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寒く凍て付く雪、温もりに厳しさは和らいで

悲しく、だからこそ手を取り合って

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【1】

 雪地に密やかに朝が訪れる。寂々と、その地そのものがまだ目覚めていないかのように。
 夜間に急激に冷やされた外気はただ立つだけでも身が震えよう。口から漏れ出た僅かな息ですら白くなり、囲む景色はただただ白く。
 ひっそりと覗かせる朝日、敷き詰められた曇天を透過し切れず、位置だけがぼんやりと読み取れるほど。徐々に光が差し、明けていく光景を、トレイドは静かに眺めていた。
 人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの者達は二交代で夜間の警戒に当たった。先に眠らせて貰った彼を含めて数人が警戒に当たり、残りの者は寝静まる。そんお睡眠時間は共に短く、仮眠程度にしかならない上、傍に悲劇を持ち込んだ人物が居る。新たな敵、若しくは魔物モンスターが現れる事も懸念して神経を尖らせる。それ故に、数人の表情には疲労が濃く刻まれていた。
 腕を組んで立ち尽くし、周囲をただ黙して見渡すトレイド。その面は険しく、静寂を保っているものの、その内心では憤りと不安が渦巻いていた。憤りは言うまでもなく、不安は更なる悲劇への杞憂。そして、今後。
 明け行く空を眺め、様々な思いを巡らせた彼が帰結したのは魔族ヴァレスの今後について。一人悶々と考えた所で行き着く先は同じだとしても。
「・・・よう、お疲れ」
「もう、起きたのか」
 大層寝不足そうな面で起き出し、言葉を掛けてきたのはガリード。肉体的で言えば問題なくとも、精神的疲労が大きい事は察するに易く。
 冷え切った外気が眠気を多少抑え、目を擦りながら周囲を見渡す。多くの焚火が燃え尽きようとし、夜通しで警戒していた者が焚いたそれしか灯っていない。それも消え掛けていた。
「・・・何も、無かったな」
「そうだな・・・」
 それ以降の異変は無かった。喜ばしく、そして虚しく感じた。
「・・・アレ・・、起きたのか?」
「・・・いや、気絶したまんまだな。生きているのによ、全然起きやしねぇ。如何なってんだ?」
「さぁな・・・」
 状態を聞くだけで腸が煮え繰り返る思いに囚われるトレイド。ちらりと視線を向けた先、用心の為にと数人に取り囲まれて雁字搦めのまま横たわる少年が映る。
 その姿は昨夜と変わらない。負傷したまま。確かに生きている。だが、気絶と言うよりまるで昏倒したかのように意識が無かった。その事を疑問に思えど、今はそれを詮索する余裕はない。
「・・・これから、如何するんだ?」
 明けてゆく空を眺め、大きく欠伸を浮かべたガリードが問う。それにトレイドの面が険しくなった。
「・・・さんざん考えては、いるがな・・・」
「だよな、考えるよな・・・でも、良い案が浮かばねぇんだよな・・・」
 誰かの将来、それを考える事に重責を感じる二人。関わった以上、中途半端は許されず、自身も許さないだろう。だからこそ考える。夜中、警戒する最中で思考を、就寝する時間を削ってでも考えた。けれど、知識の少なさ故なのか、ほぼ徹夜の疲労感に妨げられた為か、妙案は浮かばなかった。
「・・・俺達で考えても仕方ねぇし、フーさん達と一緒に考えるしかねぇよな」
「そう、だな・・・」
 胸に鬩ぐ葛藤、煩悶とした思いを吐露しながら明け行く周囲を眺める。次第に起き出す物音が聞こえ始めて。
 残り続ける悩みを胸に、二人はゆっくりと動き出す。朝食の準備を、そして出発する為に。居場所を失った事実から少しでも忘れさせる為に、新しき場所を求める為に、現実に向き合っていく為に。

【2】

 朝を迎えた雪道、暴風雪巻き起こる山道を複数の馬車が通過していく。それを曳くレイホースは身を激しく震わせ、白い息を激しく漏らしながら進む。毛布が掛けられているものの意味を為していないと、凍えた様子が示して。
 それらの運転席にはそれぞれ厚手に着込んだ者が座り、嫌がるレイホースを繰る。その馬車達を先導するのはトレイド。斥候の意味も兼ねての先導であり、馬車の中で待機する者達は何時でも戦闘に繰り出せるように構えて。
 彼等はこの雪山地帯を降っていた。雪の向こう、優しき降雨が降り続く地に向けて。
「・・・本当に、これで良かったのか?」
 馬車の中、狭き空間の中は人で犇めき合う。守るべき、戦えない者達を運転席側に集め、出口側に人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーが集う。その内のフーが口を開く。対象は目の前のセシアに向けて。
「・・・どの道、あの状態で住み続けられないしな・・・」
 話し合った結果、投棄し、別の安全な場所に移動すると言う事となった。向かう先は一先ずローレル、ユウが待機する其処へと。
 それは魔族ヴァレスにとって危険とも言える決断。けれど、住む場所は崩壊し、確保していた食料はない。復旧するにも圧倒的に人手は足りず、そうせざるを得なかった。
 それを承知していながらも問い掛けていた。覚悟を問う意味合いではない、ただ後悔していないかどうかを問う為に。するしかないと言うのに。
「・・・そうか、まぁ、そう・・・だわな」
 了承するしないの話ではない。生き残る為には、危険を承知で受け入れなければならない時もある。そこには人族ヒュトゥムに、正しくは人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの者に対する多少の信頼が生まれ始めた事が影響しての事か。
 俯いた面、思い詰めた顔から思い出す。話が聞こえていた皆の横顔を見て思い出す。嘗て住んでいた場所、思い出が詰まった場所を立ち去る際の表情を。受け入れざる現実、それに打ち拉がれて崩れ落ちそうなほど悲しき面を。
 それ以降の言葉はなかった。外から聞こえる音が静寂を齎す事は無く、ただその地を抜ける事を願っていた。
 悲しみが生まれてしまった、悲しみだけが残った地を過ぎ、更なる苦境に立たされる事を憂いながら馬車は進む。せめて、これ以上苦しまない事を願って。
 けれど、傷心した彼等の気持ちに攻め立てるように、邪魔な存在が一団の前に立ち塞がる。魔物モンスターの襲撃、生きる為とは言え、神経を逆撫でするように出現したとしか思えないタイミングであり、発見したトレイドは激しい苛立ちを抱いて対処した。
 登山時とは異なる、活発的な襲撃。弱った人を狙っての襲撃なのか、そう言う習性があるのか、知る由もない。だが、隣人や家族を奪われた悲しみに暮れる魔族ヴァレスを追い詰めんとする獣達に対し、トレイドの咆哮が響いた。怒号、それは人のものとは思えなかったと言う。
 その戦いの結果は言うまでもない。護衛や戦闘員として待機していた者達が出張る事無く、数体ほどの白き獣はトレイドに拠って薙ぎ払われていた。
 赤い溜まり、返り討ちにして作り上げた屍を置き去りにし、彼等はその地帯を抜けていく。荒れ狂う降雪の地帯、荒ぶ風が小さく胸の奥に鳴り響き続けた。

【3】

 暫く苦しませてきた暴風雪は唐突に止む。突然の解放感に続き、湿気と細かな感触から先頭を歩いていたトレイドは察する。沼地地帯に到着したと。
 温もりを纏う空気とささやかな小雨に出迎えられ、皆は取り敢えず外へと出て身体を解す。冷気から解放され、それだけでも温もりを感じ、少しは安心して。それを顕著に抱いたのはレイホースなのだろう。
 程無くして馬車に再び乗り込み、先ずの目的地であるローレルへ向かう。雪を濡らし、融かし、共に伝い落ちていくような切なき感情を纏って泥濘を進む。雨の音が、とても心地良く響く。肌を濡らし、衣服が張り付く感触は鬱陶しく感じても、今は何よりも安らかに感じた。
 その地帯では魔物モンスターに遭遇する事は無く、緩やかな行路を経て無事にローレルに到着を果たす。近付くに連れ、数名が警戒心を強めて町の全景を眺めていたのは言うまでもない。
 その頃になれば、世界は夕闇に融かされていた。沈む、曇天の夕焼け時は他の地帯以上に早く暗闇に飲まれていた。それは好都合と誰かが思ったに違いない。
 町の外で一旦レイホースは止められ、人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの者達が集う。
「先ずは一段落なんだわ。でも、気は抜くなよ、理由は言うまでもねーわな」
 フーが釘を刺す。気を緩ませる者はその場には居らず。
「俺はこれからユウさんを探して状況を説明してくるわな。お前等は一先ず宿屋に行って全員が泊まれるよう交渉してきてくれ。最悪、泊まれなかった時は馬車の中で眠れるようにする手配もな」
 指示を送り、皆が頷いた事を確認して彼は足早に町へ入って行く。
「んじゃ、俺はこいつを引き渡してくる」
「・・・ああ、頼む」
 そうガリードが乱雑に例の少年を担いで告げる。了承するトレイドの眉間に皺が寄せられて。
 結局、少年は一日以上経過したにも関わらず、目を覚まさなかった。生きている事は行う呼吸で確認済み。けれど、何故起きないのかは分からない。だが、看病する気にも、その義理も無かった。
 早々に受け渡す為にガリードは走り去る。その後姿を眺め、トレイド達も宿屋に向けて歩き出すのであった。果たして貸してくれるのか、それを不安に思いながら。

 薄暗い町中を走り、ローレルに構えられた法と秩序ルガー・デ・メギルの支所に到着したガリード。その手は夜間の訪問と言う配慮もせず、正面の扉を開いた。
「誰か居るっスか~!?」
 顔を覗かせながら訪ねる。室内は蝋燭が点てられ、誰かが居る事は確実。しかし、入って直ぐの部屋には誰も居らず。
「如何した?陽気に尋ねて・・・如何したんだ!?」
 奥から男性職員が顔を出す。来客であるガリードを見て、驚いた彼は駆け寄ってくる。顔が潰された者を担いでいれば当然であろう。
「こいつが魔族ヴァレスを殺しやがったんだ。それも大勢、な。だからぶちのめして持ってきた。牢屋にぶち込んでくれ」
 端的に事情を説明してその場に転がす。尚も少年は反応はなく、ぐったりとしたまま。
「如何したんですか?大声出して」
 奥から別の者が数人現れる。その声に反応し、最初に反応したその場で一番偉いであろう男性は難色を示す。
「いや、こいつが魔族ヴァレスを始末した奴を連れて来たんだよ」
「ああ~・・・」
 説明されて後から来た数人は納得し、とても面倒そうな表情を浮かべた。それどころか、疑問視するような面をガリードに向けて。
「御苦労な事だが、別に此処までしなくても良かったんだぞ?寧ろ手間を省いてくれたんだからな」
「そうそう、生きててもどの道魔族ヴァレスは捕まえないといけないしな」
「仕事を減らしてくれた、嬉しい限りだ」
 口々に勝手な事を述べる。さも、魔族ヴァレスが生きている事を容認しないと言った態度。魔族ヴァレス、ただそれだけで命を軽視される事にガリードの沸点は最高潮を迎えた。
「ざけてんじゃねぇぞ、手前テメェ等ッ!!」
 怒号が部屋を震わせた。唐突の大声に前にした職員達は吃驚し、驚いた面で彼を眺める。迫力に少し圧されながら。
「人を殺したんだぞ!?こいつは!!命を、理不尽に奪ったんだぞッ!?それも、弄んでだッ!!そんな奴を擁護すんのか!?認めんのか、殺人を!?手前ェ等はこいつらと同じなのかッ!?同じクズって言いてぇのかッ!?」
「・・・ふ、ふざけるな!その言動は許・・・」
「五月蠅ぇッ!!今、手前テメェ等が言った事じゃねぇか!!魔族ヴァレスを何だと思って居やがる!?同じ人間だぞ!?なのに、なんでそんなにクソみてぇな考えが出来んだッ!!」
 反論を遮り、義憤で思わず傍の机を蹴飛ばしてしまう。それを倒す事は無いが、けたたましい音が響き、彼等の二の次を塞ぐ。
人族ヒュトゥムが、魔族ヴァレスが何だってんだ!!生まれで虐げて、生きているだけで虐げて、挙句に死んで当然だぁ!?ふざけてんじゃねぇぞ!?何様の積もりだ、法と秩序メギルは!!魔族ヴァレスだって家族は居る!仲の良い奴も居る、好きな奴も、色んな奴が居る!それなのに、殺された・・・それで悲しんでんのに、それが当然だと?そいつの目の前で言えんのか!?手前テメェの知ってる奴がそうなった時、平気で言えんのかよッ!?」
「・・・魔族ヴァレスと我々は・・・」
「何時までふざけた記憶や決まり事に振り回されてんだ、ゴラァ!!自分の目で何も見れねぇのかッ!?そいつらが、実際問題、何をしたんだよッ!?言ってみろッ!!」
 種族に拘る反論を怒号で掻き消し、感情のままに詰め寄る。その迫力は年上であろうと、法を執行出来る者であろうと関係なく圧倒する。正論、現実を直視させる言葉に彼等はたじろぐばかり。
「少なくとも俺は、差別されるような事をしたのは見た事も、聞いてもねぇよ!手前テメェ等は如何なんだよ!?」
 傍に居れば胸倉を掴み、脅し掛けるように問い掛けていたであろう。それだけの圧を前に、彼等は思い詰めた面を逸らして黙る。
 それから数秒睨み付けて返答を待つのだが、無いままに過ぎる。それにガリードは更に表情を荒めて大きく息を吐き捨てた。これ以上意味がないと判断して振り返る。
「・・・とりあえず、そいつは人殺しだ。操魔術ヴァーテアスを使うから気を付けて捕縛してくれよ」
 そう言い残して立ち去っていく。再び雨が降る外に出て、扉を閉ざした直後、憎まれ口が室内から聞こえた。少年を魔族ヴァレスと見做し、貶すような言葉も聞こえて。
 所詮、人は直ぐに考えを改める事は早々に無い。それが常識として広まっているならば、法に関わっているならば尚更に。
 嫌気を含んだ溜息を吐き捨てたガリードは宿屋に向けて歩き出す。今にも叫び出したい思いを抑え、町に敷き詰められた石畳を踏み鳴らすようにして。

【4】

 ガリードが憤怒する頃、トレイド達は宿屋に到着していた。その前の通路に馬車を停め、一先ず魔族ヴァレス達には出ないよう告げ、同僚と共に臨む。
 其処は彼が以前活用した宿。利用した者としては薦め難いものの、唯一でもある其処に向かうしかなかった。そして、前にして不安は増して。
 町の復旧に合わせて改修されていた。だが、正しくは繋ぎ合わせたと表現した方が正しいだろう。何せ、隣接していた建物と合体しており、その結合部は突貫作業感が溢れ、外見が統一されていない為に。
 不安を持って室内に踏み入ってやはり拍子抜けした。内部も元の姿がそのままで、ただただ繋ぎ合わせただけであると実感した。単純に部屋数を増やす目的を果たしただけであろう。
「おう?見ねぇ顔だな。いや、前の兄ちゃんは前にも来たか」
 来客に気付いた男性店主は手にする新聞紙をばさりと落とし、漸くかと言った様子で強面を向ける。
「率直に聞く、魔族ヴァレスに抵抗はあるか?」
「お前・・・!」
 隠す気も無く、単刀直入過ぎる切り口に傍の同僚が慌てる。止める事も出来ずに苦い顔を浮かべて。
 その発言に店主は更に恐ろしい強面となって視線を合わせた。
「泊まれる金はあんのか?」
 声色は変わる。敵意のようにも感じるが、果たして。
「ああ、出す」
「なら良い」
 料金は出すと言った瞬間、彼はすんなりと受け入れた。拍子抜けするような反応を前に動揺した同僚は胸を撫で下ろして。
「抵抗感は、無いのか?」
「ああ?金を払うんなら誰だって客、それだけだ」
「・・・ありがとう」
 とても単純な事であり、さっぱりとした性格に小さく礼を告げて引き返す。外で待たせていた魔族ヴァレス達には朗報と言わんばかりに宿が取れた事を告げ、周囲の目を気にしながら入室させていく。
「何だぁ!?こんなに居やがったのか!」
 そう、立ち上がって声を上げるほどに店主は驚いて。人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの仲間を含めれば確かに大所帯。唯一とは言え、寂れた宿屋には多過ぎる人数と言えた。
 けれど、その人数が泊まれる部屋数がある。店主は上客と言わんばかりに喜んだのは言うまでもない。

 それから少し時間が経ち、珍しく人が集まった宿屋のとある一室。ノックが行われ、入室していったのはガリード。
「まぁ、元気ねぇのは仕方ねぇな・・・それで、何処まで話が進んだんスか?」
 台所を借り、夕食を振る舞った後、魔族ヴァレスの子供達とある程度遊んだ彼。好感触を掴めなかったと残念気に。
 その部屋には主要の者が集う。人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの責任者を担うユウ、彼女を支えるフーを含めて数人。最初に魔族ヴァレスと関わったトレイド、魔族ヴァレスの暫定代表としてセシアとクルーエ、最年長となってしまった妙齢の婦人が参加して。
 狭き場所に犇めき合うようになってしまったのは仕方なく。
 また、数分前、トレイドとクルーエが再開した時、ちょっとした騒動になったのはガリードは知らず。少し微妙な空気、申し訳なさそうなトレイドと目元を赤くしたクルーエに疑問を向けども、深くは考えず。
「いや、まだ始まって間もねーわな」
「そうね。最優先すべき、住む場所について意見を交わそうとしていたところよ」
「ああ、やっぱりそうなんスね。俺も考えてたんスよ。まぁ、そう言っても、二つぐらいしか考えられねぇっスけど」
 部屋に入って後ろでに扉を閉めた彼、皆の間を通ってベッドに腰掛ける。だが、座り心地が悪かったのか、直ぐにも立ち上がって傍の壁に凭れ掛かった。
「そうだな、俺も同意見だ」
「その理由は?」
 不満そうだが、手段は選べないと已む無いとするフーが問う。
「俺達は来てまだ浅い、訪れた場所も限られている。砂漠の街イデーアは行った事がないから論外だ。ローレルは無理だろうな。復旧は大分進み、建物も大分揃えられた。だが、まだ規模を拡大している途中、建物の多くはそれに携わる者や住居者で使われているだろう。宿屋を借り続けるのも限界がある。それに、知っている筈だが、魔族ヴァレスに対して強い敵意を抱く人間も居るからな、薦められない」
「・・・確かにな。加えて、此処からイデーアに向かうにも、大所帯を砂漠地帯で横断するには危険過ぎるわな。それに、あそこで大人数が収容出来るフリーの建物はねーわな。だから、無理だな」
 其処を知り得ない二人だが、その捕捉に本格的に選択肢から外れる。
「次に、フェリスだが、あそこは候補に入る。住民は温和な人間ばかりで分別がある筈だ。昔からの交流がある分、軋轢は少ないだろう。だが、建物自体が少ない。居候と言う手もあるだろうが、そればかりは受け入れられないだろうな」
「あの宿屋に泊めてもらうのは?」
「無理だ、それだけの部屋の大きさも数も無い。それに、交流があっても、受け入れるかどうかは別だ。それについては、如何だ?」
「・・・難しい、と思う。交流と言っても、物々交換に応じてくれるだけだ。住むとなったら、別だろうな」
 直接携わったセシアが難しい顔で告げる。その者が難色を示すのだ、期待は出来ないと皆は表情を暗くした。
「・・・最後にセントガルドだが、皮肉に一番の候補だと思っている。居住に関しては全くの問題がない。空き家ばかりで使用しても問題ない筈だ。そして人と人を繋ぐ架け橋ラファーの拠点がある、常駐は難しくとも日々警備する事も出来るだろう」
 警備と言う言葉に魔族ヴァレスの者達は反応を示す。それが何を意味するかは言われなくとも察して。
「ああ、そうなるわな。認めたくねーけどな。そんでもって、デケーデメリットもあるって事だわな」
「・・・ああ。魔族ヴァレスに敵意を持つ意識が全体に在り、それを扇動する法を成立した法と秩序メギルがある。十中八九、衝突するだろう。だが・・・所詮は誤解だ、弁解するにも距離を詰めなければ、歩み寄らなければ、何も始まらないからな」
 人は協力し合うべきと言う思いが篭められる。故も知らない記憶に左右されず、当たり前の事実に向き合って欲しいと言う切望もまた。
 結論はセントガルド城下町しかないと言う事。それを受け入れるには躊躇しかない。自ら危険に飛び込めと言うものに過ぎない。非難、虐げられるのを承知で踏み込むのは勇気と言うよりも無謀でしかなく。
「フェリスとセントガルドに分けんのは?」
「・・・したくないな。もしもの時、守り切れない。分散するのは、得策じゃない」
「だよな・・・」
 悩みながら出した案なのだろう、すんなりと拒否を受け入れて難しい顔で再び思案する。
「・・・このままだと、セントガルド城下町に向かう事になるかも知れないけど、貴方達はそれで良いの?」
 妙案も出ないまま手詰まりとなって静かになった間にユウがセシア、クルーエ、魔族ヴァレスの女性の三人に問い掛けた。
「・・・正直に言うと、仕方ないと言う思いしかない。住む場所もない状況、死ぬよりかはマシ、と言う気持ちがある」
 正直にセシアが胸の内を語る。背に腹は代えられないと言った様に。
「確かに不安はあります。でも、私は・・・」
 迷うクルーエはちらりとトレイドを見た後、セシアと年上の女性を見る。彼女もまた不安は抱えている。だが、トレイドと言う前例があり、今目の前で歩み寄ってくれる人達が居る。信じたいと言う思いが根付きつつあった。
「・・・そうですね。私達の一存では決められないので、皆と話し合っても宜しいでしょうか?」
「その通りですね、すみません。私達だけで一方的に話を進めて」
「構いません、皆さんには御迷惑を掛けていますので。皆さんには頭が下がる気持ちで一杯です。せめて、少しでも皆さんの御厚意に報わせて下さい」
 魔族ヴァレスの女性の提案で一旦三人は部屋を後にしていく。立ち去る際の表情は実に暗く、決めかねない迷いが濃く表れていた。

【5】

「まぁ、如何転んでも、俺達は俺達で今後の事を決めなきゃなんねーわな」
 それは人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの今後を指す。魔族ヴァレスを保護し、法と秩序ルガー・デ・メギルと真っ向から対立してしまった。ならば、発生する問題や身の振り方、所属する者への周知と伴う脱退。問題は山済みに。
「そうね。リアに連絡を取った時も、今後の事を憂いていたわ」
 民意を以って受け入れられた法に逆らうと言う事はギルドの存続にも関わろう。責任者として、ギルドの消滅が最も危惧すべき事。釘を刺すと言う事はそれだけ深刻な事態と言う事を示す。
「当分は仕事は激減するし、仲間も去るかも知れねーわな。十中八九、法と秩序メギルが出てくるだろうし、当分は忙しくなりそうだわな」
 困ったような、面倒そうな表情で語るフー。けれど、心底嫌気が差したそれには見えず。
「・・・済まない。そもそも、俺が面倒を巻き込んでしまったばかりに・・・」
 事態が窮していく一端は自分にあるとトレイドがまたもや謝る。それにフーが呆れたように反応する。
「まーだ、そんな事言ってんのかよ。もう始まった事だ、同じ事で謝ってんじゃねーわな」
「そうそう、もう始まった事だし、切り替えて行こうぜ。それに案外、なるようになるんじゃねぇのか?」
「・・・そんな気楽に言える事でもねーわな。まー、その気持ちは大事だけどな」
 比べて気楽過ぎるガリードの発言にも呆れを零すものの、その意気だと多少は肯定して。
「・・・そうだな。今は、目の前の事を、だな」
 責を感じ、自分を責めた所で意味がない。迷惑を掛けたなら、真摯に問題解決に尽力する方が最善と切り替えて。
「俺達の事もそーだが、真っ先に決めんのは住む場所、になるわな」
「そうっスね。何時までも馬車とか宿屋借りんのは無理っスからね」
「・・・彼女達を住まわせる際の建物に関してはもう見当は付いているわ。だから、その際の周辺に対する周知と経緯説明の徹底。その時には好印象を示す必要があるわ。それに魔族ヴァレスに対する偏見を少なくするには、自分達の利点を売り込むしかないわね。それか、献身的な態度を示し続けるか。少しでも敵意、誰かに害を与える事は絶対に禁止しないと」
 それだけでも最低限の問題提起であろう。だからこそ、一番懊悩するユウは誰よりも難しき面で思考を続ける。それに会議する面々は顔を険しくする。
「そうですね。ただ住まわせるだけじゃ周りに反感を買っちまうわな。対価、っったら、聞こえがわりーが、それを示さねーとなんねーわな」
「それなら、俺達の手伝いをしてもらうってのは如何っスか?」
「具体的には?」
「そりゃ、俺達がやってんだろ?家の壁を直すのを手伝ってとか、あそこからあそこまで運んでとか、色々あんだろ?そう言うのが良いんじゃねぇっスか?」
「そうだな、その通りなんだわ。地道でも、確実な事の積み重ね、それが信頼に繋がるっー事だ」
 日常の何気ない事、特別な事ではなくとも出来る事がある。それを示す事がまずは重要なのだ。
「・・・操魔術ヴァーテアスを使えばあらゆる面に置いて利点にはなる。人族ヒュトゥムが出来ない事が出来る、それは大きな助けになる。加えて、魔物モンスターを倒す事も出来るが・・・」
「今は使用自体を禁止するしかないわね。ただでさえ危険視されているのに、使い方を誤れば命を奪いかねないそれを使われたら、歩み寄り以前の話に、それこそ、反対意識に火を点ける事になるわ」
 実態は分からないが、危険視される一番の理由が操魔術ヴァーテアスだろう。聖復術キュリアティとは真逆の、壊すに重点を置かれる能力を保有しているとなれば、恐れを抱くのは当然。使い方を誤れば武器もそうだろうが、魔族ヴァレス特有と言う一点も遠因にもなろう。
「だから、彼女達には悪いが、監視の意も含めて人と人を繋ぐ架け橋ラファーの人間が常駐するようにしてほしい。法と秩序メギルにはそう説明して譲歩して貰う。納得いかないなら、誰かを派遣して見張ってもらう事も視野に入れる」
「・・・そうね。ある程度の不利な条件も受け入れないと、認めてもらえないでしょう。でも、その時は魔族ヴァレスを嫌う人が派遣されるかも知れないわよ?」
「俺が常駐する。連絡役も含めて後数人を常駐するようにして、多少は動けるようにしたい。俺が互いの牽制役、他の人間は俺を監視すると言う名目でも良い」
 それはトレイドに過度な負担を掛ける事にもなり、自分よりも他人と言う思考に心配が過ぎた。
「・・・少々弱いけど、その路線が妥当と思うわ」
「・・・大まかな流れは出来た。追々追加していくとして、どうなるかっー話なんだわ」
「・・・どの道、魔族ヴァレスの皆次第、って事っスね」
 幾ら議論を詰めた所で彼女達が如何言う判断をするか。如何転ぶとしても、良い方向に向かう事を祈って、その時を案じて待った。

【6】

 雨音が静かに響くローレルの宿屋。別の建物を活用して増設された空間、ほぼ貸し切り状態の其処の居間。魔族ヴァレスの女性達が集まっていた。
 衰弱し切り、生きる希望も持てなかったような様子はもう無い。多少足りない栄養と睡眠を経て、幾分か活力が見えて。けれど、面々に不安さは現れて。
 集められた彼女達の前に出るのはユウ、普段武装する時の朱色の鎧で身を固める。数分前にも目の前にした姿だが、涼やかに表情を鎮め、正した姿勢で鉄靴の音を響かせば凛然と映ろう。彼女もまた、重要な事を告げる為にそれ相応の態度で挑んで。
 静けさに包まれた建物内でユウは子供も含めた彼女達を眺める。その顔に最早、魔族ヴァレスに対する蟠りを感じない。
「突然、集まって貰って申し訳ありません。ですが、重要な事です。もう一度、確認する為に集まって貰いました」
 静かに切り出す。途端に場の空気は僅かに重くなった。誰もが緊張してユウを見て。
「・・・これから厳しい状況に置かれるでしょう。忌諱の視線を向けられ、時には心に無い罵倒や暴力を振るわれる恐れもあります。勿論、私を始めとする人と人を繋ぐ架け橋ラファーが護衛すると宣言します。ですが、それでも、乏しいのが現実です。それでも、セントガルドに行きますか?」
 先に話し合い、セントガルドに向かう事は伝えられている。だが、敢えて再度問うのは総意に篭めた覚悟と本心を確かめる為に。
 ユウの発言、揺ぎ無い視線を前に魔族ヴァレスの女性達は少しざわつく。けれど、それは動揺と言うより、己が気持ちの再認識の為の独り言などで出来たざわつき。直ぐにも治まる、三人が前に立つ事で。
「・・・確かに、まだ信じ切れていない部分がある。俺達に選択肢が無い事も。だから、これを選んだ。選ぶしかなかった」
 セシアが口にする。不安を露わにし、本心を語る。それもまた皆の内にあろう。短期間で全幅の信頼を寄せられない。
「・・・それでも、助けて下さいました。トレイドさんだけじゃなく、此処に居る皆さんが助けて下さいました。私達の為に、助けて下さいました」
 求めた以上の救いがあった。犠牲はあっても多くが助けられた。その事実には、その結果には信頼を置くに値して。
「・・・ですから、信じても、宜しいでしょうか?助けて、下さった皆さんを。皆さんがしてくれる事を・・・人族ヒュトゥムを、信じても、宜しいでしょうか?」
 次にクルーエが、最後にあの時話し合いに参加した女性が発言する。彼女の名はアマーリア。今回の一件で一番の年上であり、元々が纏め役紛いの事をしていた為、所謂族長に抜粋されていた。
 それ故の重責を感じてなのか、おっとりとした面持ち、雰囲気には少しどんよりとした暗さが見えて。
「・・・私が言うのも変ですが、人族ヒュトゥム全体に不信感を抱きます。現に、皆さんに不当な扱いを行い、あまつさえ見るだけで捕えようとしています。間違いなく、辛く、悲しい時間になるでしょう。それでも、セントガルドに向かう積もりですか?」
 それは最後通告とも言えた。冷たく切り離すように問う。それに皆の様子は変わらなかった。
「・・・それでも、私達は信じて、みたいのです。皆さんのように、誰かの為に優しく出来るような、人達であると」
 アマーリアは柔らかく笑む。其処に打算的な思いはない。本当にそう思い、そう信じるものであった。今回の事で歩み寄ろうとする気持ちが生まれたのか。それは単純かも知れない。けれど、彼女達には十分足り得ていたのだ。
「勿論、私達も出来る限りの事はします!」
「ああ、ただ与えられるだけだと、気分が悪い。恩返しにはならないかも知れないが、少しでも力に為りたい。だから、何でも仕事を振ってくれ」
 その気持ちは三人だけではない。後ろに立つ女性達も同じような瞳で、表情で各々に胸の内を語り出す。希望に縋る気持ちとは別に、不安を抱きながらも歩み出そうとする意思を示す。そして、それを口に出来るのは人間性の表れであろうか。
 皆の姿を前にして、ユウは少し思い出していた。クルーエを預かり、一旦別行動になってから今日までの間の事を。クルーエ、魔族ヴァレスには少なからず忌避感はあった。関わりたくないと言う思いがあった。しかし、関わってしまえばすんなりとその気持ちは消えた。
 迷惑を掛けてしまってと謝り、自身の立場を理解して謝り、不意に隣人を想って涙する。ぎこちなく会話をしても、彼女もまたぎこちなく会話する。当たり前に悩み、悲しみ、感情が振れた時には涙する。其処に何の違いはないと。根付いた誰かの記憶、其処に一致する姿は一切無かった。あるのは、ただの一人の女性が居たと。
 聞きかじった様な偏見で遠ざけた事を恥じた彼女、それからは一人の人間として接するようになっていた。それが今の、魔族ヴァレス達に何の抵抗もなく歩み寄る姿勢に繋がっていた。
「・・・決まりましたね。ちょっと遅い時間帯だけど手配してきますね、ユウさん」
「そうね、お願いするわ」
 満足気に笑むフーに対し、同じような表情のユウが指示を送る。応じた彼は気合を入れる同僚と共に外へと繰り出していく。
「方針も決まった所で改めて自己紹介をします。人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダー、通称ラファーのリア代理のユウと言います。これから言う事を充分に心に留めていてください・・・・」
 自己紹介の後、早速彼女は注意事項を伝える。皆はそれに真剣に耳を傾ける。その光景を眺め、トレイドは今後の事を憂いつつも、思い出す。もう会う事の出来ない村長、サイザの事を。
「・・・如何したのですか?」
「・・・クルーエ」
 少しの変化に気付いたのか、何時の間にか彼女が傍に立ち、様子を窺っていた。問われ、暗い顔を少し俯かせる。
「村長、サイザの事を思い出していた・・・約束していたんだ、魔族ヴァレスと、人族ヒュトゥムの橋渡しになると」
「そう、だったのですね・・・」
 もう一度、会話をしたかった。何時か、共に誤解を解き、和解して共存を実現した日を迎えたかった。しかし、もうそれは叶わない。もう、会えないのだ。幾ら思おうとも虚しくなるだけ。記憶が覚えている限り、反芻される。
 ならば、必ず実現させると悲しむ彼は思う。それが故人に捧げる弔い、助けられなかったせめてもの弔いと鎮魂に繋がると思って。そう決意を一新する、彼の目尻に涙が浮かんで。悟られぬように顔を隠して。
「・・・ありがとう、俺達を信じてくれて」
「そんな・・・私の方こそ、ありがとうございます。皆を助けてくれて・・・私の言う事を信じてくれて・・・」
 互いに悲しみ、互いに喜び合う。今目の前の光景は、確かに互いを信じた結果とも言える。それを噛み締めて、前へ望んでいた。

 現実は暖かい様で限りなく非情であろう。決意を新たにしても残酷で覆せぬ事実を突き付けられる。それは試練を与えてきているのだろう。そう考えると気が病む一方であろうか。導き出した解釈を思い込み、理由を付け、身勝手に自身を慰めてしまう。逃げる為に、その結果を選んでしまう。
 だが、残された者はその事実を一生に背負っていく、いかなければならない。逃げる、それは選ぶ事など出来ない。
 ならば、決する。信じれる誰かと共に進んでいく事を。歩みが止まっても、後ろを振り向いても、また歩き出せるように。悲しみは雨に流され、その音に気持ちを落ち着かせながら、現実に向き合っていた。

 後日、引き渡された少年は呆気無く終わりを遂げていた。獄中で衰弱死したのだ。意識を取り戻した後も言動不確かであり、不可解な行動ばかり繰り返したと言う。その最期はただ眠る様に息を引き取ったと。その原因にあの戦闘は無く。
 その情報はトレイドやガリードに伝わっていない。ましてやユウにさえも。その不気味な事実は彼等には届かず、五角の獄中内でひっそりと消えていった。
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