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寒く凍て付く雪、温もりに厳しさは和らいで

個々の相違、思慮の相違

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【1】

「・・・でまぁ、そう言う事なんスよ、アニエスさん。こっちに来させる事は出来ねぇんスけども、此処のガキ共と遊ばせたいと思っているんスよ。だから、連れて行きたいって思っているんですけど、良いっスかね?そうすりゃ、此処での友達が出来て、暮らし易くなると思っているっス」
 魔族ヴァレスが此処、セントガルド城下町に避難して三日目が迎えようとしていた。数日程度では状況は改善されず、あの路地では不穏な空気が漂っていた。変わらない快晴の下、天上の陽は暖かく、其処以外は穏やかな日常が過ぎていると言うのに。
 その分け隔てない光が、白く、清らかな雰囲気を醸す教会。備えられた鐘楼、先端部では美しい音色を奏でる。其処はギルド天の加護と導きセイメル・クロウリアの敷地。人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーと同じように、人助けを生業とした慈善事業を、身寄りの無い子供達を養う。その一方で怪我人の治療も請け負う。
 その為、陽気さを伝染させる子供達の声が日々響き、来訪すれば笑顔を振り撒いてくたりと癒しの空間でもある。其処に設けられた運動場で遊び回る姿は快晴を彩る太陽にも劣らず輝いていよう。それを見れば、口辺が緩ませずには居られないだろうか。
 そんな天の加護と導きセイメル・クロウリアにガリードが訪れ、責任者であるアニエスと挨拶も程々に、足を運んだ目的を語り掛けていた。それも一方的に。
「そうなのですね・・・ですが・・・」
 受けた彼女は難色を示して言葉を濁す。それは抵抗感。
 彼女の気も知らずに良い気分のガリードが提案した内容、簡潔に言えば子供達を遊ばせたいと言う事。魔族ヴァレスの子供達は自由に出られない為、此処の子供達を連れて行きたい、その許可を得る為でもあった。
 その提案には言動通りの思いもあるのだが、子供達を足掛かりに理解を深めていきたいと言う一寸した思いもあって。
 多少画策しながらも単純に子供達を遊ばせたい、新しい友達を紹介してやりたいと言う気持ちの提案を、彼女は難しい表情を浮かべ、口を噤んでしまった。それは魔族ヴァレスと言う単語が出た瞬間から態度に変化が示して。
 彼女もまた、魔族ヴァレスに対する偏見、詰まる処の遺伝子記憶ジ・メルリアに因る刷り込まれた記憶を保持し、忌避しているのだ。それに根差した法も承知しており、条件反射の如くに抵抗感を見せていた。
「如何っスかね?アニエスさん。遊び相手は増えるし、友達は増える。魔族ヴァレスがどんなのか知れるし、知る機会とも思ってるんスよ!だから・・・」
「か、考えて、おきます。あの子達も、突然魔族ヴァレスの事を話され、連れて行くと言われていも困惑するでしょう・・・事前に伝えて、子供達が決める事でもあり、これからする事も、ありますので・・・」
 それなりの理由を述べる彼女だが、第一の彼女自身が許容し切れなかった。そうして述べた理由は時間稼ぎの意味合いでしかなかった。
「そう、スか・・・」
 明らかな躊躇、何時も毅然とした態度を示す彼女が言葉を選ぶ姿に疑問を抱く。魔族ヴァレスに対しての疑心、それを察する。けれど、それには強くは踏み込まず。
「・・・んじゃ、俺はこれから用事があるんで行きますね。考えて下さいっス、アニエスさん」
 それでも彼女を、子供達を信じるように笑みを浮かべ、挨拶を残して立ち去っていく。その折り、運動場を経由する。ならば、子供達に気付かれない訳がない。
「よぉ、お前等!今日は帰るからな!ちゃんと良い子にしてろよ!」
 一番近くに居た子供の頭を撫でつつ、満面の笑みで注意と激励を掛けながら立ち去ろうとする。直後、彼の腰元へ数人が飛び掛かった。
「おうっ!?如何した?」
 予期せぬ攻撃に怯んだ彼を追い立てるように柔い拳が叩き込まれる。同時に縋り付き、乞う動きと目が向けられた。
「ねぇ、遊んでくれないの?」
「ご飯は?今日は作ってくれないの?」
「おい!飯は!?飯作れよォ!?」
「ごはん、ごはん!美味しいごはんっ!」
「遊べ、コノヤロー!」
 いい遊び相手となり、美味しい料理を作ってくれる彼、逃したくないと次々と懇願と強制させようとする声が響く。
 纏わり付く勢いは突進の如く。容赦なく彼の身体を貫き、動きを束縛させて行かせまいと必死に絡み付いていた。多少荒く、身勝手ながらも多くが彼を望んでいるのだ。少々物欲が働いているのだが、望んでいる事には変わりない。
「うぐっ!このガキ、共・・・!」
 私事があると立ち去ろうとする彼を子供達は集団で阻止する。時として、子供の集団の力は大人の力を凌駕する。完全に彼を食い止め、それ処か引き摺る程の団結力を発揮して。
「・・・はぁ、仕方ねぇか。悪いんスけど、もうちょっと居ても大丈夫ですか?アニエスさん」
 抗えず、振り解けない彼は諦めて彼女に許しを請う。受けた彼女は先の事も踏まえて困惑した様子だが、仕方ないと顔を横に振って。
「そう、ですね。仕方ありません。もう少し、宜しくお願いします」
 その了承が子供達を喜ばせ、着火剤となった。途端に子供達は活気付き、ガリードを振り回すように各々が引っ張る。その様、まるで彼で綱引きをするように。
「おいおい、そう急ぐなって!いてて」
 望まれる事は嬉しいものの、遠慮のない子供の歓迎は少々、まさに手痛く。
 その姿をアニエスは眺めながら思いに耽る。視線を下げたその面は憂鬱に、杞憂を抱き、心労に蝕まれて。抱く心配、それは何より子供達の安全であろうか。
「あ!お早うございます、ガリードさん」
 丁度運動場に通り掛かった一人の少女、アニエスと同様の服装、此処の制服と言える白を基調として青で縁取った修道服姿の少女。白い髪を揺らして近付くその面は子供らしい笑みを。
「お?ラビスか、おはよう。もうちょっとしたら昼飯作ってやるからな」
「はい、お願いします!」
 返答する面は笑顔、それも心底楽しみにして。その大歓迎される面、手痛さも付随したそれを感じながらガリードは自信満々に意気込んで。
 腕を回し、子供達に引っ張り凧にされながら遊び参加する姿を眺めながら少女は与えられた責務をこなす。
 そんな微笑ましい光景の中、災難間の問題に直面したような、顔色を悪くして悩み込む女性が一人。そう、アニエス。何時も規律正しく、冷ややかに立ち振る舞って人を律しながらも優しさを見せる。そんな彼女があからさまな反応を見せて。
「如何かしました?アニエスさん」
「えっ?ああ・・・ラビス」
 不意に声を掛けられた彼女は驚く。心配し、覗き込まれている事に気付き、気持ちを落ち着かせる。同時に迷いを定め、真剣な面持ちで視線を合わせていた。
「今から言う事、聞き逃さずに聞いて欲しいの。良いわね。」
「は、はい・・・」
 唐突に雰囲気が変わった事にラビスは戸惑い、アニエスの迫力の気圧されて言葉は詰まって。
「今日から暫くはこの敷地から出ないようにして。貴女から皆に、子供達に伝えてください」
「え?で、でも・・・」
「買い出しは私や他の大人が行いますので心配はいりません」
「でも・・・」
 戸惑い続ける少女の目が、無邪気に笑い、楽しむ、土で汚れながらも輝くほどの笑顔を浮かべる子供達を捉える。
「ど、如何して、ですか?」
 突然外出を禁じられ、他の子供達にも厳命するように指示された。それで疑問に抱くなと言うは無理であろう。普段から子供達が外出する事は滅多ない。ラビスでさえ、食材を買いに行くぐらいのもの。それすらも禁じられるとなれば、疑問を抱くのも当然。
 その思いのままの問いは、アニエスに視線を逸らさせた。影を落とし、躊躇う表情に迷いは残って。
「と、兎に角、皆には伝えてください。これからは座学を増やす事も。良いわね?」
「あ、あの・・・」
 そう言い逃れするように足早に教会へ向かっていく。その胸、魔族ヴァレスの件で他の職員と話し合う為に。
 その背に尽きない疑念を篭めた制止の声を掛けるのだが聞き届けられず、アニエスは教会に備えられた扉の一つに消えていく。その様子は恐れているようであった。
 一方的な命令を受けたラビスは呆気に取られて暫く立ち止まる。追い駆けた視線をゆっくりと運動場へ、遊び回る子供達を眺める。紛れて遊ぶガリードも同様に映し、笑顔が広がる光景を見る。
 微笑ましき景色を眺めた後、ふらりと付近に置かれたベンチへ足を運ぶ。腰掛け、少しの間眺めていた少女は、落ち着いた面で小さく息を吐く。気持ちを整えながら瞼を閉ざす。暗闇に落ち、音は静かに聞こえなくなっていった。
 一つ、暗闇に包まれた空間に液体が落ちた。水音、響くそれは悲しさを抱かせほど寡少。生じた波紋は暗闇の中で僅かな円を作って広げていく。また一つ落ち、音が鳴り響く中で波紋は広がっては消えていった。
 少女の心を落ち着かせる、透き通って美しい音色がその空間に響く。奇妙な、暗闇に落ち込む空間で全く違う音が響き始める。それは人の声、子供。男の子の声がラビスに届き始める。
『あのおばさん、一方的過ぎだろ。理由も教えないなんて、やっぱり大人は汚ぇな』
 不機嫌な生意気そうな少年の声が響く。はっきりと悪口を零し、辟易としているのは言うまでもない。
『私も・・・納得出来ない。あんな事、言われた事なかったのに。如何してなのかな?ラギア』
 少女、ラビスが返答する。水面に波紋が走り、交差するように幼い声は行き交う。
『俺に聞くなよ、おばさんに聞け。さっき何か話していただろ。その時に何かを教えられたんじゃないのか?どっちにしても、縛り付けられるのは嫌だぜ、俺は』
 ラギアと呼ばれた少年は苛立ちを明確に現して会話を続ける。何よりも束縛、行動を縛られる事に対して苛立ちを示して。
『・・・うん、そうだね。私、聞いて来るよ』
 不快さを示す少年の気持ちを酌むように、少女はそう告げる。不安を残しながらも強く。
 その後、水音が響く空間は静かに明かりに暴かれていった。
 瞼を開いたラビスは若干の眩しさに怯みながらも立ち、教会に向けて歩き出す。無論、その先に居るであろうアニエスに問い質す為に。
 白く小さな背、協会に向かって歩く姿をガリードは気付き、目で追いながら疑問を一つ。けれど、直ぐにも子供達にせっつかれて追う事は出来ず。

【2】

 教会に側面、言わば職員が使用する扉を開け、教会に踏み入る。直ぐにも聖書台と言える空間が目に入り、踏み入ったラビスは怯んで立ち止まってしまった。
 少女の先、清らかで神々しき光が射し込む其処にアニエスを含めた大人達が集い、その全員の視線が注がれたのだ。総じて、不安と決意で強張った面。何かしらの事態が起きたのだと直ぐに察しようか。
 それを前にラビスは躊躇いがちにでも踏み出す。寸分無く並ぶ礼拝席を横切り、大人達の傍に立つ。その視線はアニエスに。
「あの・・・如何言う事か、教えてください!」
 大人達が醸す重苦しい場で声を張り上げる。それは静まり返った教会内に強く響き渡った。
 抗議、事の理由を尋ねる為に運んだ足は少し震えて。
「何を、かしら?」
 それにアニエスは邪険に扱わず、誤魔化すように主旨を尋ね返した。それには他の女性職員達は難しい顔で見守る。
「如何して、外に出てはいけないのですか?今まで、そんな事は無かったのに、如何して急に出てはいけなくなったのですか?」
 意を決し、納得出来ない指示の理由を問う。それを受け、薄々はこうなると分かっていた様子のアニエスは他の女性に視線を向ける。首を振ったり、溜息を零したりと、各々が諦めた様子を示す。それを受け、彼女はもう一度ラビスを見て、小さく溜息を吐いた。
 少女は不安を示しながらも真剣な面持ちで見上げる。腑に落ちない指示、それに対する当然の不服を前に、有耶無耶に煙に巻く言葉は出来ない。中途半端な嘘は効果がないと理解し、事情を話して理解して貰う、その判断が下っていた。けれども躊躇いながら。
「・・・貴女やあの子達は知っているのか分からないけど、魔族ヴァレスと言う種族が居るの。私達は人族ヒュトゥムと呼ばれているわ。それで、私達は魔族ヴァレスと関わる事を禁じられているの。法律で定められていて、関わると罪になってしまうの。それに、何をされるのか・・・だから、敷地の外に出て欲しくないの。怪我を、危険な目に遭ってからじゃ遅いから・・・分かって貰えるかしら?」
 抱えた不安と恐怖を、真実に混ぜながら伝える。確かに、言葉通りに罪に触れたくない想いが大きい。けれど、遺伝子記憶ジ・メルリアの影響が強く表れている事も事実。
 それを受け、ラビスは多少納得するのだが直ぐには受け入れる事は出来なかった。罪に触れたくない、その思いの端に私情が挟まっている事に勘付いていた為に。
「如何して駄目なんですか?魔族ヴァレス、その人達は悪い人達なんですか?それなのに、セントガルドに居るのですか?如何して、関わったら捕まるのですか?」
「それは・・・」
 納得出来ない想いを質問にして返され、アニエスは困窮して表情を曇らせる。そもそもの理由は分からず、彼女自身も魔族ヴァレスと関わった事がない。ただ、その危機感だけで避けてきた。故に、質問を投げられても答える事は出来ず。
「と、兎も角、関わりを避ける為に外へ出てはいけません。何かがあっては遅いのですから」
 明確な根拠は示す事は出来ない。全ては彼女自身の恐怖からくるもの。遺伝子記憶ジ・メルリアと聞きかじった噂程度の知識、先入観からの指示。根拠が伴わなければ納得などさせられる訳も無く。
「ラギアも言っています。如何して出てはいけないのですか?その人達が悪い人じゃないのなら、会っても大丈夫ではないんですか?誰かを傷付けるのなら、セントガルドに入れさせてもらえませんよね?・・・如何して、何ですか?」
 ラギアの主張も乗せて抗議する。その主張は至極真っ当な正論であり、大人達は言葉を詰まらせた。覆す事が困難なそれに死線を泳がせる。けれど、アニエスだけは首を振り、主張を耳にしなかった。
「いいから、出てはいけません!これは、何より貴女や皆を想って・・・」
「ですから、何で駄目なんですか!?如何して、会っていけないのですか!悪くない人達なのに、どうして駄目なのですか!私も、ラギアも、納得出来ません!」
「納得出来なくて結構です!私達は、何より貴女達の事を思っての決断ですから!」
 互いの主張に折り合いは無く、故に気持ちは高ぶって声を荒げてしまう。結果、場の空気を損なうばかり、悪い方向へ転がるばかり。
 子供だからと全ては容認出来ず、大人の言う事だからと納得させようとする。その様を、周囲の女性達は気を揉んで眺める。流石に誰かが止めようとした時であった。 
 その場に誰かが割り込んだのだ。近付いた事も悟られず、けれどその存在感は強く。その者は不快感、憤りを露わにして間に立つ。正対したのはアニエス。
「・・・如何言う事っスか?魔族ヴァレスが居るから、外に出るなって、如何言う事なんスか?」
 顔に怒りを、憤りを宿して問う彼はガリード。昼食を作るに当たり、使用して良い食材を聞きに来た際にこの現場に居合わせてしまったのだ。そして、内容を耳にした彼は根強い差別意識を知り、怒り心頭で間に割り込んでみせた。
 そうした彼はアニエスに疑惑の視線を向ける。向けられた彼女は迷いを顔に映し、顔をやや背けて。
「・・・アニエスさん、俺、言ったスよね?事情も説明したと筈ですよね?なのに、それは酷くないっスか!?何で魔族ヴァレスは駄目なんスか!?」
「・・・仕方ないわ。そうする事が、当然なんだから」
 躊躇はしてもそれを当たり前と語る。そこに本心が見え隠れする。良心の呵責、或いは彼女自身も間違っていると気付いているのか、苦しく悲しい面を俯かせる。
「当然って・・・そんな訳ねぇよ!此処はそんな場所じゃねぇっスよね!?人を助ける場所、だったっスよね!?なのに、助けず、追い出すような事をする必要なんて、ねぇ筈だ!」
 思わず感情的になり、声を荒げてしまう。あの凄惨な光景を目の当たりにしてしまった、実際に言葉を交わし合った彼だからこその感情であった。
「・・・魔族ヴァレスは危険、それは誰しもが知っている事。止むを得ない事情で此処に来ても、それは変わらないわ。だから、関わらない事が得策なの」
 彼女の主張は変わらない。事情を加味しても、それでも本質を知る事を避ける。知らないからこそ、知る事を恐れるのだろう。
「アニエスさん。俺、魔族ヴァレスと、彼女達と話したし、飯も一緒に食いました。全然、危険とか、そんなの感じなかったっス。俺等と同じ、・・・人間・・なんスよ?なのに、なんでそんなに拒んじまうんスか?」
「それは・・・」
 人、その単語を出されて思いは揺れる。彼女とて、此処に居る全員が躊躇いが無い訳ではない。良心の呵責が無い訳ではない。けれど、過ぎってしまう。記憶、法、忌避感を。
「知ろうとしねぇままに怖いとか、誰かが批判するから駄目とか、そんなんで誰かの扱いを決め付けんのは如何なんスか?それを、此処に居るあいつらに胸を張って言えるんスか?間違いを、間違いのまま教えんのは良いんですか?」
「で、でも、それじゃあ、私達が知っている知識は・・・」
「それが何だってんだよ!俺達が知らない記憶、そんなのに振り回されて良いのか!?そんな根も葉もねぇものよりも、実際に知り合って、話し合って、関わってから初めて理解するってもんじゃねぇのか!?こんな、始めっから相手を否定して、迫害するだけの権利が、一緒の場所から来た俺達にあるのかって言いたいんだッ!!」
 誰かの反論を受け、とうとうガリードは怒りを露わにしてしまう。けれど、その迫力が、本心を篭めた怒鳴り声が彼女達に胸中に響いた。
 苦しい表情で黙り込む中、間に挟まれたように居心地の悪さを抱いていたラビスが面を上げた。不安ながらも巡らせた思いを主張する為に。
「私、会ってみたいです!」
 その発言は全ての者の視線を集める。気の弱い顔立ちだが、その時だけは強気に、大人びて見えるほどに引き締めた面を見せる。その少女にアニエスは数歩近寄る。
「・・・如何して、ですか?」
魔族ヴァレスの事は良く、分かりせんが、困っているのですよね?なら、助けたいです!」
 純真にそう思っての発言だと、逸らさぬ視線と力強い声色が語る。それにアニエスは小さな衝撃を受けていた。
 驚いたような表情を治め、周囲に立つ同僚達を見渡す。それぞれに似たような反応を示し、先程までの意志は見られない。それが総意に繋がっていた。
 ゆっくりと膝を曲げて彼女は視線を同じにする。その面は先程の険しさはなく、諦めを滲ませた穏やかなものとされる。
「・・・そう、ね。人を、助ける事はこのギルドの方針、それに当然の事。ごめんなさい、ラビス。貴女に言った事は撤回するわ。本当はガリードさんに一度魔族ヴァレスの子供達と遊ぶ事を提案されていたの。もし、皆が良いのなら、日程を決めて会いに行きましょう」
 その提案に誰も否定する言葉を掛けず、そうした光景をガリードが一番に喜んでいた。
 自分達よりも幼い者が奮起している。打算や企みもなく、純粋な善意としてそう語る。それは自分達が掲げている思想と合致する。そうした子の姿勢を前に、彼女達も変化も臨むようになっていた。己が思考を恥じ、幻滅されない姿を示す為に。
「えっ!?そうだったんですか!?直ぐに聞いてきます!」
 アニエス達が思いを改め、漸く得心したラビスは大賛成と態度で示し、即座に振り返って駆け出す。普段なら呼び止められる動作で瞬く間に外へと飛び出して。
『良かったね、ラギア!今まで通りに暮らせるし、もしかしたら新しい友達が出来るかもね!』
『喜ぶ事か?友達云々は良いとして、これが普通だぞ?大人って、面倒だな』
 そう心中で話しながら弾んだ足音を鳴らして少女は教会を後にする。その背を見送る大人達。複雑でも少しスッキリとした表情を浮かべて。
「アニエスさんの反応がちょっと悪いかな~、って思ってたスけど、その理由が分かったし、結局俺の提案も賛成してくれて良かったっス!」
 ともあれ、改善の一歩を踏み締められたとガリードは満足げにする。その彼に顔を向ける彼女はまだ不安を残して。
「・・・貴方には悪いけれど、まだ躊躇っているの」
「何でなんスか?もしかして、まだ魔族ヴァレスの事、悪く思っているんスか?」
「私や此処に居る者は、何も無闇に人を貶し、陥れるような事はしたくありません。ですが、子供達は別です」
「別?」
 言葉を途切れさせる。重く閉ざした唇の彼女は揺れる。言い難い、言い辛い、言いたくない。迷いは顔に見られながらも彼女は語る。
「・・・関われば、迫害されるかも知れません。私達の事よりも、子供達が白い目で、もしかすれば暴言を掛けられるかも知れません」
「そんな事は・・・」
 否定しかけた言葉が途中で止められる。断言出来なかった。先日に魔族ヴァレスが襲撃された事は記憶に新しく、故に言葉に出来ず。
「・・・人は、時に無情になり切れる。容赦なく悪意を見せるでしょう。そうなればあの子達が傷付いてしまう。幾ら、例の子供達が優しく良い子でも、魔族ヴァレスの人達が本当は誠実な人でも、今迄積み重ねてきた常識が拒みます。そう、皆が、それを当たり前と考えていますから。ですから・・・」
 結局は子供達に批難が向けられないように、敢えて憎まれ役に成ってでも強制させようとした。子供を想っての考えは否定出来ない。けれど、更に拒絶を生じさせなかったのも事実。
 そうした判断を下そうとしたアニエスの気持ちを多少は汲み取れたガリード。それでも全てを納得する事は出来なかった。
「・・・まぁ、どっちにしたって、決めるのはガキ共で、俺達は間違った事を教えないようにして、正すのが役割じゃねぇんスか?何もかも決めて縛り付けるより、少しはガキ共を信じてやらねぇといけないんじゃないんスか?」
「・・・ええ」
 まだ人生の半分すらも生きていない彼、無知の部分は多いだろう。人として成熟には至っていない。それでも、人として大事な部分を朧気でも理解し、その考えを口にしていた。その思考はアニエスを納得させるに、強く、芯の通ったもので。
「そうやって判断させるのも成長、で良いっスよね?それに、アニエスさん達と一緒に暮らしていたガキ共は、そんな薄情って言うか、誰かを傷付ける奴等なんスか?」
 信じているからと自信満々な彼。寧ろ笑って見せる。少し挑発じみた先導だが、アニエスを、彼女達の沈んだ気持ちを奮い立たせるには充分であった。
「・・・そうですね。普段から人を傷付ける事はしないように言い付けています。なので、その点は大丈夫でしょう」
「そうっスよね!じゃ、俺、飯作るんで」
 そう言い残して不安を消した彼は教会を後にする。その背を眺める大人達。その胸、不安は完全には消えていなかった。まだ犇めていると言える。だが、未だに魔族ヴァレスを否定するような気持ちは薄れ、子供達を、信じようと思い直していた。

 後日、生活区の路地に元気な声が響いていた。既に暮らす子供達の羨ましい視線の先、何の抵抗感を示さない天の加護と導きセイメル・クロウリアの孤児達と魔族ヴァレスの子供達が遊んでいた。
 その光景、大人達は言葉を交えながら眺める。その姿はぎこちないのだが、それでも歩み寄る姿勢が大いに見られた。そして、最後の方では抵抗感は消え去り、また連れてくる口約束まで交わすほどになっていた。
 色が染み込むように、ではなく、少しずつ水溜まりが広がるように。静々と和は広がる、音が響くように。明るさは輝きを増して、杞憂など微塵とも思わせない。其処に人である違いなどない。変わりない、人の明るさが存在するだけなのだ。
 けれど・・・

【3】

「いい加減にしろ。彼女達が危害を加える事は無い。なのに、お前達は如何してそんな真似に出られる?自分達の行動を顧みたら如何だ?」
「知った事か!魔族ヴァレスの存在は許されないと言うのに、何かを主張出来る立場だと思っているか!さっさと出て行け!」
 ほぼ連日のように、集団が恐喝じみた抗議をする為に足を運んできた。抗議と言うより、排除をする為であろう。武器を所持し、強硬手段も行えると主張して。
 こうした者達は相手の都合など一切聞き入れず、相手の事を知ろうとせず、実害を受けずにただ決められた常識や偏見だけで魔族ヴァレスを迫害してきた。そして、質が悪い事に女子供ばかりだと知ればその態度は更に悪質になって。
 そうなれば幾らトレイドが抑止として間に立とうと、ギルドの名を出して阻止しようと聞く耳を持とうとしない。己が行為が正しい、何も間違っていないと述べるように好き勝手に振る舞うのだ。それでも何とか追い払う事は成功して。
 数日経とうと法と秩序ルガー・デ・メギルの者が常駐しなかった。そうした事実がこうした行為を助長してしまうのだろうか。けれど、騒ぎが大きくなれば流石に法と秩序ルガー・デ・メギルが出張ってくる。そうなれば、驚くほどすんなりと引き下がっていく。
 そうした身勝手さが、彼女達を平気で傷付け、気持ちを踏み躙る。そして、魔族ヴァレスを護るトレイドの神経を擦り減らしていった。
 そして、今日も法と秩序ルガー・デ・メギルの人間が駆け付けた事に拠り、慈悲の欠片を見せない連中は立ち去っていく。その姿を、物足りないと言った様子で立ち去る姿を、彼女達は怯えた表情で、トレイドには憎しみを以って見送るしかなかった。
 連中が見えなくなった後、法と秩序ルガー・デ・メギルの者、若い彼は魔族ヴァレス達を、トレイドを見て、辟易とした態度を示す。
「毎日のように、面倒を起こすな。諦めて、此処から消えたら済むだろ。俺達に迷惑を掛けるな」
「何だと?」
 関わりたくない思いを、煩わせるなと言う気持ちを大いに示し、反論を待たずに立ち去る。唾を吐き捨てて逃げ去るその背に怒りが大いに示されて。
「・・・くそっ」 
 挑発されて気分を荒めても、トレイドは呑み込んで我慢するしかなかった。今、魔族ヴァレスの立場を危ぶませる訳にはいかないと、耐えるしかないと。
 そうした毎日は彼を少しずつ追い詰めた。同僚と励まし合ったとしても、魔族ヴァレス達に礼を言われ、謝られたとしても、それは単なる遅延でしかなかった。日々のストレスに加え、改善しない事への不満と進歩しない葛藤が徐々に彼の心を蝕みつつあった。
 それは表面にも現れ出す。簡単には他人に弱みを見せず、鬱憤を晴らす事は無く、ただ清々として佇む彼。その面から笑顔が薄れつつあった。それは親友なら気付き、指摘して気晴らしになる何かをしただろう。だが、最近は顔を合わせる事が無い為に気付かれず。
 だが、数人は薄々とだが流石に勘付き始めていた。それでも指摘する事を憚っていた。何より、彼に恩義を感じる為に。だからこそ、踏み込もうとする者が一人居た。それを決行したのは、静かになった夜の事であった。

 昼間の喧騒は何処へか、その路地に訪れるのは風の音が聞こえるほどの静寂と暗闇であった。生活音は在り、数ヶ所からは蝋燭や篝火の光が見える。だと言うのに、静かで暗かった。それは、其処に立つ者の心境も作用しての事だろう。
 トレイドは一人、夜に落ちた路地に立っていた。とある一件に凭れ、ただ黙して周囲を警戒する。そう、警備をする為に。加えて、一人になりたい為に。
 夜風が、静けさが彼に落ち着きと安らぎを齎していた。だとしても、浮かぶ月を眺める面、平静に見えても憤りは隠し切れずに。
 思うのは人の身勝手さ、理不尽をそうと思わない無遠慮さに対する怒り。何故、ここまで同じ人に対して非情に成れるのか。理由は分かっていても、理解は出来ずに募るばかり。
 何度溜息を零しただろうか、数えてすらいないそれを夜に融かす。それに気持ちを篭めようとしても治まる訳も無く。
「・・・誰だ」
 不意に小さな物音を耳にし、咄嗟に身構える。剣を構えて誰かを牽制する。抱き続けた不快感、怒りに因り、闇に佇む誰かに向けた面は殺気が滲んで。
「あ、あの・・・クルーエ、です」
「!そうか・・・悪い」
 現れた彼女は怯えながら慌てて名前を告げる。その声を受けてトレイドは直ぐに剣を降ろし、怖がらせた事を謝る。警戒が過ぎたと詫びて。
「いえ、驚かせたのは私ですから・・・」
 彼女も謝った後、沈黙が流された。微妙な空気が流れる中、二人は視線を逸らしたまま立ち尽くす。けれど、そのままでは埒が明かないとトレイドが口を開く。
「・・・俺に、何か用があったのか?」
 努めて平静に語り掛ける。それでも表情は如何なっているのか。少なくとも通常通りとは行かず。
「用、と言う程ではないのですが、その・・・お礼をしたくて・・・」
 その日、彼女は危険に陥っていた。押し寄せた連中に連れ去られそうになった。他にも数人が連れ去られそうになっていた。そこをトレイドを始めとして、人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの者が阻止した形であった。その礼を言う為でもあった。
「それは・・・気にしなくても良い・・・」
 助けた事への礼を素直に受け止めない彼。それよりもあの理不尽な行為に対しての憤りを、一瞬たりとも歩み寄りを見せない頭の固さに怒りを抱く。まだ数日、けれどその間でも僅かな改善も出来ない事を歯痒く感じて。
「でも、トレイドさんは、皆さんが居てくれたから、私達はこうして・・・」
「ただ、連れて来ただけだ!」
 彼女の言葉が慰めに聞こえ、感情が昂る。思わず、怒鳴り声を出してしまう。それに彼女は怯み、次が言えなくなる。
「此処に連れてきて、俺は何も出来ていない!それどころか、苦しめるばかりだ!他人を思い遣れない、知ろうとしない、ただ弱い立場の者を虐げる事しか考えていない連中が居る場所に連れて来ただけだ!どんなに説明しても、理解を求めても、聞く耳を持つ事も・・・取り付く島もない奴等に!愚直に根拠の無い法に従う連中の好きにさせている!」
 零れ出す不安と悔い。焦燥感が混じったそれを零す彼の表情は悲痛に歪む。魔族ヴァレス達を傷付けている事に対して責任を感じ、自身を許せずに責めて。
「俺が間に立った所で何の役にも立っていない。ただただ、皆を苦しめている結果を作っているだけだ。根本的な解決も出来ず、問題を募らせるばかりだ!結局、俺は・・・」
「トレイドさん、そんな事はありません」
「っ!・・・クルーエ」
 感情を昂らせ、自身の決断を悔いる手を彼女は優しく触れる。その行為が大いに驚かせるのだが、その御蔭で冷静さを取り戻す。
「間違いなく、トレイドさんは私達を、魔族ヴァレスを助けてくれました。トレイドさんが私達を信じて動いてくれたから、今の私達が居ます。皆、感謝しています」
「・・・だが、連れて来ただけだ。君達を、苦しめ続けている事には変わらない。それに、俺の、勝手な望みで連れて来たのも同然だ。だから・・・」
「そんな事、ありません。トレイドさんや、人と人を繋ぐ架け橋ラファーの皆さんが選択肢を出してくれて、私達が選びました。もう、トレイドさんだけの責任ではありません。ですから、気に為さらないで下さい」
 一人責任を感じ、苦しまないで欲しい、苦しむ必要がないと包む手に力が篭められる。そうする彼女の面は柔らかく微笑む。それが幾分かトレイドの気持ちを和らげる。けれど、早々心に蓄積した重みは消えず。
「・・・それに、今は仕方ないと、思っています」
「仕方、無い?」
「はい。皆、戸惑っているのだと思います。私達が来て、とても」
 確かに戸惑う、混乱しよう。接触を禁じられ、接触すれば捕まり、発見すれば捕縛されるような者がすぐ傍に来て、暮らし始めたならば。
「・・・それは、分かるが、それでも君達を・・・」
「人は、簡単に変われませんよね?昨日、正しかった事が、今日になって急に間違っているって言われても、受け入れられませんよね?」
「・・・そうだな」
「だから、時間が必要なんだと思います。私達を知り、受け止めてもらう為の時間が・・・」
 夜空を眺め、穏やかな表情で語る彼女。相手を憎まず、理解し合う為の時間が必要と語る。それは悠長とも言えた。或いは、魔族ヴァレスの者達はこうした気質なのだろう。だからこそ、今日に至っても報復に出る事が無かったのかも知れない。
 それでも、その時間があるのかが疑わしいのだ。今は許されていても何時、法と秩序ルガー・デ・メギルが痺れを切らして強硬手段に出るのか分からない。若しくは、人族ヒュトゥムが結託して排除しようとする運動が起きないとも言えない。悠長には構えられないのだ。
 だが、そうした思いがトレイドの焦り、憤りを紛らわせた。怒りを抱いてばかりの彼には信じる気持ちが揺らいだ事も原因だろう。
 初心を思い出しながらもう一度見上げた夜空。一部ではあるが星が瞬いている。その輝きは先程までは見えなかった。感情に視界が鈍ったとでも言うのか、雲も無く、変わらない輝きを放っていたと言うのに。
「・・・ありがとう、クルーエ」
「こちらこそ、ありがとうございます」
 二人、夜の路地に立ち、身体を建物に預けながら空を見上げる。最上とは言えなくとも、美しい星空が二人の目に映っていた。

 焦りは禁物、暢気に構えられないと分かって居てもそれは重要だ。第一に視界が曇り、思考がままならなくなる時がある。そんな時こそ冷静となり、物事を捉える、視野を広げる事が大切。それを噛み締めるように夜を明かしていく。
 後日、彼の友人が天の導きと加護セイメル・クロウリアの子供達を連れてきて、多少なりともそうした思いが報われようとしていた。
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