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霧は晴れ、やがてその実態は明かされゆく

見えぬ未来、尽きぬ悔い

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【1】

 雨が降り続く地。合間など無く、常に存在するものを濡らす。地面は泥濘に包み込まれ、植物はまともに生える事は無い。そのような場所に住居を構える事には意味がある。例えるなら物資流通、その中継地点として。又はその周辺にしか取れない貴重な物資の為に。若しくは、何かの戦略の為に。
 必ずあるであろうそれを模索、或いは見付ける為に復旧が為された村、ローレル。其処の寂れた一軒家にて、トレイドは湿った書物を読み漁っていた。
「これも、関係ない、か・・・」
 立てた蝋燭の火に照らされた彼は険しき顔で書物を閉ざし、元あった場所に戻す。因みに、仕舞ったそれは嘗ての住人が書き留めていた行事に纏わる注意点や反省点を箇条書きにしたものであった。
 部屋の片隅、寂しく置かれた本棚から彼は離れる。子供の成長日記や子供に読み聞かせる絵本を始めとし、この村の大まかな成り立ちやセントガルド城建立に関わる書物など手掛かりに、その一欠片になりそうなものを、滲んでしまって判読不可能な本も含めて読み漁った。後者が多く、結果、時間を大幅に無駄する羽目となって。
「次は、隣、か・・・」
 事前に調べる許可を取っており、その建物の一覧を書き留めた紙を眺めながらトレイドは外に向かう。その顔に僅かばかり焦りが滲んでいた。
 彼は継続して調査を続けていた。与えられた仕事の序でに赴いた場所、或いはその周辺に放棄された居住地での文献から始まる書物を漁る様に目を通す。暇の多くをそれに費やしていた。
 だが、その結果は様子から読めるように、振るってはいなかった。究明に至れぬ情報ばかり、既知のそればかりで謎に光明も差せぬまま時間は過ぎていた。
 だからと言って、彼は落胆し、諦める事はしない。寧ろ、義憤じみた思いを抱き、執念に定めるように追い求めていた。
 そして、今、また何も得られずに一日を終えようとしていた。

 宿屋の個室、夜の暗がりを蝋燭の火で微かに裂き、その付近でトレイドは数枚の紙に顔を合わせていた。それは彼が書き留めた、彼自身で調査した場所と調べたものの詳細を纏めたもの。そして、調べた結果を、重複してしまった内容を纏めたものでもあった。
 難しき顔でそれに書き足す、空白が足らなければ紙を足して補足する。ある程度溜まれば新たな紙に概要を纏めて書き直す、そういった作業を行っていた。
 依然として解明の糸口すら見せない謎、深まっていくばかりで心を掻き乱すそれ、一人が数日程度で解明するなど都合良い事が起きる訳が無い。とは言え、その気の彼は焦りを膨らませる。
「・・・全然だな。今度、ステインに・・・」
 一人では埒が明かないと、相談か、若しくは協力を行おうと考えた矢先であった。懊悩する彼の耳が、やや乱雑な開扉音を。同時に鬱陶しい泣き言も。
「トレイド!助けてくれよぉ!あのノラをよぉ!!」
 猛烈な泣き言が部屋に響き、暑苦しい様子で駆け込んできた。突撃してきたのは友人ガリードであり、縋り付く様に助けを求めてきた。夜分であろうと関係ない喧しさで。
「五月蠅いぞ、ガリード。寝ている奴も居るんだぞ、声を抑えろ」
「でもよ、でもよぉ!もうそろそろ、限界だぜ!あいつ、朝昼晩、俺の事を一切考えねぇんだよ!作れ、作れってよ!疲れていようが、作らせるんだぜ!?それも一回に何十人分もよ!!なのにあいつ、金出しやがらねぇから実費だし、金が無くなるから魔物モンスターを狩らなきゃなんねぇしよ!だから疲れんのに、そんでもアイツは・・・」
 縋り付き、泣きつく様に叫ぶ彼。相当の鬱憤を、苦労を溜め込んでいるようで、外聞もなく叫び続けている。地震よりも大きい人間に縋りつかれる事は鬱陶しく、けれど流石に憐れにも映った。
「・・・お前はお前で、苦労しているな」
 そう告げながらウェストバッグから数枚の硬貨を、金貨を手渡す。施すように、早く追い出す為に。
「そうじゃねぇよ!少しは慰めろって事だよ!!」
 そう騒ぎながらも受け取った金貨はウェストバッグに入れて。何だかんだ言っても、その施しは有り難かった様。
「だったら返せよ・・・用は済んだか?」
 感情表現が激しく、言葉とは裏腹の行動を前に突っ込みを入れつつ、冷静に追い出しにかかるトレイド。それにガリードは大きく溜息を吐きながら立ち上がる。
「・・・来た理由は、進捗を聞きに来たって訳なんだけどよ・・・上手くいってねぇか」
「そうだな・・・」
「俺が知ってる分をお前に教えたけど・・・そうか」
 新たな謎についてはガリードにも共有していた。彼もまた、前の世界が変えられてしまったのだと、帰られないのかも知れないと動揺した。けれど、同じようにそれを受け止め、前進していた。今では、ノラの世話をさせられながらも、合間に手伝っていた。
「だけどよ、お前もそうだけど、人と人を繋ぐ架け橋ラファーも散々調査しても分からねぇまま、か・・・それが何で、いきなり出てきたセントガルド城しか情報が出てこねぇんだろうな」
「さぁな。それも知る為に調べている最中だからな・・・何時か、出てくる筈だ」
「だと・・・良いよな」
 楽観的、希望的観測とも言える。だが、それを望むしか、今の自分達にはない。順ずる情報を得られるまでは、そう信じて動くしかない。
「・・・そう言えば、お前はずっと此処に居るが、セントガルドには戻らないのか?」
「戻られるんなら戻ってる。でも、何時の間にか俺は此処の常駐になっちまってんだよ。それに・・・」
 付け加えて逃げられない理由を唱えようとした時、その理由が彼の背後に立った。語ろうとした彼の襟を掴むと乱雑に引っ張った。
「・・・お腹減った」
「おい!?ノラ!?腹減ったって、さっき作ってやっただろ!?少なかったって言いてぇのか!?いや、取り敢えず放せ!!おい、放せって・・・」
「御飯・・・」
 不機嫌そうに現れた件の彼女は彼の怪力を物ともせず、彼を部屋の外へ引き摺っていく。毎回急に現れては嵐のように立ち去っていく。夜間であろうとお構いなし。彼の悲鳴が夜間に消えていった。
 引き摺る、或いは引き摺られていく様を眺め、閉ざされた扉をトレイドは黙して見つめる。多少はガリードも苦労している事を知り、少し小気味良く感じながら再び机上に、自分が纏めた書類に向き合う。再び、その顔は険しくされる。
 唸る様な面の彼は思い出す。自身での調査を始める前の事、ステインと会話した時の事を。

【2】

「・・・そうか、そうなのか、そうなんだな。まぁ、聞きに来るとは思ってはいた。あの日、聞いていたからな」
 セントガルド城、王の寝室から続く地下室にて書物を調べていたステインの下にトレイドは足を運んでいた。彼は損傷の多い書物を調べながら迎えていた。
「ああ、内密の話だったと思うが、偶然聞いてしまったんだ。知られていたのなら、話は早い。新たに知った情報はあるか?あるなら教えてくれ」
「・・・だと思っていたが、あの時伝えた以上の情報は持ち得ていない。再確認でもう一度説明するので良いなら話そう」
 本を閉ざし、向き合うステイン。蝋燭の火だけが頼りのその場所でもその顔ははっきりと確認出来る。少しばかり活き活きしている様に見えるのは気の所為だろうか。
「・・・あの情報は、此処で初めて知った情報なのか?」
「そうだな。此処、隠されていた地下室で見付けたものであり、現在唯一のもの。だから、確実性が無く、信憑性は薄い。だが、これを否定する材料も無い。裏付けする為に調査、探索、考証をしているが・・・」
「芳しくない、か・・・」
 溜息が一つ零される。
「ああ・・・以前から究明を進めていた。此処での調査が始まる時点ではほぼ情報は集まらなかった。だから、この城の調査で様々な情報を得て、初めて進歩出来たと考えている」
「なら・・・新たに発見された場所、居住地で得られる事を祈るしかない、か」
「若しくは、また追加されるのを待つか、だな」
 今迄確認出来なかったのなら、今回のように今後情報が掲示されていくように明るみになる可能性もある。それを期待するしかない。
「その為にも、調査をするしかない」
「そうなるか・・・」
 改めて相談しなくともある程度は予期していた。故に、トレイドが示す落胆や嫌気は少なく。
 そして、この時に決心していた。仕事の合間に、暇が出来た時に調査を行うと。そうしなければ気が済まないと。
「他に、何を聞きたい?」
「そうだな・・・事の発端と考えられる、世界を変えたとされる存在について、教えてくれ」
「・・・構わないが、存在していたかどうかも曖昧な点は考慮してくれ」
 先に釘を刺され、承知したと言うように頷く。その内心、益々に調査しなければと思いを深める。
「・・・あの謎の存在についても未明のままだ。他に書かれていない処か、存在に関する記述がこれ以降一切書かれていない。突然発生して途絶え、次には世界の終わり、と言う記述に代わっている。故に、存在していたのか、すら怪しくなる」
「空想の類だと?」
「そう思いたい。存在していたら、それは恐怖どころの話ではないからな。累異転殻震カスティルロウ、世界を意のままに操れる・・・そんな存在は、崇めるか、それとも畏怖する対象でしかない。人では、敵わないだろう」
 そもそも、例の日記が真実とは限らないのだ。確かめる手立て、他の書物等に書かれていなければ本当かどうかも疑わしくなる。ましてや、人智を超越しているとしか思えない力を有する、想像もしたくなかった。
「若し、仮に、もしもの話として、実現していた、そうなれば、如何対処する積もりだ?」
「対処?」
「ああ。その存在に乞うか?世界を元に戻す、或いは帰して貰う事を。それを素直に聞き届けてくれるなら良い。だが、どちらにしても人を巻き込む事を厭わない存在だ、応じるとは考えられない。ともすれば、悪戯に排除してくる恐れすらある」
「それは・・・」
「存在していたとして、そうなった時、当然人間達は抗うだろうな。だが、世界を変えるほどの力を有している存在を相手にするのに、人間の力はあまりにも弱い。操魔術ヴァーテアスで多少は抗えたとしても、勝算は無いに、皆無に、絶無に等しいだろうな」
 言うまでも無い。世界を変える強大な力。身近な環境すら変える事に必死な者達では抗え切れないだろう。仮定、それを考え尽せば尽すほどに不安と恐怖が過ぎる。けれど、それは杞憂にも成り得る。
「・・・それに、世界の終わりを示唆したような記述、これもまた疑わしくなる。ただの比喩とも、妄想かも知れない。今や、それを確かめる事すら出来ない。当人が存在しないからな」
 様々に憶測が巡っても、今は想像を繰り返す程度しか出来ない。此処で論議した処で時間の無駄とも言えた。
「・・・あと、君には言っておくべき事もある。狂えた傀儡、シャルス=ロゼアについてだ」
「それは・・・あの時に聞いたが・・・」
 その症状は狂乱者クレスジアと酷似していると。なら、それはマーティンやカッシュ、大よそ自我を持たず、命令されるような動きしか出来ない者達は、まさに操られていたのかも知れないと言うのだ。
 考えるだけで気持ちが沈む。憤りで握る拳の力が増してしまう。
「・・・記録によれば、狂えた傀儡シャルス=ロゼアには二つの種類がある。一つは、物言えず、衝動のままに凶刃を振るう傀儡状態に。言うなれば、そう、その名の通りだな。もう一つ、自我を保ちながらも、己が抱える私欲や欲望、限りないそれらを満たそうと凶行に及ぶケースだ」
「何故、それを一つに括る?真逆の症状だが・・・」
 説明を受けて疑問を投げるトレイドは故人や行方不明の彼等を思い出して顔を険しくさせていた。
「共通点があるそうだ。ある日突然、人が違えるほどに性格が激変、或いは性格を暴走させてしまった、かのようになる。偏に、精神に関わっていると見ている」
「精神崩壊か、精神の増長・・・」
 その説明を受けて益々にトレイドの顔は険しくされ、口を噤み、硬く強く食い縛った。
「・・・なら、過去に、そうなってしまった者が・・・」
「ああ・・・それはトレイドの考え通り、だろう。君が救ったマーティンも、行方を暗まし続けているカッシュも、恐らく・・・その他にも、狂っていると見做した犯罪者の多くが、該当する、かも知れないな」
 それが本当かどうかも分からない。だが、それが本当なら、操られて、したくもない事をさせられたのだ。解放したとしても、事実は変えられない。己の手で凶行を及んだ現実は決して。
 強く握り込み、憎しみを篭めて手の平に痛みを生じさせる。それでも憤りは止まらずに。
「・・・これぐらいだ。調査はこれからも続けていく・・・だが、期待は薄い事は認識していてくれ」
「・・・ああ、分かった」
 彼を、探し求める者達を信じ、自分もまた究明する事に心血を注ぐ事を誓いながら地下室を後にしていった。

 セントガルド城の地下室を後にしたトレイドは気晴らしのように仕事を受け、その現場に向け、準備も早々に済ませて赴こうとしていた。その道中、草原地帯の一ヶ所に設けられた墓場に立ち寄っていた。
「マーティン・・・」
 友人となり、その直後に命を絶つ事で凶刃を止めた故人の前に立ち、哀惜を口にする。操られ、望まぬ行為を及ぼされた苦悩。意識を持ちながらも血に染める事を眺めるだけで止められない。その、苦しみを考えるだけで腸が煮え繰り返るもの。それ以上に、悲しみを抱いて。
 吹き抜けてくる風を受け、想いを馳せる。必ず原因を突き止め、次の被害者を出させないように、そう誓い、その場を後にしていった。

【3】

 深い森が広がる。優しき降雨が続く沼地を越え、植物で溢れ返った森林地帯へと彼は踏み入っていた。
 数日を掛けて仕事と沼地地帯での調査を済ませ、セントガルドへ戻っている途中であった。
 茂った枝葉が重なる下、絡み付くような幾多の植物に囲まれる。広がる静けさを斬り裂くように純黒の剣は引き抜かれていた。その刀身には赤ではない液体を滴らせていた。
 戻る途中で立ち塞がって邪魔をしていたのは、当然と言う程に、遭遇率の高いそれ。其処に悪意はなく、生きる為に魔物モンスターは牙を剥いていた。
 そして、今、二つの鎌を以てしても勝てず、絶命に到った身が地に伏していた。切り伏せたのは言うまでもなく、トレイド。
 溜息を零し、刀身に付着した血を拭き取り、待機させていたレイホースの下へ向かう。難しき顔で乗り込み、外へと走らせていく。
 数分前、近くの廃村と言える誰も使わぬ場所を経由した彼。発見されて最近の其処でも新しき情報は得られず。その為か、手綱を振るう彼の腕には余計な力が篭められ、レイホースは小さく嫌がっていた。

 やがて、森を抜け、限りなく広がる様に映る草原地帯へ踏み出す。海にも匹敵し得るほどの広大に映る其処も、レイホースを走らせると狭く感じてしまう。それでも半日近くの時間を要しなければセントガルド城下町に到着出来ない広さを誇る。
 漸く巨門を見上げなければ全容を確認出来ない位置に到着した彼。やや粗い鼻息を繰り返すレイホースを休憩させる為にも降り立ち、並んで歩き出す。そのまま巨門を目指そうとした折であった。
 沼地を出る前夜、巡らせた記憶を再び思い出していた。それはマーティンに纏わる事。その思いに引かれるように、少しずつ紅が差し込み始めた墓地に顔を向ける。すると、遠目だが確かに人を確認する。それが知人であった為に自然と足が運んでいった。
 その空間だけが切り取られたかのように静かに、けれど無視出来ない其処を歩く。等間隔に並べられた墓石の間を、芝生に敷き詰められた空間を進む感覚は、特別なものに感じよう。決して、心躍れるようなものではなく。
 進む彼の目は一人の女性を捉える。特定の故人の前に立ち、手を合わせて黙祷を行っていた。此処に足を運んだのは彼女を発見した為でもある。
「・・・ユウ、墓参りか」
「トレイド・・・そうね」
 彼女の日課、幼き頃からの友人レインの墓参り。セントガルドから離れた時以外は欠かさない彼女。何度繰り返しても、対面する彼女の表情は変わる事は無い。依然として、別れ惜しむように。
「・・・貴方は、最近忙しく動き回っているようだけど、大丈夫なの?」
「・・・まぁ、大丈夫だ」
 心配する言葉に曖昧な言葉で返す。上手く会話が交わす事が出来ない。その為、少しの間、沈黙が流された。その場では如何しても会話が続かない。それが許されないように、口を噤んで、恩人の、友人の墓を眺める。静かに、ただ眺め続けていた。
「・・・ユウ。ずっと前から、謝りたい事があった。随分と、遅れてしまったが・・・今更、でしかないが・・・」
 躊躇いながらトレイドは語り出す。後悔を滲ませ、強い負い目を示しながらも切り出そうとする。罵られる事を覚悟で。
「構わないわ・・・それで?」
 トレイドの心中を察したのだろう、真剣な態度を以ってユウは答える。気持ちを昂らせず、けれど冷静に。
「・・・悪かった。俺の、所為だ」
「・・・何に対して、謝っているの?」
「・・・俺があの時、不用意に入らなければ・・・冷静を失わなければ・・・レインは・・・!」
 後悔が漏れる。あの時から抱えていた葛藤を言葉にする。謎の衝動に囚われなければ、あの悲劇に繋がらなかったかも知れないと。多くの者を悲しませる結果にはならなかったのではないか、と。そう、最も悲しんだのが彼女であると思い、責任を感じて謝意を示していた。
 掻き毟りたくなるような悔いを見せるトレイドを見て、ユウは驚くほどに静かに佇んでいた。苦しむ様を楽しむようでなく、寧ろそれを悲しむような眼で見つめて。
「トレイド、顔を上げて」
 促されて面を上げると彼女と視線が合う。合わせた彼女は怒りを抱いている様子はなく、悲しんでいる様子でもない。
「・・・謝らないで」
 そう告げる言葉は柔らかく、優しかった。憎悪は感じられず、寧ろ悔い続けるトレイドに同情する様子であった。そして、虚しさが感じられた。
「・・・いや、あれは俺が引き起こして・・・」
「トレイド」
 再度遮られ、入り混じった感情で躊躇いながらも視線を合わせる。尚も彼女は憎しみを示す事はしない。いや、それを蒸し返される事を嫌うように。
「・・・それを言うなら、レインも同じよ。レインも、同じように独断専行し、そして、そうなってしまった。それも誰よりも早く踏み入ってしまった・・・」
「いや、俺が・・・」
「レインも同じなの。あれはレインの失態でもあるの。貴方が責任を感じる、負おうとしなくても良いの。それに・・・」
 応じるユウの表情が益々暗くなる。そう納得し、片付けたい気持ちはあろう。けれどそうではないと語り、寧ろレインにも過失があったと訂正し、更に顔色を落とした。
「それに・・・相手は、カッシュだった事も、聞いているわ」
 一瞬、噤んだ彼女。噛み締めた唇が今の彼女の感情を顕著に示した。表情は泣きそうで、悔しそうに沈む。
 レインとカッシュ、そしてユウの関係もある程度は知っている。だからこそ、その発言はトレイドの耳に重く響いた。
「・・・あの時の様子も、聞いている。貴方が書いた報告書越しに、だから、知っている・・・の。カッシュだから、レインも、手が出せなかった、筈よ。情が出てしまった・・・それが狂えた傀儡シャルス=ロゼアじゃ、なかったとしても、そうしていたでしょうね・・・」
「知って、居たのか・・・狂えた傀儡シャルス=ロゼアを・・・」
「ええ、ステインから、狂えた傀儡シャルス=ロゼアの詳細は聞いているわ・・・だからこそ、だからこそ誰も悪くないのよ」
 悪くない、その単語を口にする彼女は身を削る様に押し出す。自分に言い聞かせるように、トレイドに言い聞かせるように、自分の気持ちを隠すように。
「だから、謝らないで。謝られても・・・私には、謝らないで・・・」
「・・・」
 その台詞もまた、自分に言い聞かせるようであった。行き場の無い怒り、憤り、それらを包み隠すように、震える声で繰り返していた。
 告げられたトレイドは黙し続けていた。何も言う事が出来ず、レインの墓石を眺め続けるしか出来なかった。亡くなった彼に詫びるように、時間を流すしか出来なかった。

【4】

 夜になり、普段以上に静まり返った人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの施設にトレイドは踏み入れていた。歩む音が響き渡る。その音は施設の奥へ続いていく。
 彼が向かう先はリアの個室。今、其処に居る保証はないが、居なければそれで構わず、次に城を目指すだけの事。その時は気晴らしになると考えて此処に足を運んでいた。
 その手は個室の扉に掛けられ、夜の静けさを阻害しないように静かに開けた。個室、同様に暗く沈んでいる筈の其処には小さな光源が灯されていた。
「・・・トレイドか。調査は・・・上手く、すんなりと、順調に進んだ、訳ではなさそうだな」
 蝋燭が執務机、付近に座るステインを照らす。その明かりを頼りに書類に向き合う彼。会話を話す傍らで行う執務は手馴れたもので、腕や目の動き、ペンの動きは手早く。
「ああ・・・その通りだ」
「それで夜分から来たと言う事は、調査の参加、若しくは協力を仰ぎに来た、と言う所か」
「・・・その通りだ。良く分かったな」
「一人での調査は限界があるからな。そろそろ、言い出す頃と思っていた」
 思考が読まれた、或いは予測された事に眉を顰めて溜息を零す。不快感を示された事に、スレインは小さく笑いを零す。
「そう不快感を示すな。情報を共有し、これからは調査に協力してくれ。その方が効率が良い」
「・・・その通りだ」
 応じて対面して情報共有を行う。彼は執務の片手間に調査に関する書類を纏め、同時に最近の調査報告を教えていた。頭の回転が速いのか、同時進行で行える彼の有能さは感心させよう。
「・・・やはり、状況は変わらない、か・・・」
「仕方がない、致し方ない、止むを得ない・・・そう簡単に解明出来たら、苦労はしない。だが、多少は世界が開けた」
 情報を得て、知見する空間が広がった事を指すのだろう。それだけ活動領域が広がり、調査における更なる拡張になると喜びを示す。それは何時しかの究明に繋がるかも知れないが、それだけでは喜べは出来ず。
「此処・・・城下町や城の調査も、手詰まりか?」
「・・・その感じは否めないが、まだ隠れている部分も有り得る。まだ済んでいないが、損傷の酷い書物が数冊見付かった。それにはもしかしたら、だな」
 そうは言っても、望みは薄い。先も述べたが、それで全てを掴めたら苦労もしない。
「あと、小耳に挟んだが・・・」
「何をだ?」
 尋ね返すとステインは手を止め、トレイドと向き合った。
「・・・レインの一件、確かに気負うだろう。この事に、気にするなとは言わない。だが、次は、しないようにするんだ」
「・・・それだけか?」
 叱責は無かった。十分に反省し、次に同様の失態を起こさないように厳命される。それだけであり、想像以上に叱責されない事を訝しんだ。
「もう済んだ事だ・・・誰も、責められない事だ。いや・・・責めるべきは、そうさせた者だけだ。だから、誰かに責任を押し付けても、意味が無い」
「・・・だが、俺が・・・」
「叱責されて、楽になろうとするな。責任を感じるなら、それを抱き続けろ・・・言うのは、それぐらいだ」
 再び執務に取り掛かりながら告げる。言い方こそ淡泊であり、冷めた様子だがその台詞はトレイドの胸に強く突き刺さっていた。
 それは確かに甘えでもあった。自責、誰かに叱咤される事で和らげたかったのだ。憎むべき存在が別に居たとしても、どうしても思ってしまう気持ちを解消してもらいたかったのだ。密やかに、逃げたい気持ちがあったのだ。それに気付かされ、小さく恥じた。
「・・・分かった、済まない」
 突き付けられ、思い直したトレイドは告げる。指摘された通り、責を感じるなら逃げず、反省し続けると。これからもそうし続けると誓うように。
 その心の強さ、成長していく精神に向け、ステインは小さく口辺を上げていた。
「一日ぐらいは休んだ方が良い。近く、調査を頼む。その為の英気を養うんだ」
「・・・分かった。早速、そうさせてもらう。その時になったら遠慮なく使ってくれ」
 互いの笑みを横目にし、トレイドはリアの個室を後にしていった。
 直ぐに迎える会議室を抜け、やや長い廊下を経て施設の中央へ出る。吹き曝しとなった円形の其処を横切る際、ふと立ち止まって見上げていた。
 この日もまた変わらぬ夜が広がっていた。その空に特別な感情は浮かばせず、変わらぬ足取りで其処を出て行った

 遠く、訪れてきた夜。先の見えない夜が優しく包んでいた。四方、その向こうは何が見えると言うのだろうか。ただ、胸に穴を空けるような悲しみと身を震わせる不安だけを感じる時間が流される。倒錯する感情は不穏な影が来ている事も気付かせてくれず、経過を静かに待つのであった。
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