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霧は晴れ、やがてその実態は明かされゆく

共に歩む道、新しき結束

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【1】

 二つのギルドが統合し、新たなギルドが誕生する旨がセントガルド中に行き渡された。そのギルドのリア、最高責任者となるステインが堂々と宣言したのだ。
 統合する経緯は話さなかったものの、統合するに当たる決意表明は良い宣伝になると共に、住民に良い印象を与えていた。演説じみたものではなく、状に訴え掛けるものでもなく、皆の安心を、確約すると断言するものであった。故に、受けは良かったのだ。
 少しの間はその話題で持ちきりであろう。反応は様々だが、往々にして新たなギルドの期待感が膨らまされていた。そして、新たなギルドの名前はどうなるのか、それも気にして。
 その期待を受けるように、その職員達は再び元法と秩序ルガー・デ・メギルの施設に集められていた。施設に入ってすぐの広場、其処に集った皆の前には件のステインが立つ。彼自らが社訓を、以前告げた言葉を流用し、その後に大まかに定めた方針と業務内容等を伝え、ユウと元法と秩序ルガー・デ・メギルの幹部と共に部下に役割を分配させていた。改めて告げたそれは以前の仕事に準じた者ばかりであった。
 その中には調査班と名目した新たな役割が説明された。名の通り、様々な調査を主とし、原因究明を求める、フィールドワークとそれに伴う戦闘を担った部隊と言ったところである。それにはトレイドも割り振られていた。
「・・・では、それでは、然らば、概要説明は終える。改めて、今日から宜しく頼む。皆、節度とこの仕事に誇りを持って挑んで欲しい。調査班は、旧人と人を繋ぐ架け橋ラファーに移動してくれ。其処で改めて詳しい概要を説明する。その後に仕事に出て貰う」
 ステインの指示によって解散となり、皆は直ぐにも業務に取り掛かっていく。正式に新たなギルドの仕事が始まったと実感し、初心に返って取り込んでいく。
 そうする姿を、新たな同僚達の姿を眺めながらトレイドは同じ班の者と、知人が少ない仲間と共に元人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの施設へ向かう。その途中、敵意が含んだ視線を感じていた。誰のそれは分からなったのだが、向けられた事は確かであり、自然と溜息は零されていた。

 数分を掛けて移動した調査班の面々は、施設の中央の広場、円形の其処に並ぶ。当然、その前にはステインが立ち、先とは比べ物にならない迫力を醸して立っていた。
「・・・全員、集まったな。面倒を掛けて済まなかった。向こうでは業務の邪魔になるからな」
 彼の発言通り、あの広場で集まるには大勢であり、業務に差し支えると判断しての事だろう。だが、それ以前に重要な案件を伝える為、静かな場所に集めていた。それを察して皆は並んでステインの言葉を清聴する。
「先にも伝えたが、皆にはこの世界の調査に出てもらう。それに当たり、責任者についても、リアと兼任する積もりだ。以前のギルドでも自分自身でも赴き、調査を行っていたからな。とは言え、当然リアの職務を優先する為、付きっ切りでは居られない。拠って、主な業務はフーに任せる予定だ」
「紹介に上がったフーなんだわ。知っている奴が多いと思うが、改めて宜しく頼むわな。若輩者なんだけど、懸命に研鑽し、恥じない働きをする思いで挑む積もりなんだわ。だから、宜しくな」
 ステインとは少々異なり、親しみを持てるようにわざと明るく馴れ馴れしい様子で紹介と意思表明を行う。その為か、違和感を否めなかった。
 ちなみに、ユウは副責任者の一人であり、主に書類関係や法に関する業務を担う事となっている。なので、その場には当然居らず。
「・・・さて、それでは、本題といこう。一度此処に移動してもらったのは、調査班の重要性を理解してもらう為だ。この世界は未知で溢れており、人と人を繋ぐ架け橋ラファーではその究明に力を注いでいた事は、知っている者は知っているだろう。その役割を継いでもらう」
 ステインは調子を変えずに説明を始め、その態度が皆の態度を改めさせた。
「主に、各地帯の調査、地形や魔物モンスターの変化も調査して貰う為、比例して危険度は上がる。その事を念頭に置いてほしい。もし、異動を望むなら遠慮なく言ってくれ。配属はさせたが強制ではないからな」
 強制ではない、それを強調する。むざむざ人手を減らすような真似をさせたくなく、事前に伝えて選択させようとする。現時点では皆、異論を唱えなかった。その為、話を進める。
「最近、魔物モンスターの集団発生による被害の報告が聞こえてくる。沼地地帯に至っては、知っている者も居るだろうが、全滅の憂き目に遭いそうになった。その原因は現場検証や生存者の聞き取りでは限界があり、真相は分からないままだ。また、別の地帯でもこのような事が起こらないとも限らない。そうした危機の事前察知も兼ねて調査に出て貰う。既に何名かは調査に出しており、それに合流して貰う流れだ」
 その説明にトレイドを含めて何名かは表情に影を落とす。事情を知る者は悲しみに包まれた。
「そして・・・知る者も居るだろうが、得体の知れない存在も確認されている。狂乱者クレスジア、いや今後は狂えた傀儡シャルス=ロゼアと名称するが、それの遭遇も考えられる。拠って、五人以上の班を編成して行動してもらう。こうした事からも他よりもどうしても危険度が高くなる。再三にもなるが、これらの事をを受けた上で聞く。異動を求めるなら今の内だ」
 軽い気持ちでは危険だと重々承知させる為に告げる。その言葉に誰もが態度を改めて耳を傾ける。その場にいる者、全員は油断なく、気持ちを正していた。
「また、知らない内に世界に変化が発生した可能性もある。先の被害の原因究明と解決も合わせて調査に出てもらう。長期の滞在になる事も念頭に入れて置いてほしい・・・これから先、再三と調査に赴く事となるだろう。理をさせて心苦しいが、皆を信頼と信用し、頼みたい」
 最後に頭を下げて了承を促す。最高責任者のその姿が驚きを齎し、更に調査隊に当たる旨の決意を強く定めていた。
「では・・・」
 それから先は班を編成し、調査する地帯を割り振り当てられた。トレイドは森林地帯の班となり、其処での調査、魔物モンスター被害の究明を命じられた。
 調査に出発するのは明日となり、今日は馬車の手配等の準備に割り振られた。それが決まれば一足早くステインが立ち去るのだが、際に再度気を付けるように念を押していた。
 トレイドも同僚となる者達と顔合わせを済ませ、準備に取り掛かろうと立ち去ろうとする。その耳が、一つの話題を捉えた。日が立っているとは言え、上げられるのは新たなギルドへの不安を含めた気持ち、そして、アイゼンの死亡についてであった。
 彼に対する人望、羨望を耳にして、トレイドは表情に影を落とす。罪悪感に蝕まれながらも、それでも背負っていく気持ちを表情と歩む姿で示していた。

【2】

 そして、夜が訪れていた。魔族ヴァレスの皆に長期離れる事を伝え、クルーエやセシア、アマーリアに一応だが注意を入れていた。大分改善されたとは言えど、まだ脅威は残っているかも知れないと。
 クルーエやセシアがセントガルドでの勤務となり、魔族ヴァレスに好意を持つ同僚も多く勤務している事を喜ばしく感じ、彼等にも注意を促していた。そうする内に時間は流れ、彼は同居する建物にて準備を進めていた。とは言っても、手持ちの確認程度でしかないが。
 最後に純黒の剣の確認をしていた彼に来訪者があった。それを伝えたの共に住む魔族ヴァレスの子供であり、快く出迎えられた。子供に連れられ、入って来た者に少し驚きを示していた。
「ステイン?珍しいな」
 訪れた人物は友人ガリードあたりだと予測しており、予想外の者の登場に驚きは隠せない。それも今忙しい人物でもあるから。
「少し、少々、多少、トレイドに用事があったからな。夜分、準備中に済まない」
「それは構わないが。俺としても都合が良かった、相談したい事があったからな」
 そう告げながら座る様に促す。少ない家具で遣り繰りする為、ややみすぼらしい室内ではあるが気にせずに、彼に椅子を持ち出す。それを受けて彼は腰掛けた。
「相談したい事か、それは?」
「近い将来に雪山地帯に魔族ヴァレスの多くが戻りたい旨を相談されたんだ。再考するようには促したが、恐らく戻る事になるだろう。そこで、調査班に任命して貰って直ぐなんだが、俺もそれに付いていく積もりだ」
「・・・そうか、村の再建に参加したいと。魔物モンスターの脅威があるからな。君は以前から魔族ヴァレスと親交が深い、薄々は考えていたが・・・」
 相談され、ステインは真剣な面持ちで受け止め、だからこそと本題に踏み込んでいく。その姿にトレイドは身構えた。
「・・・少し前に、謎の存在と遭遇した。その者は驚異的な力を有していた・・・セントガルドに地震が発生した事を覚えているか?」
「ああ、被害は少なかったと聞いているが・・・まさか、そいつが!?」
 思いもよらない事実に驚愕するしかなかった。正に人智に外れた力を有している存在が居るとは思えなかった。しかし、彼は嘘を吐く筈がない。だからこそ、夜遅くに成ろうとも伝えに来たんだろう。今迄遅くなったのは様々な出来事が重なった所為であろう。
「・・・憶測の域に過ぎないが、恐らく、世界を変えた存在だと、あの文献にも書かれていた者だと考えても過剰ではないだろう」
「そいつが・・・」
 憶測、想像でしかないが、そう伝えられてトレイドの内に暗い気持ちと煮え繰り返るほどの憤りを抱く。その通りながら、この世界に来た者全てを不幸に陥れた人物であり、人を操る能力すらも有する。ならば、マーティンを凶行に及ばせ、今もなお心優しいとされるカッシュを苦しめ、この先も人を苦しみ続ける元凶となる。憎悪を抱くのは当然であった。
「実際に遭遇して、確信するほどだった。ただ、それだけの力を行使しなかったのは、ただの遊びとして見縊られただけかも知れない。それとも温存していたのか。それは、推し量れないが・・・」
 灰銀を伴う焔カサシス、全員を総出で漸く仕留めたインファントヴァルムに颯爽と立ち向かった者をそう言わしめる。だからこそ信憑性を抱き、心はざわつくばかり。
「・・・世界は、事態は次第に収束するように姿を現しているようだ。あれと出会って、それを強く感じた」
 言い様の無い懸念と言う事か、そう形容する彼を険しき顔でトレイドは睨み続ける。
「あの存在が何処に潜伏しているのか分からない。突然に現れた、まさに神出鬼没、その印象を受けた。ともすれば、雪山地帯にも現れる恐れがある。だからこそ、この事を耳に入れたかった。ユウやフー等の人間にもこの事は伝えている」
 その上でトレイドに伝えてくれると言う事はある一定の信頼を置き、実績を認めていると言う事か。それに喜ぶ気分には到底浸れず、殺気じみた気迫を放って物耽る。
 今にも飛び出しそうな気配を放つ姿を見たステインは険しき表情を浮かべる。伝えるべきではあるが、果たしてそれが正しい選択だったのか、それを思わせる姿でもあった。しかし、伝えるべき確信もあった為、間違いではないと判断して一呼吸を挟み、
「・・・今日の用事はそれだけだ。明日は、その点も念頭に入れて、十分に、不足なく、万全の心構えで挑んでくれ」
 そう言い残して立ち去ろうとするのだが、直ぐに足を止めていた。
「それと、先の話だが、行くのは構わない。寧ろ雪山地帯を活動の場に置き、逐次変化等を報告してほしいぐらいだ・・・いや、その時に成ったら、頼まれてくれるか?」
「・・・ああ、分かった。済まない」
 移動に関して賛同し、寧ろ同行して在住して地帯調査に居て欲しいと告げられる。それは喜ばしい事だが、先の話がまだ尾を引き、気持ちは沈んだままであった。
 立ち去る際の音が消え、周辺で聞こえる生活音が聞こえてくる中、トレイドは静かに剣を見詰めて思う。彼の発言を踏まえ、いよいよ動き出した、そんな嫌な予感を抱き、更けていく夜に思いを滲ませていた。

【3】

 翌日、晴れ渡った空の下、広がる緑の海を優雅に渡る十も超える馬車が渡る。それに乗り込むは新しく発足し、まだ名前の無いギルドの者達。それには当然トレイドも同乗していた。
 調査に当たっての準備物も乗せた馬車の中、やや重い空気が流されていた。その原因はトレイドでもあり、同僚となった同じ班の者でもあった。
「・・・じゃあ、向かっている間、暇潰しの意味も含めて、概要を伝えるとするか・・・」
 かなり不機嫌に、室内の空気を重くさせながら青年が話し出す。その場の一番年上ではあるが感情を包み隠さないのは未熟な証か。けれど、それは仕事に対する不満ではなく。
「基本的な概要はリアが話した通りだが、今回は魔物モンスターの被害、それに対する調査が加わってくる」
 不機嫌を顔に刻み込み、周囲を威圧する面で語り出す。調子が悪いのか、喉を詰まらせたような声を出す。それが更に周囲に圧を与える結果となっていた。
 彼はライラット、年若くも法と秩序ルガー・デ・メギルに所属していた時は有望な人物として周知され、アイゼンからも一目置かれていた。この度は班長として抜擢され、その責任を強く抱いていた。
 しかし、そんな彼が空気を重くさせていたのは、あの夜の一件を、シャトーの悪行とアイゼンの蛮行が露見した一件を聞かされた為。詰まり、真実を知っており、その上でトレイドに恨みを、敵視を向けていたのだ。
「十中八九、魔物モンスターとの戦闘は免れない。全員、引き締めているんだな」
 その警句に気弱そうな童顔の青年が不安を面に出した。声こそは出さなかったが、見て分かるほどに怯えが窺えた。だからこそか、遠距離からの攻撃手段として弓と矢筒を背負っている。頼りない彼はククイと呼ばれる。
「・・・被害、と述べましたが、具体的にはどの程度のものですか?」
 表情に映す感情は薄く、ライラットの不機嫌な様子に一切気に掛けない若者が問いを投げる。抑揚を感じられない様は大物の気配を感じさせる彼は対の剣を腰に提げる彼はフェ。
「・・・詳しくは現地での収集になるだろうが、直前に受けた報告では、重傷者が多数だと・・・それほど、強敵と言う事だ」
「それは、恐ろしいですね・・・これから、私達はそれに立ち向かわないといけないのですね・・・」
 糸目で長閑そうだが、心配性なのか不安を零す女性。ゆったりとした服装で戦闘員には見えないが、鋭い棘を有した穀物を備えたフレイユや分銅を備えた鎖鎌、鉤爪を備えた鎖などを身に巻き付けるように装備しており、ギャップに拠る恐怖を抱かせる女性、名前はラエナ。
 ちなみに、レイホースの手綱を握っているのは最後の班員であり、口数は少なく、おどおどと周囲を気にする青年。性別は女であり、頻りに短弓と投げナイフに手を伸ばす臆病な性格をしている。だからこそ、運転を任されたのだろう。名はユーノ
「・・・此処に魔物モンスターは生息していないから、まだ警戒する必要はないぞ」
「で、ですが、万が一もありますし・・・」
「・・・そうか」
 指摘しても変化があったなら魔物モンスターが生息するようになったかもと恐々とする。その主張は否定出来ないと、やや情けないと思いながらも放っておく事とするトレイド。
「・・・おい、ちゃんと聞け」
 その彼にライラットは敵意を示して注意してくる。そうなる経緯が推測出来る為、反論する事はせず。
 既に簡単な紹介も済ませ、性格や戦闘能力も軽くは把握している。これから彼等と共にするのだと実感し、ライラットからの簡単な説明を受けながら現場へと向かうのであった。

 一日を掛け、到着した森林地帯。その居住地であるフェリスにて、認識が少々甘かった事を思い知らされていた。被害は一歩間違えれば深刻な事態になりかねなかった。
 事は村の外で発生した。薪を捕獲する為に数人の住民が外へと出ていた。魔物モンスターが出る為、勿論護衛として腕に覚えがある数人が付いていた。薪を取り、村に戻っている途中でそれは発生した。
 あっと言う間の出来事であったと言う。十に及ぶほどの群れが血相を変えて茂みから出現し、襲われたのだと言う。それに対処していた時、別の魔物モンスターに急襲され、全員が重傷を負ったのだと言う。中には腕を食い千切られそうになった人も居り、ともすれば全員が犠牲になりかねなかったとも。
 そうならなかったのは村の近くで発生した事が幸いで、騒ぎを聞き付けた別の住民の通報により、即座に数人が戦闘に参加した。だが、魔物モンスターは強敵であり、あわや返り討ちになりそうになりながらも、辛くも撤退させてたのだと。
 今迄にない被害状況を前に驚いた面々。その中でトレイドを含めた数人が負傷者の安否を尋ねていた。その反応に、トレイドに対し、ライラットは複雑な面で睨んでいた。
 食い掛かるように尋ねられ、やや面喰った当事者達だが、笑みを零して安心して欲しいと告げていた。
 重傷に関しては即座に手当を済ませ、報告と同時に治療を施せる聖復術キュリアティを扱える者を要請し、それが間に合って感知に至ったと言う。詰まり、死者は発生しなかったと。
 それに一安心を浮かべられる。だが、最も深刻な状態となってしまった同僚が釘を刺していた。
「あれは、この周辺では見られなかった魔物モンスターだった。死を覚悟するほどに強かった。決して、油断をしないでくれ」
 その言葉が、まさに死にそうになった者の信憑性のある発言に皆は一層気を引き締めていた。
 事態を把握し、到着した調査班はまず村の状況確認を行う。他に被害者が居ないか、村の中に侵入した痕跡が無いかを。結果、そのどちらも無かった。だが、安心する事は出来ない。
 トレイドを含め、数班が外へ調査と討伐に出掛ける傍、複数の班が残って柵製作等の防衛能力の強化に努めていた。元より、若者が少なく、農業を行っている為に敷地は広い。焼け石に水かも知れないが、しないよりはましだろうと行っていた。
 昨晩も森林地帯に踏み入る寸前でも行ったのだが、再三に所有物の確認、フェレストレの塗り薬を始めとする医療品の確認をする。一切の不足は出来ないと踏み込む皆は入念に行う。
 トレイドも例外ではなく、同様に入念に確認する。その時、近付いてくるライラットに気付いて視線を合わせる。正面に向かう彼はまだ尽きない敵意のままに告げる。
「・・・俺は、お前の事を信用出来ない。妙な真似はするなよ」
「・・・分かっている」
 ライラットの意図、その不信感や不満は良く理解出来る。それを踏まえ、同じ仲間を危険な目に会わせるような真似はしないと言った意味合いで答える。
 それが不服だったのか、眉間に皺を少し寄せながらの返答が気に障ったのか、彼は静かだが怒り鼻で睨み付けていた。
 重くなる空気に班員達は息苦しさを感じ、二人の様子を案じる様子を示す。
「ライラットさん、全員の準備、済んだようです」
「フェリスの皆様の為にも、頑張りましょう」
「怖いけど・・・」
 気を逸らそうと各々が話し掛ける。一番おどおどとする短弓の子も裾を引くように、ライラットに促す。
「・・・分かった、最大の注意を払うように」
 彼等の気遣いに嫌気を含めた溜息を吐き捨てた後に出発を決める。今は仕事に集中する為に怒りを捨て、恨みを抑えるように。その為の吐息であった。
 それでも抑え切れない事を、今一度仲間達を見渡した時にトレイドを見た時の顔が険しかった。
 恨まれ、憎まれている事を重く受け止めながら森林の深みへと踏み込んでいった。

【4】

 深い木々の間、道なき道を周囲に深く警戒を広げながらライラット率いる班が進む。弓を所持する二人を中心にし、ライラットと鎖を巻き付けたラエナを前に、トレイドを最前線に置き、後方に双剣を携えたフェが位置する。
 フェリスから十数分程度しか離れていないと言うのに、森の中の雰囲気が重く暗く感じるのは心境の為であろう。今から強敵とされる魔物モンスターを捜索し、討つべく出ている。対する緊張感や不安、義憤と言った感情がそう見せるのだろう。
 実際、いつ何時物陰から出現するのか分からず、神経を張り詰めなければならず、目線が異なれば当然であろう。今まさに、察知能力の高いユーノは顔を少し悪くして忙しなく見渡し、耳を傾けていた。
 そうした彼を囲んだ仲間達が気に掛ける。あまりにも緊張具合を多少は解そうと二言三言と話し掛ける。特に、フェが肩を優しく叩いて安心させようとして。
 その中、気に掛けるトレイドに鋭い視線が注がれた。その後、部下とも言える皆を見渡したライラットが釘を刺した。
「目標の魔物モンスターはグレディルに逼迫する巨体だと聞く。見逃せる筈が無いと思うが、僅かな機微も見流さないようにしろ。特に、トレイド。先頭を任せているんだ、油断は許さないからな」
 特にトレイドに対しては一切のミスも許さないと言った厳しい様子で更に念を押す。承諾したものの、自分で任命しておきながら許さないと言った様子に流石にトレイドは不服を示す。言葉には出さないが一瞥して鋭い目付きを見せた。それでも文句を言わないのはアイゼンの件、統合の件に対する負い目が強く出ていた。
 そうした態度が気に障ったのだろう、先にも増して敵意を示す。抱く鬱憤を抑えてはいるのだろうが、今にも殴り掛かりそうな雰囲気を放って進む。
 二人の確執、と言うよりライラットの一方的な憤りが周囲の者を萎縮させてしまう。知らない者からしてみれば訳も分からないままに彼が起こっている為、困惑しかしない。今の空気をこれ以上崩さぬよう、気を付けながら魔物モンスターの捜索に臨んでいた。
 空気が少しずつ険悪になり、仲間達の居心地の悪さが最長になりそうな頃、当てもなく奥へと進み、休憩を挟もうとした時であった。
「っ!一杯近付いてる!多分ローウスの群れ!」
 人一倍臆病に周囲を警戒していたユーノが叫び出す。その警句を直後、全員が武器を抜き構え、臨戦態勢となった。その彼等の前方、丁度茂みが濃かった場所から灰色の動体が現れた。
 警句の通り、それはローウスの群れであり、群れは足を止めず、一直線に彼等へ駆けていく。それは遠方から見定めていたと言うのか。
「ローウス六体!ユーノ、ククイは弓で牽制!トレイドは接近してきた魔物モンスターを斬れ!ラエナは俺と共に逃れた個体の対処!フェは周囲を警戒しつつ、弓の二人の護衛、臨機応変に動け!!」
 迅速にライラットの指示が轟き、急遽として戦闘は始まる。
 ククイとユーノの弓が早急に引き絞られ、即座に狙いが定まった瞬間、矢が小さく唸った。待機する仲間達の間を縫い、接近する身体に突き刺さった。
 矢は最接近するまでに素早く六、三本ずつ射られた。そのどれもが命中するもローウス達は一切怯まず、血相を変えて襲う。先頭に立つトレイドに意識を集中させず、目に入った者に一直線に駆ける。例え、最初に純黒の剣に切り捨てられた個体があったとしても。
 普段とは異なる様に疑問が浮かぶ。トレイドの横を抜け、次に構えるライラットとラエナに襲い掛かり、槍の穂先が肩に突き刺さられても、フレイユの重く鋭い一撃を身に受けようとも、踏み止まり、尚且つ前に飛び出して執念深く襲わんとする。
 まさに死に物狂いと言った様子に流石に数人が疑問を抱くも、酷く興奮した様子に僅かに怯まされ、接近を許して纏わり付かれる。ユーノに襲い掛からんとし、フェが止めようとする。各々が対処しようとした時であった。
 突如、不穏な騒音が鳴り響き、彼等の下に巨大な影が、物体が出現、皆の警戒など意味も無しと下すかのように巨大に開けた両顎で食い付いた。必死の形相のローウスごと喰らい、その場に肉体が弾けた。
 激痛と恐怖に悲鳴が響き渡る。巻き込まれたローウスの血を浴び、寸でで庇ったフェが抗う。その事態に気付き、周りの者が助けようと行動を起こす。それを押し潰すように別の個体が二体、同じ獣が来襲した。
 警戒の外から出現したその巨体、足や爪で押し潰し、引き裂かれたかのように長く広く広がる口で喰らい付く。度重なる襲撃、展開に追い付かぬまま、せめての抵抗を叫びと共に行う。けれど、虚しいのだろう、その声は大きく、赤が流れていくのみ。
「ッ!」
 悲鳴が飛び、混乱した戦況の中、最初に疑心したトレイドは力任せに剣を突き立てた。攻撃を受けたものの、辛うじて攻撃を軽減した為に傷は浅く、拘束されていなかった。拠って、仲間を助ける為に、結晶を呼び出した。
 来襲した巨大な獣、それに向けて全力で黒い槍の群れを作り出す。極力、仲間達に当たらないように専念しつつも、多少の負傷も已む無くといったように。
 地面から出現する円錐を模る黒い結晶達は獣の身体を貫く。赤くなっていた身を、興奮した身体を容赦なく。その先端は仲間を傷付ける事は無く、そして巨大な獣にも届かなかった。
 貫けたのはローウスのみ。虚しく巻き込まれ、けれど巨大な獣達は多少傷付けられながらも凄まじき脚力で撤退し、距離を置いて様子を窺っていた。不意を衝いたと言うのに回避されたのは悔しいもの。けれど、これで仲間達を解放させていた。防具をしていた事で命は奪われていなかった。
「動けるかっ!?今の内に塗り薬を使えっ!」
 皆の様子を確認する余裕はなく、そう指示しながら先の三体を一瞬たりとも見逃さまいと身構える。砕け散る光景の奥、その獣の正体が分かった。
 その身体は確かにグレディルに比肩する巨体。灰と黒が入り混じる体毛は長く、それで包んだ身は全体的に細く長い。四肢はやや長く、後足はしなやかでも太く発達する。その脚力は多くの魔物モンスターでも随一と言える。駆け出せば最高速度に達する速度は凄まじく、達してしまえば他の生物の視線から外れるほどに速く。
 この身が武器にするのは両顎であろう。顔の半分以上を裂くように開く両顎から対の太い牙が飛び出しており、まさに牙と言えるほどに鋭く。その顎が誇る咬合力は先も示したように凄まじく、岩を容易く噛み砕いてしまう程に。
 高山地帯の外、標高の高い場所で生息するそれはグイネリア・グドと呼ばれ、存在と戦闘力から察するように魔物モンスターの中では上位に位置する。そして、下と見た存在を道具と扱う傾向を見せる。まさに、ローウスがそうだった。ローウスはこの獣に利用されたのだった。
 口元に伝う血を舌なめずりし、足りないと怪しく狙いを定める様。異様なまでに食べる事に貪欲さが感じられる。それからも灰黒の餓狼とも呼ばれていた。
「く、くそ・・・!」
 トレイドが牽制している間に仲間は集いながら距離を開ける。獣達が待っているのはローウスの亡骸を貪る為か。
「ライラット、撤退するべきだ。不意を衝かれ、壊滅寸前だ。殿は、足止めが俺がする」
「ふ、ふざけるな!それを信じろと・・・いや、お前一人で足止めだと?死にたいのか!?」
 顔や鎧で覆われていなかった箇所に深い負傷を負い、一番に重傷な彼が否定するのだがトレイドは聞き入れなかった。
「俺の事はいい!!他の奴を優先しろッ!!」
 従えと一喝する。その間に巨体は動き出し、それに向けて全神経を張り詰め、戦意を漲らせて構えた。後ろの仲間を守る為に。
 この時、彼は無意識にもとある構えを取っていた。低く体勢を構えて重心を低く保つ。相手とはやや斜めに身体を構え、肘を曲げた左腕を胸の内に止め、その脇に仕舞うように右腕を回す。そうした、特殊な構えを。
 彼を、負傷して倒れた彼等を喰らわんと意欲を漲らせたグイネリア・グド。距離を瞬く間に詰め、諸共貪らんと口を、無数の牙と二対の牙を尖らせて接近する。
「ッ!」
 守る意思、決意のままに再度地面を突き刺して念じた。命を削る気迫を以って結晶を作り出す。それは行く手を塞ぐ、無数に敷き詰めた結晶の群れ。まるで壁の如く密集させ、進行方向に対して伸ばす。
 だが、正面からの攻撃など愚かと示すように灰黒の餓狼は回避していた。即座に離脱すると共に周囲に伸びる木々を利用し、反射するように迂回して厄介な彼に向けて襲い掛かっていった。
 死角からの急襲、彼を頭から喰らわんと赤い涎を引き伸ばして口を開く。物音で気配を察知して身を捩る。それがせめてもの抵抗となり、頭を食われる事は無かったが左肩から胸部に渡って顎に挟み込まれてしまった。
「・・・~ッ!!」
 胸甲が即死を防いだものの、牙は彼の身を蝕む。そのまま放置していれば砕かれ、絶命するのは必至。それをまさに肌で実感した彼は直ぐにも抵抗する。握る剣を直ちに、僅かな隙間が空く口の中へ突き立てる。
 死に物狂いの一撃は上顎を貫き、頭部へと到達した。その瞬間、ビクリと巨体が、頭部が振動した。過度な反応の後、喉奥から凄絶な痛みと急激に薄れる何かに喘ぐ息が漏れる。直後、巨体の全てが弛緩した。トレイドを喰らう顎も。
 察知したトレイドは即座に顎を抉じ開けて退避する。拘束を解かんとした一撃は上手く脳に達したのだ。辛く一体を仕留め、けれど一噛みとは言えど深く突き刺さった牙に拠る傷から血は伝い、軽くない事は明らか。
 金属同士の軋みのような咆哮を上がる。残る二体が負傷した彼を、負傷酷き仲間達を喰らわんと灰黒の餓狼は両顎を開く。それは同胞の死肉すらも喰らわんと、死した直後に欲を震わせて接近する。
「っぐ!!」
 牙が再び届く瞬間、トレイドは結晶を呼び出す。仲間を、そして自分を守る為に、自らも巻き込む形で幾多の黒の槍を作り出した。真上に向け、自らの身体を穿ちながらも仕留めんとする信念で。
 恐ろしい事に灰黒の餓狼は察知し、回避の行動を取っていた。けれど、それは間に合わず、結晶の槍は巨躯を貫いていった。
 穿たれて顔に多量の血を流す。それでも砕き折りながらも身体を持ち上げていく。だが、致命傷には抗えず、崩れ落ち、動かなくなった。
 被害は凄まじく、幾多の血が溜まった其処で片膝、片腕を着くトレイド。それでも動こうと流血を酷くさせる。躍起になる彼の目は最後の一体が、まさに回避し切り、最大の好機と言わんばかりに喰らわんと身を振るっていたのだ。凄まじい動きの中、それは確かに。
 声が直ぐに出来ないほどに負傷し、それでも迎撃しようと戦意を漲らせる彼に無情に牙が向かれる、筈だった。噛み砕く寸前、巨体が何かを察知してその場から飛び退いた。
 それは確かな危機察知であり、回避の動作。その行為に疑問を持つトレイドに鞭が打たれた。正確には、脇に腕を回され、強引に立たされていたのだ。
「この、馬鹿がっ!一人で無茶しやがって!」
 それはライラットの罵倒であり、感謝の言葉でもあった。

【5】

 ライラットがトレイドを救出したと同時に幾多の矢が宙を過ぎた。弦より弾かれたそれは巨体を目指すが易く避けられる。けれど、それは誘いでもあった。
 逃げた方向に向け、鎖の音を酷く掻き鳴らして大きく振り抜かれる棘だらけの鉄球。フレイユに拠るそれは逃げた先の足へ叩き込まれる。それに灰黒の餓狼は小さく悲鳴を上げ、怒りを漲らせて強引に喰らわんと噛み付こうとする。
 その喉元へ木々を利用して飛び上がったフェが襲い掛かる。一直線に喉を狙う二閃、十時を描くように攻撃が行われる。しかし、それは届かず。巨体は脚力で強引に回避し、距離を置いていた。
 重傷を負っていた仲間達が連撃を繰り出していた。それに驚き、同時に一番酷き状態であったライラットの状態にも疑問が浮かぶ。その直後、自らの身に暖かな感覚に包まれた。小さく、自分の身体が光に包まれていると。
「動くなよ、多少は聖復術キュリアティが使えるが、応急処置程度の弱いものだ。塗り薬を早く使え」
 口早く指示してくる。その言葉通り、仲間達も彼も負傷はまだ残っており、痛みを必死に堪えている節が窺えた。
 戦況は崩れ掛けている。それを保ち、打ち勝つ為にも指示に応じて塗り薬を塗りたくる。傷口を埋めるようにやや大雑把に、けれど手早く。
 トレイドの治療が行われている間、戦いは続く。驚異的な脚力に拠って根深く植わる木々も利用し、皆の目を攪乱させるように素早く動く。その動きを見極め、仲間達は協力して喰らい付く。今、其処に手が掛かった。
 交差する鎖の音色が重く響き渡る。弧を描いて振るわれたそれの先端には鎌が備わり、灰黒の足に絡み付いた。瞬く間に雁字搦めとなり、その鎌の先端が突き刺さる事で拘束に至る。それを所持する彼女は同時にもう一端を太い木々に縛り付けていた。
 機動力たる足、その後ろ足を封じられれば動きも鈍る。しかし、それだけでは巨体の拘束には至れない。解放は時間の問題だと、暴れる動きに合わせて木は軋んで。
 その暴れる餓狼は唐突に面を振るって更に暴れ出す。その理由は顔に幾多の矢が突き刺さり、その内の一本が目を射ていたのだ。
 怯えを見せる二人の活躍によって隙は生まれる。それを見逃さまいとフェが疾走、軸となる前足の関節部を斬り裂く。二本に拠る手数の多さ、彼の膂力によって深々と傷を刻み込む。
 同時に、もう一方の足にも強烈な衝撃が叩き込まれていた。鎖によって遠心力を生み出され、鉄球の重みと備わった棘が関節部を強打、刺す。ラエナもまた隙を見逃さず、素早くフレイユを一回転する事で射出していたのだ。
 それによって姿勢は傾く。決定打と成ったのは、離れろとの指示の後、出現した結晶に拠って。トレイドも遅れながらも参加し、両脚を突き刺して崩していた。
 体勢を崩して巨体は頭を地面に伏す。それよりも先にライラットは走り出しており、槍の穂先で地面を削り、必殺する気迫を放って接近していた。
 止めを刺さんとするに壁が立ちふさがる。いや、正確にはそれは大きく開かれたグイネリア・グドの口内。無数の牙と二対の牙が殺意を放つ。やられまい、返り討ちにせんと顔を傷付けてでも位置を変え、開いていたのだ。
 気付いた時には遅く、既に閉じられんとしていた。その事に悲鳴が小さく上がる。嫌な想像が生まれたのであろう。それを否定するように、彼は回避する事無く、寧ろ前に踏み込んでいった。
 敢え無く、口は閉じられる。異物を噛み砕かんとする音を響かせて。途端に血が噴き出す。其処に彼の苦しむ声も出された。だが、助けを求める声を出さなかった。
「ガアアアアアアアッ!」
 戦意、膨れ上がるだけの意欲から報告を響かせ、両側からの強烈な圧迫から抗い、その身を削りながら強引に腕を、槍を奥へと突き刺す。刀身が内部を突き、斬り、抉る。諦めなど無く、生き残る為に槍を力任せに操り、肉を削った。
 その攻防の果て、漏れ続けていた声は弱々しく消えていく。少しの間を開け、灰黒の餓狼は地面に倒れ込む。力が失われたその口から、血塗れと化したライラットが出てくる。槍を引き摺り、血を流す彼は直ぐにも倒れ込む。
「ライラット!」
 直ぐにも皆が駆け付ける。最初に駆け付けたトレイドがその身を心配し、即座に塗り薬と取り出して応急処置を行う。
「無茶をするな!下手をすれば死んでいたぞ!」
 そう咎めるのだが、自分の力で自身を治すライラットが小さく笑う。
「お前が言うな、お前が・・・」
 彼の反論はその場に居た全員が同意しただろう。指摘されたトレイドも言葉を失い、黙して治療を続けていた。耳が痛いと言った様子に小さく笑いが零されていた。
 ともあれ、唐突に始まった戦いは終わった。強襲によって危機に陥ったが何とか討伐に至る。けれど、被害は甚大であり、間も無くフェリスに撤退するのは当然の流れであった。

 フェリスへと戻る最中、トレイドは思い返していた。ライラットから治癒を施されている中、僅かに話していた事を。
「俺を恨む気持ちは分かる。だが、アイゼンは・・・」
 その言葉にライラットは黙らせるように胸倉に掴み掛かる。深い傷が付いた胸甲の上部分を掴み、引き寄せていた。
「見損なうな!ただの逆恨みなんかじゃない。事情も聞かされている。俺がお前を憎んでいるのは、それでもアイゼンさんが恩人だからだ!」
 怒りを露わにする彼は語った。嘗て、この世界に来た時、命を落としそうになった時に救われたのだと。その上、常識の無い自分を教育してくれた恩人なんだと。例え、アイゼンが望んでいたとしても、そうするしかなかったとしても、恨みは残ってしまうのだと示していた。
「だからこそ、お前の事は許せない。だが、仲間を、人をそんな感情だけで見捨てるような真似などするか。人のする事じゃないからな!」
 そう公言された事を。そう簡単に踏ん切り付ける事は出来ない、歩み寄る事は出来ない。馴染む事も難しい。それでも、非が無い事を理解し、為人を知る事で歩み寄れる余地が生まれる。それは互いに理解し、向き合おうとしていた。
 それに喜びつつ、彼等はフェリスへと戻っていった。
 その後、他の班も重傷を負いながらもグイネリア・グドや他の魔物を倒したとの報告を受ける。確実に何かが起きている事を理解し、皆は更に気を引き締めて調査に挑んだ。
 念入りに、そしてフェリスに脅威が及ばぬように余念なく対応した為、当初通りに長期の滞在となった。その中で一番の得したのは森林地帯のあの宿屋であろうか。珍しい団体の滞在に拠って、労働力を得た為、珍しく笑みを見せたと言う。
 結局、被害自体は治まるも、被害を出した魔物モンスターは高山に生息するものが多かった。それが下山し、森林地帯に姿を現した原因が分からなかった。それを掴めなかった事が心苦しいが、彼等はセントガルドへと帰路に就くのであった。
 
 後日、元人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーと元法と秩序ルガー・デ・メギルの者が集められた。仕事を終え、疲労が蓄積した面々が、集めたステインに向けられる。
 視線を集めた彼は告げた。新たなギルドの名称を。それの起源は解読し、意訳する一つの文献にある騎士団が存在したとされる記述を発見したのだと。それが記憶を呼び覚ましたのだと言う。
 それの下は長々とした名称であったのだが、それを貰って名を定めだと語った。
 名称は、曙光射す騎士団エスレイエット・フェルドラー。どのような困難な待ち受けようと、例え闇に閉ざすような絶望が来ようとも、いずれ夜が明けて晴れ渡る明かりが漏らされる。それを齎すのはやはり人であると。確固たる意思及び決意を持ち、人の信念を忘れない者達が集う組織であって欲しいと述べた。明光を、曇り無き眼に宿し、誉れ高き道を歩み行く者達、そう言った意味も篭めていると。
 新たな名前に否定の言葉など無かった。その社訓と言える口上を気に入り、それに沿える思いを以って受け入れていた。この時、新たなギルドが誕生し、皆にその思いが宿され、歩み出されていた。其処に、二つの種族の姿があり、拒絶の様子は無く、幸先の良い始まりが迎え入れられていた。
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