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もう会えないと嘆き、それでも誰かと出会って

問えども返らず、告げられる罪刑

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【1】

 セントガルド城下町に戻ってきたトレイドは久し振りの自室で夜を明かした。とは言え、然して変化も無く、魘された後に目覚めていた。
 息を整え、昨夜に脱いだ防具に近付く。揃えて吊るした胸甲や手甲に脚甲。損傷が激しく、貰ったローブにすら汚れと傷で痛んでいる。修繕、修復を念頭に置きながら軽く清掃したそれを身に着けていく。
 最後に剣を取って身支度は終わり、部屋を出ていく。その直後、部屋の前に待っていたガリードと出くわす。目を合わせた瞬間、ニカッとやや憎たらしく映る満面の笑みを浮かべた。
「・・・何で待っているんだ?」
「お前の監視だ。居なくならねぇようにな!」
 自信満々に返答する。その表情は揶揄う気分に満ち溢れ、呆れを面に出したトレイドは溜息を吐き捨てた。
 朝からやる気を削がれた彼は碌に返答をせずに歩き出す。一階、外に向けて。その対応にやや困惑する当人。
「おいおい、無視する事ねぇだろ!?それより、何処に行こうとしてんだ!?」
「一々お前に言う理由が何処にある。関わってくるな」
「そんな冷てぇ事言うなよ!おい、待ってって!」
 放置して立ち去ろうとする背に慌てて追うガリード。その彼からトレイドは逃げるように足を進めていった。
 そんな風に一日は始まる。昨日までの騒動がまるで無かったかのように、和気藹々と。

「お前が何処に行こうとしてんのか・・・いや、会いに行きたい場所は想像着くぜ?何処に在るんのか、分かんねぇのによ」
「・・・流石に、分かるか」
 セントガルドを区切る公道、朝食を片手に歩く二人。周囲を見渡し、何かを探していたトレイドを見て、心中を察したガリードが声を掛ける。悟られたかと表情に影を落として。
「どうせ行くならよ、レインさんが好きだった花知ってるから、持って行かねぇと」
 そもそも、トレイドが沼地の村、ローレルに向かったのは恩人であるレインを喪った事が発端。何とか立ち直り、戻ってきたのなら、向かわなければならない場所は彼の墓。
「・・・何でお前が知っているんだ?」
「お前・・・何回か墓参りに行っているからな?ユウさんと何回か一緒に行って、その時に教えて貰ったんだよ」
 離れて一週間強、その間のガリードの行動など当然知る筈もなく、疑問を投げ掛けるトレイドに呆れて引き攣った表情を見せる。
「それも、そうだな。あれだけの時間もあれば、色々としているか」
 離れていた期間を鑑みて納得した様子のトレイド。小さく息を吐く姿は相手を小馬鹿にしている様に映るだろうか。
「んじゃ、買いに行くか。こっちに花屋があるんだぜ」
 そう自慢げにガリードは案内を始める。友人の知り得ない情報がある事が少々嬉しいのか。花屋に対して需要があるのかを思案するトレイドは然して気に留めず。
 墓参りの準備、供花を揃える為に道を引き返す二人。中央に設置された噴水まで戻り、別の公道へ進む。その折りであった。
「漸く見付けたぞ、ガリード」
 正面から歩いてくる波の中から的確に名指しして呼び止める誰かの声。その方向へ視線を向けると、波間から一人の男性が姿を見せる。二人より少々年上。
「あれ?如何したんスか?」
 ガリードは面識があり、トレイドもまた少しだが覚えを抱く。そう、彼は人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの先輩に当たる人物であった。
「如何したも何も、ユウさんが探してたぞ。書類がまだ出ていないってよ」
「あ!そうだった!まだ出してねぇ!」
 指摘されて思い出した彼はやや五月蠅い声を出す。人を使って探させる辺り、それなりに重要な書類なのだろう。また、ガリードの慌てぶりからも察しよう。
わりぃ、トレイド!俺、一回戻るわ!出せって言われてた書類、俺の部屋に置きっ放しにして忘れてた!」
 そう言いながら彼は走り出す。返答を聞く余裕も失い、全速力で流れる波を逆らっていく。
「おい、花屋は・・・」
「そのまま真っ直ぐ行ってたら見えてくるから、先に買っててくれ~!!」
 そう言い残しながらあっと言う間に人波に消えてしまう。呼び止められなかったトレイドは苦い表情を浮かべるしかなかった。例え着けたとしても、どの花が目的の物か分からないからだ。おまけにガリードを探していた男性も居なくなっており、八方塞がりのような状態となって。
 やや騒がしい公道の端、立ち止まっていても仕方ないと進んでいた方向へ歩き出す。花屋に着き、時間を潰していれば良いと考え、周囲を見渡しながら流れに身を任せていった。
 
【2】

 久し振りのセントガルド城下町の様子を眺めながらトレイドは歩く。別段懐かしさを抱く訳もなく、程々に時間を潰す為にわざと遅く歩いて周囲を眺めていた。道行く人々や立ち並ぶ店等を、特に考える事も無く。
 それなりに時間を掛け、目的地が見えるだろうかと頭の隅で考えたその矢先、彼の前に誰かが横切った。それは小さく、白く。
「っと」
 辺りに気を散らしていた彼は危うくぶつかりそうになるも寸前で立ち止まり、過ぎ去った誰かに視線を向けた。捉えたその人物に少しばかり見覚えを感じて。
 白を基調とし、町中でも特徴的な修道服姿の子供。やや不自然な組み合わせに目を奪われ、過ぎ行く姿を目で追ってしまう。その流れで観察すれば、その胸には紙袋が抱えられ、小走りで過ぎる事から少々急ぎの用なのか。
「!」
 そして、危ないと思った直後には遅かった。何かに躓いたのか、足が上手く動かなかったのか、突然に子供の身は動きを止めて傾き、誰に助けられる事も無く転倒してしまった。
「痛ッ!」
 受け身は間に合わず、痛々しい声と共に抱えていた紙袋を下敷きにする。そして、可愛そうな事にその中身が外に出てしまった。買ったばかりであろう食材が無残にも転がり、思わず声を止めてしまう光景となった。
 更にその子供は何処かをぶつけたのだろう、小さく痛がる声を漏らす。荷物は大した緩衝材にはならなかったよう。
 その事態を目の当たりにしてしまった以上、存ぜぬと無視出来る性分ではないトレイドは動く。騒音の中、子供に気付いて足を止める通行人の間を縫って駆け寄る。
「大丈夫か?立てるか?」
 何とか身体を起こし、蹲ったその子供は足を押さえる。如何やら膝を擦り剥いたようで、膝頭は血で赤く滲む。応答を待たず、トレイドはウェストバッグからフェレストレの塗り薬を取り出す。
「あ、ありがとうございます。でも、自分で治せます、から・・・」
 蓋を開け、塗り薬に手を付けた時に涙声で断られる。
「良いから足を出せ」
 直ぐにも一蹴して塗ろうとする。その時、子供が少女である事、やはり見覚えを抱く。体育座りのその少女は断った直ぐに自身の膝に手を翳す。薬も包帯も持たないままのその行為に訝しんだ時であった。
 膝頭の擦り傷に輝きを帯び始めた。同時に翳した小さな柔い手も輝く。人の優しさを具現化したような光を前にしたトレイドは手を、フェレストレの塗り薬を戻す。光の意味を思い出し、少女の言動に納得していた。
 その光は治癒を指す。シャオと同様の力、傷を治す聖復術キュリアティであり、光はその副産物である。その事が分かり、安心したトレイドは終えるまでに散乱した少女の荷物を集める事とする。
 紙袋自体は多少破れている者の底までは破れておらず、機能としては変わりない。付着した埃を払った後に荷物を入れていく。
 転がった食材の他には包帯や何かしらの錠剤などの医薬品を。土埃程度なら払えば良いが、多少の傷はどうしようもない。その良し悪しは判断してもらうしかなかった。
 数分もしない内に全てを拾い終え、ほぼ同時に傷の治療が終えていた。立ち上がろうとする少女の腕を持ち、優しく引き上げる。子供ゆえの軽さで簡単に立たせていた。
「あ、ありがとうございます、トレイドさん」
 小さな腕に荷物を手渡した時、感謝を告げられる。それに添えられた言葉に引っ掛かった。
「何故俺の名前を?名乗った覚えはないが・・・」
 記憶通りであれば口にしていない。だが、過去に一度は会っている事には気付かず。少女の名前はラビス、天の導きと加護セイメル・クロウリアで暮らしている一員であり、幼子達の姉的存在である。
「前にガリードさんに教えて頂いています。その教えられた通りの人でしたので思わず口に出してしまいました。でも、当たっていて良かったです」
「成程、ガリードにか。さっきまでその阿呆は居たんだがな」
 出会いに対して喜んでいるのか、想像通りの人物であった事を喜んでいるのか、少女はとても嬉し気に笑っていた。
「一緒じゃないんですか?」
「ああ、仕事が終わっていなくてな。忘れていた提出物を渡しにギルドに戻っていったな」
「そうだったんですね。それで、トレイドさんはこれから何処かに行く積もりだったのですか?」
「そうだ、墓参りをしようと思ってな。その為に花屋に向かっていたんだ」
 見た目通りの幼い外見ながら、大人びたような敬語の話し方に少しの安心感を抱きながら話を進める。その最中、道の真ん中での会話は邪魔になると道から逸れて立つ。
「お花屋さんですか?なら、このまま真っ直ぐ行けば着きますよ」
「そうか、ありがとう。次は気を・・・」
 熱心か、健気なのか、ギルドの手伝いをする少女に労いの言葉を掛けようとした矢先、徐々に周囲が騒がしくなり、それに気を取られてしまう。
 近付きつつあるそれへ身体を向ける。その方向は噴水のある広場に続く公道、溢れそうな人波が何かに因って掻き分けられつつある。凝視していると近付く何かは人であり、同じ衣服を着込んだ複数。胸には星に類似した紋様が描かれる。
 その連中は逸れる事無くトレイド達に接近し、明らかな敵意を以て囲むように立つ。咄嗟にラビスを庇うトレイド、睨む彼は連中が法と秩序ルガー・デ・メギルであると理解し、更に警戒を深める。
 近距離で立ち止まった連中の一人、先頭の威圧感と敵愾心を包み隠さない中年男性。学を積んだような雰囲気であり、他者を見下す事しか出来なさそうな男が口を開く。
「山崎・・・いや、トレイド、間違いないな?」
「・・・俺に何の用だ?」
 出回っている筈の無い改名、それを知られている事に警戒を更に深め、冷淡な口調での質問に答えずに本題を聞き出そうとする。雰囲気に呑まれて怯えるラビスを庇う姿勢、剣を握る利き手も力を増して。
「そうだ。とある罪状にて、貴様には容疑が掛かっている。拠って拘束し、我らギルドに連行する。異論は後で聞こう」
 要件は端的に、有無を言わさず連行せんとするもの。その言葉通り、連れる他の者は囲むように歩み出す。
「仮に、抵抗したら如何する?」
「その時は止むを得えないな。ある程度痛め付けてから連行するとしよう。尤も、貴様がそんな愚かな判断をするとは思えないが」
 その台詞と同時に視線を庇うラビスに向ける。それは単純な脅しであった。抵抗すれば、その子供も巻き込まれるだろうと。そして、周囲にも迷惑を掛けてしまうだろうと。
 示唆での脅しはトレイドに動揺し、激しく憤慨した。けれど、ラビスを巻き込む事は出来ない。また、取り巻きが更なる動作を、武器の柄に触れて近付きつつある。歯噛みし、状況が悪い事を悟る。
 緊張を解き、振り返ったトレイドは巻き込んでしまったラビスの頭を撫でる。
「悪いな、怖い場面に巻き込んで。もう行っても大丈夫だ」
「トレイドさん・・・」
 逃がすように語り掛け、辟易とした溜息を深く零しながら立ち上がる。
「逃げる積もりはない。何処へと連れて行くが良い」
「素直に応じるとは、潔いな」
 男は鼻で笑い、部下であろう連中に促して歩き出す。トレイドが逃げられぬように囲み、先頭を進む男に続いて歩き出す。
「トレイド?一体、如何なってんだ?」
 何時の間にやら合流していたガリード。状況が分からず、困惑した表情を、心配する眼差しを向ける。
「お前は気にしなくてもいい」
 安心させるには不足だがその言葉しか出来なかった。
 そのままトレイドは連行されていく。手錠はなく、姿を隠されない為、物々しい雰囲気は感じられない。だが、民衆を掻き分けて進みゆけば話は違うだろう。かなり威圧的に、ざわつく周囲を黙らせてしまう。
 過ぎ去る集団を見送るガリード、その隣に不安げな表情のラビスが近寄る。
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
「わ、分かんねぇけど・・・まぁ、大丈夫なんじゃねぇのか?ラビスが心配する事じゃねぇよ」
 不安を抱える少女に褐色の青年は安心するような言葉を掛ける。寧ろ、不安を煽るような言葉だが、それとは別に二人の胸のざわつきは強くなっていった。

【3】

 公道を通過し、到着したのは当然、法と秩序ルガー・デ・メギルの施設。堅牢な牢獄、収容所の印象しか得られないその内部へ連れられる。
 室内に踏み入れると騒がしさに包まれる。忙しない雑踏、人々の声が行き交う。踏み入れた位置からでもまるで揉め事の如く、大勢の人物が広い空間に行き交う。その大半がギルドの職員である事を、着込む衣装から読み取れる。
 訪れた人々の様子、対応する職員の表情から良い雰囲気である事は良く分かる。騒がしさはそのまま活気に直結し、訪れる人々の多さは信頼の証。どこぞのギルドも見習って貰いたいものだろうか。
 ギルド内の雰囲気を確認しながら前を進む男に続くトレイド。彼等は受付や左右に続く通路、二階など見向きもせずに奥へと向かう。人々を掻き分けて進むと広い奥行きが目に映り、その最奥に扉が設けられていた。
「少し待っていろ」
 扉の前に着いた時、先頭の男が威圧的に命令し、ノックを行った後に一人入室していく。
 向こうから微かに聞こえる会話に耳を傾けながらトレイドは目の前の扉を眺める。犯罪者を取り締まるギルドにしてはやや豪華な意匠で彫り込まれており、位の高い人物の部屋に続く事は明らか。
 不穏に感じる扉越しの会話は直ぐにも止み、扉が再び開かれる。姿を見せる男は無言のまま首を動かし、入るように促してくる。それに応じてトレイドも入室する。連中も続いて。
 踏み入ったその部屋は広かった。全体的に白で埋め尽くされ、神々しく映る光が包み込む。そう、眩しいほどのそれは壁一面を埋め尽くす硝子の窓から入り込む。
 その恩恵を受けるように、両側の壁に設置された本棚が存在を主張する。几帳面な人物が使用しているのだろう、大小様々な本が納められており、その大きさに合わせて規律正しく収納される。空きなど無く、光で照らし出される様は圧巻しよう。小難しそうな題名ばかり、年季が入って色褪せ、傷が付いているのだが、今は如何でも良かった。
 本棚に囲まれ、光を受けて、書斎机に似た机に向かう男性。光の為か、表情が良く見えない事が怪しさを抱いて仕方ない。
「・・・お前がトレイドか。成程、良い面構えをしている」
 かたりと傍らに羽ペンを置く音の後、少し野太くとも聞き取り易い声が発せられた。はっきりと、それでいて洞察力の高さを感じ取れる男性のそれ。
 静かに面を上げた彼と視線が交わされる。最高責任者と思われるその男性は気苦労が絶えないのか、眉間の皺は深く、相手を委縮させる眼光を向ける。平常心での面なのだろう、静かにトレイドを眺める。その裏側に何かしらの意思が滲み出して。
「お前に会って聞きたい事があったんだ」
 相手の主張よりも先にトレイドが先手を打って口を挟む。瞬間、前に立つ男が怒りの形相で振り返った。
「貴様、無礼だぞ!」
 そう怒鳴られるもトレイドは気にせずに男性を睨み続ける。
「ほう・・・何を聞きたい?」
「何故、魔族ヴァレスを迫害する?」
「危険分子だからだ」
 即答される。切り捨てるように、吐き捨てるように。それにトレイドは煮え繰り返る思いを抱く。
操魔術ヴァーテアスで悪戯に周囲に被害を及ぼす。誰かが制御、管理しなければならない」
魔族ヴァレスは、そんな事をしない!寧ろ、人の為に、助ける為に使用したんだぞ!そんな事も知らないで、危険分子だと断定するのか!?」
「お前の体験など如何でも良い。住処を証言するなら、司法制度ではないが罪を軽減しよう」
「教える訳がないだろう!」
「ほう・・・」
 間髪入れない返答。絶対に口を割らない意思を、顔から、その目が主張する。間に立つ男が何かを喚いたのだが耳に届いていない。視線を交わす二人は互いの思考を探り合うように。
「教える訳がない。迷いもなく人に剣を向けられる連中だ、被害を及ぼすに違いない。何の罪もない人達、そんな事、認められるかッ!!」
 怒号交じりに主張する。周囲の者は甚だ不当だと息巻く。腰掛ける男性だけは涼やかに佇む。
「尋問し、場所を聞き出しても良いのだが・・・それは人道に反すると言うもの。致し方ないが、今は止めておこう」
「人道?魔族ヴァレスを迫害する事はそれに反しないとでも言うのか!?」
「それが当然だからだ」
「ふざけるな!迫害する事に何の正当性がある!?貴様等の考えだけで命を左右させるなど、許されるものかッ!!」
 淡々と返答する男性とは異なり、トレイドは感情的になって怒鳴り返す。飛び出しかねない怒り。手錠等で身動きを封じらていない身、それだけは抑えて。
「お前にも記憶があるだろう。それが答えだ」
「俺はの話をしているんだッ!!俺達に関係ない記憶は如何でも良い!!俺達がこの世界に来て、彼等に何かされたとでも言うのか!!今迄に明確な話は聞かなかった、彼等に聞いてもだ!その理由を説明しろッ!!」
 今迄の皆の反応から判断していた。魔族ヴァレスに非がある訳ではない、私怨で行っている可能性があると。だからこそ、今の考えにトレイドは憤慨する。
「・・・ふっ、まぁいい。今日は議論する為に呼んだのではない。お前が行った業務妨害の詳細を聴取する為に呼んだのだ」
「・・・業務、妨害?」
 本題に入ると言う口実に話は唐突に逸らされてトレイドは不満を抱えるのだが、不本意だが従う。不快な気持ちが続けば衝動的に動きかねず、魔族ヴァレスに対する難癖を付けられないようにする為。
「そうだ。魔族ヴァレスの連行もまたれっきとした業務。それを阻害したのだ、当然罪となる。それについて警告された筈だ」
「・・・ああ」
 事実を正直に語るしかなく、不本意だと態度に示しながら答える。
「事実と認めるか。なら、当時のお前の行動の仔細を話して貰おう。別に嘘を語っても良い。だが、我々の聞き受けた事と食い違えば如何なるか、弁えていよう」
 警告を前にトレイドは更に表情を険しくする。尋問を行う男性を睨み、小さく溜息を吐いてから真実のみを語る。言葉を続けていくうちに空気は張り詰め、全てを語り終えた時、傍に立っていた男が詰め寄った。
「貴様、釘を刺されたにも関わらず、虚偽を述べるとは・・・っ!」
 胸倉を掴み掛かるような勢いで憤慨する様子を前にして眉間の皺が深くなる。大方あの二人が自分に都合の良い、或いは添削と余計な事を加えて報告したのだと、推察して虫唾が走る思いを抱いて。
「いや、私はこれを真実を受け取ろう」
「アイゼンさん!何故、このような言動を信じて・・・」
「聴取を取ったあの二人の様子を思い出してみろ」
「・・・」
 異論の言葉は冷静な口調に遮られ、口惜しい表情で反論の口は噤まれる。
「時折外す視線、独白を挟みながらの回答、悔しそうな視線、自信の欠けた語尾・・・些か信じ切れない様子だったな。お前も立ち会ったんだ、覚えているだろう」
「・・・はい」
「それに対して、彼は目を背ける事も無く、一言一句をはっきりと言い切ってみせた。怒りや憎しみを感じるがそれを別としても、虚偽を述べているにはあまりにも真に迫り過ぎた。信じるに値しよう」
 責任者である発言に、不服を示しながらも決定に応じて異論を唱えた男は黙り込む。
「それに、魔族ヴァレスを庇う為に嘘を吐く人間には見えない。それは彼の信条が許さないだろうし、何よりそれで窮地に立たされるのは誰なのかも弁えている筈だ」
 釘を刺すように、部下に言い聞かせるアイゼン。だが、その実はトレイドへの忠告であろう。向けられた当人は静かに憤る。
「・・・さて、先の主張、そして初犯である事、更に部下の過失を補ってくれた事を鑑みて、刑罰は中、一週間の高山地帯での探鉱を義務付ける。明日の早朝、高山地帯へ馬車で連行する。処罰期間、所持品は全てこちらで管理する・・・以上だ、今日は牢屋で過ごしてもらう」
 興味を失ったように、刃ペンを拾い、手元の書類に書き出した彼は並行して罰則を言い渡す。そして、告げたい事を告げると下がれと言い渡した。
「待て!俺の話はまだ終わっていない!何故、魔族ヴァレスを迫害する!?危険分子と断定する!?同じ場所、同じ世界で暮らしていた人間を、如何してそう簡単に貶めるんだッ!?」
 先の話で納得の域などいく筈もない。そもそもの話を聞かなければ納得など出来ず、連行しようとした手を振り払い、食い下がって怒鳴り付ける。それを静かに耳を傾けるアイゼンは姿勢をそのままに語る。
「何も知らない者がとやかく言うな。これは法に基づいて決まった事だ、口出しをした処で意味を為さない。粛々と罪を受け入れるがいい」
「確かに俺はこの世界に来てまだ日は浅い、知らない事も多い!だからこそ、知らなければならない!そして、貴様等も説明をする義務がある筈だ!!」
「義務だと?」
「納得が出来なければ、俺のような奴は現れる。誤解があると言うならば、それを説明しなければ解決する筈がない!!」
「・・・認めない、受け入れようとしない者に何を話しても通じん、無意味だ・・・・おい、何をしている?早く抓み出せ。もう終わったのだから」
「ふざけるな!話が通じていないのはどっちだ!!クソッ、話はまだ・・・っ!」
 不満は大いにある、疑問も大いに。だが、論議する以前の問題、聞く耳を持たれなかった。そのアイゼンは冷たく引き払うよう促す。応じた部下はトレイドを羽交い絞めにして強引に連行していった。
 扉が閉じられ、静けさが部屋の中に包まれる。書す音が聞こえる中、部下が一呼吸置いてから口を開く。
「・・・良かったのですか?あのような言動を見逃して」
「構わん。高々個人の意見、些事だ。しかし、目は光らせておけ。有力な情報源だ、逃がすなよ」
「分かりました」
 命令を受けて頭を下げた部下は部屋を後にする。その姿を眺めたアイゼンは静かに書類に向かい、ペンを走らせていく。その内心、何を思っているのか、彼しか知らず。

【4】

 部屋から抓み出されたトレイドはそのまま地下へと連行される。宣言通り、其処は牢屋となっていた。
 石の階段の先、陽射しが入らない為、その空間は冷え込み、少々湿り気を帯びる。数少ない篝火に照らされた其処は黴臭さ、異臭等は特に感じられない。
 進み行けば、鉄格子で仕切られた牢屋か幾つも並び、通路の左右に敷き詰められていた。所々に囚人が収監されており、やや気疲れした面や退屈そうな様子が窺える。石畳の上に敷かれたマットの上、多くの者が胡坐を掻く。極度の劣悪な環境ではないが、それなりに酷く。
 陰鬱な気分にする場所と認識する一方、トレイドの胸の内には燃え滾るような感情が渦巻いていた。それは先程、踏み込めなかった魔族ヴァレスの認識に対する相違を確かめられなかった事。一歩の前進にも至れなかった事を悔しみ、同時に上の人間の思考に憤っていた。そして、過去の記憶に触れ、如何しようもない怒りに蝕まれていた。
「此処に入れ」
 思う内に先導していた法と秩序ルガー・デ・メギルの部下に指示される。その彼は奥から二番目に当たる牢屋の扉を開けて立つ。
 首で促され、渋々応じたトレイドは牢屋の内部を確認する。
 湿気、やや肌寒さを感じる其処は簡素なマットを敷き、その上に薄い布団が部屋の隅に畳まれる。鉄格子に隣接して小さな机と壊れそうな羽ペンとインクを一つずつ。他は何もない、寒々しい光景が映った。それだけで気が滅入ってしまおうか。
「こっちに向いて、両手を上げろ」
 入って直後に命令され、やや苛立ったトレイドだが応じて両手を上げる。直ぐに部下はトレイドが所持する黒い剣を奪うように取り上げてから身体検査が行れた。
 結果、羽織っていたローブ、胸甲や腕甲、脚甲と言った防具、ウェストバッグを取り上げられてしまう。その作業は半ば強奪じみて。
「検査は終了だ。聞いた通り、早朝に出発する。それまでは此処で過ごせ。もし、便所に行きたくなったら看守を呼べ」
 かなり素っ気なく告げると牢の扉を閉め、施錠を行う。様々な動作に荒さはないが、静まり返った地下には良く響き渡る。
 施錠を終えた部下は靴音を響かせて早足で立ち去り、途中で足を止めると会話を行う。恐らくは階段付近の小さな詰所の看守と交わしているのだろう。直ぐにも終わり、階段を上がる音は遠ざかっていく。後に聞こえてくるのは、他の囚人の寝息や呼吸、生活音だけであった。
 静けさの中、トレイドはこのような状況になった不運を呪い、萎えていく胸の内の憤り、膨れるばかりの周囲とは無関係の怒りと向き合いながら時間をただ無意味に消費していく。
 そう、何もない状況下、脱獄等の愚策以外を除けば本当に何もない彼。その時間は退屈しか感じないだろう。
 仕方ないと、牢の隅で畳まれた布団を広げて横になる。生地が薄く為、布越しに石畳の感触を感じて寝心地は悪く。多少なら我慢出来るものの、寝返りを打てば少し痛みを感じる事は確実であった。
 ただ暗いだけの天井を見上げ、燻るだけの怒りを乗せた溜息を吐き出して目を瞑る。今は周囲の事を、嫌悪感しか抱かない見知らぬ誰か、犯罪人達の事を忘れて眠りに就こうとして。

 牢屋の中での時が流れる速度は何時もより遅く感じよう。意識が途切れるまでがとても待ち遠しかった。なかなか寝付けず、寝返りを何度も打ち、寝心地の悪さに苛立っていれば、その内に意識は遠退いていく。一時間程経った頃であろう、その頃になって彼は漸く眠りに就いていた。
 その日、彼は何時も以上に魘されていた。それは他ならない、今の状況に、犯罪者に囲まれている故の怒りが原因。苦しみは続く。誰かの叩き起こされるまで、誰にも助けられないまま、胸を、額を抑えるのであった。
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