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霧は晴れ、やがてその実態は明かされゆく

霧雨に消えゆき、けれど託されたもの 後編

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【6】

 雨は何処までも続いているように、彼の身に降り注ぐ。湿気の蔓延した地から抜け出し、雨が降らない緑の場所であっても悲痛な幻覚を味わい続けていた。
 生地を透かすほど水分が浸透した衣服を、身を苛むように冷たくなった防具をそのままに、地面へと悲しみと比例するように雫を落とし続けて。
 ただひたすらに進み行く二人の行く手には邪魔する存在は現れてしまう。雨に打たれ、色と臭気は薄れていたとしても魔物モンスターは比較的嗅覚に優れている。ましてや、飢えた時などは通常以上に嗅覚が鋭くなる。案の定、ローウスの群れを呼び寄せてしまった。
 時に、人の思いなど自然は考慮しない。これもまた自然の流れの一つであり、事前に防ぐ事も出来ない。今の彼等の事情など一切知らず、ただ飢えを満たす為に二人と取り囲んでいった。
 レイホースの歩みを止めたローウスの群れ、その多くがダラダラと涎を流す。激しく息を吐き、二人の動向を伺う。駆られる衝動に居ても立っても居られない様子であった。
 その様に、いや足を止められた事に、ガリードは動き出していた。表情を変え、レイホースから降り立っていく。
「ガリー・・・」
 ノラが咄嗟に制止ししようとしたのだが、一歩遅かった。
「邪魔、してんじゃねぇッ!!」
 激情で顔を歪め、怒号を響かせて唸りを上げて大剣を引き抜いていた。
 今や、自身の失態に悔やむなど二の次、今すぐにでも子供に会いたい思いに、会わなければならない責任感に突き動かされる。その為に邪魔する魔物モンスターが、そも今回の事態の一因となったこの生物が許せなかった。魔物モンスター自体に罪はなくとも、振るわずには居られなかった。
 悲鳴とも怒号とも取れない哀哭を上げ、襲い掛かってくる獣に向けて武器を振るう。力の限り振るった最初の迎撃でもある一撃が一体のローウスを血と肉の塊へ砕いた。破砕音ではない、圧迫して耐え切れなくなった際の水音のようにけたたましく鳴り響いた。
 肉を裂き、地面を砕き、鈍い金属音が液体にくぐもる。その場の地面を僅かに震わすほどの渾身の力を込め、鬱蒼とした感情の全てを解き放っていた。その振動の痛みか、その表情は悲しみに歪んでいた。
 同族が殺められた事にローウス達は騒ぎ出す。即座に行動を起こし、彼に向けて襲撃していく。
「邪魔すんじゃねぇって、言っただろうがッ!!」
 襲い来る獣達に向けて慟哭を響かせ、焦燥感のままに武器を振るった。地面を削り、ローウスの死肉ごと鉄の塊を振り回す。研ぎ込まれた刀身が切断し、中身を周囲に散開させる。赤の液体が霧散し、臓物の色と形が視界を過ぎる。それは凄惨であれど、今の彼の憤りそのものが、凄まじい力となって示されていた。
 感情任せの一撃一撃は、隙を大きく作り、余分な体力を使って疲労は募る。直ぐにも彼の息は切れ始め、動きが鈍り出す。その隙を衝かれ、噛み付かれてしまう。
 痛みは感じる。だが、頭に血が上っている所為、痛みよりも先に怒りが優先され、顔を紅潮させるほどに感情を昂ぶらせるしかなかった。
 その破滅的な戦い方にノラは案じ、焦りを示す。けれど、彼女自身もローウスの襲撃に対処している為、直ぐには助力する事が出来なかった。視界の端で傷付く姿を眺めるしかない彼女は、焦燥に顔がその色に染まり始める。
 一方、ガリードは困惑などしていなかった。寧ろ、益々に怒りが沸き起こさせ、身体に纏わり付くローウスを身身から引き剥がす。肩の位置を喰らい付くその一体を他のローウスの元へ投げ付けた。予期せぬ事であれど、素早く切り返し、ローウス同士での接触は免れる。一瞬縺れたそこへ、彼は大きく踏み出して渾身の力で大剣を横に薙いだ。
 空間を叩き、轟音を鳴らす鉄塊が異物の抵抗など関係なく、数体も連なっていた物体の両断に至る。それだけには終わらせず、距離があったローウスに向けて距離を縮め腕を伸ばす事で巻き込んでいった。
 体毛に包まれた肉体は分裂され、真紅の鮮血が、くすんだ赤色の種類様々、形違えた生物たらしめる必需物が周囲に散開された。バタタと血が地面に降り注ぎ、血染まる肉片が転がされた。
 悲鳴無く、地面に伏した獣の姿を顰めた顔で彼は睨む。
「・・・」
 多少切れる呼吸の中、戦闘は瞬く間に終了を告げる。見渡しても、既に息絶えた魔物モンスター、遺体しか転がっていない。赤く染まってしまったその場所に立ち、ローレルのそれを見る事で小さく憤りを思い出していた。
 血に塗れる柄のままに背に戻して彼は呼吸を整える。感情も治まって来た所で、離れた場所に立つレイホースの、その傍に立つノラの下へ戻っていく。
「早く、ガキ共に会わ、ねぇと・・・」
「・・・そうね」
 今の彼は子供達への後悔の念で動いていた。どのような結果になろうと、伝える事が今しなければならない事だと認識し、その為には他の全てを視界から外して進もうとしていた。
 その不安定な心境を崩さない為にもノラは肯定し、共にレイホースに跨る。再びガリードの後ろに座った彼女は目を細めていた。戦闘を終えた直後の横顔、再び受けた返り血がやはり涙に見えて仕方なかったのだ。
 再度フェリスに向かう足が動き出す。少しずつ速度が増していくと言うのに、彼の心境は重くなっていく一方であった。

【7】

 悲劇が起きたローレルから離れ、数時間程経過した頃に、二人は恵みの村フェリスに到着していた。その時、偶々二人を見掛けた住民は顔を顰め、不快感を示していた。
「あんた、如何したんだい!?何かあったのかい!?魔物モンスターに襲われたのかいっ!?」
 見知らぬ老婆が駆け寄ってきて今にも心臓が止まりそうなほどに心配してくる。その迫真の態度を前にしてガリードは己が状態に再び気付いていた。
 そう、あの後、雨に打たれたとは言え、血の色は簡単に取れるものではない。そう、全身が血の赤色で染められ、巨大な戦闘を終えたとも、尋常ではない大怪我を負ったとも判断出来るのだ。
「・・・まぁ、そうだが、俺に怪我はない。だから、気にしないで良いっスよ」
「それなら、良いんだけどね・・・」
 当人が大丈夫と告げてもそれを信じられない姿に心配は尽きない。
「それより、子供達、知らねぇっスか?ちょっと前に、一杯来た、筈っスけど・・・」
「子供達?ああ、そう言えば来たって言ってたね。私はその時居なかったけど」
「何処に、居るか分かりますか?」
「えっとね、確か、村の・・・真ん中の、そう!法と秩序メギルの所に行ったって聞いたね」
法と秩序メギル・・・分かった、ありがとうっス」
 まだまだ心配が尽きない老婆に見送られながら彼は其処へ歩み出す。その矢先に服の裾を掴まれて止められてる。
「そんな、姿で会いに行くの?」
 そう告げられ、改めて己が姿を確認するガリード。薄まったとは言え、血だらけでしかない。その姿を見れば通り掛かる者は恐れか案じさせ、子供達は泣かせてしまうだろう。
「洗ってきて。その間に、私が見て来るから」
「だが・・・」
「洗って。良い?」
「・・・分かった、頼む」
 珍しい彼女の強めた声量での指示に驚き、迷っていた彼は応じる事とする。真っ先に確認したい思いが募るが、こんな姿を子供達に見せるべきではないと弁えて諦めていた。
 ノラを見送る事はなく、気に病んだガリードはその足で宿屋へと目指す。道中、忌諱の目を向けられたのは言うまでもない。
 村を横切って向かった唯一構えられた宿屋。最近客足が増えたと聞く其処だが、今日は誰も活用していないようで静かに佇んでいた。
 その敷地内に踏み入った時、丁度外での用事があったようで、女店主がかなりやる気無げに歩いていた。恐らくは外での掃除か、掃除道具をその手にして。
「・・・悪い、少し、井戸を貸して貰っても、良いか?」
「・・・ええ、良いわ」
 恐怖を抱かせる姿となったガリードに話し掛けられた彼女は間を置いたが、目に見えた反応を示さずに許可する。
 承諾されると彼は直ぐにも宿屋を迂回して裏側へ向かう。見送る彼女は態度こそ変えずとも、建物に隠れるまで眺めていた。まるで心配、慰める言葉を探すように。けれど、何も伝えずに、静かに己のするべき事を行うのであった。
 宿屋の裏側にはやや開けた空間が存在する。其処には掃除道具や山積みとなった薪、薪を割る為の切り株、洗濯物を干す為の物干し竿とその土台が数点置かれる。そして、水源の一つである小さな井戸が存在していた。
 屋根は無く、筒状に構成された井戸に汲み上げる為の桶と縄が固定させられる。それを井戸に投げ込み、引き上げる事に拠って水を汲み上げる。
 それに倣って汲み上げた彼、水を満たした木桶を眺める。険しい顔で防具を外し、衣服を近くへ脱ぎ捨てていく。晒した肉体、褐色の肌の多くが血で塗られて汚れている。それを確かめる事も無く、水を乱雑に被った。
 汲み上げては水を被る、それを何度も行う。時折手で擦ったとしても一向に取り除かれる感覚を得られなかった。色は確実に落ち、衣服や防具も同様に水で晒せば落ちた。けれど、彼は改善した気分に浸れなかった。それは内面に問題があった。
 どれだけ、雨を浴びたとしても、汲み上げた井戸水を被って血を流したところで自責の念や悔恨の念は注げるものではなかった。気付けば守れなかった悔恨が脳裏に浮かび、咽び泣きたくなるほど心憂い感情を抱いてしまうのだ。
 淀み無い快晴が、雲は止まっていると思わせるほどの緩やかな動きを見せ、彼方に不穏なる影など全く存在しない空が頭上に広がると言うのに、彼の思いは未だに平穏は迎えられなかった。

 どれ程水を浴びたであろうか、既に彼の足元は巨大な水溜まりが出来ていた。地面に浸み込んでいると言うのに、薄い赤い液体は尽きずに溜る。
 その真ん中に立つガリードに近付く者が一人。それは子供の様子を確かめに向かったノラであり、その手には上下の衣服を持っていた。
「・・・ノラ、ガキ共は、如何だった?」
 存在に気付くと視線を合わせないまま本題を尋ねる。それは少し空白を挟まれて答えられた。
「もう、此処には居ないって。セントガルドに、天の導きと加護セインクロスに送られた、って言われた」
「・・・そう、か。天の導きと加護セインクロスに・・・」
 子供達の行方を知り、無事である事を知ってガリードはその場に崩れ落ちてしまう。生きている事を知り、張り詰めていた緊張が一気に解れてしまったのだ。だが、喜んでばかりでは居られないと立ち上がる。まだ、全部が終わっていないと。
「なら、直ぐにでも・・・」
「駄目。今日は、もう休んで」
 セントガルドに出立しようとした矢先、ノラがそれを却下した。即座のそれにガリードは振り返る。
「休まなくても俺は・・・」
「休んで」
 再度告げる。少し声を大きくして強調して言い聞かせる。頑ななその言動に顔を合わせたガリードは顔を逸らして小さく頷いた。
「・・・分かった」
 彼も分かっていたのだろう。肉体面では大丈夫でも精神面では限界に近かった。気持ちの整理も必要である事も把握し、その為の準備にもなると休む事を選んでいた。
「これ」
 口数少なく手渡すのは先の衣服と木札。宿屋で使用する鍵代わりの使用中を示すそれ。どのような流れでも休ませる積もりだった様だ。
「・・・本当に、わりぃな」
 全身ずぶ濡れとなった彼は抵抗感を示しつつも受け取った感謝を伝える。それに彼女は目に見えた反応を示さず、血の抜け切らないボロボロの衣服を拾うと無言のまま立ち去った。
 見送ったガリードは衣服と木札を離れた位置に置き、最後に愛用する大剣の手入れを行う。手始めとして水を掛けていく。それもまた何度水を流そうとも汚れが落ちている感触を得られなかった。実際には落ちており、偏に彼が抱く罪悪感でしかなかった。

 必要以上に時間を掛けて身を清めたガリードは清潔な衣服で包み、武器と防具を引き摺るようにして借りた一室に踏み入れていた。
 見慣れたその一室に入るなり、武器と防具を乱雑に床に転がし、ベッドへ傾れ込んでいく。引き込まれるように向かい、倒れた彼はもう既に意識が途切れ途切れとなっていた。憔悴、精神が疲弊したその面に活力は宿らない。込み上げて来た疲労感に瞼を閉ざすだけであった。
 身体は然程疲れてなくとも、やはり精神は限界であったのだ。魔物モンスターとは言え、命を奪い続けた罪悪感、目の前で助けを請うていた人達を救えなかった虚無感。子供達に辛い現実しか伝えられない苦悩。重なり続ける心労は意識を失わせるには充分であった。
「・・・」
 ガリードは気付かなかった。その部屋にノラが居る事を。同室している事を。
 静かに佇んでいた彼女は寝入ったガリードに近付き、苦悶の面の手を伸ばす。冷めた額を撫で、案じて息を零していた。
 今の彼を一人に出来ない、その思いで彼女は同室にしていた。傍から見ても自死しかねない雰囲気を漂わせていれば、そうしようか。
 ゆっくりと離れると椅子を持ち出し、それに座って眠りに落ちるのであった。

 翌日、迎えられる朝。薄暗い部屋の中、ガリードは魘されていた。胸を抑え、締め付けられる苦しさを覚えてベッドの中で暴れる。
「・・・ッ!」
 呼吸がままならないほどの苦しさに彼は突如目を覚ます。飛び起き、強烈な苦しさに激しく呼吸を繰り返す。全身は衣服を張り付かせる汗を流し、覚醒したと言うのに意識はややぼやけて。
 尋常ではないほど沈殿する疲労感の中、整え切らない呼吸を繰り返して汗を拭う。その面は巡り続ける映像を、夢の内容を繰り返して悔いの色に歪まされていた。
 夢の中、彼は延々と非難、叱責に罵倒を浴びせられ続けていた。見知った者達に、あの時目の当たりにした人々に、命を落とした全員に。ただ耐えるしかない時間、それを経て、彼は目覚めていた。目覚める瞬間まで謝り続けていた事も覚えていて。
「・・・会う。会うしかない、会って、言う事が、俺の義務だ・・・」
 延々と、助けてくれなかった事を呪詛の如く聞かされた。過ぎた事は、もう如何しようもない。今の彼は、子供達に償うしかないと考えていた。その方法、先ずは謝罪しか浮かばないとしても。それで例え恨まれようとも、そうするしかないと認識していた。いや、寧ろそうされないと自分が壊れてしまいそうで、心は不安定に揺れていた。
 ノラが外から戻って来た頃、ガリードは支度を終えていた。幾分か様子は落ち着いたものの、目に見えて意気消沈し、絶えない自責の念に表情は暗いままに。それでも目指す。子供達に真実を告げる為に、謝る為に、宿屋を後にしていった。

【8】

 恵みの村フェリスを出発し、レイホースに無理をさせてセントガルドを目指した。駿馬の頑張りのお陰で陽が傾き始める頃には到着を果たしていた。
 迎える巨門を潜った時、ガリードとノラは驚きを示していた。そう、二人は知らなかった、セントガルドに地震が襲った事など。
 城下町には謎の存在に拠って引き起こされた損傷の修復に向かう者が溢れる。あの時程ではないが、それでも瓦礫の撤去や資材の搬入の手が行き交っていた。
 住人の動きが疎らになった町中を目の当たりにして止まっていた足が動き出す。最初に動き出したのはガリードであった。真っ直ぐにレイホースを返却しに、その足で天の導きと加護セイメル・クロウリアへ向かう。
 被害を把握し、手伝うべきだろう。だが、今は子供達の事を優先し、やや混迷する町の中を過ぎていく。言葉も無く歩き出す彼の背を、ノラは何も言わずに続いていった。
 その途中、思いもよらない姿を見てしまう。家族連れ、復旧を手伝う。両親が、まだ幼い我が子の、健気に手伝う様を微笑ましく見つめ、自分達も頑張っていた光景を見てしまった。それに、ガリードは強烈な痛みを胸に抱く。
「・・・大丈夫?」
「・・・ああ」
 ノラの心配の言葉に痛々しく反応し、苦しき表情のままに目的地に向けて歩を刻んでいった。
 いよいよ、天の導きと加護セイメル・クロウリア、其処を象徴する教会の一部が視界に映る。視界に入った時、ガリードは喉の奥が詰まるような感覚に襲われてしまった。途端に胸が締め付けられ、吐き気に蹲る。
「ガリード?」
「・・・わりぃ」
 何とか我慢し、再び天の導きと加護セイメル・クロウリアを望む彼。呼吸を乱し、ややふら付く視線で睨む。
「・・・本当に、大丈夫?無理なら・・・」
 心配しながらノラは彼の身体を支える。今にも卒倒しそうなほどに顔色は悪く。
「いや・・・言わなきゃ、な・・・」
 身を滅ぼしそうな重度な罪責感に苛まれていた。其処に子供達が居る、顔向け出来ない、そう意識してしまって気持ちと気分は激しく揺らぐ。揺らげば揺らぐほどに罪悪感に、記憶も並行して浮かんでしまう。子供達を眺める大人達の笑顔を。刻まれたそれは心的外傷トラウマと言えてしまう程に。
 傍に立ち、案じてくれるノラが居るから正気を保つ事が出来、望める彼は敷地に向けて歩み出す。速まる鼓動の音が聞こえるほどに緊張は昂るばかりであった。
 踏み入った敷地内、静けさに包まれていた。普段通りなら、遊んでいてもおかしくない時間帯。ラビスを含めた数人が見守り、残りが職務をこなしながら夕食の準備を取り掛かっている筈。そうでないとするならば、考えられるのは礼拝堂で集まっているか、勉強を行っているか、或いは別の何かか。
 自身の影響は外見上では現れていないのだろう、迎える十字架を飾る教会に目立った損傷はなかった。正面から入る事を躊躇い、先に離れに向かう。そうなれば運動場へと向かう事となる。
 途中で見掛けた花壇、数本の植林が映る。隣と隔てる塀にも損傷は見られず、問題はない様に思えた。運動場にも惨劇の跡は見えず、一先ずは安心を浮かべて。
「ガリードさん・・・お久し振りですね。お身体は、大丈夫ですか?」
 未だに躊躇して足の重い彼に声が掛けられる。小さく反応してその方向を見れば職員の一人が立っていた。別の要件で外に出ていた彼女、事情は知っており、余計な言葉は欠けられないと気遣って。
「まぁ・・・うん、身体は大丈夫だ」
 はぐらかしながら答える。自責の念で暗い面を見れば納得はし辛いだろう。
「・・・子供達、の様子を見に来たのですか?」
 此処に訪れた理由を的確に言い当てられてガリードは僅かに戸惑う。けれど、直ぐにも理解する。此処にトレイドが連れて来たと聞かされた、なら事情も彼から聞かされたのだと。
「・・・そう、だな・・・ローレルの、ガキ、達は?」
「・・・今は、アニエスさんが此処の子供達と一緒に勉強を教えています。何時もの離れで」
「そ、っか・・・」
 場所を知るとガリードは直ぐにも向かう。その後姿を、胸を押さえ、青い顔で去る姿を職員は心配の表情で眺めていた。
「・・・此処は、大丈夫だったの?地震」
 珍しくノラが他者の、ギルドの心配を口にする。それはガリードの気持ちを代弁したのか。彼女自身、何度か此処に訪れており、少なからず愛着はあるのかも知れない。
「はい、家具が倒れ、食器が割れたぐらいです。怪我人は、居ませんでした」
「そう」
 巻き込まれた人がいない事が幸いだと言うように言葉を返し、先に進むガリードの後を追う。
「・・・あの子達は、此処に来て直ぐは不安定な状態でした。あまり、刺激しないように、してください」
 彼女の忠告にノラは小さく頷いて続いていった。
 離れへ、逃げ出したい衝動を必死に抑えて赴いたガリードは高鳴る動悸と息苦しさに苛まれながら部屋を覗き込む。何時も、勉強と名を冠した絵本の朗読する部屋を。
 子供達は普段通りに、横と縦に綺麗に列を組み、間隔を詰めて体育座りをする。集められる視線の先、椅子に座って絵本を子供達に見せながら朗読するアニエスの姿が映った。
 普段通りの光景、元々居た子供達に混じってローレルの子供達も座り、耳を傾けていた。その姿、安静を保っていた。
 その姿にガリードは目を疑った。泣き叫んだり、暴れていても可笑しくない経験を経たのだ。親を、隣人を、友達を、住んでいた場所を失ったのだ。だと言うのに、驚くほど静かなのは不思議でならなかった。それでも、
「・・・良かった」
 託された命が生きている、それを知って感情が漏れ出した。喜びに声が震え、目の奥が熱くなるのを感じた。
 その彼の声、零れたそれが届いたのだろう、一番彼に近い場所で座っていた少女が振り向き、目が合った。悲しみが満ちた顔、目がガリードを発見する。
「あっ!」
 言葉を零した直後、小さな身体は直ぐにも立ち上がって飛び出す。部屋を、扉を騒々しく開けて不安に駆られた彼と対面する。少女に感化するように何人の子供が、ローレルの子供達が部屋を飛び出していく。 
 突発的な行動にアニエスや他の子供達が注意を呼び掛けるも聞こえず、しかしアニエスは部屋の外で立つガリードに気付くと状況を察して切ない表情を浮かべて噤んだ。
「え、っと・・・その・・・」
 言い訳を、事実を伝えようとし、間誤付いてしまう。視線は右往左往する。それでも、叱責や罵倒は当然と、あるがままの反応を受け入れるしかないと、そして、償おうと不安に満ちた顔で子供達と向き合った。
 最初に飛び出した少女は息を切らしてガリードに接近する。別の子供達も続き、手の届く地点で立ち止まった。皆が面を上げ、小さな瞳でガリードの顔を見詰める。その視線は彼を少しずつ追い詰めていく。胸に抱く痛みが徐々に増し、苦悶に顔を歪める。
 視界の端で少女の口が開かれる。その動きが心臓の鼓動を、その音を大きくさせた。扉を叩き鳴らすように、急かされた。
 耳が捉えたのは泣き声、我慢し切れずに漏れ出した声。少女は泣き出していた。両目から涙が溢れ出し、顔はその涙でぐしゃぐしゃになる。それは他の子供達も同じ、抑え切れない感情に涙は溢れ、声を漏らして泣き出した。
 罵倒ではなく、先に表面化した悲しみを前にガリードは罪悪感に苛まれる。悲しませる事を悔やみ、釈明の言葉を掛けようとする。その目が、両手で顔を拭いながら近付く少女を捉える。それを知り、戸惑う間に抱き着かれた。
 覚悟する彼に訪れるのは渾身を篭めて抱き着いてくる感触と大声での泣き声であった。それを皮切りに、身を引いて困惑し続ける彼へ子供達が駆け寄ってしがみ付き、ワンワンと声を上げて泣き出してしまった。
 困惑し続けていたガリードはよくよく子供達を眺め、漸く理解していた。途端に目の奥に熱が込み上げ、固く瞑った双眸から涙を流し、膝を負って子供達を抱き締める。強く、強く抱き締めて共に悲しみ、涙を伝わせた。
「ごめんな、ごめんな・・・ッ!」
 母親から、父親から、隣人から、守ろうとする大人達から子供を託された。それに従い、外に脱出した時、子供達は親を想う声を次々と上げていた。その声を受け、様々な葛藤を受けていたガリードは動き出していた。子供達の前に立ち、出来得る限りの笑みを見せて断言したのだ。
『お前達の父ちゃんや母ちゃんは俺が助け出してやる!だから、良い子にして待ってろよな!』
 最大の優しさと頼もしさを示して安心させようとして。それからノラに子供達を預け、その決意、抱く不安も秘め、出来る限りの虚勢を現実にせんと駆けていった。けれど、叶わなかった。彼一人だけで戻る結末に終わっていた。
 しかし、子供達は罵らない。一人だけ、その意味を幼くとも悟ってしまい、悲しみにただ涙していた。親と会えない思いを堪え、必死に待っていた。村を移動し、此処まで避難し、日を過ごした。この間にも薄らと分かっていたかも知れない。魔物モンスターの姿、親の表情、過ぎ行く村の光景・・・帰ってこないと。もう二度と、自分の所には。
 絶望を、心を砕くか、閉ざすほどに強烈に示されていた。そのままでは生きる事さえも諦めていたかも知れない。だが、ガリードの姿を見て、募った何もかもの感情が破裂した、悲しみが思考を全て打ち払った。もう、彼に対する怒りなど関係ない。両親を失った悲しみに囚われていた。
 辛い筈がない、悲しい筈がない、小さな身体で我慢していたのだと理解し、慙愧に囚われた彼は思い出す。脳裏に、あの時、子供達を託す大人達の顔を、最期の表情を。心底からの安堵、これで生きていてくれると。
『・・・俺が、俺も頑張らねぇと、駄目だ!俺は任された!!この子達を頼むって、任されたんだ!!託された以上、全うしなきゃ駄目だろ!?ちゃんと、こいつ等が生きていけるように!俺が守ってやらなきゃなんねぇんだ!!それが俺の、責任なんだ!!』
 決心が彼に現実と向き合わせる、生きる気力を取り戻させる。もう、自責の念に押し潰されそうな彼は居ない。子供達の悲しみを一身に受け止めるように、篭める力を益々に込めていた。
「・・・ありがとな、ノラ」
 子供達を抱きしめたまま、傍で物言わずに支えてくれた彼女に感謝を告げる。突然、けれど理解出来る心境の変化を前に多少驚いた彼女だが小さく顔を綻ばせていた。その小さくも確かな微笑は実に嬉しそうに。
 それから暫く、彼と子供達は涙して抱き合っていた。悲しみを、如何しようもない激情を共感し合うように。子供達の涙が止まるまで、ずっと。

【9】

 夜が訪れ、静かな時間が訪れていた。夕食が振る舞われ、その後片付けが丁度終わろうとしていた。
 食器を洗い、迷いが晴れたガリードは機敏に動く。その頭には食事時も入浴に向かう時も消沈した子供達の顔が過ぎっていた。それを見て、職員達の悲しむ顔も思い出し、更に決意を強くしていた。
「これで、最後、っスね」
「はい、食器洗いも手伝わせてしまって申し訳ありません」
「子供の数が増えたっスからね、しょうがないっス」
 表情が優れないアニエスから受け取った最後の食器を片した彼は何時もの明るい表情を示して。
「んじゃ、ちょっと出かけてくるっスね」
「本当に、宜しいのですか?それ自体は構いませんが、私達に任せて頂いても宜しいのですよ?」
「いや、俺がしなきゃ、俺の気が済まないっス。任されたので」
 後片付けの時に彼はとある相談をしており、その手続きの為に一旦外に出て行こうとする。その動きに躊躇いや後悔はない。そればかりかやる気に満ち溢れて。
「ノラ、ちょっと頼むな」
「・・・分かった」
 全幅の信頼を篭めて掛けて部屋を後にする。丁度、外に立ち、子供達を見守っていた彼女が返事を返す。その時に横目にした、精悍な顔付きに力が取り戻されている事に安心を示して。

 天の導きと加護セイメル・クロウリアを後にした彼は真っ直ぐに自分が所属する人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーに足を運んでいた。変わらない静けさに包まれた施設を奥へ通過していく。
 広場を経て、リアの個室に足を運ぶのだが目的であるステインは居らず、部屋は暗く沈んだままであった。ならばと道を引き返し、中央の広場に戻った時、もう一人の目的とした人物と再会した。
「ガリード・・・戻っていたのね」
 リアの個室に用があったのだろう、副責任者でもあるユウと丁度顔を合わせた。その彼女は直ぐにも表情に影を落とす。その反応はローレルの一件を知っている様子、大方フェリスからの報告であろう。
「ユウさん、丁度良かったっス。頼みたい事があったんスよ」
「如何したの?」
 真剣な面で対面する為、彼女も相応の態度で応じる。
「単刀直入に言うっスね。人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダー、抜けても、良いですか?」
 唐突の退団願いにユウは驚き、返答に困っていた。告げた彼の顔を、揺るがない意思を感じる精悍な面に、一時の迷いではない事を理解していた。
「・・・報告は聞いているわ。それを、気にしているのなら・・・」
「いや、そうじゃないっスよ。そりゃ、俺が弱かったから、誰も助けられなかった。責任は、感じています。でも、だから辞めるんじゃ、ないです」
 普段の底抜けた明るい様子は潜め、成熟した戦士のような様子にユウは静かに聞き続ける。
「・・・俺は、ガキ共を頼まれた、託されました。自分の命を諦めて、託されたんです。俺は、それを果たしたいんです。その為には、天の導きと加護セインクロスに所属して、子供達の面倒を見ようと、思いまして。全員が一人立ち出来る様になるまで手助けをしようと。もう、アニエスさんには相談して、承諾は受けています。後は、ステインさんかユウさんに許可を貰う、だけっスね」
 その決意は一切揺れない。それを人生の目的とするほどの誓い。その宣言を受け、ユウは暫く眺め、気持ちを改めて向き合っていた。
「ええ、許可します」
「良いんスか?俺の勝手で止めても」
「そもそも、貴方の判断を否定する積もりは無いわ。寧ろ、応援するわ。その決断は、立派な考えと決意を示してくれたのは少し驚いたけど、やっぱり、ガリードらしいと思ったわ」
 笑いを零して彼女は承諾する。快い言葉にガリードは満足げに頷く。
「・・・ありがとう、ユウさん」
「礼なんて良いわ、ガリードの選択に水を差したくないから。それよりも、手続きと報告は私の方からしておくわ。向こうに移っても、頑張ってね」
「え?良いんすか?そんな大事な事を任せちゃって」
「良いのよ、大した事じゃないから。事務作業は任せて」
 実際には面倒な筈なのだが彼女は笑って引き受ける。それに彼は甘えて任せる事とする。
「すいませんが、お願いするっスね」
 これで憂いは無いと笑顔を示して立ち去ろうとする。その途中で立ち止まって振り返る。その面は満面の笑みであった。
「あと、辞めた後も時々来ても良いですか?」
「勿論、歓迎するわ。でも、その時は手伝って貰うかも知れないけど、良い?」
「良いっスよ!ガンガン手伝うっスから。でも、俺が忙しかったら勘弁して下さいね?
「ええ、其処は弁えているから安心して」
「それじゃ、失礼します」
 普段通りの元気な声と笑顔を残して施設を後にしていく。暖かな後押しをバネに、今の自分が出来る最大限を考えながら。
 その背に確かな意志の強さと硬さを感じ取り、彼女は楽しそうに零される笑い声を零し、リアの個室へ向かっていった。

【10】

 後日、篝火が焚かれたやや広き空間。子供が遊んだ跡や片付けされた玩具が見える薄茶色の運動場。敷地を区切る塀に隣接して花壇があり、植木が数本並ぶ。広葉を優しく広げるその木々の傍は赤く灯されていた。
 赤い明かりを灯し、それを頼りにする者が一人。歳の若い青年が、太く長い柄を備えた巨塊を一心に振るう。上を脱ぎ、上半身を晒したその身には大量の汗が伝う。険しき顔にも汗が伝うが全く気に留めず、かなり集中して上段に構えては振り下ろす素振りを繰り返す。際に起こされる音は実際に何かを叩いたかのように鈍く。
 その鍛錬を行う青年は力んだ吐息も繰り返し、その音が静まり返った空間に小さく木霊する。腕が悲鳴を上げても行使し、腕のみならず全身の筋肉に負荷を掛ける為に疲労が凄まじく。それでも、表情を保ち、体勢を保ったまま、暗い空間に音を響かせていた。
「・・・ふぅ」
 自分で定めた回数をこなすと剣を一旦下ろして小休憩を挟む。ゆっくりと下ろす時の顔は苦悶に満ち、振るう物からも負荷は凄まじい事だろう。それでも達成感を感じるのか、休憩を挟んだ表情は緩やかに変化し、汗を拭う顔は清々しく映った。
 青年はガリード、木に掛けていた手拭いで顔や身体を拭く。まだまだ足りないと鍛錬を再開しようとした時、物音に気付いて振り返る。砂を踏み、近付いてくるそれに敵意や脅威を感じない為、警戒もせずに。
 暗闇の彼方からゆっくりと近付いてきたのは同い年の青年。黒い短髪が微かに吹く風に揺れ、動揺に衣服も小さく音を立てる。その内に装備した胸甲も同じように響かせ、腰に提げた黒い剣や履く鉄靴も微かに。
「よう、そっちの事は聞いているぜ・・・あんな事に、なっちまってた、なんてな・・・」
 篝火に照らされ、姿を現した彼に、少々相手を威圧する顔付き、やや鋭い目付きの赤紫の瞳を捉えながら告げる。労いではなく、同情を篭めて。
「・・・そうか。そうだろうな。だが、済んだ事だ」
 其処に訪れたのはトレイド。激しい心労を顔に宿し、答える声に力が篭っていない。意気消沈している事は明らかであり、その理由を知っているガリードは深くは踏み込まなかった。
「根詰めすぎるなよ。お前は、子供達を世話する立場なんだからな」
「いや、何があるか分かんねぇんだ。少しでも、強くならねぇとな」
「・・・それも、そうだな」
 トレイドもガリードの近況を把握しており、注意するが逆に納得させられていた。
 肩の調子を確認しながら鍛錬に使用していた巨塊、大剣を持ち上げて彼は鍛錬を再開する。刀身に木材を巻き付けて重みを増やし、鈍器と相違ないそれを全力で振るう。その姿に感心が抱かれた。
 彼等がローレルで別れてから数日が経過しており、今日再会を果たしていた。男子三日会わざれば刮目して見よ、と示すように、大人びた落ち着きと責任感が感じられた。人を預かる身として成長したと言う事だろう。
「・・・しかし、お前が人と人を繋ぐ架け橋ラファーを辞めるとはな」
 暗い話題から切り替えようとしたのか、やや嫌味を篭めて話し出す。それを受けた当人は笑いを零して手を止める。
「相談も無く、勝手に辞めちまったのは悪かったか?」
「全くだ。人を許可なく入れたくせに、当の本人はさっさと辞めたんだ。あまりにも勝手だから、文句の一つは言いたくなる」
わりぃな、トレイド」
「悪いと思ってないだろ」
 愚痴を交えた会話は二人に小さく笑いを齎す。夜だから抑えている訳ではなく。
「・・・本当にわりぃ。でも、俺は・・・」
「謝るな。お前は何だかんだ言っても責任感のある奴だ。人を勝手に巻き込んで、人任せに振る舞っても、結局はお前が率先してやり通していたからな」
「逃げた覚え、ねぇけどなぁ・・・」
 多少の恨みを乗せた言葉に当人はとぼけた反応を見せる。本当に身に覚えがないのだろう。それが少しだけ苛立ちを誘って。
「・・・何かあれば言え。ユウもステインもフーも、人と人を繋ぐ架け橋ラファーの人間や魔族ヴァレスだって、お前になら協力を惜しまない。勿論、俺もな」
「そん時に成ったら、遠慮なく頼むわ」
 笑顔を見せ、鍛錬を再開しようとするのだが、直ぐにも手が止められる。
「あの時、お前が来てくれて、本当に助かった。お前のお陰で、俺は、大事なもん、見失わずに済んだ。ありがとうな」
 照れや恥ずかしさも無い、真剣な感謝を込めて礼を告げる。それにトレイドは小さく戸惑った。
「・・・いや、俺に礼なんて言わなくていい。俺は、ノラに連れられて来ただけだ。お前に何もしていない。ただ、事実を伝えただけだ。お前なら、俺の言葉を受けなくとも立ち直っていた筈だ。それよりも、ノラに言え」
 彼自身、事実を告げて向き合わせるしか考えられなかった。思えば、突き放したと見られてもおかしくない。そう考えると喜べず、受け取れなかった。
「ノラには既に言ってるし、あいつが居てくれたからも、確かにな。でもよ、お前があの時の俺にちゃんと示してくれたんだ。ちゃんと向き合え、ってよ。じゃなきゃ、俺は、当分、沈んだまま、いや、もしかしたら・・・」
 ともすれば立ち上がれなかったかも知れないと言いたげに表情を落とす。その姿にトレイドは少し救われていた。あの時の行動が少しは友人を救ったのだと。
「今度、何か奢るぜ。何が良い?それとも飯を作りゃ良いか?」
「そうだな・・・また、時間が出来た時に何か作ってくれ。久し振りにお前の料理を食べたいしな」
「そん時は此処のガキ共と一緒かも知れねぇけど、良いよな?」
「ああ、構わない」
 赤い光に照らされた二人は今宵、一番の笑顔を零していた。互いの気持ちは和らぎ、気分は少し晴れて。
「・・・ありがとう、トレイド」
「こっちもだ、ガリード」
 互いに感謝を、支えてくれた感謝を示す。その後、笑みを残してトレイドは暗闇に引き返していった。その足音、後姿を明るき様子で見送った後、再び巨大な塊が振るわれ始めた。
 二人の笑顔は、今宵の星の輝き下、星の輝きに照らされ、負けないぐらいに輝いていた。例え、雲で霞められたとしても強く、鋭く。

 種は栄養と水を受け、成長し、新芽を出して青葉を開かせる。小さな身体で栄養を吸収し、伴い成長していく。身を大きくして葉を多くその身に付けて、燦々とする太陽の陽を浴び続ける。そうして、加速度に成長していく。けれども、何時しか、成長は止まってしまう。その頃になれば、己が命を燃やし、華麗なる花弁を色鮮やかに開かせる。最高の時間であり、儚い一時でもある。その時が生命を受ける、唯一の時間。生命を受けた花は、最後の命を振り絞り、己が証明と希望を乗せて、種を作り出す。そして、次世代へとその身を挺して、命を渡していくのだ。
 そうやって、繰り返される。種は尽きず、芽はいつ何時も萌え、芽吹くのだ。
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