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寒く凍て付く雪、温もりに厳しさは和らいで
理不尽な現実、悲劇は繰り返されて 中編
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【5】
クルーエを同僚に任せたトレイドは一直線に雪山地帯、魔族の村を目指す。記憶に新しいと言え、走らせる指示に迷いはない。まるで、道程が脳に刻まれているように。
弱く降り続く小雨と言えど、レイホースに跨って疾駆させれば接触した時にそれなりの衝撃を受ける。寧ろ、少し痛く。急く気持ちが錯覚させるのか、豪雨の如く。ただ落ちるだけの雨は視界を遮るように。夜に落ちていく世界では進行も困難に。
そんな彼を手助けしたのはレイザーから貸し受けたあの光る石。光を溜め込む習性でもあるのか、それともこれにも不可思議な摂理が働くのか、その光を起点に周辺は仄かに照らされて。そうした植物が前の世界には存在している事を知る彼は然程疑問に思わず、寧ろ、有り難く思いながら活用して。
そんな彼の心中はやはり焦燥する。月明かりの無い暗き世界、そんな前方を一時も逸らさず、かなりの疲弊したレイホースを走らせる。酷使させる負い目に目を細めても、やはり人命の危機、それが彼を逸らせた。一刻でも早く、命を失わせない、無慈悲な何者かを止める、その意志の下で終始気持ちを焦らし続けていた。
必然と経過する時間の中、人は無休で、眠らないままで活動する事は困難。無論、急ぐ彼としても容易に不休のまま進む事など選べない。けれど、断行する。知った今、足を止める選択肢はその頭に無かった。
延び行く泥濘に淀む蹄鉄の音はどれほどに刻まれたであろう。実際に走ってなどいないのに、それでも心労で呼吸は切れる。必死な形相の彼は目的の場所が存在する地帯を捉える。
激変した環境、寒さを抱き込み、来訪者を凍て付かせる其処へと迷いなく駆け込んでいく。
雨から雪へ、湿気から冷気に。激しき寒暖差、濡れた身体では命の危機すら覚える其処。まさに冷酷に荒れ狂った突風が彼とレイホースに襲い掛かった。更に表情を険しくしつつも前へ急ぐ。
踏み入って直ぐにレイホースに変化が見られた。少しずつ歩む速度が落とされ、荒々しく呼吸を切らすようになる。必然的以上に体温が冷め出す。震えは隠し切れず。踏み入った時点で汗や雨で濡れていた事に拠って体温は急激に冷えたであろう。だが、それを差し引いても極度な変化であった。
トレイドは失念、いや思い出す。レイホースは寒い環境に適さない生物だと。急死するほどではなくとも十全な活動は出来ず、嫌がる素振りも見せて。けれど、今更引き返す事は出来ず、レイホースも必要とすると考え、連れて行くしかなく。
代わりに、トレイドは下馬して手綱を持って目的地を目指す。
足、脛辺りまでが積雪に沈み込む。飲み込まれたその部分は凍て付き、痛みに包み込まれる。動かす度に温まるとしても痛みは止まらず、吹き荒ぶ吹雪に全身が凍り付く様に痛みが駆ける。それを振り払うように、白い吐息を切らして。
「!誰か居るのかっ!?」
先を急ぐトレイドが暴風雪の中で人影を発見する。状況を確認しようと声を出すのだが、直ぐ気付く。人にしては大柄過ぎた為に。
「急いでいると、言うのに・・・!」
焦りと怒りが滲んだ声が漏れる。その思いのまま柄が軋むほど握り込み、レイホースを待たせて人影へ足早に接近していく。
白き景色の奥、正面から近付いてくるのは人ではなく、オーク。腰布と木片でしかない棍棒を持った過ぎた軽装。緑の肌、肥えた腹部と大柄を支えるに足る脚部と太き両腕。悪辣さが窺える醜悪な面の魔物。
直前までトレイドに気付かなかったオークだが、気付くと蛮勇を知り尽くした豚声の様な鳴き声を発した。それを受け、トレイドは更に戦意を示して。
先の声、それは彼には餌を見付けた歓喜のように聞こえた。そして、僅かだが付着した赤き血。返り血か、別の何か。それに負の感情は急激に湧き上がって。
だが、気付けなかった。オークの機微に。最初、周囲を気にする素振りをしていた事に。そして、トレイドを見て、一瞬怯み、安心を示した事に。
察するまでも無く接近する。オークもまた同じ速度で走る。敵、或いは障害物と見て。交錯した瞬間は一瞬であった。
トレイドがオークの木片の射程距離に踏み込む。即座に太き両腕が振り被り、彼を潰さんと振るう。
その挙動を視界に留めながら一気に踏み出す。オークの速度を上回る脚力で懐へ潜り込む。急激な緩急による誘導、それによる誘った隙を的確に衝き、気付かぬまま腕を振るうオークの腹部へ黒い刀身を走らせた。
何も着込まぬ素肌は拒めぬまま、容易く切断され、侵入される。多くの筋線維、臓器が分断し、瞬く間に振り抜かれ、身体が触れ合う事無く、二者は擦れ違った。
肥え、突き出た腹に深く刻まれた切創、綺麗な断面は早々に流血を噴き出す。濁流の如く、その場を汚す。その時点で激痛が脳に達し、絶叫の後、巨体は地面へ崩れ落ちた。重き身体が出す衝撃と音は積雪だけでは受け止めきれず。
追い付いて理解する危機を前にオークは痛みに苦しむばかり。苦痛に歪む顔、僅かに開く双眸が隣に立つトレイドを捉え、直後に意識は閉ざされた。
首の半分を切断したトレイドは少しだけ溜飲を下げた。自身に少し付着した血、刀身を汚すそれを除くその脳裏は魔族の皆の安否とこのオークの関連性。
村を襲った誰かと同じように襲った、或いは襲った後に来たのか。しかし、其処に答えは出ない。最悪が描かれた想像、それは彼の杞憂や悪しき思考が生んだものに過ぎない。それでも、気持ちは少しは落ち着いて。
焦る気持ちは深まり、早足で待機させたレイホースの元へ戻り、再び目的地へ急ぐ。オークの死骸をそのままに。
荒れ狂う暴風雪に懸命に抗っていれば、唐突に穏やかな傾斜した山道に変化する。深々と降る雪、積雪に彩られた銀世界。嘘のように穏やかな景色に様変わる。そうなれば、あと少し。この日は何故か雲間から月明かりが射し、少し明るく。
少しだけ元気を取り戻したレイホースを連れ、足早に穏やかな山の傾斜道を登る。静けさに包まれた銀の世界は何処か悲しみに落ち込んでいるように映った。気持ちが生んだ錯覚か、それとも直感か。それを深く考えるよりも四肢を動かし、一歩でも多く目的地に向かう。
程なくして魔族の村の全貌が確認出来る高所に到着する。激しく切れる息を整えながら、ややぼやける思考回路を落ち着かせながら見た目は、大きく見開かれた。一瞬息が止められ、治まりそうだった呼吸が乱れる。動きは静止し、立ち尽くしてしまった。
視界に映り込む景色に慈悲はなかった。広がる惨景、トレイドが少しの間滞在した当時の面影など無かった。
前方で立ち昇る、か細い黒の煙。それは、建物、否、ただの残骸から幾つも立ち昇る。それが現実である事を第一に知らしめていた。
ただか細くあった閑散とした村の中に人工物の残骸が散乱する。強力な力を以てどれもが粉々に砕かれていた。建物全てが破壊され、料理の火が原因とは思えぬ出火で大方が焼かれ、その殆どが鎮火した様。先の煙はその残滓とも言えようか。加え、それらの上を積もった雪、その存在と量が時間の経過を示した。
散らばる残骸に埋もれるように、通常の積雪ではない何かが点々とあった。それは雪に埋もれた何か。凝視し、不快な現実に陥られてしまう。
見慣れた形に映るそれは赤黒く染まる。無残にも食い荒らされ、直視する事が出来ない惨たらしい姿。もう、原形を保っていなかった。何を以ってそうしたのか、ただ理解に苦しむ有様に言葉が失われる。柔らかく積もった雪にだけが優しさを感じた。
散々たる現状に呆然と立ち尽くす。その光景を見れば、口を押さえ、惨劇に目を細めて口を振るわせよう。理解し難い現実と惨たらしい姿に吐き気を抱き、或いは絶叫を始めとして嘆き、泣こうか。
記憶が巡る。憎しみを向けた顔、批難を言葉にした唇、背けた背中、困惑する動向、驚嘆の眼差し、歩み寄る足、差し出された手、透き通る言葉、そして輝かしく浮かべられた笑顔。
トレイドの脳裏に浮かんだ、走馬灯の如き思い出。それが有った場所、思いが、歴史が、理想が、感情が、全てが映し出されていた、輝かしく煌いていた温かき白銀の雪月花の日々が、もろく、儚く、無情にも消されていた。これほどに、それほどに、惨いと言うものはないだろう。
「・・・」
言葉が出せない彼の目が残骸の物陰から現れる浅黒い物体を捉える。数体のそれ、灰色の体毛で身体を包み、数多くの黒い斑点模様が描かれる。黒く大きな耳を動かし、四肢を使って歩む。
その獣が転がっている何かに歩み寄る。それを静かに囲むと口を開いて牙を立て、貪り始めた。
死肉を喰らう気味の悪い音が小さく響く。それはトレイド達が立つ場所まで。死後が経過し、冷たくなった亡骸を食い漁るその様。吐き気を催すその光景に、皆が怖気や吐き気を感じずには居られなかった。その中でトレイドは目を見開き、睨み付けていた。後姿から分かるほど憤怒を湧き上らせ、戦慄かせていた。
手に持たれている剣が振られる。風を断ち、小さく金属音が鳴る。衝撃波の様に、発した柔らかい風、気付かぬほど小さなそれが何処かへ消えた。たったそれだけの動作で今の彼の心境が理解させられた。
その光景を目の当たりにした彼は駆け出す。こうなった現実、それを行ったであろう誰かに対する怒り、亡骸を貪る魔物の憎しみが行動理由になったのは当然。だが、それよりもまだ誰かが生きて欲しいと願い、その為に急いで。
駆けるその顔は複雑を極めていた。憎悪、激怒、哀憫。最も濃く表れたのは無慈悲な現実に対する嘆きであろうか。
接近するトレイドに気付いた魔物は即座に構えて威嚇する。それを歯牙に掛けず、彼が手にする剣は処刑人の斧の様に重く音を立てた。生きる為、決して魔物が悪と誹れないとしても、同族を想うその一心で剣を振るっていた。
其処に居た魔物の数は知れた。時間もあまり掛けずに全てを屠り、生存者を探した。その結果、其処に生きている者は居なかった。その事に腹を煮え繰り返させていた。
息絶えた魔族の遺体、その誰もが弄ばれた形跡が見られたのだ。拷問か、或いは別の意図か。人を、本当に人として見ず、ただ遊ぶだけ遊び、その末、放り捨てられていた。最早、情など欠片程無い、鬼畜と言える所業が行われていた。
「誰だッ!?誰がこんな事をッ!!」
多少でも顔に見覚えがある者達を前にし、憎悪に歪んだ顔で怒号を響かせる。悲しみを呑み込む義憤、殺意に思考は上澄みされる。
「あれ~?声がしたと思ったら、誰か居る~?」
その彼が、楽天的な若い声を耳にする。惨景を前に、そうした神経は普通ではない。即座に犯人と判断し、その方向へ振り返った。
その者は少年と言えよう。トレイドよりも若く、歳にして十四程か。襤褸を重ねたような服装で返り血で赤黒く。伸ばし放題で顔を隠すほどのやや暗い茶色の頭髪。隙間から、軽薄で楽しさに満ちた笑みが見えて。
そぐわない声、そぐわない表情。そして、微かに映る、身に纏う黒き靄。本能でトレイドはその少年が、クルーエが言っていた犯人だと理解した。
誰かを想い続ける彼の心を弄び、嘲るのは、結局、思う対象たる人になるのか。今まさに、嘆く彼を、少年は嘲笑して眺めていた。
【6】
薄ら笑みを浮かべ、雪道を奇妙な調子で進む少年。遺体を気遣わず、酷き惨景となった村を蹂躙するように歩む様にトレイドは顔を荒める。
自身より歳が若い者、浮かべた笑みは楽しさを探すようで薄気味悪く。無垢のようで、邪悪を孕んだ笑みに警戒と怒りを滾らせて。
「お兄さん、何処から来たの~?此処の人じゃないよね~?」
妙に伸ばした語尾、他者が目上であろうと、立場が異なろうと見下すような口調。馴れ馴れしいようで、関心を感じさせない態度。近付くにつれて警戒は深まる。
「・・・お前は?」
「僕?僕は僕だよ?それよりも魔族を知らない?」
「探して・・・如何する?」
笑む際の皺が溝が深くなり、トレイドの感情が深まる。剣を握り締める力、身構えた全身に力が篭る。
「皆バラバラに逃げちゃったから、仕方なく追い駆けたんだけどね、全然見付からなかったんだ。だから、一回此処に来てみたんだ。そしたら、お兄さんと出会ったんだ~」
その言動が決定的であった。この少年が、村を襲った張本人だと。理解した瞬間に義憤が沸き起こる。
「・・・貴様が、したのか?」
「うん、そうだよ?」
悪びれもせず、生活の一環だと言いたげに即答する。虚偽でも挑発でもない、己が行為に一切の疑念を持たない厚顔無慚さにトレイドの身は急激に熱くなった。
「何故、こんな事をした?・・・答えろ」
感情で声は震え、身は小さく戦慄く。あまりもの激怒が返って冷静さを齎す。けれど、僅かな衝撃で破裂しそうな不安定さ。心中、思考は一切が失せ、占めつつあるのは少年への殺意。
「え?当然の事でしょ?魔族は生きていたら駄目なんだから~」
選らんだ言葉ではない。本心、本気でそれを信じ、それを言い放った。更に怒りを煽ったのは言うまでもない。
「ふざけるな。人族や魔族は、関係ないだろう。それは貴様が決める事ではない。それに、貴様が行ったのはただの殺人、ただの殺戮だ。其処に正当性など、ありはしない」
「そう?でも魔族は生きていたら駄目なんだよ?だからね、有効的に使わせて貰ったんだ。楽しかったよ?要らないなら楽しまないと駄目からね。特に、お母さんの前で子供を破裂させた時は、すっごく楽しかった!」
楽しそうに笑う。愉快に笑う。雪と残骸、死体が広がる場所で歳相応に笑った。罪や悪と言う意識は砂粒にも無く、笑顔は無自覚な邪悪さが滲み出していた。
「・・・もういい、二度と喋るな」
ただ悦楽の為に人を、魔族を殺めたその者を許せる事は出来なかった。いや、許すどころか存在さえ許してはならないと判断した。彼の思考、殺害する事しか選択肢を弾けなかった。
「トレイド」
殺意に駆られ、二度と言の葉を紡がせまいと踏み込み、接近する寸前で制されてしまった。肩を掴まれ、完全に動きが押さえ込まれていた。たった一人に。
「誰だッ!放せッ!!・・・ガリード」
当然、怒りの矛先を変え、怒りの視線を向けながら怒号を響かせる。だが、隣に居た者が友人、ガリードであった事に気持ちが揺らぐ。その友人は先のトレイドと同じような面、憤怒の形相で少年を睨んで。
「アイツは俺に任せて、お前は皆を捜しに行け」
それは、トレイドにしてはならない一線を踏み越えさせない為の配慮であった。だが、それを了承出来る心境ではない。
「いや、先に、こいつを始末する。そうしなければ・・・!」
「いいから、行け」
「ふざけるなッ!!こんな外道を放って置けるかッ!!」
抱え込んでいた感情が張り裂ける。外道を任せて他の事をするなど、黙ってなど居られない。自分の手で行わなければ気が済まなかった。
「そいつを殺した処で誰も戻ってこねぇし、お前が人殺しになっちまうだけだ。同じに、なっても良いのか?」
「同じになる!?ふざけた事を言うなッ!!こいつと俺が・・・」
「今お前がしなきゃなんねぇ事は何だ!?こいつと殺し合ってる場合じゃねぇだろ!!魔族を助ける事だろうがッ!!そうじゃねぇのかッ!?」
激昂し、すっかり頭に血が上ったトレイドにその言葉は克明に響いた。急激に気分を落ち着かせるほどに。そして、気付く。ガリードもまた同じように怒り、それでも我慢している事を。
「俺は魔族の事は良く分からねぇ!だが、お前は違うだろ!?少しの間でも助けてもらったんだろ、仲良くなったんだろうが!!んで、如何にかしてぇって言ってただろうがッ!!」
諭され、トレイドは胸を痛める。その人間を失った事を、その事実に苦しくなる。
「それに、お前が呼ばれたんだろ!?頼りにされたんだろ!?お前なら助けてくれるって、そう思って、あの人があんなんになってでもローレルに来たんだろうが!!人と人を繋ぐ架け橋に連絡してくれって来たんだろうが!!それを忘れんなッ!!」
胸に痛烈に響く。だからこそ来た。魔族を、人を助ける為に。尚も、少年の様な非道は許せない。けれども、今は人命救助が最優先であった。
「・・・頼む」
「おう、こんな野郎はぐるぐるに締め上げてやる!だから、お前はさっさと探しに行けッ!!」
申し訳なく顔を逸らしたトレイドは走り出す。その背を叩くように送り出して。
その際、一瞬歪めた顔。無論、人を助ける事は重要。だが、此処で変わったのは自身の危惧が本気であったから。あのまま看過していれば、本当にそうなりかねない面であった為に。
けれど、踏み止まった事に小さく笑みを零して。
【7】
「ねぇ~、話、終わった~!?」
茶番は飽き飽きと言った様子で、先程まで退屈そうに待機していた少年が語り出す。その声に反応し、鋭き視線が向けられた。
「悪ぃな、待たせてよ」
「本当にそうだね~。さっきのお兄さんもそうだけど、お兄さんも魔族の味方をする積もり~?存在したらいけないの、知っているでしょ~?」
「ああ?そうだよ、味方だよ。お前よりかはずっと存在してて良い奴等だしな。あんまり知らねぇけどよ」
「?あまり知らないのだったら・・・」
「言っとくが、手前ェとうだうだ話をする気はねぇよッ!!」
言語道断と突き付けるように会話を打ち切り、大剣を引き抜いて踏み出す。雪道だろうと、鍛えた筋力に任せて強引に掻き分けて急激に距離を詰め、刀身を唸らせる強烈な一撃を繰り出す。だが、その刀身は何も捉えられず。
「危ないなぁ~」
余裕の様子の少年。ガリードの攻撃を目の前にしながら悠々と対処した。軽やかに後方へ回避した時、突如発生した風を受け、まるで凧のように宙に浮き上がった。それに拠って軽々と回避し、ふわりと着地していた。
「ああ?如何なって・・」
「邪魔するなら、人族でも許さないよ~」
不可解な動きで避けられた事に困惑するガリードに向け、少年は語尾を伸ばしながら念ずる。それは現象として出現する。
「っ!?」
僅かな間に念じた少年、敵意を含んだ声と振るう手。直後、ガリードの周囲に炎が巻き起こったのだ。燃焼する物はなく、唐突に出現したそれに激しく驚いて。
包囲するように出現した炎。不可解に燃え揺らめくそれは直下の雪や降雪を解かして水蒸気を巻き上げる。その炎は渦を巻くように中心へ、ガリードに向けて収束していく。
「っく!」
不可思議な現象を前にした彼は咄嗟に剣を積雪に突き刺し、乱雑に掘り出してその勢いのまま投げ付けた。
塊は迫り来る炎に接触すると蒸発音を立て、水蒸気となって消えゆく。熱は雪を水に、そして蒸気に返る。だが、瞬く間に蒸気にする熱も量には勝てず、鎮火に至る。
その好機を見逃さず、ガリードは作り出した空間に飛び込む。それで凌いだと思ったのも束の間、油断に繋がる。目の前には包囲網の如き燃え立つ炎が次々迫りつつあった。
「なっ!?」
予期せぬそれに怯みつつも対処に務める。けれど、間に合わなかった。次々と、二重三重に狭まる炎に挟み込まれてしまう。
「・・・熱ぁああああッ!!」
防ぐ事もない、渦巻く炎に抱き込まれたガリードは絶叫を広げる。襲い掛かる強烈な熱、瞬く間に身を焼く激痛に叫ぶしかなく。
「あ~!良い声!良い声出すね~、お兄さん!」
炎に巻かれ、積雪によっての蒸気に包まれつつある彼を見て、少年は実に楽しそうに笑って見守る。純粋に楽しむ笑みは実に淀み、歪んで見えて。
収束した炎は行き場を失うように飛び散る。閉じ込める力に限界が来たのだろうか。赤き光はまるで爆発するように四散し、立ち込めた水蒸気の中で消える。途端に寒さが流れ込み、立ち上がった水蒸気は少しの間滞留した。
「あれ~?もしかして、死んじゃった~?」
つまらないと言った様子で言葉を零す。立ち込める水蒸気の中を覗き込みながら結果を待ち侘びて。
すると、その水蒸気が巨大な何かで振り払われる。扇で扇ぐように、凄まじい力を以て振り抜かれていた。
「心配しなくても、生きてるんだよ、手前ェ!!」
怒りに任せた腕力で大剣を振るった彼、炎に巻かれたものの、所々に焼け跡や火傷を負いながらも十全に動けていた。虚を衝かれ、痛みを負わされた痛みで額に血管を浮かせて。
「お兄さん、中々強いね」
楽しそうな笑みを浮かべ、笑いながら少年が賞賛を送る。それが益々に怒りを煽って。
耳にしていたとは言え、ガリードは操魔術を初めて体験した。熾烈であった。接近は不可能とは言えなくとも、捕縛する勢いで包囲する攻撃の数。極端な強弱を織り交ぜて嬲るようなそれに性格を顕著に感じ取れて。
だからこそ、多少負傷しながらも耐え切れたのかも知れない。その上での先の発言は挑発としか取れなかった。故の表情と言えた。だが、それよりも腑に落ちない点が残り続けた。その疑問が口を動かす。
「なぁ!魔族ってのは操魔術が使えるんだよなぁ!?」
それは魔族特有の能力。使用出来る時点でほぼ確定し、爛々と見開かれた瞳には一番の特徴である十字が描かれて。
「そうだよ?火を使ったり、水を操ったり出来るね。それが如何したの?」
「じゃあ、何でお前は操魔術が使えんだよ!?」
「・・・さぁ?」
自分には無関係だと言った態度で返答する。それにガリードは不可解さに顔を歪める。
「・・・使えるって事はお前も魔族、って事だよな!?じゃあ何で、何で同じ魔族を襲うんだぁ!?お前、言ってる事とやってる事、おかしくねぇか!?」
「?僕が魔族である事が関係あるの?魔族は要らない、それだけだよ?」
「ハァ!?」
挑発の類ではなかった。己が放つ言動と行動の矛盾を矛盾として捉えられず、指摘されたところで耳を貸すどころか思考すらしない。ただ、魔族を排除すると一点を行わんとして。
その破綻した思考、理性を理解など出来る筈もない。操られる様子、或いは洗脳されている様子はない。推察出来るのは、本気でそう信じ、私情を挟まずにただ排除せんとする。強迫観念、恫喝された訳でもなく、そうする事が己の存在理由と言わんばかりに。
それでいて、対象とした者はただ遊ぶ。己が満足する遊び方で弄ぶ。理不尽な極刑、執行する際は罪を自覚させるように甚振る。それがどれ程悍ましく、どれ程邪悪な事かを理解していない様子であった。
その驚愕し、戦慄するような思考にガリードは眉を顰めた。訳の分からない回答と少年の態度を踏まえて行き着いた結論に、身震いを起こす恐怖を抱く。
だが、それで気圧されなかった。寧ろ奮起した。こんな外道を放っては置けない、義憤を交えて戦意を漲らせていた。
とは言え、圧倒的に不利な状況。近付かなければ攻撃は出来ない。そして、相手は離れた位置で自由に攻撃が出来る。現に、再び彼は炎に包囲されてしまった。
今度は火力が増し、巨大で隙間が存在しなかった。迫り来るそれ、融かす雪の勢いでどれ程の火力か読み取れる。もう相手をしたくはないと言った様に。それを前に、ガリードは前へ踏み込んだ。
単純な攻撃、雪程度ではそれは防げず、あっと言う間に囲まれる。訪れる、火傷による激痛に対してガリードはその面を強張らせた。
彼は再度炎に巻かれた。渦を巻き、周辺の雪を巻き込んだそれは瞬く間に弾け飛ぶ。同時に急激な熱によって雪は融かされ、蒸気と化す。急激に膨張したそれは周囲に霧散した。
寒き地に蒸気が立ち込める。風の無き場所にはそれが残って。その中から威勢の良い声が響き渡った。
「おい、如何した!?こんなもんかよ!これで終わりなのか!?ああっ!?」
挑発の声を響かせる。確実に火に巻かれたと言うのに、それを全く感じさせない怒りが混じった声を浴びせ掛けた。
「単純だね~。でも、そうして欲しいなら、そうするね~」
見え透いた挑発だと笑う少年だが、もっと苦しめようと念じ、追い打ちを掛ける。忽ちに燃え上がった囲む炎が彼が居る水蒸気へ別の雪も巻き込んで収束した。
繰り返された炎は積雪を水蒸気に変える。その場に定住したそれは最早濃霧。姿を隠すほどに濃く、肌に張り付くほどに濃く。ガリードを隠したそれを前に少年は薄ら笑みを浮かべた。
同時にガリードはそれを利用しようとしていた、霧に乗じて攻撃する為に。けれど、それは少年も理解しており、分かっていながらも行っていた。
少年は余裕たっぷりに近付く。返り討ちに出来ると考えての事、けれど内部からの変化を見逃さないように注意して。
「ほら~、単純だよ~!?」
分かり切っていたと悦に浸りながら念ずる少年、その前から巨大な影が接近する。霧に乗じた攻撃、浅はかと笑うように返り討ちにせんとして。
「あれ~?こっちか~」
だが寸前で攻撃を止め、回避に移る。接近してきたそれは人ではなく、巨大な幅の剣であった。乱雑に投げられたそれを辛うじて避け、直後に反対側から動く影を視認する。今度こそ返り討ちにしようとする。だが、動きが止まる。
それもまた剣であった。先の剣と比べて細いそれはガリードが腰に携えたそれ。投げられたそれはただ音を立てて落ちた。それに気取られた少年は間近で気配を感じ取る。だが遅く。
急接近してきた何かは先の大剣の影から出現していた。火傷の目立つ顔は憤怒を刻み、迎撃が間に合わぬ幼さが残る顔に向けて全力の左の拳を叩き込む。抵抗感を物ともせず、そのまま振り抜かれていた。
先の二つは誘導。視界を悪くし、二つの布石で意識を分散させる。投げたと思わせた剣の影に隠れ、腰の剣で意識を移動させる。その隙を狙い、大剣を手放して強襲すると言う筋書きであった。多少粗末で、少年の慢心があったからこそ成功していた。
小柄な身は軽く、一発の殴打だけで足は地から離れ、地面に倒れ込んだ。けれど、一発では沈まない。殴られて蒙昧としていても確かに意識を保ち、鈍った身体で立ち上がろうとする。その揺れる視界が、近付く拳を視認した。
倒れ込んだ少年の顔面に、体重、腕力、背筋、腰の捻りを篭めた一撃が叩き込まれた。全力、乾坤一擲を握り込んだそれは不快な音を立てた。砕く音、僅かな積雪に埋まった少年の顔は陥没して。
鼻が潰れ、歯は折れ、至る所からの出血する。その顔から右拳を引き上げたガリードは険しき面のまま睨み下げる。その内心、密かに焦ったのだが、生きており、気絶している事を確認して小さく安心して。
「・・・後は、縛って、と」
身を引き裂くような激情を抑えながら縄を取り出し、身動き出来ないように縛り上げていく。魔物を縛り上げる要領で行い、解けない事を確認し、一旦放置する。顔を向けるのは周囲に見える遺体達を。
白む溜息を吐き捨てながら埋葬を始めていた。急ぐ今、簡素だが丁重に弔って。深く悼んだ後、犯人を担ぎ上げて道を足早に立ち去って行った。
クルーエを同僚に任せたトレイドは一直線に雪山地帯、魔族の村を目指す。記憶に新しいと言え、走らせる指示に迷いはない。まるで、道程が脳に刻まれているように。
弱く降り続く小雨と言えど、レイホースに跨って疾駆させれば接触した時にそれなりの衝撃を受ける。寧ろ、少し痛く。急く気持ちが錯覚させるのか、豪雨の如く。ただ落ちるだけの雨は視界を遮るように。夜に落ちていく世界では進行も困難に。
そんな彼を手助けしたのはレイザーから貸し受けたあの光る石。光を溜め込む習性でもあるのか、それともこれにも不可思議な摂理が働くのか、その光を起点に周辺は仄かに照らされて。そうした植物が前の世界には存在している事を知る彼は然程疑問に思わず、寧ろ、有り難く思いながら活用して。
そんな彼の心中はやはり焦燥する。月明かりの無い暗き世界、そんな前方を一時も逸らさず、かなりの疲弊したレイホースを走らせる。酷使させる負い目に目を細めても、やはり人命の危機、それが彼を逸らせた。一刻でも早く、命を失わせない、無慈悲な何者かを止める、その意志の下で終始気持ちを焦らし続けていた。
必然と経過する時間の中、人は無休で、眠らないままで活動する事は困難。無論、急ぐ彼としても容易に不休のまま進む事など選べない。けれど、断行する。知った今、足を止める選択肢はその頭に無かった。
延び行く泥濘に淀む蹄鉄の音はどれほどに刻まれたであろう。実際に走ってなどいないのに、それでも心労で呼吸は切れる。必死な形相の彼は目的の場所が存在する地帯を捉える。
激変した環境、寒さを抱き込み、来訪者を凍て付かせる其処へと迷いなく駆け込んでいく。
雨から雪へ、湿気から冷気に。激しき寒暖差、濡れた身体では命の危機すら覚える其処。まさに冷酷に荒れ狂った突風が彼とレイホースに襲い掛かった。更に表情を険しくしつつも前へ急ぐ。
踏み入って直ぐにレイホースに変化が見られた。少しずつ歩む速度が落とされ、荒々しく呼吸を切らすようになる。必然的以上に体温が冷め出す。震えは隠し切れず。踏み入った時点で汗や雨で濡れていた事に拠って体温は急激に冷えたであろう。だが、それを差し引いても極度な変化であった。
トレイドは失念、いや思い出す。レイホースは寒い環境に適さない生物だと。急死するほどではなくとも十全な活動は出来ず、嫌がる素振りも見せて。けれど、今更引き返す事は出来ず、レイホースも必要とすると考え、連れて行くしかなく。
代わりに、トレイドは下馬して手綱を持って目的地を目指す。
足、脛辺りまでが積雪に沈み込む。飲み込まれたその部分は凍て付き、痛みに包み込まれる。動かす度に温まるとしても痛みは止まらず、吹き荒ぶ吹雪に全身が凍り付く様に痛みが駆ける。それを振り払うように、白い吐息を切らして。
「!誰か居るのかっ!?」
先を急ぐトレイドが暴風雪の中で人影を発見する。状況を確認しようと声を出すのだが、直ぐ気付く。人にしては大柄過ぎた為に。
「急いでいると、言うのに・・・!」
焦りと怒りが滲んだ声が漏れる。その思いのまま柄が軋むほど握り込み、レイホースを待たせて人影へ足早に接近していく。
白き景色の奥、正面から近付いてくるのは人ではなく、オーク。腰布と木片でしかない棍棒を持った過ぎた軽装。緑の肌、肥えた腹部と大柄を支えるに足る脚部と太き両腕。悪辣さが窺える醜悪な面の魔物。
直前までトレイドに気付かなかったオークだが、気付くと蛮勇を知り尽くした豚声の様な鳴き声を発した。それを受け、トレイドは更に戦意を示して。
先の声、それは彼には餌を見付けた歓喜のように聞こえた。そして、僅かだが付着した赤き血。返り血か、別の何か。それに負の感情は急激に湧き上がって。
だが、気付けなかった。オークの機微に。最初、周囲を気にする素振りをしていた事に。そして、トレイドを見て、一瞬怯み、安心を示した事に。
察するまでも無く接近する。オークもまた同じ速度で走る。敵、或いは障害物と見て。交錯した瞬間は一瞬であった。
トレイドがオークの木片の射程距離に踏み込む。即座に太き両腕が振り被り、彼を潰さんと振るう。
その挙動を視界に留めながら一気に踏み出す。オークの速度を上回る脚力で懐へ潜り込む。急激な緩急による誘導、それによる誘った隙を的確に衝き、気付かぬまま腕を振るうオークの腹部へ黒い刀身を走らせた。
何も着込まぬ素肌は拒めぬまま、容易く切断され、侵入される。多くの筋線維、臓器が分断し、瞬く間に振り抜かれ、身体が触れ合う事無く、二者は擦れ違った。
肥え、突き出た腹に深く刻まれた切創、綺麗な断面は早々に流血を噴き出す。濁流の如く、その場を汚す。その時点で激痛が脳に達し、絶叫の後、巨体は地面へ崩れ落ちた。重き身体が出す衝撃と音は積雪だけでは受け止めきれず。
追い付いて理解する危機を前にオークは痛みに苦しむばかり。苦痛に歪む顔、僅かに開く双眸が隣に立つトレイドを捉え、直後に意識は閉ざされた。
首の半分を切断したトレイドは少しだけ溜飲を下げた。自身に少し付着した血、刀身を汚すそれを除くその脳裏は魔族の皆の安否とこのオークの関連性。
村を襲った誰かと同じように襲った、或いは襲った後に来たのか。しかし、其処に答えは出ない。最悪が描かれた想像、それは彼の杞憂や悪しき思考が生んだものに過ぎない。それでも、気持ちは少しは落ち着いて。
焦る気持ちは深まり、早足で待機させたレイホースの元へ戻り、再び目的地へ急ぐ。オークの死骸をそのままに。
荒れ狂う暴風雪に懸命に抗っていれば、唐突に穏やかな傾斜した山道に変化する。深々と降る雪、積雪に彩られた銀世界。嘘のように穏やかな景色に様変わる。そうなれば、あと少し。この日は何故か雲間から月明かりが射し、少し明るく。
少しだけ元気を取り戻したレイホースを連れ、足早に穏やかな山の傾斜道を登る。静けさに包まれた銀の世界は何処か悲しみに落ち込んでいるように映った。気持ちが生んだ錯覚か、それとも直感か。それを深く考えるよりも四肢を動かし、一歩でも多く目的地に向かう。
程なくして魔族の村の全貌が確認出来る高所に到着する。激しく切れる息を整えながら、ややぼやける思考回路を落ち着かせながら見た目は、大きく見開かれた。一瞬息が止められ、治まりそうだった呼吸が乱れる。動きは静止し、立ち尽くしてしまった。
視界に映り込む景色に慈悲はなかった。広がる惨景、トレイドが少しの間滞在した当時の面影など無かった。
前方で立ち昇る、か細い黒の煙。それは、建物、否、ただの残骸から幾つも立ち昇る。それが現実である事を第一に知らしめていた。
ただか細くあった閑散とした村の中に人工物の残骸が散乱する。強力な力を以てどれもが粉々に砕かれていた。建物全てが破壊され、料理の火が原因とは思えぬ出火で大方が焼かれ、その殆どが鎮火した様。先の煙はその残滓とも言えようか。加え、それらの上を積もった雪、その存在と量が時間の経過を示した。
散らばる残骸に埋もれるように、通常の積雪ではない何かが点々とあった。それは雪に埋もれた何か。凝視し、不快な現実に陥られてしまう。
見慣れた形に映るそれは赤黒く染まる。無残にも食い荒らされ、直視する事が出来ない惨たらしい姿。もう、原形を保っていなかった。何を以ってそうしたのか、ただ理解に苦しむ有様に言葉が失われる。柔らかく積もった雪にだけが優しさを感じた。
散々たる現状に呆然と立ち尽くす。その光景を見れば、口を押さえ、惨劇に目を細めて口を振るわせよう。理解し難い現実と惨たらしい姿に吐き気を抱き、或いは絶叫を始めとして嘆き、泣こうか。
記憶が巡る。憎しみを向けた顔、批難を言葉にした唇、背けた背中、困惑する動向、驚嘆の眼差し、歩み寄る足、差し出された手、透き通る言葉、そして輝かしく浮かべられた笑顔。
トレイドの脳裏に浮かんだ、走馬灯の如き思い出。それが有った場所、思いが、歴史が、理想が、感情が、全てが映し出されていた、輝かしく煌いていた温かき白銀の雪月花の日々が、もろく、儚く、無情にも消されていた。これほどに、それほどに、惨いと言うものはないだろう。
「・・・」
言葉が出せない彼の目が残骸の物陰から現れる浅黒い物体を捉える。数体のそれ、灰色の体毛で身体を包み、数多くの黒い斑点模様が描かれる。黒く大きな耳を動かし、四肢を使って歩む。
その獣が転がっている何かに歩み寄る。それを静かに囲むと口を開いて牙を立て、貪り始めた。
死肉を喰らう気味の悪い音が小さく響く。それはトレイド達が立つ場所まで。死後が経過し、冷たくなった亡骸を食い漁るその様。吐き気を催すその光景に、皆が怖気や吐き気を感じずには居られなかった。その中でトレイドは目を見開き、睨み付けていた。後姿から分かるほど憤怒を湧き上らせ、戦慄かせていた。
手に持たれている剣が振られる。風を断ち、小さく金属音が鳴る。衝撃波の様に、発した柔らかい風、気付かぬほど小さなそれが何処かへ消えた。たったそれだけの動作で今の彼の心境が理解させられた。
その光景を目の当たりにした彼は駆け出す。こうなった現実、それを行ったであろう誰かに対する怒り、亡骸を貪る魔物の憎しみが行動理由になったのは当然。だが、それよりもまだ誰かが生きて欲しいと願い、その為に急いで。
駆けるその顔は複雑を極めていた。憎悪、激怒、哀憫。最も濃く表れたのは無慈悲な現実に対する嘆きであろうか。
接近するトレイドに気付いた魔物は即座に構えて威嚇する。それを歯牙に掛けず、彼が手にする剣は処刑人の斧の様に重く音を立てた。生きる為、決して魔物が悪と誹れないとしても、同族を想うその一心で剣を振るっていた。
其処に居た魔物の数は知れた。時間もあまり掛けずに全てを屠り、生存者を探した。その結果、其処に生きている者は居なかった。その事に腹を煮え繰り返させていた。
息絶えた魔族の遺体、その誰もが弄ばれた形跡が見られたのだ。拷問か、或いは別の意図か。人を、本当に人として見ず、ただ遊ぶだけ遊び、その末、放り捨てられていた。最早、情など欠片程無い、鬼畜と言える所業が行われていた。
「誰だッ!?誰がこんな事をッ!!」
多少でも顔に見覚えがある者達を前にし、憎悪に歪んだ顔で怒号を響かせる。悲しみを呑み込む義憤、殺意に思考は上澄みされる。
「あれ~?声がしたと思ったら、誰か居る~?」
その彼が、楽天的な若い声を耳にする。惨景を前に、そうした神経は普通ではない。即座に犯人と判断し、その方向へ振り返った。
その者は少年と言えよう。トレイドよりも若く、歳にして十四程か。襤褸を重ねたような服装で返り血で赤黒く。伸ばし放題で顔を隠すほどのやや暗い茶色の頭髪。隙間から、軽薄で楽しさに満ちた笑みが見えて。
そぐわない声、そぐわない表情。そして、微かに映る、身に纏う黒き靄。本能でトレイドはその少年が、クルーエが言っていた犯人だと理解した。
誰かを想い続ける彼の心を弄び、嘲るのは、結局、思う対象たる人になるのか。今まさに、嘆く彼を、少年は嘲笑して眺めていた。
【6】
薄ら笑みを浮かべ、雪道を奇妙な調子で進む少年。遺体を気遣わず、酷き惨景となった村を蹂躙するように歩む様にトレイドは顔を荒める。
自身より歳が若い者、浮かべた笑みは楽しさを探すようで薄気味悪く。無垢のようで、邪悪を孕んだ笑みに警戒と怒りを滾らせて。
「お兄さん、何処から来たの~?此処の人じゃないよね~?」
妙に伸ばした語尾、他者が目上であろうと、立場が異なろうと見下すような口調。馴れ馴れしいようで、関心を感じさせない態度。近付くにつれて警戒は深まる。
「・・・お前は?」
「僕?僕は僕だよ?それよりも魔族を知らない?」
「探して・・・如何する?」
笑む際の皺が溝が深くなり、トレイドの感情が深まる。剣を握り締める力、身構えた全身に力が篭る。
「皆バラバラに逃げちゃったから、仕方なく追い駆けたんだけどね、全然見付からなかったんだ。だから、一回此処に来てみたんだ。そしたら、お兄さんと出会ったんだ~」
その言動が決定的であった。この少年が、村を襲った張本人だと。理解した瞬間に義憤が沸き起こる。
「・・・貴様が、したのか?」
「うん、そうだよ?」
悪びれもせず、生活の一環だと言いたげに即答する。虚偽でも挑発でもない、己が行為に一切の疑念を持たない厚顔無慚さにトレイドの身は急激に熱くなった。
「何故、こんな事をした?・・・答えろ」
感情で声は震え、身は小さく戦慄く。あまりもの激怒が返って冷静さを齎す。けれど、僅かな衝撃で破裂しそうな不安定さ。心中、思考は一切が失せ、占めつつあるのは少年への殺意。
「え?当然の事でしょ?魔族は生きていたら駄目なんだから~」
選らんだ言葉ではない。本心、本気でそれを信じ、それを言い放った。更に怒りを煽ったのは言うまでもない。
「ふざけるな。人族や魔族は、関係ないだろう。それは貴様が決める事ではない。それに、貴様が行ったのはただの殺人、ただの殺戮だ。其処に正当性など、ありはしない」
「そう?でも魔族は生きていたら駄目なんだよ?だからね、有効的に使わせて貰ったんだ。楽しかったよ?要らないなら楽しまないと駄目からね。特に、お母さんの前で子供を破裂させた時は、すっごく楽しかった!」
楽しそうに笑う。愉快に笑う。雪と残骸、死体が広がる場所で歳相応に笑った。罪や悪と言う意識は砂粒にも無く、笑顔は無自覚な邪悪さが滲み出していた。
「・・・もういい、二度と喋るな」
ただ悦楽の為に人を、魔族を殺めたその者を許せる事は出来なかった。いや、許すどころか存在さえ許してはならないと判断した。彼の思考、殺害する事しか選択肢を弾けなかった。
「トレイド」
殺意に駆られ、二度と言の葉を紡がせまいと踏み込み、接近する寸前で制されてしまった。肩を掴まれ、完全に動きが押さえ込まれていた。たった一人に。
「誰だッ!放せッ!!・・・ガリード」
当然、怒りの矛先を変え、怒りの視線を向けながら怒号を響かせる。だが、隣に居た者が友人、ガリードであった事に気持ちが揺らぐ。その友人は先のトレイドと同じような面、憤怒の形相で少年を睨んで。
「アイツは俺に任せて、お前は皆を捜しに行け」
それは、トレイドにしてはならない一線を踏み越えさせない為の配慮であった。だが、それを了承出来る心境ではない。
「いや、先に、こいつを始末する。そうしなければ・・・!」
「いいから、行け」
「ふざけるなッ!!こんな外道を放って置けるかッ!!」
抱え込んでいた感情が張り裂ける。外道を任せて他の事をするなど、黙ってなど居られない。自分の手で行わなければ気が済まなかった。
「そいつを殺した処で誰も戻ってこねぇし、お前が人殺しになっちまうだけだ。同じに、なっても良いのか?」
「同じになる!?ふざけた事を言うなッ!!こいつと俺が・・・」
「今お前がしなきゃなんねぇ事は何だ!?こいつと殺し合ってる場合じゃねぇだろ!!魔族を助ける事だろうがッ!!そうじゃねぇのかッ!?」
激昂し、すっかり頭に血が上ったトレイドにその言葉は克明に響いた。急激に気分を落ち着かせるほどに。そして、気付く。ガリードもまた同じように怒り、それでも我慢している事を。
「俺は魔族の事は良く分からねぇ!だが、お前は違うだろ!?少しの間でも助けてもらったんだろ、仲良くなったんだろうが!!んで、如何にかしてぇって言ってただろうがッ!!」
諭され、トレイドは胸を痛める。その人間を失った事を、その事実に苦しくなる。
「それに、お前が呼ばれたんだろ!?頼りにされたんだろ!?お前なら助けてくれるって、そう思って、あの人があんなんになってでもローレルに来たんだろうが!!人と人を繋ぐ架け橋に連絡してくれって来たんだろうが!!それを忘れんなッ!!」
胸に痛烈に響く。だからこそ来た。魔族を、人を助ける為に。尚も、少年の様な非道は許せない。けれども、今は人命救助が最優先であった。
「・・・頼む」
「おう、こんな野郎はぐるぐるに締め上げてやる!だから、お前はさっさと探しに行けッ!!」
申し訳なく顔を逸らしたトレイドは走り出す。その背を叩くように送り出して。
その際、一瞬歪めた顔。無論、人を助ける事は重要。だが、此処で変わったのは自身の危惧が本気であったから。あのまま看過していれば、本当にそうなりかねない面であった為に。
けれど、踏み止まった事に小さく笑みを零して。
【7】
「ねぇ~、話、終わった~!?」
茶番は飽き飽きと言った様子で、先程まで退屈そうに待機していた少年が語り出す。その声に反応し、鋭き視線が向けられた。
「悪ぃな、待たせてよ」
「本当にそうだね~。さっきのお兄さんもそうだけど、お兄さんも魔族の味方をする積もり~?存在したらいけないの、知っているでしょ~?」
「ああ?そうだよ、味方だよ。お前よりかはずっと存在してて良い奴等だしな。あんまり知らねぇけどよ」
「?あまり知らないのだったら・・・」
「言っとくが、手前ェとうだうだ話をする気はねぇよッ!!」
言語道断と突き付けるように会話を打ち切り、大剣を引き抜いて踏み出す。雪道だろうと、鍛えた筋力に任せて強引に掻き分けて急激に距離を詰め、刀身を唸らせる強烈な一撃を繰り出す。だが、その刀身は何も捉えられず。
「危ないなぁ~」
余裕の様子の少年。ガリードの攻撃を目の前にしながら悠々と対処した。軽やかに後方へ回避した時、突如発生した風を受け、まるで凧のように宙に浮き上がった。それに拠って軽々と回避し、ふわりと着地していた。
「ああ?如何なって・・」
「邪魔するなら、人族でも許さないよ~」
不可解な動きで避けられた事に困惑するガリードに向け、少年は語尾を伸ばしながら念ずる。それは現象として出現する。
「っ!?」
僅かな間に念じた少年、敵意を含んだ声と振るう手。直後、ガリードの周囲に炎が巻き起こったのだ。燃焼する物はなく、唐突に出現したそれに激しく驚いて。
包囲するように出現した炎。不可解に燃え揺らめくそれは直下の雪や降雪を解かして水蒸気を巻き上げる。その炎は渦を巻くように中心へ、ガリードに向けて収束していく。
「っく!」
不可思議な現象を前にした彼は咄嗟に剣を積雪に突き刺し、乱雑に掘り出してその勢いのまま投げ付けた。
塊は迫り来る炎に接触すると蒸発音を立て、水蒸気となって消えゆく。熱は雪を水に、そして蒸気に返る。だが、瞬く間に蒸気にする熱も量には勝てず、鎮火に至る。
その好機を見逃さず、ガリードは作り出した空間に飛び込む。それで凌いだと思ったのも束の間、油断に繋がる。目の前には包囲網の如き燃え立つ炎が次々迫りつつあった。
「なっ!?」
予期せぬそれに怯みつつも対処に務める。けれど、間に合わなかった。次々と、二重三重に狭まる炎に挟み込まれてしまう。
「・・・熱ぁああああッ!!」
防ぐ事もない、渦巻く炎に抱き込まれたガリードは絶叫を広げる。襲い掛かる強烈な熱、瞬く間に身を焼く激痛に叫ぶしかなく。
「あ~!良い声!良い声出すね~、お兄さん!」
炎に巻かれ、積雪によっての蒸気に包まれつつある彼を見て、少年は実に楽しそうに笑って見守る。純粋に楽しむ笑みは実に淀み、歪んで見えて。
収束した炎は行き場を失うように飛び散る。閉じ込める力に限界が来たのだろうか。赤き光はまるで爆発するように四散し、立ち込めた水蒸気の中で消える。途端に寒さが流れ込み、立ち上がった水蒸気は少しの間滞留した。
「あれ~?もしかして、死んじゃった~?」
つまらないと言った様子で言葉を零す。立ち込める水蒸気の中を覗き込みながら結果を待ち侘びて。
すると、その水蒸気が巨大な何かで振り払われる。扇で扇ぐように、凄まじい力を以て振り抜かれていた。
「心配しなくても、生きてるんだよ、手前ェ!!」
怒りに任せた腕力で大剣を振るった彼、炎に巻かれたものの、所々に焼け跡や火傷を負いながらも十全に動けていた。虚を衝かれ、痛みを負わされた痛みで額に血管を浮かせて。
「お兄さん、中々強いね」
楽しそうな笑みを浮かべ、笑いながら少年が賞賛を送る。それが益々に怒りを煽って。
耳にしていたとは言え、ガリードは操魔術を初めて体験した。熾烈であった。接近は不可能とは言えなくとも、捕縛する勢いで包囲する攻撃の数。極端な強弱を織り交ぜて嬲るようなそれに性格を顕著に感じ取れて。
だからこそ、多少負傷しながらも耐え切れたのかも知れない。その上での先の発言は挑発としか取れなかった。故の表情と言えた。だが、それよりも腑に落ちない点が残り続けた。その疑問が口を動かす。
「なぁ!魔族ってのは操魔術が使えるんだよなぁ!?」
それは魔族特有の能力。使用出来る時点でほぼ確定し、爛々と見開かれた瞳には一番の特徴である十字が描かれて。
「そうだよ?火を使ったり、水を操ったり出来るね。それが如何したの?」
「じゃあ、何でお前は操魔術が使えんだよ!?」
「・・・さぁ?」
自分には無関係だと言った態度で返答する。それにガリードは不可解さに顔を歪める。
「・・・使えるって事はお前も魔族、って事だよな!?じゃあ何で、何で同じ魔族を襲うんだぁ!?お前、言ってる事とやってる事、おかしくねぇか!?」
「?僕が魔族である事が関係あるの?魔族は要らない、それだけだよ?」
「ハァ!?」
挑発の類ではなかった。己が放つ言動と行動の矛盾を矛盾として捉えられず、指摘されたところで耳を貸すどころか思考すらしない。ただ、魔族を排除すると一点を行わんとして。
その破綻した思考、理性を理解など出来る筈もない。操られる様子、或いは洗脳されている様子はない。推察出来るのは、本気でそう信じ、私情を挟まずにただ排除せんとする。強迫観念、恫喝された訳でもなく、そうする事が己の存在理由と言わんばかりに。
それでいて、対象とした者はただ遊ぶ。己が満足する遊び方で弄ぶ。理不尽な極刑、執行する際は罪を自覚させるように甚振る。それがどれ程悍ましく、どれ程邪悪な事かを理解していない様子であった。
その驚愕し、戦慄するような思考にガリードは眉を顰めた。訳の分からない回答と少年の態度を踏まえて行き着いた結論に、身震いを起こす恐怖を抱く。
だが、それで気圧されなかった。寧ろ奮起した。こんな外道を放っては置けない、義憤を交えて戦意を漲らせていた。
とは言え、圧倒的に不利な状況。近付かなければ攻撃は出来ない。そして、相手は離れた位置で自由に攻撃が出来る。現に、再び彼は炎に包囲されてしまった。
今度は火力が増し、巨大で隙間が存在しなかった。迫り来るそれ、融かす雪の勢いでどれ程の火力か読み取れる。もう相手をしたくはないと言った様に。それを前に、ガリードは前へ踏み込んだ。
単純な攻撃、雪程度ではそれは防げず、あっと言う間に囲まれる。訪れる、火傷による激痛に対してガリードはその面を強張らせた。
彼は再度炎に巻かれた。渦を巻き、周辺の雪を巻き込んだそれは瞬く間に弾け飛ぶ。同時に急激な熱によって雪は融かされ、蒸気と化す。急激に膨張したそれは周囲に霧散した。
寒き地に蒸気が立ち込める。風の無き場所にはそれが残って。その中から威勢の良い声が響き渡った。
「おい、如何した!?こんなもんかよ!これで終わりなのか!?ああっ!?」
挑発の声を響かせる。確実に火に巻かれたと言うのに、それを全く感じさせない怒りが混じった声を浴びせ掛けた。
「単純だね~。でも、そうして欲しいなら、そうするね~」
見え透いた挑発だと笑う少年だが、もっと苦しめようと念じ、追い打ちを掛ける。忽ちに燃え上がった囲む炎が彼が居る水蒸気へ別の雪も巻き込んで収束した。
繰り返された炎は積雪を水蒸気に変える。その場に定住したそれは最早濃霧。姿を隠すほどに濃く、肌に張り付くほどに濃く。ガリードを隠したそれを前に少年は薄ら笑みを浮かべた。
同時にガリードはそれを利用しようとしていた、霧に乗じて攻撃する為に。けれど、それは少年も理解しており、分かっていながらも行っていた。
少年は余裕たっぷりに近付く。返り討ちに出来ると考えての事、けれど内部からの変化を見逃さないように注意して。
「ほら~、単純だよ~!?」
分かり切っていたと悦に浸りながら念ずる少年、その前から巨大な影が接近する。霧に乗じた攻撃、浅はかと笑うように返り討ちにせんとして。
「あれ~?こっちか~」
だが寸前で攻撃を止め、回避に移る。接近してきたそれは人ではなく、巨大な幅の剣であった。乱雑に投げられたそれを辛うじて避け、直後に反対側から動く影を視認する。今度こそ返り討ちにしようとする。だが、動きが止まる。
それもまた剣であった。先の剣と比べて細いそれはガリードが腰に携えたそれ。投げられたそれはただ音を立てて落ちた。それに気取られた少年は間近で気配を感じ取る。だが遅く。
急接近してきた何かは先の大剣の影から出現していた。火傷の目立つ顔は憤怒を刻み、迎撃が間に合わぬ幼さが残る顔に向けて全力の左の拳を叩き込む。抵抗感を物ともせず、そのまま振り抜かれていた。
先の二つは誘導。視界を悪くし、二つの布石で意識を分散させる。投げたと思わせた剣の影に隠れ、腰の剣で意識を移動させる。その隙を狙い、大剣を手放して強襲すると言う筋書きであった。多少粗末で、少年の慢心があったからこそ成功していた。
小柄な身は軽く、一発の殴打だけで足は地から離れ、地面に倒れ込んだ。けれど、一発では沈まない。殴られて蒙昧としていても確かに意識を保ち、鈍った身体で立ち上がろうとする。その揺れる視界が、近付く拳を視認した。
倒れ込んだ少年の顔面に、体重、腕力、背筋、腰の捻りを篭めた一撃が叩き込まれた。全力、乾坤一擲を握り込んだそれは不快な音を立てた。砕く音、僅かな積雪に埋まった少年の顔は陥没して。
鼻が潰れ、歯は折れ、至る所からの出血する。その顔から右拳を引き上げたガリードは険しき面のまま睨み下げる。その内心、密かに焦ったのだが、生きており、気絶している事を確認して小さく安心して。
「・・・後は、縛って、と」
身を引き裂くような激情を抑えながら縄を取り出し、身動き出来ないように縛り上げていく。魔物を縛り上げる要領で行い、解けない事を確認し、一旦放置する。顔を向けるのは周囲に見える遺体達を。
白む溜息を吐き捨てながら埋葬を始めていた。急ぐ今、簡素だが丁重に弔って。深く悼んだ後、犯人を担ぎ上げて道を足早に立ち去って行った。
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エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
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