逅、戦闘して圧倒的な戦力差を、暴虐を当然の如く行う性格と人を品定めする態度を、それを示した行動を実体験していながらも歩みに滞りは無い。一層に気力を漲らせ、濁流の如き圧に逆らっていった。
 静けさに包まれた城内、瓦礫に埋もれてしまった其処に生物が介在する余地は見られない。その証拠を思わせるように狭く、土埃やごみが滞留する。所から外部からの光が漏れ込み、多少視界に困らない。
 今にも潰されそうな圧迫感にも打ち勝ちながら道とは思えぬ空間を縫う。往年は何もかもを拒絶したであろう城門を越え、瓦礫に呑まれて半壊した階段を上り、豪華絢爛であった扉も乗り越え、雑多な瓦礫を押し退けていく。その際に、彼等は気付けなかった。いや、気に留めなかったのだろう。
 瓦礫に埋もれた、色褪せた銀燭、滲んでしまった絵画、破けて原型を止めない絨毯、煌く硝子片や甲冑の篭手など、嘗ての内部の風光明媚、絢爛たる様子を想像させる一端達が転がっていた。外見でもそうだが、かなりの財を弄ぶように所有していた事が読める。それも蹴飛ばすように進んだ二人を門が立ちはだかった。
 花を彷彿させる意匠を施し、財宝で装飾を施した左右対称の門。荒れ果てた周囲と比べるまでもなく、歪まず、色褪せずに原形を残す。荒れた場所では極端に目立つほどに綺麗に残る。感嘆を零さずに触れた手が機能がまだ生きている事を知らせる。その所作で隙間が出来、光と共に風が生じる。足元の埃が向こうへ吸い込まれた事で、外と繋がっている事は確実であった。そして、二人は小さく戦慄する。途端に気配が強まった事に。
 確信は、隙間から同様に漏れた黒煙で至る。間違いなく元凶がこの向こうに居る、それを確かめるように狭き空間で二人は視線を合わせて小さく頷く。終始、身体の芯を凍て付かせるような感覚を振り払う戦意を漲らせる。鼓舞するように各々は所持する武器、その柄を力の限りに握り込む。その感触が鮮明に感じ取れるほどに集中を研ぎ澄ませていた。
 数度呼吸を繰り返して息を整えた二人、蠢く様に薄れていった黒い靄を引き剥がすようにその門を押し開けていった。
 錆び果てた丁番が侵入者を拒む様に悲鳴を上げる。敢え無く開かれた先には開けた空間が存在した。大分劣化は進んでいるものの、意図があって設けられた場所と考える。更に構造、今の扉からして玉座である事も推察出来た。
 崩壊の波に逃れられなかった其処の至る所にその名残を残す。四方の壁や天井、絢爛であった意匠に装飾の跡が見える。雪崩に呑み込まれる床には風化して無惨でも金縁の赤い絨毯の欠片が散らばる。散乱し、辛うじて形を残す燭台は金を、或いは銀をふんだんに使われる。
 そうした絢爛に飾っていたであろう空間の奥、高低差を付ける為にわざわざ設計された数段の階段。その先に構えるのは、目を引くほどの赤い壁が一面に設けられ、野望と欲望を溶かし込んだ真紅と金色の天蓋が形を保って存在する。それが彩るのは、この空間の主を迎える為だけに設計された、王座が君臨する。権力の神髄を形にしたかのように、傲岸不遜、唯一無二を知らしめるだけのそれがあった。
 異質な時間の流れに晒されたような景観を前に、トレイドとガリードは一瞬の油断をせず、武器を構えて周囲の警戒を続ける。汗が伝っていたなら、落下した音が良く響いたであろう。

【2】

 静寂が包む玉座、大衆を迎える、或いは外交相手を迎える其処は二人で居るにはあまりにも広く。動けば乾いた、寂れた音が響くのみ。それでも、確実に標的は此処に居ると確信する。気配はこれ以上になく強く、だが傍に居るとも遠くに居るとも感じる錯覚に意識は惑う。
 だからこそ警戒を深める。強大な力を有する存在、いつ何時強襲してくるか、今にも想像を絶する攻撃を仕掛けてくるかも知れない。息をするように命を奪う性格の存在を相手に油断など出来ない。一歩進む事すらも神経を削った。
「っ!」
 その二人に極度の緊張が走った。唐突に何かしらの音が響き渡ったのだ。それは攻撃の際の副産物でも、瓦礫が崩れる等の騒音でもなかった。耳に残るほどの軽快な音、綺麗な足音であった。
 瞬時に反応した二人は武器を構えて神経を張り詰める。何時でも動けるよう両足に力を籠め、利き腕に更なる力を込めて音のした方向に身体を向ける。憎しみ、戦意と殺意と共に睨み付ける先、玉座を映す視界の端から一つの影が現れる。人影、確かな人物であった。
 冷静沈着、どの様な状況であろうと冷淡に構えていると映る、端整で涼やかな顔立ち。しかし、己しか認めぬ冷酷な独裁性を放つ。艶やかな光沢を放つ、やや白味掛かった黒の、肩に掛かるほどのやや長い頭髪を流す。全てに興味を持たないような目付きであり、しかし魅了し得る光を放つように。
 既視感を抱かせる、奇妙な魅力と禍々しさを纏うその恰好、最上級の材質を誇るであろう艶やかな色彩と金属加工された装飾を鏤めた衣服で着飾る。それは対面する者を威圧させ、屈服させるであろうその出で立ちは為政者、まさに権力者然として。
 骨格、顔から男性と思われるのだが、その実は読み取れない。性など無意味と感じる雰囲気であり、そうした疑問を打ち消す堂々と、当然たる態度で現れると足音を響かせて玉座に近付く。その様、慣れ、飽きたかのように。
 白い光沢を帯びた、金色に輝く金属で煌びやかに意匠された玉座、繋がった座席と背凭れ部は血を含ませたかのような紅蓮の色。床に固定されて不動とされたそれに何の躊躇いもなく、ごく自然な動きで身を預けていた。小さな軋む音とクッションの音を奏でると、悠々と足を組み、金色の肘掛けに肘を着け、頬杖を行った。見下し、蔑むような双眸で階段よりも遠く離れた場所で立つ二人を睨む。それはまさに王の謁見の光景であった。
 王たる風格を醸し、それをさも当たり前のように振る舞う。しかし、決して善王ではない事は理解出来る。人を一つの駒、或いは道具としか認識せず、自分こそが全てでもあり、頂点だと言う意思を、驕りではない、それが当然とする様子を示す。
 その正体、対する二人は本能的に理解していた。何より、身体に纏わり付くような黒煙、同一の意識を持つように、どす黒く、蠢く様に揺れる様に確信に至る。闇を思わせるほど黒く、景色を飲み込まんとするそれを見間違えようも、いや一時も忘れる事など出来なかった、恐怖が其処に現れたから。
 言うまでもなく、同時期に二人は最大限の緊張と警戒を以て対峙する。敵愾心の全てをその手にする武器に乗せ、全力を篭めて身構えて出方を窺っていた。
 そうした二人の視線を受け、敵愾心で歪んだ面を前に、謎の存在は冷めた表情のまま唇を動かした。沈黙はその潤いのある、蒼い唇が開かれた事に破かれてしまった。
「・・・多少は懐かしさを覚え、嘗ての装いを再現したのだがな。平伏せんとは・・・あの時の威光、下した施策や啓蒙など、所詮は無駄に帰したか」
 その場の端まで行き渡る、透き通る不可解な魔力を有する声で嘆き、その嘆息を吐く。その様を、絶えず降り注ぐ重圧感、窒息感に抗いながら対峙する。
「嘗て、此処はバッククラフト国と呼ばれ、国家として機能していた。時の皇帝の采配の下、愚鈍なる雑種共に拠って織り成した繁栄を拡大させていた。放っておけば水泡に帰すような、な」
 唐突に説明するのはこの城、国の概要。それから相当前の存在である事は確か。その言い知れない恐怖に対峙しながらも二人は動じない。
「そうか、お前が・・・貴様が、『王』か・・・ッ!」
 長考するまでも無かった。数々の所業、今目の前に居る存在が人を操った事は明白。それは人格掌握であり、その被害者が巻き起こす阿鼻叫喚を、この存在は楽しんでいた。そうした事実から、行き着くのは簡単であった。
 煮え繰り返るほどの激情を滾らせた上での指摘に、冷ややかな表情の男は鼻で笑い飛ばす。一笑だけで表情は全く変えずに。
「『王』、か・・・確かに、そう呼ばせた事もあった。だが、今思えば、あれは失策であったな。より近くに、より動向が操作出来る場所と選んだのだが、思いの外、窮屈、退屈でな・・・いや、何度焦れた事か。衆愚、愚昧ばかり、正直に言って見るに耐えんほどであった。だが、しかし、だからこそ、観察に努められたものよ。あれはあれで楽しめたしな」
 面倒であったと語りながらもその様子すらも見せない。己が全てが研究対象でしかない様だ。
「観察だと?その為だけに、どれだけの命が奪われたと思う?どれ程の人間が苦しみ、不幸になったと思う!?貴様の、下らない欲の為に・・・っ!」
「ほう、命か。ならば、貴様等普段行っている事は何だ?他の生物を殺め、自らの糧にしているではないか。それは良しとしても、降り掛かる火の粉を払う為に殺める事もする。それについては何の咎も、罪も無いと言うのか?」
「・・・」
 人の生き死にを操作するように振る舞う存在からの指摘に、一つの正論を突き付けられてトレイドは押し黙る。それに小さな笑いを零す。
「当然の意識だな。他よりも同胞を優先するのは当然の思考だ。種が異なる存在を第一にしても、自己満足でしかない。所詮は共には歩めないからな」
「何が、目的だ?」
 静かに、静かに目的を問い掛けた。ともすれば逆鱗に触れかねない質問に、僅かに浮くその存在は悠々と答えて見せた。
「無論、己が欲に忠実に生きているだけだ。欲、己が理想の為にな。我の場合が観察、と言う訳だ」
 人ではない存在、しかしその姿は一つの研究者のように。
「自らが想像した環境の中、作り上げた人共がどのような流れを作るか、をな。どのような事象を発生させ、その対応を、どの様な道程を辿るのか、その果てを、人共が招く終焉がどのような形になるのかを観察するだけの事だ・・・そう、趣味、と言った処か」
 その言動は、たとえ冗談であったとしても聞き捨てならず、対した二人に大きな反感を買った。
「ふざけんなッ!!手前テメェの都合で俺達の生活をぶち壊してんじゃねぇよッ!!元に戻しやがれ、元の世界に戻しやがれってんだッ!!」
 さも当然のように、定められた工程内容を話すかのような姿を前に、ガリードは怒号を響き渡らせた。それにこの世界になった瞬間から抱き続けていた感情の全てが篭っていた。ずっとではなくとも、幸せな日々を、家族や友人との有り触れた日常を奪われた憎しみの全てが、溢れんばかりの怒りと今にも飛び掛かりたい衝動を抑える様が示した。だが、受けた存在は冷ややかにする。
「ほう、戻せ、そう嘆願するか。それは在るべき姿か?最早、元には戻らぬと言うのにな。そも、前の世界とて、創り替えられていると言うのにな」
「・・・何を言っている?」
 不可解が言動に怪訝な顔のトレイドが問う。睨む先、嘯く姿も蒙昧な言葉を吐いている様には見えず。だからこそ、嫌な悪寒が背筋に走っていた。奇妙な既視感と共に。
「この世界は数度と変貌を遂げている。此度で三度目だな。その上でもう一度聞く、元に戻せと?為らば全く知り得ぬ世界と成り果ててしまうな。それはそれで、楽しませてもらえそうだがな」
 如何転んでも観察が出来ると余裕を、愉悦と捉える感性は変わらない。その邪悪な様にトレイドは静かに怒る。それよりも先にガリードが叫ぶ。
出鱈目デタラメ抜かしてんじゃねぇぞッ!!」
 当然の反応でもある。それしか知り得ないからこそ、必死に否定したくもなる。だが、現に変化が起きてしまった後の世界に居る。否定するには材料が少なく、否定されたとてその存在は落ち着き払って猛る姿を見下す。
「我の言葉を虚言と申すか?それも良い、現実を受け入れまいとするのも、耳を塞いで逃げようともな。しかし、事実は事実、既に起きた事、潔く諦めるしかないと言うのにな。時に頑なと言うのは愚かでしかない」
 神経を逆撫でするような言動が逆に悟らせ、怒りを抑える要因となる。とは言え、今にも飛び掛かって斬り潰したい気持ちが彼の内に犇めくばかり。
「・・・一つ、教授するとすれば、この世界は、嘗て我が創造した世界の模倣、或いは再臨させたものよ。行った張本人が語るのだ、それを真でなくして何と言う?・・・まぁ、分かる筈も無いか」
 その真偽を図る事は出来ない。人智を越えた存在が語る、それを嘘と断じたとしても、ならば証明してみせろと言われたなら如何する事も出来ない。噛み締めて睨むしか出来ずに。
「・・・存在していた・・・失われていた筈の世界・・・本当に、それが目的なのか?それだけなのか?」
 耳を傾けていたトレイドが驚くほどに冷静に、緊張に満ちたこの場で良く聞こえる声で再度尋ねていた。だが、彼もまた抑える事で必死であった。怒気、殺気は隠し切れないほどに迸る。その為か、受けた存在は少しの前を開けた。静かに睨む顔を数秒見つめ、ゆっくりと薄い蒼の唇が言葉を下した。
「他?無いとも。我が思い描き、創造した世界が、手を加えた生命達に拠ってどのような趨勢を辿るのか。最中の移ろいに逡巡し、葛藤を繰り返す様を観察する。そして、どの様な末路を迎え、滅亡するのか。それを見たい・・・ただ、それだけの事だ。それ以外になど、要らぬ。何度も言わせるな」
「・・・そんな、事の為に・・・!」
「そんな事の為に、俺達は、何もかもを失ったのか?貴様の所為で、多くの命が喪われたのか?・・・苦しんだと、言うのか・・・」
 今にも噴火しそうな義憤に二人は身を熱くする。握る手に力が篭る。憎悪のままに斬り掛かりたい事だろう。その様を前に、語った存在は首を振るう。理解出来ないと言った様、息を吐いてやれやれと。
「・・・何時の世も、変わらぬな。何かと言えば他者だの家族だのと・・・他者を相容れない素振りを振舞い、蹴落とし、踏み台にして、排除する。その反面、繋がりや絆などと下らない思想を重視する傾向を見せる。仲間が死んだだの、親が殺されただの、そんな取るに及ばない事に拘る。血の繋がりがあろうとも所詮、思考が異なる、他人に過ぎない。愚かしく、笑いすらも込み上げん。愚を極めても道化にも劣るな」
 人の思考は理解出来ないと蔑む。その言葉に二人は閉口する。我を失いそうな怒りを必死に抑える。それでも抑え切れないそれが、戦慄きとして身体に見える。
「・・・しかし、業腹にも物事は思い通りには動きはせん。愚かな者共に邪魔され続けていたのも事実。故に、都度に考えさせられた。如何に、我に邪魔立てしないのかを」
「・・・何が言いてぇんだよッ!」
 怒りのままに、何かを企む存在を怒鳴る。その気迫に怖じず、様子を保ったまま言葉を吐き捨てた。
「よって、こうしようではないか。望む事を叶えてやろう、とな。なに、所詮は浅き考えでしか浮かばせぬ、瑣末な命。それぐらいの希望とやらは持たせようではないか」
 自らを神と、万能の神と自称するかのような言動を、他者を下等と下す態度で放たれた。それが一層二人に怒りを抱かせた。火は既に鎮火する事など出来ず。
「幾らでも言うが良い。構わぬぞ?許す。無尽蔵の富か?久遠なる生命か?他者を追従させぬ権力か?それとも・・・そうだな、そんなに命が惜しいなら、甦らせてやらん事も無い」
「・・・何だと」
 硬く閉ざされた唇が呟きを零す。その声はもう怒りなど無かった。殺気、疑いの余地もなく、迷う余地も無い。確信し、その思いに声は沈殿した。
「望むなら、幾らでも、遣わそう。容易いぞ?たかが命、造作も無い、如何様にも出来よう。故に・・・」
「例え・・・」
 悦に浸る様に、演説するかのように語っていた言葉を、トレイドの沈んだ声が遮った。怒りに震え、炸裂しかねない激情が声に表れ、上げられたその顔は未だ嘗てないほどの形相となっていた。
「例え、俺の姿を戻したとしても・・・例え、この世界を元に戻したとしても・・・例え、貴様がッ!レインやシャオ、亡くなった多くの者達を生き返らせたとしてもッ!!俺は貴様を、貴様の存在をッ!許しはしない・・・!」
 今迄に抱いた怒りと憎しみのみならず、それだけでは説明の着かない感情を感ずる裂帛。空気を振動しかねないそれは傲然と、平然と佇まう存在が放つ奇妙な気配を揺るがすほどに強烈。宣言に篭めた意志もまた同様に、目の前の存在が支配していた重き空気を一新させる程の強さがあった。
「そう言う事だよ!人を舐めてんじゃねぇぞッ!!」
 続くガリードも同様に激昂して一度大剣を唸らせて肩に乗せる。その威嚇、気迫は並の魔物モンスターに逃走を余儀なくさせるだろう。
 本来はクルーエを助ける為に、その方法を、呪いを解除する術を聞き出す為に誘われるようにこの地に立った。だが、それは敵わない。そもそも、口を割る性格でもない。ならば、最終手段を切るしかない。行った当人を討つ、これしか。それは賭け、目論見が外れると永遠にその機会を失われ、最後は言うまでもない。それでも選ぶしかなく、この方法しかなかったであろう。
「・・・全く、こうなるか。結果は最初から解っていた。目が、その目が語っていた。だとしても、やはり人とやらは度し難い、理解の範疇を越えて仕方がない。殊更に、己が感情を優先する。得てして、歯向かうのは本能とやらか・・・」
 辟易とした態度を示し、仕方ないと言った様子で立ち上がる。その瞬間、その面持ちは微小の変化が訪れる。同時に対面する二人に強烈な圧力が掛かった。二人に負けぬ気迫を放ち、戦意を抱いたと言うのか。
「・・・さて、最後に教えてやろう。我はシャルティルス。祖より此処、恩寵賜る母たる大地ウォータル・ガイラ・オルリュースを賜った者であり、貴様等を管理する者。異を唱えるなら命を以て示せ。精々、我を愉しませるが良い」
 管理すると告げ、裁定者の如き言論を述べ、神のような雰囲気を放って身を翻す。直後、纏っていた衣装が燃え出す。いや、それは実際のそれでなく、彷彿させる現象を生じさせて変貌した。
 派手でなく、実用性を考慮したであろうその外見は重要感を感じる。身体に密着した部分が多いそれは装甲を備えたライダースーツのようでもあり、黒と銀色を基調としている為に騎士も彷彿させる。戦闘に特化させた衣装であろう。
 その起立、臨戦態勢が全てを始動させた。戦いも、場を更に混乱させる氾濫もまた。

【3】

 瓦礫、壁、地面、天井、あらゆる隙間から唐突に大量の人が傾れ込む。どうやってその気配を消していたのか、どう調達したのか、強引に押し出され、犇めく様子に怪我は免れない。そうした疑問を抱かせないほどに唐突であった。
 その氾濫は玉座周辺では発生せず、またそこに至る事も無い。二人を中心に、集められるかのように大勢がその空間に犇めいた。
「・・・こいつ等、まさかッ!?」
 凝視し、観察するまでも無かった。傾れ込んで来た全員が狂える傀儡シャルス=ロゼアであった。それが山を築く様に、壁を作るかのように立ち塞がったのだ。
 痛みを堪えるように、唸り声を零しながら一個の生物のように彼等は立ち上がり、二人に意識を向ける。そして、ゆっくりと接近していく。命じられてではなく、本能に突き動かされるように。
 二人はその目を疑った。何より、その犠牲者の多さに、それが群れを成すように襲わんとしている事に。動揺するなと言うのは無理であった。そして、怒るなと言うのも不可能であった。その動揺を、シャルティルスは黙して見下す。無表情でも、それすらも愉しんでの事か。
 躊躇は命取り、それは二人とて理解している。言われなくとも、重々と。だが、目の前に居るのは確かな人であり、全員が操られている。だからこそ動きが鈍ってしまった。
「・・・わりぃ」
 身体を駆け巡る罪悪感、確かな痛みに硬く目を瞑ったガリード。謝罪の言葉を呟き、直後に見開くと同時に全力を篭めた一撃を放った。
 憤怒で歯を欠けさせるほどに食い縛って身体を躍動させた。顔に辛さを宿し、悲痛な赤で汚しながら愛用する武器を唸らせた。覚束ない動きで近付く彼等を薙ぐ。躊躇いを捨て、憐れな彼等を切り伏せるのは情けの為に、苦しませない為に、一撃を以て葬らんとして。
「トレイド・・・こいつ等は俺に任せろ。お前はあのクソ野郎を頼む・・・!」
 静かに告げる。だが冷静ではない。蟀谷に血管を浮かばせ、繰り返す呼吸に強烈な憤慨を感じさせる。大剣を血で濡らし、その伝った手が真っ赤になる。だが、決して返り血だけではない事を、服の上からも浮き出す筋が示して。
 血を散らし、涙を流すように顔を赤く塗れさせた彼の言葉をただ静かに受けてトレイドはゆっくりと純黒の剣を構える。元凶と迎え撃つ為に。
 一瞬たりとも逸らさぬ目、不惜身命の覚悟を篭めた意識は凄まじく。だが、その凄烈な殺気を当てられてもシャルティルスは平然とする。それどころか飽き飽きと言った様子で小さく息を吐き、数歩だけ前に歩み出す。その行動だけでその場の空気が凍り付く様に冷めた。
 ガリードが織り成す戦闘音を背に、彼が近付けさせまいと奮闘する姿を背に近付いていく。一歩進む度に身を裂くような、無数の茨の道を強引に突き進むような痛みを錯覚する。それを引き千切って進む。
 二者の間、周囲の騒音も歩む音すらも沈黙したかのように静かになっていく。それほどの緊張、ともすれば彼の周囲の空気を歪ませないほどの気配を、怒りを放っていると言うのに。
 時が止まったかのような空気、縫い止められたかの如き沈黙。引き裂いたのはシャルティルスの僅かな仕草。
 それだけでも攻撃の一手となり、その初動を捉えたトレイドは突発的に特有の構えを取る。相手から斜に、低く構えて右腕を左脇に仕舞うようにして力を溜める。
 彼自身でも密かに驚く、流暢な構えを取った彼の視界、上げられた手の平を捕捉する。その周囲に何かが煌いた。瞬間、怖気を抱き、突発的に剣を振り上げた。
 地面に阻まれても衰えない一撃は瞬く間に接近してきた何かに接触、弾かれつつも軌道を逸らすに成功する。その先端はトレイドの肌を掠め、その直線状に居た無実な人にも被害が及んで。
 光を反射して進展したそれは何度も見た水。生じさせた水柱はあの時以上に多く、彼の肌を掠めるどころか抉りもして。だが、トレイドは怯まない。睨む顔を一切に変えず、ただの小手調べと見定めて更に距離を詰めんと駆け出す。
 直後、側面へと回避する。その目が僅かな動きも見逃さず、脅威は接触寸前に過ぎ去った。それは先と同じように液体で構成される。だが、薄き刃を模し、剣のように振るわれた。その紙の薄さでありながらも鉄すらも切創を刻み、人体であるならば言わずもがな。被害を被った狂える傀儡シャルス=ロゼア達は物言わずに血の雨となった。
「ガリードッ!!」
「分かってる!!俺の事を気にすんじゃねぇ!!俺は俺で避けてやるからよォッ!!」
 彼にも簡単に被害が及ぶ威力、直ぐにも心配し、警告を兼ねて呼ぶのだが直後に威勢の返事が耳に飛ぶ。彼はシャルティルスにも注意を払っており、難なく回避していた。その上で集中しろと叱責もして。
 それに返答する間もなく、水の刃はトレイドに襲い掛かる。幾多の刃となって切り刻まんとする。それを彼はやや擦れ擦れだが回避していく。回避に努めていればそう難しい事でもなかった。けれど、相手が異なれば別であった。
 脚を刻まんとした一撃を回避して着地しようとした時、幾多の水の刃は突如飛び散った。それが意味するのは一つ、強烈な威力が襲ったと言う事。そして、彼の目に何も捉えられない。咄嗟に身を丸くして防御に移った。
 水を瞬く間に粉微塵とした力はトレイドに襲い掛かった。突風、彼を大きく後退させるそれは形無き刃を伴った。
「・・・くっ」
 咄嗟に防御した為に急所は免れたものの、全身の至る場所に浅い切傷が刻み込まれる。鋭敏な痛覚に声が漏れるも動きに支障はないと直ぐにも体勢を整えて立ち上がる。
 強制的に後退させられ、血溜まりで足を汚す彼は殺気を滲ませる面でシャルティルスと睨み続ける。玉座の前から移動せず、目の前に広がる戦局を無表情に見下ろす様に怒りを滾らせる。
 再度の宣戦布告のように剣で地面を打ち付けたと同時に蹴り出して駆け出す。その目が不届き者を誅する衣装で包んだ腕が振り上げる姿を捕捉する。瞬間、視界の一部が、薄く線を刻んだように見え方が変わった。
 身に駆け抜ける悪寒、前兆のように吹き付けてきた風を前に、徐々に接近してくる歪みに向けて全力の一撃で迎え撃つ。途端にそれは抵抗感を見せた。見えない何かで僅かに阻み、しかし、易く分断に至った。
 次の瞬間、彼の身に強烈且つ分散した風圧が降り注いだ。押し潰すようなそれに衣服は荒れ、危うく転倒させかねないほどに煽られた。同時に強烈な痛みが全身に駆け抜け、通過した歪みは周辺に分散した。
 それは濃縮した空気、風であった。宛ら透明の刃であり、高濃度のそれが解き放たれた時、見えない無数の刃と化して周囲に襲い掛かった。巨大な一撃は衝撃を経て、降り注ぐ災害と化した。四肢を、命を切り刻んだそれは一切の慈悲など無い。作り上げるのは、進行する地獄絵図。その中に友の姿はなく。
 迎撃を成功させたトレイドだが更なる後退を余儀なくされ、全身に、主に到達点でもあった首元には痛々しい無数の切創が刻み込まれて赤く塗れる。際の激痛、片目を潰らせるには十分過ぎて。
 歪みの無い傷口から鮮血が噴き出す。一つ間違えていれば致命傷であった傷を負いながらもトレイドは戦意を緩めない。目元に伝っていた血を拭いながら怨敵を睨む。その足は距離を詰めんとして。
 討伐する為には接近するしかない彼に試練を与えるかのように攻撃は降り注ぐ。次は唐突に隆起する地面。彼を中心に地面が歪に捲れ、二つ折りとなって彼を磨り潰さんとした。それを素早く飛び退く事で回避する。直後に地面が隆起、天井からも一部が唐突に隆起し、互いに接触せんと進展していった。
 彼を圧殺せんとしたそれらは接触すると幾多の瓦礫となって飛び散り、地面へ崩れ去っていく。其処に彼を示す物は無く、近くで更なる回避を成功させた姿が見える。間一髪であった事を、少し破れた衣服と体勢が示して。
「っ!」
 僅かな気の緩み、先の連撃を回避した事への弊害につけ込む様に先の崩壊した瓦礫が彼に向けて射出された。意識外、視界外から砕けた無数のそれが潰さんとして。
 外部からの操作によって行われたそれを察知すると対応、接近する大小様々な瓦礫を俊敏に躱す。もしくは回避の間に合わない者は剣で往なし、軌道を変えながら辛くも対応し切っていた。
 次々と、壁の如く襲い掛かった瓦礫は彼を討つ事は出来ず。しかし、全てを交わし切れず、表面から分からずとも痣が数ヶ所出来、鈍い痛みが生じていた。それでも意識も体勢に支障を示さず。
 周囲に多大な影響を齎す威力の数々、それは確実にトレイドを、彼等を追い詰める。けれど、何一つ決定打として成り得なかった。その全てを対処し切れていないとしても、排除するには叶わず。その事を、猛威を畳み掛けるシャルティルスは冷めた様子で観察する。
 多大な犠牲者の色で悍ましき色と臭いが充満する玉座の間。鮮烈な戦闘痕が比較的綺麗であった其処を無残な光景に変貌させていく。それは王と呼ばれた責務か、それとも神と見られる存在の義務か。一撃を以て、二人を葬らないのは如何言った意図があるのか。その顔からは読めず。
 しかし、停滞を嫌うのか、静かに眺めるシャルティルスは詰まらそうな仕草を挟む。合間に接近しようとするトレイドを排除しながら一案する。それは視線に表れ、彼はそれを察知した。
「貴様ッ!!」
 思考が白くなりかねないほどに激昂すれど時間が無かった。彼の意識は友に向けられる。そう、シャルティルスは彼を標的としたのだ。
「ガリー・・・」
 警告し、駆け付けようとするも遅く。全ての行動を止めてしまう光景が、迎撃に奮闘する友に爆発が襲い掛かった。今にも襲い掛からんとした犠牲者が、衝撃で身が炸裂、構成する全てが周囲を赤々と汚していった。
 友があっさりと爆発に巻き込まれた光景にトレイドは動転して足を止めてしまう。その空間に立ち込めてしまった煙、熱に歪む空気。それを唖然と眺める姿にシャルティルスは少し口辺を吊り上げた。
「貴、様・・・ッ!!」
 少し遅れて更に頭に血を昇らせて憎悪を滾らせる。その反応を待ち侘びていたかのように、またもや僅かに口辺を歪んだ。
「トレイドォッ!!俺の事は気にすんなッ!!お前はそのクソ野郎とぶっ潰せッ!!」
 激昂して我を忘れそうな彼を踏み止まらせたのはガリードの威勢の良い言葉。散々に爆発を受けた経験か、先の一撃を耐えて立ち込める煙の中でそう指示する。その声がトレイドに安心を与え、シャルティルスを更に愉しませた。
「ほう、元気だな。足らぬと申すなら遠慮なく受け取るが良い」
 愉しげに吐き捨てると更なる追撃に乗り出す。しかし、接近する事はない。尚も玉座から離れず、能力を行使した。それは過去の戒めに因る、警戒であろう。僅かでも恐怖を抱かせた存在が居るのだ、油断は無く。
 次なる攻撃は飽和攻撃でしかなかった。天井から幾多の塊が生成、降り注ぐ。地面も同様に幾多の塊が生成されて急上昇していく。挟み撃ちにするそれは容赦なく人体を貫き、存分に苦しめた。
 加え、目まぐるしき属性が織り成していた。迸る焔、凍て付いた雹、頑強な石、鋭利な鉄、閃光する雷の弾、触れた物を解かす酸と言った様々な礫が顎を以て噛み潰すかのように交差した。
 淀んだ悲鳴が聞こえる中、二人は危なげに回避していく。凄まじい数なれど個々は猛烈な速さは無く、対処はそれほど難しいものではなかった。それでも防戦一方でしかなく、強いられるトレイドは焦れるばかりであった。それは何よりも接近出来ない事。
 攻撃する為には接近しなければならず、ここまで接近を拒絶されると敗北の道しかない。だが、接近を試みた所で行く手を阻む圧倒的な力を前に如何する事も出来ない。瞬時に行使出来る事も相まって厄介極まりなかった。
 それでも彼はこの事態をある程度予期しており、その腕での手段を色々を巡らせていた。苦戦する中でも挫けずに。
 現状を冷静に見極め、素早い判断を下しながら友に危機を知らせて躱す。最早、狂える傀儡シャルス=ロゼアなど思考に入っておらず、被害は広がるばかり。その中でガリードも回避に専念し、同様に知らせながら懸命に猛襲を躱し続けていた。
 辛うじてでも対処する反射神経と身体能力、以前では考えられない動きで回避し続ける。それを前にするシャルティルスは冷めて無表情な面持ちで力を駆使する。観察するように、或いは確かめるように。
 消耗を強いられる中、苦戦の最中でも決定的な一手の為に余念を欠かさない。友と共に回避する中、酷き騒音の中に紛れさせるように刻んでいく。だが、それも不十分なままに、志半ばに成りかねないと焦りが生まれ始める。
「・・・なっ!?」
 回避に努める二人、次々に襲い掛かる力に目まぐるしく意識は変動する。その中でもあまりにも酷き所業に驚きを隠せなかった。思わず一瞬動きを止めてしまうほどに。
 ただ巻き込まれただけの犠牲者達、狂える傀儡シャルス=ロゼアの群れ。それが彼等に襲い掛かる様に、不自然な挙動で接近したと思いきや、何の予兆も無く弾けたのだ。まるで水風船が限界を迎えたように、血、骨、臓器、あらゆる内容物が弾け飛んだのだ。元凶は言うまでもない。
 唐突のそれに、反応した二人は回避する。それにも何かが含まれると危惧して。その矢先、二人の両太腿に激痛が生じた。其処には浅くない切創が一筋刻み込まれていた。当然血を噴き出し、赤く染まった。
 見えない攻撃もまたシャルティルスが行ったもの。二人の回避を先読みし、予測した場所に生じさせて落としたのだ。それは無表情で指先を下方に振り下ろした姿が指し示す。
 不意の攻撃、負傷に対して二人は動揺しない。意に介さないまま動きを展開させようとしたのだが、僅かな膠着を狙われたように小さな弾丸が降り注いだ。
 それは僅かに流動する粒。宛ら解けた金属であり、無理矢理粒に圧し止めている様に見える。それが幾多に製造され、動きの基点たる足に向けて掃射された。
 絨毯爆撃の如き勢い、地面に減り込み、消えていくその弾の威力は他を追随させない。猛威であるのだが対処出来ない訳ではない。負傷は免れないながらも、躱し、武器で弾くなどで猛攻を防いでいく。その最中に冷めた声が聞こえてきた。
「そろそろ飽いた、消えよ」
 痺れを切らしたかのように吐き捨てた。瞬間、その場に居た誰もを震撼させる力の流動を感じさせた。その圧力、実体無き何かに潰されかねないほどに。
 急遽、先の攻撃からの防御を止め、要らぬ傷を負いながらもトレイドは駆け出す。再度ガリードを守ろうとして。そのガリードも次なる攻撃に備えて全身に力を篭めていた。
 既に陰惨な光景に成り下がった空間。尚も犠牲者が生まれゆく其処に、反逆者等の合間に光の雫が過ぎった。それは次第に強く、大きくなり、彼等の行動が完了する前に解き放たれる。一瞬、空間が、光に照らされた全てがそれに向けて縮小したかのように歪む。光の屈折は直後にて復元、いやそれを遥かに超越する衝撃を伴って紅蓮に染め上げた。
 反動以上の膨張、そう、その場の何もかもを巻き込む暴風を、消し飛ばす大爆発へと発展した。空気を震わすなど比ではない。彩る全てを高濃度の衝撃と熱の赤に埋め尽くす。轟音は全ての音を飲み込み、衝撃は阻む一切を巻き込んで吹き飛ばした。その衝撃はこの場を音叉させるように振動する。ともすれば、その空間は崩壊し、瓦礫で埋没しても可笑しくなかった。
 天井の多くは崩落し、壁の殆どが消え、地面が酷く抉れてしまった。爆発によって生じた煙は玉座の間を埋め尽くすほどに立ち込める。その崩壊の波は城の跡地全域に広がったであろう、崩壊の音色は遠く響く。それで済んだのは偶然か、意図しての事か。
 これらの全てが瞬く間に行われたと言うのに、当事者の目には全て遅く映った。思考が幾多に巡るほどに。それこそ走馬灯と言うのだろうか。
 爆音が治まり、煙が立ち込めたその空間は妙に静まり返り、瓦礫が落ちる音が小さくとも良く響く。次第に開ける空間の色が晒される。酷烈な爆発によって巻き込まれた者達の色にて、赤黒く、夥しい焦げた血液で惨たらしく塗りたくられていた。
 鉄の錆びた、血の生臭い異臭が、脂肪酸が焼焦した独特の刺激臭と共に微かに漂う。消し飛んでも消えぬそれに、裁きを下したシャルティルスは黙して、だが眉を僅かに落として睨む。その身は一切の影響はない。行った当人なのだ、自身への影響を及ばせないようにする事など動作も無く。
 そのシャルティルスは勝利を確信しているのか、ゆっくりと階段を下る。一歩一歩と降り、薄れゆく煙の内部を眺めていた。そして、静かに腕を持ち上げ、人差し指を降ろした。
 立ち込めた煙を穿つ如く、天井が傾れ込んだ。生存者を許さないと言った容赦のない追い打ち。手駒諸共潰さんとしたそれが煙を押し潰し、散らした。冷淡な目がその余波で散り、煙から飛び出す瓦礫を捉えて。
 異臭立ち込める玉座の間、無残な内装となった其処でも立つ姿は強烈な存在感を示す。その様、孤高なる自尊心が溢れ、何かしらの絵の題材になっても可笑しくなかった。類稀なる王の気品とも言うべきか、或いは下賎なる俗物を自らの手で制裁を下した神か。
 そのシャルティルスは目を疑った。よもや、一度ならぬ、二度までも同様の展開になろうとは思わなかったから。しかし、目の前にすれば認めざるを得なかった。強者であると。
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