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霧は晴れ、やがてその実態は明かされゆく

蒼白美しき場所、謎多き場所

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【1】

 雲は絶えずして、風と共に流れ続け、雲間は開閉を繰り返して陽と月の明かりを漏らしていた。烏兎匆匆うとそうそう、一ヶ月と言う期間は人に比べれば長いもの。しかし、短くともあった。
 この世界の主要都市とも言えるセントガルド城下町に起きた災厄に置いての復旧は終了を遂げていた。以前の姿は取り戻され、人々の活気も遜色なく。
 その町に二つの種族の姿が見える。人族ヒュトゥムと#魔族__ヴァレス__、人の和は改善の方向へ向かっていると言えるだろう。誰かが、誰かに手を差し伸べるような、そんな当たり前の行為と厚意が見受けられるように。それでも、まだまだ安心出来ない関係性が続いて。
 あの日以降、更なる脅威が訪れる事は無かった。重なる巨大地震、それに環境が変化しようとも、命を落とすような悲劇は起きなかった。その間、多少のトラブルは生じようとも、実に平穏な時間が流れていた。内心は如何であれ、穏やかに時間が流されていた。
 静穏なる時、誰もがそれを噛み締め、日々を送る。必ず訪れる、陽を遮っては覗かせる雲間と共に。
 朝早く、損傷の深い室内にて、トレイドは目を覚ましていた。急造のベッドで起きた彼は静かに身体を解す。連日の疲れでなく、魘された疲労感に。
 溜息を零しながら昨夜の内に脱いだ上着を羽織り、ウェストバッグを腰に通す。防具を装着し、最後に肌身離さない純黒の剣を手に取る。それが彼の普段の姿であり、胸甲が無いままなので身の軽さに物足りなさを感じ、息を吐いていた。
 扉を開けた向こうは外に繋がる。其処は生活区の小さな通路、魔族ヴァレスが暮らす区画である。外には魔族ヴァレスの女性が数人、顔を合わせれば挨拶を行って。
 最初は魔族ヴァレスの警備の為に其処に勤め、法が変わっても念の為にと寝食を共にしていた。今ではその区画の一員として受け入れられようとしていた。
 そのトレイドは周囲を見渡し、数人に話し掛けて現状を尋ねる。ギルドの他の者が来た事を聞き、別段困った事は無いと聞かされると、少々思案して。
「さて、今日は何をするべき、か・・・」
 溜息を吐き、改めて予定を考える。その際に所持する純黒の剣、黒い刀身や三つの鋭き鍔、鋒から柄の頭で黒に染められたそれを眺めながら。足は、自然と自分が所属するギルド人と人を繋ぐ架け橋__ライラ・フィーダー__#の施設へと向かって。

 ギルドへ向かう道中を静かに見渡しながら進む。晴天の下、見知らぬ人が笑い合い、日常と共に過ぎる。その後ろ、見慣れた町並みが見える。頭上には変わらぬ青の空が広がる。小さな綿雲が太陽の光を遮り、地上に陰りを作り出し、時折小鳥が視界を横切って。騒動を過ぎたこの日でも、変わらない日常が流れていた。
 およそ一ヶ月が経過した。銀龍インファントヴァルムの爪痕、あの記憶を薄めさせるには期間と言える。完全には忘れられなくとも、穏やかで平凡な時間は確実に。
 そうして、所属するギルドに到着する。修繕の跡がまざまざと残される其処。踏み入る事も躊躇うような其処へ踏み入る。室内もまた、まるで継ぎ接ぎのように不安定な構造と化す。急ぎ修復した為、以前以上に不安定な外見と成り果て、それに順じた室内に成り果ててしまった。けれど、依然同様の頑強さは変わらない為、信用して。
 足音が響き渡る程に、反響するほどに静かな広間で見渡す。その目は人を探す。上司を、又は同僚を探して。
 すると、施設の奥から欠伸を浮かべながら歩いてくる同僚を発見する。彼女もまたトレイドに気付いて。
「あら?トレイド、今頃起きたの?貴方、何時も遅いね」
「まぁ、昔からそうだったが・・・それよりもユウは見ていないか?」
 一ヶ月の歳月は同僚間の蟠りを柔和するには充分で。
「ユウさん?ユウさんは、確か・・・そう、あの城に行っている筈」
「城、か・・・それよりも、何か依頼は来ていないのか?」
 地震の結果で生じたであろう謎の城。何を抱き込むか、分からない不確定要素の塊と言える其処。調べる価値は大いにある。最近になって漸く捜索を始めたと言う事はトレイドが存じない事が示していた。
 それには大いに興味を抱く。けれど先決するのは職務、自らが所属するギルドの本分。
「・・・無い、わね。ユウさんの代わりをしているけど・・・うん、無いわね」
 その手に持っていた紙束を一通り眺めて答える。それに興味が湧いて。
「それは?」
「これ?一ヶ月前の色々な資料よ。住民に関する物が多いわね」
「そうか・・・頑張ってくれ。俺には不得手だ」
「偶には手伝えよ・・・」
 彼女は助けを求めていたかも知れないが、手を貸してくれないトレイドに愚痴を零しながら資料室へと向かう彼女。
「流石に、無いか・・・」
 愚痴を零す後姿を見送りながら残念そうに零すトレイド。当てが無くなったと少し不満げに。
 この一ヶ月、復旧作業を始めとし、主に住民達から寄せられた依頼を請け負ってきた。資材調達、食材到達、それらの搬送の護衛と魔物モンスター討伐、そしてボランティア同然の手伝いもまた。
 そのどれもが無いのなら無趣味の彼は時間を持て余してしまう。溜息を零し、それでも予定を考える。その脳裏に先の会話を思い出す。城、今迄触れなかった謎深いそれに再び興味が湧いて。
「・・・あの、城にでも行くか・・・」
 突然に出現し、静かに鎮座する謎の建造物。彼は其処に訪れた事は無い。それよりも優先すべき事があった為に。それでも暇になった今、良い機会だと思い付いた。そう思えば行動は早く。

 外に出て、例の城の一部を眺める。銀龍に因って破壊されずに聳えたそれ。以前は存在していなかった、故に城無きセントガルド城下町と言われていた。それを崩したもの。
 青空を背景でも屋根の青は際立ち、基調である白はかなり映えて。人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの施設位置からは恐らく監守塔と思しきものしか見えないが、それでも城である事は異質感から一目で解って。其処を目指し、歩き出していった。

【2】

 目的地までの道程、取り戻された街並みを眺めていた。建物の微妙な配置、形状は変わっていようと、あの日以前の光景と同じに見える。平穏が取り戻された証拠と言えようか。
 誰かの笑顔を、会話を、変哲もない平穏を横目に、情景を通り過ぎていけば、迷い様も無く目的地の城へ到着を果たす。それを正面にしてトレイドは圧倒されていた。
 見上げ、眺めて抱く最初の感想は荘厳であろう。そして巨大と言わざるを得ない。それらすらも飲み込むのは凡人が築けない権力を具現化したような神聖さ。しかし、ただ王族が力を誇示する為に建築されたものとは思えず、加えて戦争を想定しての物とも思えず。
 年季が重ねられる事に因る色褪せや雨に因る浸食や汚れ、這い付く蔦などが一片も見られず、陽の明かりに神々しく輝いている。目的地が巨大なので、地図など不要で一直線に向かう事が出来ていた。
 一見して感じる印象は難攻不落の城、無傷の美しき城、と言った処であろう。大理石に近いそれで大部分を構成しているのだろうが、滑らかで麗しい外壁は流れ行く水を石にしたかのように。
 幾多の窓から部屋数は割り出す事が出来、城の四方に構えた塔は監視の為か、それとも特別な場所なのか。少なくとも、他とは別の意味合いがあるのは間違いなく。
 巨大で細かい意匠が施された鉄門を中央に置き、構造は線対称に、傷どころか汚れの一つすらも見受けられない。年数の経過による色褪せや雨に因る浸食や汚れも同様であり、陽の明かりを受けて神々しく輝いて。それほど強固な造りなのか、そもそも攻撃された歴史が無いのか。
 そして、大きかった。他を隔絶し、引けにも取らせないほどに広い。傍に居ては城の全容は眺められず、敷地は一見しただけでは把握出来ない。ともすれば、このセントガルド城下町の半分以上の領域に匹敵するかも知れなかった。
 侵入防止の巨大な鉄柵に囲まれている為、より他者を寄せ付けない雰囲気が醸される。特別な者以外の侵入を禁ずると言ったそれ。けれど、それは人に因って印象は異なる事であり、既に遅いとも言えた。
 既に鉄柵の門は開け放たれ、鉄門も同様に解放され、誰かが侵入している事は紛れも無い。人は時として、得体の知れない何かに容赦なく踏み込める勇気、或いは蛮勇を備える。今回の調査もそれが左右しての事だろう。
 先に調査する先人に倣い、トレイドもその城内へ踏み入る。直後、彼は打ち震える様な感覚に見舞われた。
「何、だ?」
 直ぐに治まったそれに当然疑問を抱く。けれど、答えには至らず、怪訝に思いながらも溜息を吐いて前に臨み、眼前に広がる光景に疑問は途切れてしまった。
 感極まる声が自然と漏れ出すほどに美しい景観。白一色、床も壁も天上も渡り廊下も反射するほどに磨かれた石材に埋められる。
 けれど無骨な形には形成されず、芸術性を感じる室内へと彩られる。流れる川を、大河を、大海を模しているのか。目測十メートルに及ぶ天井、百人も軽く収容出来る広場、其処だけでも波立つような流麗な彫刻が施され、波浪に包み込まれるような緊迫感を感じ取る。
 広大な敷地を存分に活用した空間を割るように赤いカーペットが敷かれていた。鉄門から正面に伸び、備えられた階段にも敷かれて二階へ消える。階段の先に構えた部屋は何か、その直前の左右には廊下が設けられ、その先も何処かへと続いて。
 何もかも巨大で美しく、外装同様に赤きカーペットを基準に城内は線対称に構築され、さも芸術品のように映る。余程、その思いが高い誰かが建造させたのだろう。自らが設計したのかと思えるほどに思想が見て取れた。予想を浮かべても、答えには至れず。
 他と隔絶した空気が蔓延する中を一通り眺めたトレイド、溜息を吐いて視線を戻す。その時、先に調査を進めていた者達と遭遇する。二階の渡り廊下を渡って出てきたその者達は難航しているのだろう、難しい表情を見せた。
 際に聞こえる足音は心地良く奥へ響き渡っていく。余程上質な石材なのだろう、音色は普段聞ける音とは全く異なって。トレイドも踏み出せば同様の音が響く。聞けば、城に似せて創られた神聖な神殿を想像出来た。
「ちょっと良いか?」
 学者風に映るその者は人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの者だが、トレイドはあまり面識はなく。けれど、向こうは多少は知っているのか、嫌悪感を少し示して。
「ユウが此処に居ると聞いたが、知っているか?」
「ユウ?いえ、居ないわね」
 近付いてきた連中の一人、先頭に立っていた銀縁眼鏡を掛けた如何にも学者風の女性が答えた。眼鏡を横から動かし、位置を直す仕草は威圧的で。顰め、相手を値踏みするような表情からは敵意が見えて。
「でも・・・そう、ステインさんが居たような・・・」
「ああ、そうね。確かに、居たわ。でも、何処に行ったかは分からないわ」
 戦利品とも言える、語る彼女を含めて数人が、やけに煤けて古惚けた書物を数人が所持する。視認出来る限り、表紙に書かれた何かしらの文字と模様、薄れているが確かに。文字は意味が分からないが、尖る楕円と翼のようなそれが描かれて。
「分かった、ありがとう」
 素っ気なく返すと城を後にしていく連中。楽し気な会話を再開し、発掘した書類を読み漁って立ち去る。まるで、興味を抱くもの以外は度外視するような態度を振る舞って。
 横目にしながら周囲を見渡す。美術館にでも踏み入った室内、見る場所は様々にあろう。けれど、一番に目立つ方向へ上がっていく。
 階段の先、正面から入って真っ先に目に映る門。正面に構えたそれは周囲とは異なり、また別の空間へ続くかのように豪華に重々しくされる。周囲が芸術と言うのなら、それは財宝と言うべきか。或いは、権力。それを見て、続く先は大方に理解出来た。
 豪華な意匠のそれを押し開ける。迎えるのは広場、其処に光源は無いが頭上から僅かな光が差す。上はステンドグラスが設けられ、其処から光が射し込んでいた。
 その僅かな灯りでも輝かしく光るシャンデリアが天井に吊らされる。ステンドグラスから透過した光を集め、統一された大きさの宝石を寄せ集めたそれからかつての権力を窺えた。
 白く埋め尽くされた両側の壁には銀燭台が並べられる。等間隔に並んだそれは少しもくすみは見られない。それに見守られるように色の濃さが増したカーペットが延びる。奥まで伸びるそれは小さな階段へ、数段を乗り越えて最大の特徴へ至る。
 波打つ白い幕を背に、固定されたそれは椅子。ただのそれでなく、赤を基調としたもの。何かの皮で構築されたクッションは艶やかで、金属光沢も見える骨組みは威厳を放ち、且つそれを際立たせる為のもの。それに如何程の材料を使っているのか。
 並々ならぬそれは権力を模っていると言える。玉座、権力の象徴と言えるそれがこの玉座の間の奥、この城の中央に鎮座する。いや、君臨していた。王が居ないと言うのに。
 けれど、其処には別の人間が立っていた。その者をトレイドがしない訳が無かった。
「此処に居たのか、ステイン」
「ああ、そうだ、その通りだ、トレイドも来たようだな」
 王座を調べていたのか、何かの書物を手にする彼が其処に居た。
「何か分かったのか?」
「いや、そう簡単には見付からないな。まだ探索を始めたばかりだ。隠されている・・・訳ではないが、あるだろうな。今からでも楽しみだ」
 様子は変わらないが何かしらの発見があると期待し、楽しみにしている事は横顔からでも分かる。
「トレイドも探してくれるのか?」
「・・・一通り見て回ろうと思っているがな」
 探索については少し気が引ける。何より、家探し同然の事には抵抗感があって。
「まぁ、その気が無いなら良い。大方、仕事が無くて此処に来た次第だと思う。気が済んだら・・・そうだな、警邏でもしたら良い」
「そうさせて貰う。希望に沿う形になると良いな」
「とても、かなり、物凄くそれを望んでいるな」
 幕の向こうには壁しかなく、玉座の間にはこれ以上目を付ける部分が無い。そう判断したトレイドはステインを労いながらその場を後にするのであった。

【3】

 玉座を後にし、周囲を見渡しながらトレイドは階段を下る。見て回るにはまずは下からだと一階に向かい、左右に別れる通路の一つへ向かった。其処は入り口から向いて右へと。
 通路に差し掛かると、壁に幾多に設けられた縦長の窓に迎えられた。射し込む陽の光が場内を輝かしくし、その道は何処か神聖にも映った。
 僅かに躊躇うような其処を進み行けば確かに道は二つに分かれる。その分岐点で立ち止まり、左を確認する。その先も通路が続くが、光があまり届かない上に少々埃臭くて。
 通路の左右には部屋が二つずつ、通路の奥にも部屋が一つ。多少咳を出しつつ、人の往来を感じさせる跡を目に止めながら、一番近かった部屋の扉を引き開けた。
「っ!凄いな・・・」
 踏み入った瞬間、埃が巻き上がった。口を押さえても咽せ、目を細めてしまう程に。
 其処は倉庫の一つであろう。光源が無く、廊下から伸びてくる陽で辛うじて入り口付近が見える。その部分だけでも何かしらの物が溢れていた。雑貨ではなく、置物の類であろうか。だが、雑多に置かれている為に重要性は少ないようだ。
 此処もまた捜索した後、物で溢れた部屋の中は物色、もとい探索された後の為に荒れ果てて。故に舞ってしまったと言える。拠って部屋中に充満するほどの埃、黴臭い嫌悪を抱く匂いに顔を顰めてしまうのだ。
「此処は、いいか」
 顔前を扇ぎ、埃の煙たさを払いながら足早に部屋を後にする。他の部屋も同様に埃が積もりに積もり、何かしらの道具や備品が所狭しと置かれていた。恐らく、その区画が倉庫として機能していたのだろう。一見しただけで彼は後にして。
 通路に戻ったトレイドは更に奥へ望む。角を曲がり、まだ続く輝かしい通路の奥には巨大な門が構えていた。此処では無骨に、傷が見受けられるそれ。押し開けるとまた異なる空間に踏み入った。
 設置された窓から射し込む光に照らされた其処は巨大な倉庫と言える。だが、雑多なそれでなく、剣や槍、鎧から始まって様々な戦況に通ずる武器や防具が種類毎に整頓され、規律良く並べられる。
 正しく武器倉庫、その数は百人で構成された軍隊でも容易く補うに余りあるほどに。此処の備蓄だけで、あるならば国も相手に出来てしまうだろうか。
 その空間を前に、懸念を抱くトレイド。その目が見慣れた者を発見して少しばかり気分が治まって。
「お?トレイドじゃねぇか!見てみろって!スゲェあるぜ!?」
 抱えられないほど大量の武器と防具達を前にはしゃぐのはガリード。数本をその手にし、とても欲しそうに抱く。その背に他を追従しないほどの太く厚い刀身の大剣を背負っていると言うのに。
「何で、此処に居るんだ?お前」
「何でって、こんな所があるんなら普通は来るだろ」
「・・・興味があるのは同意だがな」
 探索でなく、物色している事に呆れを抱く。こうした配慮の無さ、素っ頓狂な処に呆れに溜息を零して。
「・・・それよりも、その武器を元に戻せよ」
「一本ぐらい良いだろ?」
「まだ誰の物でもないんだ、ギルドの管理に置かれるだろう。それが終わるまで勝手に触るな」
「分かったよ・・・」
 正論を説かれ、諦めるしかないと気落ちした彼は渋々と戻す。所持していた武器の大半はこの倉庫に納めるが、特出した見た目の槍はそのまま何処かへと持ち出していく。
「おい、それは何処に持っていくんだよ」
「いやな?これは地下に有ったんだよ。かなりデカい、多分訓練場みてぇな所があってよ、其処に在ったんだよ。隣には同じぐらいでかい資料館もあったんだけど、其処にはなんか学者っぽい奴が集まってたな」
「・・・地下に、巨大訓練場と資料室、か。構造は分かったが、さっさと返せよ」
「はいはい・・・」
 情報を得た事に少しは感謝するが、先ずはすべき事を言って聞かせて釘を刺す。それに再度向き合った彼は渋々と戻しに行くのであった。

 ガリードと遭遇して数分後、トレイドは逆側の通路に赴いていた。其処もまた同じような構造しているが、部屋数は段違いに多く設けられていた。通路を曲がってその各部屋を確認する。
 各部屋は少ないが家具が置かれる。ベッド、衣服掛けに小さな箪笥。椅子と机、明かりとしての小さな燭台を。それぞれが置かれた部屋は統一した色合いとされる。薄黄色と赤の花の模様の壁紙、白と薄水色のカーペットが敷かれる。
 小さなシャンデリアを天井に吊るした其処は多少煌びやかだが、豪華さには欠けて。察するに王族が使用はしていないだろう。城に、王に従事する者が使用していたのだろう。
 全てに特出する点は見られず、再び通路に戻った折であった。
「このまま逆側に行くんだな?」
 横領寸前で踏み止まったガリードが合流してきたのだ。多少惜しくするものの、見せるのは笑顔。城内探索への楽しみ、だけでは説明出来ない嬉しさが滲んで。
「何で、そんなに楽しそうなんだ?」
「分かんねぇけど、なんか懐かしさが込み上げてくるんだよな!」
「懐かしさ、か」
 トレイドも幾分かその気分は抱いていた。けれど、二人にこの城を知る筈も無い。説明出来るのは遺伝子記憶ジ・メルリアのみ。それに触れる事は無く、通路の終着点へ至る。
 武器倉庫とを隔てていたように、其処も青銅色一色で取手を始めとした金属部分が銀に光る扉が待ち構えていた。あからさまに何かある事を示唆し、其処を押し開けた。
 王族の舌を、空腹を満たす為、ありとあらゆる道具が揃い踏みであった。金に糸目を付けぬように、最高級の道具を揃え、細心を払って整理整頓、清掃を繰り返したであろう其処は光を浴びたなら輝かしく。
 白と銀色に埋め尽くされ、埃の一つ、汚れの一つすらも許さぬ其処は厨房。僅かな不満を払拭せんと創意工夫を、研究を重ねたであろう其処が佇む。料理人の姿は勿論ない。だが、踏み入るだけで食欲を抱くのは、圧倒されるのは掛ける情熱、執念を感じ取ってしまう為か。
「・・・此処で、どんな料理を作ってたんだろうな・・・」
 圧倒され、だが料理を嗜むガリードは食い入るように見渡す。置かれた道具一つ一つに息を漏らし、感動を示す。彼には此処が宝物殿に見えただろう。
 トレイドが踏み入って確認する頃には厨房を粗方調べ、奥に続く部屋に向かっていた。
「トレイド!こっちに来いよ!凄(すげ)ぇのが置いてるぞ!」
「先から何なんだ?」
 興奮した彼に少しついていけられないと渋い顔のトレイドが向かう。
 隣の部屋は暗室、所狭しと食材が並べられていた。見慣れた野菜や果物を始めとし、種類と量の豊富なそれが棚に整理されて置かれていた。だが、驚く点はそれではなかった。
 その部屋の中央に奇妙な物体が置かれていた。四角いそれはトレイド達より巨大で、厳重で且つ重厚な素材で構築されたそれは何かを保管している事は、分厚く大きな取手と手の平程の巨大な錠前から推察する。
「確かに、凄いなこれは・・・」
「だろ?んでも、俺これに見覚えがあるんだけどな・・・」
 不可思議な物体を前に記憶を巡らせるガリード。食材を保管している部屋にある以上、保存する為のものである事は確か。そう、それは言い表すなら巨大な冷蔵庫と言えた。だが、彼が気に掛けるのはその点ではなく。
「・・・兎に角、開けてみるか」
 上手く思い出せず、開けようと手を伸ばした時であった。
「何をしているんだ!お前達!触れるな、出て行け!!」
 突如として奇妙な集団が傾れ込み、調べようとしていた二人を瞬く間に部屋から叩き出した。
「何だよ!いきなり!」
「これは我々が調べます。貴方方は別の場所にしてください」
 一見して研究者風の集団、冷たく言い放つと途端に例の物体に熱中する。傍で文句を、肩を掴まれたところで即座に振り解いて調べ出して。
「・・・行くぞ」
「おう」
 釈然としないながらも集団の妙な熱度を前に、面倒に巻き込まれたくないと諦めるのであった。
 二人の足は反対側の扉へと向かっていった。

【4】

 玉座に至る門とは格が落ちるものの、それでも豪華に彩られた扉を押し開けた時であった。途端に射し込んで来た明かりに目が眩んでしまう。直ぐに明るさには慣れ、その部屋を見渡して目を大きく見開けた。
 巨大の部屋、最初に踏み入った広場以上の規模。白き壁に汚れは無く、床は赤いカーペットで敷き詰められる。天井には幾多のシャンデリア。大小様々なそれらが、星々よりも煌々とした光を纏う。
 壁の一面は硝子窓にされ、一片の澱みの無い其処からは明かりが目映く射し込む。それらが空間の全てを煌びやかに輝かせ、本来の価値以上に引き立てよう。両外側に半透明のカーテンが纏められ、見える柄は花々。開けば美しい花弁が花開こうか。
 その光を帯びて一際存在感を放つのは食卓、長方形のそれは空間の主のように沈黙する。純白、縁に植物のようなレースをあしらったシーツを被せられ、銀の蝋燭立てが机の中心線に沿って等間隔に置かれる。
 食卓の傍には白と赤を基調とした椅子、豪華な意匠が施されたそれも等間隔に、一切の誤差も無く綺麗に整列させられた。椅子も机もシーツも、ただ少しの歪み、汚れ、皺などなく、綺麗なままに置かれる。まるで、一糸の乱れも許さない、許されないように。
 先の食堂以上の清潔さが保たれた空間、踏み入る事さえ躊躇うような其処は推し量るに王族の食事の場であろう。それを示すのが、正面に続く扉を前に、窓を背にして置かれた一際大きな椅子が物語る。玉座程ではないが、それに王が座する事は一目で理解出来た。
「此処には、余程の大物が居たのだろうな」
 室内を見渡しながら扉を開ける。その向こうは二階に続く階段、その裏側となる。想像した通り、正面に続いていた。
「かもな。これは相当だぜ」
 ガリードは食卓の様子を眺めながら一面は窓となった其処へ向かう。探る手が窓が開く事を知る。
「トレイド、開くぞ。外に行ってみようぜ」
「ああ」
 ガリードに教えられ、窓へと、開かれた其処から外へ歩み出していった。

「此処も、此処で凄いな・・・」
 食卓からそのまま外に出ると、何かしらの会場へと出た。
 外観を損ねぬ色合いのそれは嘗て、祭典を取り仕切る為に使われていたのだろう。城下町の広場よりも巨大なそれを取り囲むのは、色取り取りの植物であった。
 緑の迷宮と言った処か。対照的に選定され、区切られた植物達。それらは形様々な花弁を開かせる。薔薇に似た無数の花弁を有する花を始めとし、気品や高価さを匂わせる花を咲かせる植物が植えられる。土色の煉瓦に拠る道すらも埋め尽くすほどの緑、それを霞ませるほどに鮮やかな色合いの花が乱れ咲く。
 花々に囲まれ、会食や談笑を楽しむ為に各地に屋根付きのテラスが設置される。それにも匠の拘り、設計者の情熱が感じられて。
 目測で城の大きさに匹敵するであろうその庭園は隅々まで手が行き渡る。大勢の庭師が居たのか、優秀な者が指揮して管理していたのか。其処も寸分乱れない構造を為す。
 目を見張る光景が広がる中、それすらも霞ませる物が二人の正面に立っていた。庭園の中央にそれはある。
 女神を彷彿とさせる、長髪を棚引かせ、背から翼を伸ばし、自身を包み込むように羽ばたかせる。一枚のワンピース姿で両手で掬うような姿を模し、手の平から水が溢れ出している。その水は足元の台座に流れ、各排水口へ流れていく構造を為す。
 それは噴水、像は機能を備えた物に過ぎない。あくまで花達が主役とされているであろう庭園。しかし、像があまりにも美しく、生きている人以上の生気且つ人とは乖離した存在感を放ち、芸術とは言い得ない美しさに拠って、視線を掌握するように鎮座していた。
 こうした、美景としか言えない光景に二人は目を奪われる。権力、財力の程が窺えても、それより感じるのは感動であった。
「城、ってのは、全部、こんな風になってんのか?」
「さぁな・・・」
 見惚れる場所だが、些か戦闘の拠点とは言い得ぬ場所に思えた。だが、それは彼等の見識が浅いとも言えるだろう。
 財があるからこそ飾り、来賓を迎え、権力を主張して外交を為す。それが城の特性であり、王の執務の一つと言える。飾れぬ者など、贅を見せられるものなど、他国と渡り合えないのだ。
 庭園には踏み入らず、巨大な城を見上げながら外周を渡っていく。城内に踏み入る際に見掛けた黒い柵に囲まれ、庭園の緑が続く外回りを歩く。途中、城の外側に聳える塔、看守塔と思しき其処の入り口を見付ける。他の場所も同様であり、上に至るには螺旋階段を登らなければならないだろう。
 何処を見ても圧倒される敷地内。そうした場所を知らない彼等は感動し続ける。何故か薄く覚えがあったとしても、それでも驚きの連続であった。
 そうして、二人は粗方だが一通り見て回り、再び城内に至る為の正面の門前に立つ。開かせたならば、まるで王になった様な不思議な昂揚感を抱かせるそれの前に。
「つくづく、この世界って不思議だよな。予想が着かねぇ事が起きて仕方がねぇ」
 不測の事態も楽しむような発言を零すガリード。そうした彼に冷めた視線を向けて。
「確かに、そうだがな・・・」
 謎が深まるばかりの現状を前に、不安を抱くトレイド。解明もままならない事に顔を顰めて。
 不透明、不確実な事が多過ぎる今。ならば、せめてこの城が調べ尽される事で、保管された文献が解明される事で糸口になる事を祈るしかない。
「お前はこれから如何するんだ?まだ城を探索するのか?」
 まだ昼近く、時間は存分にある。トレイドはそれ以上に探る気は失せて。
「ああ!地下の訓練場、身体を鍛えるには良さそうだしな」
 新しい遊び場を見付けたかのようにはしゃぐ彼、応答して直ぐに城内へと駆け出していった。

 城の粗方の詳細として、黒い柵に囲まれた其処はセントガルド城下町の半分に匹敵するほどの大規模な敷地を有する。
 正面の扉に踏み入れば様々な場所へ至る為の広場に着く。其処から正面へと、二階へ上がってすぐの扉を開ければ玉座の場。渡り廊下を右に行けば多くの者が踏み入れる会議室に繋がり、奥には執務室と思しき場所にも至る。
 渡り廊下を左に行けば警備する為の個室を経て、王族の寝室と繋がる。其処は玉座の間と比肩するほどに豪華絢爛にされ、宝物庫と思しき個室も其処に。
 一階の構造として、階段の向こう側には食卓へと繋がり、左側の通路には個室が並ぶ区画に、その奥は巨大な台所と食糧倉庫に繋がる。其処からは食卓に至るのだ。
 右側の通路を行けば倉庫、備品倉庫があり、更に奥には巨大な武器倉庫に至る。溢れるように敷き詰められた武器や防具に隠されるように、地下へと続く階段が存在する。
 下れば、巨大な訓練場と資料室に迎えられる。訓練場は嘗て勤めていた兵士が使用し、資料室は仕えていた士官達が活用していたのだろうか。また別の箇所にも階段が存在し、上がれば二階に続く階段の裏手に続く。
 城の後方を起点に側面まで庭園が展開される。其処は此処の自慢の一つであろうか。

 知れぬ場所、解明を待たれる場所を、走り去る姿を見送った後、トレイドもその場から立ち去っていった。
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