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寒く凍て付く雪、温もりに厳しさは和らいで
それは試練の如く、それは災禍を体現して 前編
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【1】
早く過ぎたるは人の思い。だが、それ以上に早いのは時。刻々と過ぎる陽に炙れて、思いはやはり重く足を鈍くさせるのだろうか。
日を跨いででも対策を考え、泥のように眠りに着いていたトレイドが静かに目を覚ます。魘されていたにも関わらず、目覚める時はごく自然に。けれど酷い眠気を残す眼で辺りを見渡して。
疲れを残した身体を無理矢理に起こし、目を擦って蒙昧に歪む視界を正す。溜息を零しつつ、武装し、傍らに捨てるように乱雑に置いていた上着を羽織つ。その最中でもまだ定まらない脳を働かせ、数時間前に考えていた案を思い出そうと躍起になる。
それは彼自身も拙いと感じ、現実にしても到底目標を達成するには程遠いものであっても。
「・・・奇抜な提案を捻り出す阿呆にでも、聞いてみるか・・・」
夜の空気で冷えた上着の冷たさを肌で感じつつ思案する。ウェストバッグを腰に装着し、最後に剣を手にして窓に近付く。既に他の者は居らず、部屋の中を何の遠慮も無く歩いて。
隙間がある窓から外の様子を確認する。外は既に朝、陽が上がって照らされた路地が見える。新たな住民となった魔族の女性達の姿もまた。
それから見上げる。透き通る青空が映り、何時もと変わらない一日が始まったと認識する。
遠くを眺めるような表情で建物を後にしていく。外に出た直後、予期せぬ体験を、未だ経験した事のない体験をする事となる。それは彼だけでなく、その町に住む者達全員が共通して。
朝早くのセントガルド城下町、其処に設けられた人と人を繋ぐ架け橋の施設にて、ガリードは目覚めていた。大欠伸を浮かべ、身体を掻きながら自室のベッドから降りる彼、最早習慣である武装を行う。その後に外へと向かう。
朝故と、人気の無さで嫌に沈黙した廊下を渡って一階へ向かう。その際に今日の予定を考えていた。
『今日は如何すっかな?魔族の処は今日は行かなくて良いし・・・だったら、天の加護と導きにでも行くか?んでもその前に仕事がねぇか聞かねぇと・・・』
思案しつつ、差し掛かった階段を下りていく。すると玄関前の広場に立つ数人と目が合った。
「よう、ガリード。今日も魔族の所に行くのか?」
「いや、天の加護と導きに行こうかなって思ってるんスよ。でも、その前に仕事がねぇか、聞こうかなって思ってとこっす」
「今日は目ぼしいそれはねぇな」
「そうなんスね。じゃあ、天の加護と導きに行ってきますわ」
「お前も好きだな。シャオもそうだが、子供達の世話がよ」
「アドゥセさんも来るっスか?あいつ等、凄げぇ容赦ねぇけど、楽しいっスよ?」
「遠慮しとくよ、子供は苦手だ」
「それは残念っスね」
誰とでも仲良くなれる彼、すっかりと多くの同僚と顔馴染みとなり、今日も和気藹々と会話する。愉快に笑みを零しながら階段を下る。その最中であった。
「ん?何だ?」
小さな、聞き慣れないものを耳にしたガリードは首を傾げた。ドクン、と何かを打つ音。妙な温もりを感じ、生きる上では不可欠のそれは、しかし聞き慣れたように。それは心音のようで。
「おおっ!?」
次の瞬間、世界が、視界に映る全てが膨らみ、萎む、まるで鼓動を刻んだように震えた。
その異常に声を上げたのも束の間、次の段に至ろうとした足は見事に踏み外してしまう。
「あだだだっ!?」
がくんと身体が急降下する感覚の直後、敢え無く階段を転がり落ちていった。強烈な痛みが繊細に伝えられ、伴う衝撃が腕、胴体、足に額と全身隈なく打ち付けられた。
「痛~っ・・・んん!?」
激痛に苦しむ彼はふと気付く、揺れている事に。自身ではなく、地面が揺れていたのだ。それは間違いなく、だと言うのに建物の軋む音は一切しない。まるで自分だけが揺さぶられているかのよう。当人はそれに気付けるほどの余裕はなく。
「地震っ!?急だな、おいっ!!」
唐突の激震に困惑する彼は地面に身体を預けるしかなく、抵抗の様に感想を述べる。その目は辛うじて同様に転倒して地面を転がる同僚を捉えた。
「全員、伏せたまま動くなよ!気を失う前に、高い所から降りとけよ!!」
誰かの警告の声が響き渡る。次第に震度が厳しくなる中、その場に居る者を余さず耳に届かせる。ガリード以外の者は経験済みと言うのか、警告も待たずに激震する地面に身体を預けて。
「えっ!?如何言う事っスか!?何か知って・・・」
「四の五の言わずに、従・・・」
揺れは急激に強さを増す。立つ事はおろか、態勢維持すらも出来ないほどの激動へと。思考がままならなくなるほどの凄まじき地震、建物が倒壊しかねないほどに。
強さはまさに加速度に。誰もが転がされる衝撃と痛みしか感じ取れず、その耳は外か、それとも体内から響く音か識別不可能の軋む音を捉えるのみ。それは建物の軋みか、打られる自身の軋みか。
それが分からぬままに、皆の意識は途絶えた。痛みではなく、糸が断ち切られるように唐突に。
激震に襲われてから程無くして、ガリード達は目覚める。強烈な痛みに呻きつつ、誰もが見渡して状況を確認する。誰よりも機敏に反応し、かなり慌てふためいたのはガリード。その中では初体験で。
「吃驚した!やっぱり地震が起こるんスね!」
痛みも忘れ、興奮する姿に少々呆れた視線が送られた。
「ああ、あんな地震は定期的に起きているんだ」
各々が身体を起こし、服を払ったり、打ち付けた身体を確認したりとする。その中で、慣れたと言った様子の言葉が届けられる。
「あんなのが度々起きてんのか!?やっぱり、この世界って凄ぇな!」
「それより、町の確認をするぞ。此処の損傷確認も兼ねてな。問題は無いとは思うが」
もう数度遭遇して耐性が付いたと言わんばかりに、手分けして事後処理に務める同僚達。誰に指示されるまでも無く、動きは敏速に。それにガリードも加わり、数人に連なって町の確認の為に外へと。
「それに、あの地震が起きると必ず世界に変化が起きるんだよ。大小問わずに、絶対にな」
「へぇ~、不思議尽くし・・・」
地震直後だと言うのに暢気な様子を振る舞うガリード。そうして一先ず町の状況を確認しようと外へ出て行く。
何かが頭上を過ぎた。巨大、あまりにも巨大な何かが地上に影を作り出して過ぎた。それは巨大な音を、巨大な翼を羽ばたかせ、地上に降り立っていく。その直下にあった何もかもを下敷きにして。
踏み砕き、潰しながら四肢を着けて降り立ったそれは身を震撼させる咆哮を放った。それは先の地震以上の衝撃を齎して。
その場は瞬く間に混乱に陥った。
【2】
「な、何が・・・!皆は!?」
生活区で魔族と共にしていたトレイドも同じように目覚める。唐突に昏倒して多少蒙昧とする思考は彼女達の安否を案ずる思いで即座に覚醒する。
飛び起きて周囲を見渡す。あの凄まじき地震であったのにも関わらず、周囲の建物は全くの問題が無かった。倒壊はおろか損傷すらも無く。ならば、屋内に居る者には問題は無いだろう。そして、外に居る者達もまた。
トレイドに続き、内外で多くの者が目覚めて困惑の声を上げる。その次は身近な者の案じたり、家具を確かめたりとして。
「・・・あんな地震が起きるなんてな」
生きている心地がしなかった、そう振り返った瞬間、突風と共に騒音が何処からか響き渡された。それよりも早く、凄まじい悪寒と恐怖に包み込まれる。それは、生存本能か。
「そ、空を見ろッ!!」
驚愕し、恐怖に囚われた大声が、声を嗄らさんばかりのそれが次に響いた。そうした声に驚きつつも誰もが視線を上に向け、信じられないものをその目にする。空気を震わせる咆哮を受けて怯んだとしても。
多くの者の視界を影で埋め尽くすほどに巨大、膨大で甚大なそれは中心近くに降り立とうとしている。その身の巨大な両翼が力強く羽ばたき、猛烈な風が吹き荒れる。建物を介そうとも身を煽り、体勢を崩すほどの風力に誰もが怯んだ。
緩やかに、だが強烈に羽ばたく音が町の空を彩る。伴う風は更に強く、箒やちょっとした木材すら吹き飛ばし、起こす主は降り立つ。追撃のようにズズンと重苦しい音が轟き、相当の重力を有している事を、離れたトレイド達を転倒させる振動が示した。
様々に起きる事態を前にする多くの者が目を奪われた。心底から込み上げる恐怖を以って、その姿を目に焼き付ける。否定しても揺るがないその巨体を、其処に居て欲しくもない存在がこの城下町に着陸した為に。
真剣であろうと拒絶しかねない、鉱石を彷彿とさせる鱗が巨躯を強固にする。その色、灰色に近く、だが光沢を帯びたそれは銀と言えようか。
やはり、注目すべきはその大きさ。建物を押し潰すに容易き太き四肢、獰猛に立たせたならば全容を捉えられず、見上げなければならず。その背には鬣の如きそれが生え、鋭利に、そして歪に伸びる。続くように、脊髄から突き出た骨を思わせる突起物を身体の末端まで並べる。末端たる尾でさえも人には及びもつかない太さであり、一薙ぎで建物を破壊して平坦にさせた。
身体の中心位置に両翼を有し、飛翔するに頷ける壮大さを誇る。広げた、血管を想像させる模様を刻んだ翼膜は恐怖を引き立たせ、倍増させようか。
長き首を動かし、獲物を探る双眸。その瞳孔、鋭く尖り、禍々しく、見定めた存在を凍て付かせる殺気を放出する。深き皺を刻んだ上顎の下、咆哮を響かせた口腔はそれだけで死を成立させかねない牙で閉ざされる。隙間から漏れ出す赤、それはほのめく火炎。それだけで他の生物とは隔絶した存在と理解させられた。
全てを見下す顔、それは一瞬蜥蜴を思わせても、決して比肩出来ない悍ましき造形を為す。神でなく、悪魔でなく、厄を知らしめる存在と言われれば納得し、睨まれたならば諦めを抱こう。
そう、その姿を見れば畏怖せずには、震撼せずには居られない。歯を鳴らし、顔色を蒼白に染め、ただ見上げるばかり。そして理解しよう、死期を。
人は災厄、そう呼ぶのだろう。その化身とも見做せようか。この時、誰もが気付けなかった。その存在が負傷している事に。
「インファント、ヴァルム!?・・・何でこんな所に居るんだッ!?」
それは灰銀を伴う焔の異名を持つ魔物。だが、化け物と肯定するしかない存在がこの城下町に突如として出現していた。
恐怖しか抱けないその存在、希少且つ滅多に目に掛かれない事を知り得るトレイドは思わず叫ぶ。その声、恐怖に囚われている為に震えて。
知り得ない、或いは知っていても誰もが見上げて立ち竦むばかり。まさに絶望に瀕し、思考は停止して。僅かの間だが停滞した状況、破り去ったのは女性の悲鳴。引き裂くような絶叫が今にも千切れそうな糸を切った。
瞬間、人々は一目散に逃げ出す。大絶叫を、金切り声の悲鳴が町中に響き渡る。竦んでいた足は生きる為の力を絞り出して動き、転びそうな体勢で散り散りに、まさに本能に従って駆ける。その本能が警鐘を、轟音にて立てる、逃げろと。それは理屈ではなく、動物的生存本能と言えた。
辺りは騒然どころか、阿鼻叫喚と言えよう。其処に冷静の言葉は介在せず、ただ生きたい、生き延びたい思いだけで誰もが祈り、駆けた。
無理も無い状況だが、魔物を前にして冷静を失うのはただただ危険なだけ。寧ろ、煽ってしまう事は承知の事実か。
出現した瞬間から興奮状態の銀龍はその豪腕を持ち上げ、逃げ惑う矮小な存在に対して振るい始める。薙ぐ、それだけでどれだけの建物が形を無くしたか、どれ程の命が奪われただろうか。ただただ、悲鳴の中にその事実は消えていった。
そうした現実を目の当たりにし、唖然と立ち尽くしていたトレイドは正気を取り戻す。寧ろ、人を喪った、自身が何もしなかった事への怒りによって。
「・・・ッ!慌てるな!!一旦落ち着いて俺の声を聞けッ!!」
即座に臨戦態勢に移りながら阿鼻叫喚の只中を、冷静を失った者達に向けて大声を絞り出す。彼もまた逃げたい気持ちがある。けれど、優先すべき事の為に、まさに命を賭けて。
「闇雲に逃げるな!!まずは息を整えて落ち着くんだ!!死にたくないなら従えッ!!」
その声は怒鳴り付けるように。事は急を要する為、魔族や人族も関係なく、渦巻く混乱を鎮める為には悠長になどして居られず。
しかし、極限状態の者達の耳には届かない。それどころか周囲が見えておらず、隣人を押し退け、子供を切り捨ててまで逃げ惑う。それは彼の近くだけでなく、町全体で起きていた。考えは一つ、それに没入、必死になり、知らぬ者が如何なろうと、足手纏いになるならば切り捨てる。例え、足を瓦礫に取られて転んだとしても、生きようともがく。誰かに踏み越えられたとしても、怒りを抱く間も無く駆け出す。
最早、此処に他者を配慮する心のゆとりなど、微塵たりとも無い。己の命惜しさに無様な姿を晒して逃げていく光景が、山の如き巨体、凶悪な形相の下、嘲りも哀れみもない睥睨に晒されて。
「ど、如何するんだよッ!?」
混乱しつつも状況を打開しようと、血の気が引いて怯えた様子のセシアが駆け寄ってくる。それに続くように魔族達、この路地に住んでいた人族も集う。生きたい為に、守りたい者の為に、逃げたい衝動を、気絶しそうな動悸を必死に抑えて指示を仰ぐ。
「如何したもこうしたも無いッ!!今は避難だ!町の外へ行けッ!!」
「外に出るって、大して変わらないだろ!?」
「壁で囲われている此処よりかはマシだ!!誘導しながら行くんだ!!」
「聞く奴なんて・・・」
「殴ってでも、引き摺ってでもするんだ!気付かれていない内に、集めるだけ集めて避難しろ!!急げッ!!」
切歯扼腕して怒鳴り散らす。今は論議の間すらも惜しい、守れる命が、生き残れる命があるならばその為に全身全霊を賭けなければならない。その思いで叱責するように指示を下す。トレイドの勢いで多少落ち着いた者達は避難する為に人を集め出す。
「ト、トレイドさんは、如何するのですか?」
数日前の出来事を思い出して脅え切ったクルーエがおずおずと尋ねてくる。助けを求めるその表情が、服を掴もうとして躊躇う仕草を前にし、トレイドは一瞬動揺するも向き合った。
「あの、龍の付近に居る人を、助けに行く・・・」
覚悟を決め、落ち着いた口調で救助をすると語る。それは本心であり、彼の望み。そんな並みの覚悟を凌駕しかねない意思を前に、クルーエは強く拒絶を示す。
「だ、駄目です!そんなことしたら、トレイドさんが・・・」
「クルーエ」
今にも泣き出しそうな面で狼狽える彼女を冷静に言い聞かせる。掛けられ、不安に満ちた顔が上げられる。
「セシアと一緒に皆を、住民を避難させるんだ。戦えない人が、老人や子供も居る。頼む」
まるで今生の別れのように言い聞かせた後、返答も待たずに走り出していく。次第に結束し始めている光景を通り過ぎ、悲鳴響く方向へと。
その背に、止めようと手が伸ばされた。その細く白い手は何も掴めなかった。
【3】
降り立った銀龍は焔を零しながら、眼下で蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ惑う人々の姿を眺める。そうした姿が鬱陶しいのか、形相を歪ませながら巨腕を振るった。
周辺の建物よりもはるかに巨大なそれの下、逃げ惑う姿が幾つか。涙を浮かべて助けを請うたとしても、必死の面で逃げたとしても、もう居なくなった。
建物は瓦礫に、その場は平坦に窪む。その後には赤く染められ、元が何なのかは言うまでなく。
それはさも当たり前に、不条理であれどごく自然と。眼前で曝された人々は更に恐怖に囚われ、形振り構わず、我一番と逃げ惑う。目の当たりにした者の一人であるトレイドは間に合わなかった事を悔い、音を鳴らすほど歯噛みながらまだ生き残っている人の下へ急ぐ。
攻撃から辛くも生き延びても瓦礫に下敷きになりそうになった者に飛び掛かる。顔から倒れ込んで怪我を負ってしまうも命辛々に救出して。
顔のみならず、身体の至る場所に痛みを負った両者、その内の救出された者が即座に立ち上がった。
「いきなり何をするんだッ!こんな時に何を考えてやがるッ!?」
「落ち着いて外に逃げろッ!」
次から次へと発生する異常事態、その中で焦るなと言うのは無理な話。危機を救ってくれた者を突き飛ばし、生きる事に躍起になって何処かへ逃げ行く彼。その心中を察するトレイドは怒るよりも避難を呼び掛け、次の誰かに呼び掛ける為に残骸の海を突き進んでいく。
絶えず破壊音が響き、唸り声の恐ろしい音が響く中、住民達は誰もが混乱し、まともな判断を下せずにいる。目の前の恐怖から逃れたい一心に囚われ、周囲の状況が目に映らない。九死に一生を得たところで感謝を告げる冷静さを取り戻す訳でもなく。
助けられたとしても多くが正気を失ったままに逃げ惑う。声を強く、時に衝撃を伴わせたとしても意味を為さず。それでもトレイドは命を助け、避難を促す。意図的でなくとも遠ざかっていったなら良しとし、焦り、自身を急かしながら次へ望む。
時折映る銀龍インファントヴァルム、それを討てば何もかもが苦慮に済む。だが、今付近で落とされそうになる命を放って置く事など出来ず。数人程度の救済、限が無く、絶対に救える訳でもなく、自己満足に終わるとしても彼は見捨てる事が出来なかった。目の前で襲われそうになっていれば衝動的に救って。
そうする姿に、自らの命を気遣う素振りは無く、鑑みるよりも先に他者の命を優先して。
やがて、混乱に陥った状況下で多少の変化を目の当たりにする。複数の者達が銀龍に怯え、瓦礫の影で固まって震える場面に出くわしたのだ。神経を擦り減らし、気付かれないように必死に願って。
「何をしているッ!早く外へ向かうんだッ!!」
「な、何言ってんだ!?あんなのから逃げるなんて・・・」
「四の五の言うなッ!!此処に居ればいずれ踏み潰されるだけだッ!!今は少しでも遠くに行くように専念しろッ!!」
「で、でも・・・」
恫喝じみた言葉を掛けても恐怖は降り切れるものではない。胸倉を掴み、強引に立たせたところで竦んだ足では碌に動けず。
どうやって避難させようか思案した直後であった。けたたましき音が彼方で鳴り響いた。それは銀龍が起こしたもの、煩わしいと振るった腕が薙ぎ払った際の音。既に瓦礫と成り果てた建造物は打ち抜かれ、雨のように再び城下町へ落ちていく。その欠片が彼等の付近に降り注いだのだ。
「くっ!?」
運が良いのか、彼等に直撃する事は無かった。けれど、それで確実に犠牲になった者は居ただろう。そう思うだけでトレイドは歯痒い思いを抱いた。
「なっ!?」
直後、頭上の異変に気付き、面を上げて驚きを示す。飛来してきた瓦礫が、彼等が隠れ蓑としていた倒壊寸前の瓦礫に接触したのだ。そして、それは重力の赴くままに雪崩となって降り注がんとしていた。
途端に絶叫が、悲鳴が響き渡る。動けないでいる者達は降り注ぐ恐怖を前にするしかなく。トレイドも怯み、誰かを助けようと思っても間に合わない事を悟る。そう瞬時に理解してしまった事を、恨めしく感じて。
「そんな事・・・」
歯軋りして諦め切れない彼は動く。崩れそうなそれらに狙いを定め、無意識に、されど全力で握り締めた純黒の剣を振るう。耳を痛めかねない金属音を劈かせ、拒む石畳みに切創を刻み込んだ。
「止まれェッ!!」
全力で叫び、必死に念じた。その願いに能力が答えた。
瓦礫を縫うように、幾多の黒き突起物が出現し、瞬く間に伸展して幾多の瓦礫を串刺しにした。それにより、崩壊は防がれていた。
日に照らされ、初めてそれの全貌が露わにされた。
黒き結晶体、槍の如き円錐が伸びていたる。全体に渡る多面が光を鈍く照り返し、怪しくも光を纏ってそれは在った。
「と、止まった?」
「何をしている!さっさと其処から離れろッ!!」
呆気に取られた者達にトレイドが命令する。その大声にハッとして彼等は慌ててその場から離れる。全員が全力で、残ろうとせず。
離れた直後、砕ける反響音が聞こえ、瓦礫が転がり落ちてきた。巻き込まれてしまえば重傷不可避の重き音を立て、石畳を砕いて。その後、黒い結晶体、その砕けた破片が無数に落下、煌びやかに反射しながら消えていった。
「・・・このまま、外に行け」
「わ、分かった」
鮮烈な事実を目の当たりに、生きたいと言う気持ちを実感した者達はもう立ち止まらなかった。静かな指示に従い、生きたい気持ちに正直に従って外へ走り去っていった。
遠くで崩壊の音を耳に、生き延びたいと駆けていく姿を見送るトレイド。その身には小さな疲れを抱いて。
黒い結晶体を意図して出現させた直後、身体の内から何かが消費され、抜けていった感覚を抱いた。疲労感を伴ったそれに小さく息が切れていた。
そうした感覚を確かに認識し、噛み締めながらも気持ちを切り替えていく。また誰かを救う為に。
「やっぱりお前か、大声が聞こえて来たぞ?」
疲れが感じられる、呆れを抱いた声が掛けられた。その声は繰り返し聞かされたものであり、振り返ればやはりガリードが立っていた。彼も避難誘導か救助に当たったのだろう、衣服は汚れや傷で無残に。
「生きていたか。人と人を繋ぐ架け橋の状況、或いは町の状況は分かるか?」
「ある程度はな。人と人を繋ぐ架け橋は総出で避難とあの化け物の注意を惹いている。それは他のギルドも同じ。町は見ての通りで避難も済んじゃいねぇよ」
「そうか・・・途中、魔族、彼女達を見たか?皆を集めて避難するように指示したんだが」
「・・・いや」
「・・・そうか」
この混乱した中、全てを把握する事は出来ないのは言うまでもない。だからこそ、心配が過ぎる。しかし、今は無事に逃げていると信じるしかなかった。
「んで、言うまでもないが、避難誘導を続けるよな?」
「ああ、粗方人が居なくなったら、あの龍の撃退に移る」
「・・・分かった、死ぬなよ」
「その時は・・・その時だ」
互いが互いの事を案じ、去り際は鼓舞するように軽口を叩く。危機的状況でも多少は緊張した面が和らいでいた。
しかし、別れた直後からは鬼気迫る面となって彼等は走る。逃げ惑う人々に呼び掛け、助けられる者を助けようと全力を出し、既に息絶えてしまった者には謝罪を残して。
【4】
銀龍がこのセントガルドに顕現して数分も経たない頃、トレイドと別れた魔族達は外に向けて走っていた。
幸運な事に、負傷は多少あるものの全員が揃って避難に務められ、其処に数人の近隣住民が続いていた。
「皆さん!落ち着いて外へ避難しましょう!」
困窮に瀕した状況、逃げ惑う人々に向けてアマーリアが呼び掛ける。けれど、誰も聞く耳を持つほどの余裕は無かった。かく言う彼女達もそれ以上の余裕を捻出は出来ず。
しかし、傍で逃げ惑う姿を見て、思うところが幾多に在ったのだろう、皆の表情は恐怖の色だけで彩られない。
「・・・私、此処に居る人達を助けたい、です・・・」
「本気か?」
不安げに、怯えながらクルーエが主張した。自身さえも危険な状況、その上で誰かの命を気遣う余裕などないだろう。それなのに、震える身体でそう望む。反論され、怪訝に思われても仕方ない。
「もう、見ていられません。これは、私達の村で起きた事と変わりません。皆、苦しんでいます。だから、もう・・・」
「クルーエ・・・」
状況が一変してからずっと抱えた思いなのだろう、それを吐露して悔いを抱く。その思いに否定の言葉はなかった。
改めて鑑みる彼女達。確かに類似する苦難、惨劇と言えよう。手を拱いていれば犠牲者は増えるばかり。それは受け入れられない、止めたい気持ちが沸々と湧き上がっていく。最早、否定は無く、寧ろ賛同する思いを示して。
「けどな・・・」
それでもセシアが止めようとし、寸前で長のアマーリアが足を止めた。それに誰もが続いて足を止め、息を飲んで彼女を見る。
「私が子供や戦えない者を連れて行きます。残った者で救助に当たって下さい・・・操魔術を使って、多くの人を救いましょう!」
彼女が下した命令に誰もが驚く。救えと言う指示にもだが、最も反応したのは操魔術を使えとの指令について。それを使えば立場は悪化するのは言うまでも無く、それどころか憎しみの矛先が向きかねないのだ。
「なっ!?それは使わないんじゃ・・・!」
「今使わなくて如何するのですかっ!今出来る事をしなくては、必ず後悔します!」
反論を押し退け、今出来る事を、人道に即した行いをすべきと促される。見て見ぬふり、それは必ず悔いを残すと。
その言葉を受け、セシアは切迫した様子を示す。だが、直ぐにもあくどく映る苦笑いを浮かべた。
「より多くの人を救う為に、止むを得ない、って奴だな!!ロット、リグマ!アマーリアさん達に付いていけ!」
「おう!!」
「了解した!!」
「他、操魔術が得意な奴は救助だ!絶対に傷付けるなよ。無理に運ぼうとせず、瓦礫とか退かす位で良いからな!得意じゃなくても避難誘導に使うぐらいはしてくれよ!」
決断し、若き声で指示が送られた。それが避難とは別の活路を見出し、誰もがその思いを奮起させた。悲しい現実を体験したからこその強さが示されていた。
彼女達は駆け出していく。例え、自分達を虐げてきた者達であっても、こんな理不尽に命を落として欲しくないと。自分達がそうであったように、同じように悲しむ人を減らす為に、逃げ行く波を逆らって走り出していった。
【5】
「危ないッ!!」
惨劇が拡張していくセントガルド城下町、瓦礫の海と化した其処で危機を知らせる声が響かれた。直後、逃げ惑っていた若者に誰かが勢いに任せて突き飛ばしていた。
独特のローブは魔族が着込むそれ。纏った女性が銀龍の攻撃の余波から助ける為に。手段も選べる状況でなく、受けた若者は顔から倒れ、強打して痛々しい傷を負う。けれど、彼女のお陰で九死に一生を得て。
その代わりに、彼女の背に攻撃が掠められた。銀龍の足から伸びた強堅でしかない剛爪の先端、荒くとも鋭利なそれが衣服を裂き、柔らかな肉体を軽々と裂いていったのだ。
爪の数は五つ、その内の一つなれど深く。また、掠めた程度でも凄まじい衝撃を含み、抗う事も出来ずに地面へ叩き付けられていた。
地に伏した彼女は力無く横たわり、吐血で口元を汚して気を失ってしまう。命の危機は一目瞭然であった。
「っ・・・魔族が、余計な事をするからだ!」
無様な姿を目の当たりにして助けて貰った若者はそうと認識せず、寧ろ魔族の所為で死に掛けたと判断し、悪態を吐き捨てて走り去っていく。重傷である事は間違いないと言うのに、当然の報いだと言わんばかりに。
その心に無い一部始終を見てしまったトレイド、激しき憎悪を抱いて背を睨んだ。だが、呼び止めず、つい先程保護した、泣き続ける子供を背負ったまま駆け寄る。近寄れば傷の具合は良く見え、流血を止めなければ落命しかねず。
即座にその傷にフェレストレの塗り薬を使用し、彼女が着ているローブを包帯代わりに巻き付け、早急に抱きかかえた。苦痛に歪む表情を見て、伝わる温もりは薄れゆく様に感じ、トレイドの表情は荒む。
塗り薬も止血擬きも応急処置に過ぎない。下手に時間を掛けてしまえば命を落としかねないのは明らか。
「下手に動くなッ!!外に、城下町の外に向かう事を考えるんだッ!!」
自身の事だけを考え、他者を犠牲にしてでも助かろうとする姿が見える。ただただ逃げるだけの無様な姿も、喚きながら落命する光景も。そして、抱える彼女を助けられない、聖復術を扱えない自身の苛立ちを乗せて、避難指示を怒鳴って。
その目が遠く、けれど近くに居る銀龍の、傍若無人な姿を捉える。全ての感情を、巨大なその存在に向けて。
「トレイド!生きていたのね!」
「ユウ!」
悔やむ彼の前にユウが現れる。汚れ、傷だらけの鎧姿の彼女。傍には泣きじゃくる子供を連れて。
同僚が一人生きている事に喜んだ彼女だが、抱える女性の姿に気付いて眉を顰める。度重なる死を前にし、そう判断するのは当然であった。
「彼女はまだ生きている!急げば・・・助けられる。この子も一緒に連れて行ってくれ!」
彼女は既に両手が塞がっているような状況。それでも無理矢理に女性と子供を任せる。任された彼女は驚きつつも請け負って女性を抱きかかえる。子供には裾を掴ませた。
そうした彼女が、彼女だけなくその場の誰もが轟音に怯み、痛みが治まった直後に同じ方向を睨み付けた。
巨体故に付近に映る銀龍、破壊の限りを尽くし、何かの感情を吼えて滾る。建物を、命を屠る様は柳眉逆立たせよう。そう、その存在に憎しみを篭めて誰もが睥睨を向けていた。或いは泣き腫らした目で。
「・・・それで、貴方は如何するの?」
尋ねて気付く、その面は並々ならぬ感情を宿している事に。大切な何かを護る為の決意を、自分の何かを捨ててまで行うと言った意思を。
「少しだけでも時間を稼ぐ。その為に、陽動している連中に合流する」
我慢の限界に達しようとしていた。銀龍、インファントヴァルムが居るから被害者が出る、誰かが苦しむ。なら、撃退して続く被害を阻止する事が最も望まれる。
だが、撃退は不可能と思えよう。相手は人が足元にも及ばないと震撼する存在、注意を惹く事すらも不可能だと思ってしまう。それでも打開するには決死の覚悟で臨まなければならない。そう、誰かの命を助ける為に、彼は自身の命を賭ける。それが彼の信念である為に。
「確かに、人手は多い方が良いけど・・・トレイド!?」
一概に否定は出来ず、考慮する彼女の目は既に走り出していく姿を捉える。止めようとしてもその耳には届かぬだろう、迷いのない後姿に口は噤まれて。
剣を握り締め、一心に残骸の海を駆け抜けていく彼。それでも、その目は被災者を探し求めて。
早く過ぎたるは人の思い。だが、それ以上に早いのは時。刻々と過ぎる陽に炙れて、思いはやはり重く足を鈍くさせるのだろうか。
日を跨いででも対策を考え、泥のように眠りに着いていたトレイドが静かに目を覚ます。魘されていたにも関わらず、目覚める時はごく自然に。けれど酷い眠気を残す眼で辺りを見渡して。
疲れを残した身体を無理矢理に起こし、目を擦って蒙昧に歪む視界を正す。溜息を零しつつ、武装し、傍らに捨てるように乱雑に置いていた上着を羽織つ。その最中でもまだ定まらない脳を働かせ、数時間前に考えていた案を思い出そうと躍起になる。
それは彼自身も拙いと感じ、現実にしても到底目標を達成するには程遠いものであっても。
「・・・奇抜な提案を捻り出す阿呆にでも、聞いてみるか・・・」
夜の空気で冷えた上着の冷たさを肌で感じつつ思案する。ウェストバッグを腰に装着し、最後に剣を手にして窓に近付く。既に他の者は居らず、部屋の中を何の遠慮も無く歩いて。
隙間がある窓から外の様子を確認する。外は既に朝、陽が上がって照らされた路地が見える。新たな住民となった魔族の女性達の姿もまた。
それから見上げる。透き通る青空が映り、何時もと変わらない一日が始まったと認識する。
遠くを眺めるような表情で建物を後にしていく。外に出た直後、予期せぬ体験を、未だ経験した事のない体験をする事となる。それは彼だけでなく、その町に住む者達全員が共通して。
朝早くのセントガルド城下町、其処に設けられた人と人を繋ぐ架け橋の施設にて、ガリードは目覚めていた。大欠伸を浮かべ、身体を掻きながら自室のベッドから降りる彼、最早習慣である武装を行う。その後に外へと向かう。
朝故と、人気の無さで嫌に沈黙した廊下を渡って一階へ向かう。その際に今日の予定を考えていた。
『今日は如何すっかな?魔族の処は今日は行かなくて良いし・・・だったら、天の加護と導きにでも行くか?んでもその前に仕事がねぇか聞かねぇと・・・』
思案しつつ、差し掛かった階段を下りていく。すると玄関前の広場に立つ数人と目が合った。
「よう、ガリード。今日も魔族の所に行くのか?」
「いや、天の加護と導きに行こうかなって思ってるんスよ。でも、その前に仕事がねぇか、聞こうかなって思ってとこっす」
「今日は目ぼしいそれはねぇな」
「そうなんスね。じゃあ、天の加護と導きに行ってきますわ」
「お前も好きだな。シャオもそうだが、子供達の世話がよ」
「アドゥセさんも来るっスか?あいつ等、凄げぇ容赦ねぇけど、楽しいっスよ?」
「遠慮しとくよ、子供は苦手だ」
「それは残念っスね」
誰とでも仲良くなれる彼、すっかりと多くの同僚と顔馴染みとなり、今日も和気藹々と会話する。愉快に笑みを零しながら階段を下る。その最中であった。
「ん?何だ?」
小さな、聞き慣れないものを耳にしたガリードは首を傾げた。ドクン、と何かを打つ音。妙な温もりを感じ、生きる上では不可欠のそれは、しかし聞き慣れたように。それは心音のようで。
「おおっ!?」
次の瞬間、世界が、視界に映る全てが膨らみ、萎む、まるで鼓動を刻んだように震えた。
その異常に声を上げたのも束の間、次の段に至ろうとした足は見事に踏み外してしまう。
「あだだだっ!?」
がくんと身体が急降下する感覚の直後、敢え無く階段を転がり落ちていった。強烈な痛みが繊細に伝えられ、伴う衝撃が腕、胴体、足に額と全身隈なく打ち付けられた。
「痛~っ・・・んん!?」
激痛に苦しむ彼はふと気付く、揺れている事に。自身ではなく、地面が揺れていたのだ。それは間違いなく、だと言うのに建物の軋む音は一切しない。まるで自分だけが揺さぶられているかのよう。当人はそれに気付けるほどの余裕はなく。
「地震っ!?急だな、おいっ!!」
唐突の激震に困惑する彼は地面に身体を預けるしかなく、抵抗の様に感想を述べる。その目は辛うじて同様に転倒して地面を転がる同僚を捉えた。
「全員、伏せたまま動くなよ!気を失う前に、高い所から降りとけよ!!」
誰かの警告の声が響き渡る。次第に震度が厳しくなる中、その場に居る者を余さず耳に届かせる。ガリード以外の者は経験済みと言うのか、警告も待たずに激震する地面に身体を預けて。
「えっ!?如何言う事っスか!?何か知って・・・」
「四の五の言わずに、従・・・」
揺れは急激に強さを増す。立つ事はおろか、態勢維持すらも出来ないほどの激動へと。思考がままならなくなるほどの凄まじき地震、建物が倒壊しかねないほどに。
強さはまさに加速度に。誰もが転がされる衝撃と痛みしか感じ取れず、その耳は外か、それとも体内から響く音か識別不可能の軋む音を捉えるのみ。それは建物の軋みか、打られる自身の軋みか。
それが分からぬままに、皆の意識は途絶えた。痛みではなく、糸が断ち切られるように唐突に。
激震に襲われてから程無くして、ガリード達は目覚める。強烈な痛みに呻きつつ、誰もが見渡して状況を確認する。誰よりも機敏に反応し、かなり慌てふためいたのはガリード。その中では初体験で。
「吃驚した!やっぱり地震が起こるんスね!」
痛みも忘れ、興奮する姿に少々呆れた視線が送られた。
「ああ、あんな地震は定期的に起きているんだ」
各々が身体を起こし、服を払ったり、打ち付けた身体を確認したりとする。その中で、慣れたと言った様子の言葉が届けられる。
「あんなのが度々起きてんのか!?やっぱり、この世界って凄ぇな!」
「それより、町の確認をするぞ。此処の損傷確認も兼ねてな。問題は無いとは思うが」
もう数度遭遇して耐性が付いたと言わんばかりに、手分けして事後処理に務める同僚達。誰に指示されるまでも無く、動きは敏速に。それにガリードも加わり、数人に連なって町の確認の為に外へと。
「それに、あの地震が起きると必ず世界に変化が起きるんだよ。大小問わずに、絶対にな」
「へぇ~、不思議尽くし・・・」
地震直後だと言うのに暢気な様子を振る舞うガリード。そうして一先ず町の状況を確認しようと外へ出て行く。
何かが頭上を過ぎた。巨大、あまりにも巨大な何かが地上に影を作り出して過ぎた。それは巨大な音を、巨大な翼を羽ばたかせ、地上に降り立っていく。その直下にあった何もかもを下敷きにして。
踏み砕き、潰しながら四肢を着けて降り立ったそれは身を震撼させる咆哮を放った。それは先の地震以上の衝撃を齎して。
その場は瞬く間に混乱に陥った。
【2】
「な、何が・・・!皆は!?」
生活区で魔族と共にしていたトレイドも同じように目覚める。唐突に昏倒して多少蒙昧とする思考は彼女達の安否を案ずる思いで即座に覚醒する。
飛び起きて周囲を見渡す。あの凄まじき地震であったのにも関わらず、周囲の建物は全くの問題が無かった。倒壊はおろか損傷すらも無く。ならば、屋内に居る者には問題は無いだろう。そして、外に居る者達もまた。
トレイドに続き、内外で多くの者が目覚めて困惑の声を上げる。その次は身近な者の案じたり、家具を確かめたりとして。
「・・・あんな地震が起きるなんてな」
生きている心地がしなかった、そう振り返った瞬間、突風と共に騒音が何処からか響き渡された。それよりも早く、凄まじい悪寒と恐怖に包み込まれる。それは、生存本能か。
「そ、空を見ろッ!!」
驚愕し、恐怖に囚われた大声が、声を嗄らさんばかりのそれが次に響いた。そうした声に驚きつつも誰もが視線を上に向け、信じられないものをその目にする。空気を震わせる咆哮を受けて怯んだとしても。
多くの者の視界を影で埋め尽くすほどに巨大、膨大で甚大なそれは中心近くに降り立とうとしている。その身の巨大な両翼が力強く羽ばたき、猛烈な風が吹き荒れる。建物を介そうとも身を煽り、体勢を崩すほどの風力に誰もが怯んだ。
緩やかに、だが強烈に羽ばたく音が町の空を彩る。伴う風は更に強く、箒やちょっとした木材すら吹き飛ばし、起こす主は降り立つ。追撃のようにズズンと重苦しい音が轟き、相当の重力を有している事を、離れたトレイド達を転倒させる振動が示した。
様々に起きる事態を前にする多くの者が目を奪われた。心底から込み上げる恐怖を以って、その姿を目に焼き付ける。否定しても揺るがないその巨体を、其処に居て欲しくもない存在がこの城下町に着陸した為に。
真剣であろうと拒絶しかねない、鉱石を彷彿とさせる鱗が巨躯を強固にする。その色、灰色に近く、だが光沢を帯びたそれは銀と言えようか。
やはり、注目すべきはその大きさ。建物を押し潰すに容易き太き四肢、獰猛に立たせたならば全容を捉えられず、見上げなければならず。その背には鬣の如きそれが生え、鋭利に、そして歪に伸びる。続くように、脊髄から突き出た骨を思わせる突起物を身体の末端まで並べる。末端たる尾でさえも人には及びもつかない太さであり、一薙ぎで建物を破壊して平坦にさせた。
身体の中心位置に両翼を有し、飛翔するに頷ける壮大さを誇る。広げた、血管を想像させる模様を刻んだ翼膜は恐怖を引き立たせ、倍増させようか。
長き首を動かし、獲物を探る双眸。その瞳孔、鋭く尖り、禍々しく、見定めた存在を凍て付かせる殺気を放出する。深き皺を刻んだ上顎の下、咆哮を響かせた口腔はそれだけで死を成立させかねない牙で閉ざされる。隙間から漏れ出す赤、それはほのめく火炎。それだけで他の生物とは隔絶した存在と理解させられた。
全てを見下す顔、それは一瞬蜥蜴を思わせても、決して比肩出来ない悍ましき造形を為す。神でなく、悪魔でなく、厄を知らしめる存在と言われれば納得し、睨まれたならば諦めを抱こう。
そう、その姿を見れば畏怖せずには、震撼せずには居られない。歯を鳴らし、顔色を蒼白に染め、ただ見上げるばかり。そして理解しよう、死期を。
人は災厄、そう呼ぶのだろう。その化身とも見做せようか。この時、誰もが気付けなかった。その存在が負傷している事に。
「インファント、ヴァルム!?・・・何でこんな所に居るんだッ!?」
それは灰銀を伴う焔の異名を持つ魔物。だが、化け物と肯定するしかない存在がこの城下町に突如として出現していた。
恐怖しか抱けないその存在、希少且つ滅多に目に掛かれない事を知り得るトレイドは思わず叫ぶ。その声、恐怖に囚われている為に震えて。
知り得ない、或いは知っていても誰もが見上げて立ち竦むばかり。まさに絶望に瀕し、思考は停止して。僅かの間だが停滞した状況、破り去ったのは女性の悲鳴。引き裂くような絶叫が今にも千切れそうな糸を切った。
瞬間、人々は一目散に逃げ出す。大絶叫を、金切り声の悲鳴が町中に響き渡る。竦んでいた足は生きる為の力を絞り出して動き、転びそうな体勢で散り散りに、まさに本能に従って駆ける。その本能が警鐘を、轟音にて立てる、逃げろと。それは理屈ではなく、動物的生存本能と言えた。
辺りは騒然どころか、阿鼻叫喚と言えよう。其処に冷静の言葉は介在せず、ただ生きたい、生き延びたい思いだけで誰もが祈り、駆けた。
無理も無い状況だが、魔物を前にして冷静を失うのはただただ危険なだけ。寧ろ、煽ってしまう事は承知の事実か。
出現した瞬間から興奮状態の銀龍はその豪腕を持ち上げ、逃げ惑う矮小な存在に対して振るい始める。薙ぐ、それだけでどれだけの建物が形を無くしたか、どれ程の命が奪われただろうか。ただただ、悲鳴の中にその事実は消えていった。
そうした現実を目の当たりにし、唖然と立ち尽くしていたトレイドは正気を取り戻す。寧ろ、人を喪った、自身が何もしなかった事への怒りによって。
「・・・ッ!慌てるな!!一旦落ち着いて俺の声を聞けッ!!」
即座に臨戦態勢に移りながら阿鼻叫喚の只中を、冷静を失った者達に向けて大声を絞り出す。彼もまた逃げたい気持ちがある。けれど、優先すべき事の為に、まさに命を賭けて。
「闇雲に逃げるな!!まずは息を整えて落ち着くんだ!!死にたくないなら従えッ!!」
その声は怒鳴り付けるように。事は急を要する為、魔族や人族も関係なく、渦巻く混乱を鎮める為には悠長になどして居られず。
しかし、極限状態の者達の耳には届かない。それどころか周囲が見えておらず、隣人を押し退け、子供を切り捨ててまで逃げ惑う。それは彼の近くだけでなく、町全体で起きていた。考えは一つ、それに没入、必死になり、知らぬ者が如何なろうと、足手纏いになるならば切り捨てる。例え、足を瓦礫に取られて転んだとしても、生きようともがく。誰かに踏み越えられたとしても、怒りを抱く間も無く駆け出す。
最早、此処に他者を配慮する心のゆとりなど、微塵たりとも無い。己の命惜しさに無様な姿を晒して逃げていく光景が、山の如き巨体、凶悪な形相の下、嘲りも哀れみもない睥睨に晒されて。
「ど、如何するんだよッ!?」
混乱しつつも状況を打開しようと、血の気が引いて怯えた様子のセシアが駆け寄ってくる。それに続くように魔族達、この路地に住んでいた人族も集う。生きたい為に、守りたい者の為に、逃げたい衝動を、気絶しそうな動悸を必死に抑えて指示を仰ぐ。
「如何したもこうしたも無いッ!!今は避難だ!町の外へ行けッ!!」
「外に出るって、大して変わらないだろ!?」
「壁で囲われている此処よりかはマシだ!!誘導しながら行くんだ!!」
「聞く奴なんて・・・」
「殴ってでも、引き摺ってでもするんだ!気付かれていない内に、集めるだけ集めて避難しろ!!急げッ!!」
切歯扼腕して怒鳴り散らす。今は論議の間すらも惜しい、守れる命が、生き残れる命があるならばその為に全身全霊を賭けなければならない。その思いで叱責するように指示を下す。トレイドの勢いで多少落ち着いた者達は避難する為に人を集め出す。
「ト、トレイドさんは、如何するのですか?」
数日前の出来事を思い出して脅え切ったクルーエがおずおずと尋ねてくる。助けを求めるその表情が、服を掴もうとして躊躇う仕草を前にし、トレイドは一瞬動揺するも向き合った。
「あの、龍の付近に居る人を、助けに行く・・・」
覚悟を決め、落ち着いた口調で救助をすると語る。それは本心であり、彼の望み。そんな並みの覚悟を凌駕しかねない意思を前に、クルーエは強く拒絶を示す。
「だ、駄目です!そんなことしたら、トレイドさんが・・・」
「クルーエ」
今にも泣き出しそうな面で狼狽える彼女を冷静に言い聞かせる。掛けられ、不安に満ちた顔が上げられる。
「セシアと一緒に皆を、住民を避難させるんだ。戦えない人が、老人や子供も居る。頼む」
まるで今生の別れのように言い聞かせた後、返答も待たずに走り出していく。次第に結束し始めている光景を通り過ぎ、悲鳴響く方向へと。
その背に、止めようと手が伸ばされた。その細く白い手は何も掴めなかった。
【3】
降り立った銀龍は焔を零しながら、眼下で蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ惑う人々の姿を眺める。そうした姿が鬱陶しいのか、形相を歪ませながら巨腕を振るった。
周辺の建物よりもはるかに巨大なそれの下、逃げ惑う姿が幾つか。涙を浮かべて助けを請うたとしても、必死の面で逃げたとしても、もう居なくなった。
建物は瓦礫に、その場は平坦に窪む。その後には赤く染められ、元が何なのかは言うまでなく。
それはさも当たり前に、不条理であれどごく自然と。眼前で曝された人々は更に恐怖に囚われ、形振り構わず、我一番と逃げ惑う。目の当たりにした者の一人であるトレイドは間に合わなかった事を悔い、音を鳴らすほど歯噛みながらまだ生き残っている人の下へ急ぐ。
攻撃から辛くも生き延びても瓦礫に下敷きになりそうになった者に飛び掛かる。顔から倒れ込んで怪我を負ってしまうも命辛々に救出して。
顔のみならず、身体の至る場所に痛みを負った両者、その内の救出された者が即座に立ち上がった。
「いきなり何をするんだッ!こんな時に何を考えてやがるッ!?」
「落ち着いて外に逃げろッ!」
次から次へと発生する異常事態、その中で焦るなと言うのは無理な話。危機を救ってくれた者を突き飛ばし、生きる事に躍起になって何処かへ逃げ行く彼。その心中を察するトレイドは怒るよりも避難を呼び掛け、次の誰かに呼び掛ける為に残骸の海を突き進んでいく。
絶えず破壊音が響き、唸り声の恐ろしい音が響く中、住民達は誰もが混乱し、まともな判断を下せずにいる。目の前の恐怖から逃れたい一心に囚われ、周囲の状況が目に映らない。九死に一生を得たところで感謝を告げる冷静さを取り戻す訳でもなく。
助けられたとしても多くが正気を失ったままに逃げ惑う。声を強く、時に衝撃を伴わせたとしても意味を為さず。それでもトレイドは命を助け、避難を促す。意図的でなくとも遠ざかっていったなら良しとし、焦り、自身を急かしながら次へ望む。
時折映る銀龍インファントヴァルム、それを討てば何もかもが苦慮に済む。だが、今付近で落とされそうになる命を放って置く事など出来ず。数人程度の救済、限が無く、絶対に救える訳でもなく、自己満足に終わるとしても彼は見捨てる事が出来なかった。目の前で襲われそうになっていれば衝動的に救って。
そうする姿に、自らの命を気遣う素振りは無く、鑑みるよりも先に他者の命を優先して。
やがて、混乱に陥った状況下で多少の変化を目の当たりにする。複数の者達が銀龍に怯え、瓦礫の影で固まって震える場面に出くわしたのだ。神経を擦り減らし、気付かれないように必死に願って。
「何をしているッ!早く外へ向かうんだッ!!」
「な、何言ってんだ!?あんなのから逃げるなんて・・・」
「四の五の言うなッ!!此処に居ればいずれ踏み潰されるだけだッ!!今は少しでも遠くに行くように専念しろッ!!」
「で、でも・・・」
恫喝じみた言葉を掛けても恐怖は降り切れるものではない。胸倉を掴み、強引に立たせたところで竦んだ足では碌に動けず。
どうやって避難させようか思案した直後であった。けたたましき音が彼方で鳴り響いた。それは銀龍が起こしたもの、煩わしいと振るった腕が薙ぎ払った際の音。既に瓦礫と成り果てた建造物は打ち抜かれ、雨のように再び城下町へ落ちていく。その欠片が彼等の付近に降り注いだのだ。
「くっ!?」
運が良いのか、彼等に直撃する事は無かった。けれど、それで確実に犠牲になった者は居ただろう。そう思うだけでトレイドは歯痒い思いを抱いた。
「なっ!?」
直後、頭上の異変に気付き、面を上げて驚きを示す。飛来してきた瓦礫が、彼等が隠れ蓑としていた倒壊寸前の瓦礫に接触したのだ。そして、それは重力の赴くままに雪崩となって降り注がんとしていた。
途端に絶叫が、悲鳴が響き渡る。動けないでいる者達は降り注ぐ恐怖を前にするしかなく。トレイドも怯み、誰かを助けようと思っても間に合わない事を悟る。そう瞬時に理解してしまった事を、恨めしく感じて。
「そんな事・・・」
歯軋りして諦め切れない彼は動く。崩れそうなそれらに狙いを定め、無意識に、されど全力で握り締めた純黒の剣を振るう。耳を痛めかねない金属音を劈かせ、拒む石畳みに切創を刻み込んだ。
「止まれェッ!!」
全力で叫び、必死に念じた。その願いに能力が答えた。
瓦礫を縫うように、幾多の黒き突起物が出現し、瞬く間に伸展して幾多の瓦礫を串刺しにした。それにより、崩壊は防がれていた。
日に照らされ、初めてそれの全貌が露わにされた。
黒き結晶体、槍の如き円錐が伸びていたる。全体に渡る多面が光を鈍く照り返し、怪しくも光を纏ってそれは在った。
「と、止まった?」
「何をしている!さっさと其処から離れろッ!!」
呆気に取られた者達にトレイドが命令する。その大声にハッとして彼等は慌ててその場から離れる。全員が全力で、残ろうとせず。
離れた直後、砕ける反響音が聞こえ、瓦礫が転がり落ちてきた。巻き込まれてしまえば重傷不可避の重き音を立て、石畳を砕いて。その後、黒い結晶体、その砕けた破片が無数に落下、煌びやかに反射しながら消えていった。
「・・・このまま、外に行け」
「わ、分かった」
鮮烈な事実を目の当たりに、生きたいと言う気持ちを実感した者達はもう立ち止まらなかった。静かな指示に従い、生きたい気持ちに正直に従って外へ走り去っていった。
遠くで崩壊の音を耳に、生き延びたいと駆けていく姿を見送るトレイド。その身には小さな疲れを抱いて。
黒い結晶体を意図して出現させた直後、身体の内から何かが消費され、抜けていった感覚を抱いた。疲労感を伴ったそれに小さく息が切れていた。
そうした感覚を確かに認識し、噛み締めながらも気持ちを切り替えていく。また誰かを救う為に。
「やっぱりお前か、大声が聞こえて来たぞ?」
疲れが感じられる、呆れを抱いた声が掛けられた。その声は繰り返し聞かされたものであり、振り返ればやはりガリードが立っていた。彼も避難誘導か救助に当たったのだろう、衣服は汚れや傷で無残に。
「生きていたか。人と人を繋ぐ架け橋の状況、或いは町の状況は分かるか?」
「ある程度はな。人と人を繋ぐ架け橋は総出で避難とあの化け物の注意を惹いている。それは他のギルドも同じ。町は見ての通りで避難も済んじゃいねぇよ」
「そうか・・・途中、魔族、彼女達を見たか?皆を集めて避難するように指示したんだが」
「・・・いや」
「・・・そうか」
この混乱した中、全てを把握する事は出来ないのは言うまでもない。だからこそ、心配が過ぎる。しかし、今は無事に逃げていると信じるしかなかった。
「んで、言うまでもないが、避難誘導を続けるよな?」
「ああ、粗方人が居なくなったら、あの龍の撃退に移る」
「・・・分かった、死ぬなよ」
「その時は・・・その時だ」
互いが互いの事を案じ、去り際は鼓舞するように軽口を叩く。危機的状況でも多少は緊張した面が和らいでいた。
しかし、別れた直後からは鬼気迫る面となって彼等は走る。逃げ惑う人々に呼び掛け、助けられる者を助けようと全力を出し、既に息絶えてしまった者には謝罪を残して。
【4】
銀龍がこのセントガルドに顕現して数分も経たない頃、トレイドと別れた魔族達は外に向けて走っていた。
幸運な事に、負傷は多少あるものの全員が揃って避難に務められ、其処に数人の近隣住民が続いていた。
「皆さん!落ち着いて外へ避難しましょう!」
困窮に瀕した状況、逃げ惑う人々に向けてアマーリアが呼び掛ける。けれど、誰も聞く耳を持つほどの余裕は無かった。かく言う彼女達もそれ以上の余裕を捻出は出来ず。
しかし、傍で逃げ惑う姿を見て、思うところが幾多に在ったのだろう、皆の表情は恐怖の色だけで彩られない。
「・・・私、此処に居る人達を助けたい、です・・・」
「本気か?」
不安げに、怯えながらクルーエが主張した。自身さえも危険な状況、その上で誰かの命を気遣う余裕などないだろう。それなのに、震える身体でそう望む。反論され、怪訝に思われても仕方ない。
「もう、見ていられません。これは、私達の村で起きた事と変わりません。皆、苦しんでいます。だから、もう・・・」
「クルーエ・・・」
状況が一変してからずっと抱えた思いなのだろう、それを吐露して悔いを抱く。その思いに否定の言葉はなかった。
改めて鑑みる彼女達。確かに類似する苦難、惨劇と言えよう。手を拱いていれば犠牲者は増えるばかり。それは受け入れられない、止めたい気持ちが沸々と湧き上がっていく。最早、否定は無く、寧ろ賛同する思いを示して。
「けどな・・・」
それでもセシアが止めようとし、寸前で長のアマーリアが足を止めた。それに誰もが続いて足を止め、息を飲んで彼女を見る。
「私が子供や戦えない者を連れて行きます。残った者で救助に当たって下さい・・・操魔術を使って、多くの人を救いましょう!」
彼女が下した命令に誰もが驚く。救えと言う指示にもだが、最も反応したのは操魔術を使えとの指令について。それを使えば立場は悪化するのは言うまでも無く、それどころか憎しみの矛先が向きかねないのだ。
「なっ!?それは使わないんじゃ・・・!」
「今使わなくて如何するのですかっ!今出来る事をしなくては、必ず後悔します!」
反論を押し退け、今出来る事を、人道に即した行いをすべきと促される。見て見ぬふり、それは必ず悔いを残すと。
その言葉を受け、セシアは切迫した様子を示す。だが、直ぐにもあくどく映る苦笑いを浮かべた。
「より多くの人を救う為に、止むを得ない、って奴だな!!ロット、リグマ!アマーリアさん達に付いていけ!」
「おう!!」
「了解した!!」
「他、操魔術が得意な奴は救助だ!絶対に傷付けるなよ。無理に運ぼうとせず、瓦礫とか退かす位で良いからな!得意じゃなくても避難誘導に使うぐらいはしてくれよ!」
決断し、若き声で指示が送られた。それが避難とは別の活路を見出し、誰もがその思いを奮起させた。悲しい現実を体験したからこその強さが示されていた。
彼女達は駆け出していく。例え、自分達を虐げてきた者達であっても、こんな理不尽に命を落として欲しくないと。自分達がそうであったように、同じように悲しむ人を減らす為に、逃げ行く波を逆らって走り出していった。
【5】
「危ないッ!!」
惨劇が拡張していくセントガルド城下町、瓦礫の海と化した其処で危機を知らせる声が響かれた。直後、逃げ惑っていた若者に誰かが勢いに任せて突き飛ばしていた。
独特のローブは魔族が着込むそれ。纏った女性が銀龍の攻撃の余波から助ける為に。手段も選べる状況でなく、受けた若者は顔から倒れ、強打して痛々しい傷を負う。けれど、彼女のお陰で九死に一生を得て。
その代わりに、彼女の背に攻撃が掠められた。銀龍の足から伸びた強堅でしかない剛爪の先端、荒くとも鋭利なそれが衣服を裂き、柔らかな肉体を軽々と裂いていったのだ。
爪の数は五つ、その内の一つなれど深く。また、掠めた程度でも凄まじい衝撃を含み、抗う事も出来ずに地面へ叩き付けられていた。
地に伏した彼女は力無く横たわり、吐血で口元を汚して気を失ってしまう。命の危機は一目瞭然であった。
「っ・・・魔族が、余計な事をするからだ!」
無様な姿を目の当たりにして助けて貰った若者はそうと認識せず、寧ろ魔族の所為で死に掛けたと判断し、悪態を吐き捨てて走り去っていく。重傷である事は間違いないと言うのに、当然の報いだと言わんばかりに。
その心に無い一部始終を見てしまったトレイド、激しき憎悪を抱いて背を睨んだ。だが、呼び止めず、つい先程保護した、泣き続ける子供を背負ったまま駆け寄る。近寄れば傷の具合は良く見え、流血を止めなければ落命しかねず。
即座にその傷にフェレストレの塗り薬を使用し、彼女が着ているローブを包帯代わりに巻き付け、早急に抱きかかえた。苦痛に歪む表情を見て、伝わる温もりは薄れゆく様に感じ、トレイドの表情は荒む。
塗り薬も止血擬きも応急処置に過ぎない。下手に時間を掛けてしまえば命を落としかねないのは明らか。
「下手に動くなッ!!外に、城下町の外に向かう事を考えるんだッ!!」
自身の事だけを考え、他者を犠牲にしてでも助かろうとする姿が見える。ただただ逃げるだけの無様な姿も、喚きながら落命する光景も。そして、抱える彼女を助けられない、聖復術を扱えない自身の苛立ちを乗せて、避難指示を怒鳴って。
その目が遠く、けれど近くに居る銀龍の、傍若無人な姿を捉える。全ての感情を、巨大なその存在に向けて。
「トレイド!生きていたのね!」
「ユウ!」
悔やむ彼の前にユウが現れる。汚れ、傷だらけの鎧姿の彼女。傍には泣きじゃくる子供を連れて。
同僚が一人生きている事に喜んだ彼女だが、抱える女性の姿に気付いて眉を顰める。度重なる死を前にし、そう判断するのは当然であった。
「彼女はまだ生きている!急げば・・・助けられる。この子も一緒に連れて行ってくれ!」
彼女は既に両手が塞がっているような状況。それでも無理矢理に女性と子供を任せる。任された彼女は驚きつつも請け負って女性を抱きかかえる。子供には裾を掴ませた。
そうした彼女が、彼女だけなくその場の誰もが轟音に怯み、痛みが治まった直後に同じ方向を睨み付けた。
巨体故に付近に映る銀龍、破壊の限りを尽くし、何かの感情を吼えて滾る。建物を、命を屠る様は柳眉逆立たせよう。そう、その存在に憎しみを篭めて誰もが睥睨を向けていた。或いは泣き腫らした目で。
「・・・それで、貴方は如何するの?」
尋ねて気付く、その面は並々ならぬ感情を宿している事に。大切な何かを護る為の決意を、自分の何かを捨ててまで行うと言った意思を。
「少しだけでも時間を稼ぐ。その為に、陽動している連中に合流する」
我慢の限界に達しようとしていた。銀龍、インファントヴァルムが居るから被害者が出る、誰かが苦しむ。なら、撃退して続く被害を阻止する事が最も望まれる。
だが、撃退は不可能と思えよう。相手は人が足元にも及ばないと震撼する存在、注意を惹く事すらも不可能だと思ってしまう。それでも打開するには決死の覚悟で臨まなければならない。そう、誰かの命を助ける為に、彼は自身の命を賭ける。それが彼の信念である為に。
「確かに、人手は多い方が良いけど・・・トレイド!?」
一概に否定は出来ず、考慮する彼女の目は既に走り出していく姿を捉える。止めようとしてもその耳には届かぬだろう、迷いのない後姿に口は噤まれて。
剣を握り締め、一心に残骸の海を駆け抜けていく彼。それでも、その目は被災者を探し求めて。
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その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
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【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
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主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
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「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
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勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
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