貴方の鳥籠に喜んで囚われる私の話

刹那

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第九話─現状─

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 決意を新たにしたのは良いとして、怖いものは怖い。
一度、まともに顔を合わせただけで、あそこまで取り乱してしまったのだ。また、直接会って関わらないように対策を講じるのは、無理な気がした。

 なので、まずは彼を観察してみることにした。
私は、今まで彼の本質を見たと思っていたが、恐怖からか彼をまともに見た事があるのは、初めて彼に恐怖を抱いた日だけ、ということに気がついたのだ。

 ほとほと呆れた。真剣に観察してもいないのに、彼のことを勝手に決めつけて、私も知ろうとしなかった。

 恐怖を感じる理由は様々だか、その中に一つ、知らないからという理由がある。
なるほど確かに、知らないというのはそれだけで不気味さが感じられる。何故なら、知らないということは、いざとなった時に、自分を守るためにどうすれば良いか、全くわからないからだ。未知のものというのは、それだけで自分が不利になったように感じる。人はそれが嫌がるから、知らないものには近づかない、または知ろうとするのだろう。

 だが、私に限っては、もう、逃げられそうにもないので、せめて、相手を知ろうと考えた。
そうするためには、やはり、対面して会話を交わすのが一番なのだが、それは無理なので、陰ながら観察することにした。
はたから見れば、ストーカーがいる、と思われるかもしれないが、そんなことは知ったことじゃない。こっちは精神の危機なのだ。手段なんて選んでなんていられるか。
それに、あくまでも観察するだけで、彼に危害を加えようとも思っていないし、そもそもそんな勇気持ち合わせていない。

 一応、結弦にもこのことは伝えて、彼女からは、程々にしろ、と指示を貰っているので、私がしくじりさえしなければ、大丈夫なはずだ、多分。

 そんな訳で今日は、明堂院を観察しよう作戦一日目となるのだ。







 同じ学部と言えど、大学に行けば彼に会える訳ではない。講義が重なれば見ることもあるが、講義中は私も集中しているので、観察している余裕はないと思う。

 どのタイミングが最適か悩んだのだが、食堂を使っているときや、図書館を利用しているときなどが良いだろうと目星をつける。
あとは、人に囲まれているとき、か。
あの人は、その人気ゆえか、常に周りに人をはべらせている。本人は望んでいないのに、だ。

 なので、人という障害物で彼は用がなくても、大学に留まっているなんてことも一度や二度ではない。
彼自身、優しい、という人間性で通っているので、例えその人たちが鬱陶しくても、無下には扱わない。
そういうときは大体、彼の友人である人たちが助け出す、というのがこの大学の定番となりつつある。

 つまり、彼を観察することが出来るときは沢山ある。それに、それだけの人間に囲まれているならば、女が一人、彼に視線を送っていても、紛れて目立つことはないだろう。

 うん。大丈夫。上手くやれる。
私は自分で自分にエールを送りながら、人だかりの方へと歩を進めた。








 そうして、彼を大学内の庭園で見つけたのはいい。

 呆然。彼に人気を侮っていたかもしれない。
いつも人に囲まれていることは知っていたが、まさかここまでとは。私の目の前には、人の壁、壁、壁。

 えぇ.........。
よくもまぁ、一人の人間にこうも群がれるものだ。

 私は隙間を何とか確保し、明堂院が観察できる位置につくと、こっそり様子を伺う。
すると、彼のすぐ側には一人の美しい女性がいた。

 目を凝らして見る。おぉ、あれはミスコンで優勝を勝ち取った人じゃないか。
名前は確か、鈴白すずしろ 愛姫あいか。大学二年生、私と同期だ。彼女の容姿は、ぱっちりとした瞳にふわふわな髪の毛。美人というよりは可愛らしい顔。身長は平均よりやや低めだが、体つきは男性から見ると魅力的だろう。大きい胸、スラリとした腰、ヒップもそこそこある。幼い見た目にはアンバランスな体。いわゆるギャップというやつで、彼女は大学でも男性人気を集めている。

 そんな彼女は今、武器になる体をほんの少し、明堂院の方に押しつけて寄り添っている。
ぎゅっと抱きついている訳ではないので、見ていて厚かましい感じはしないし、普通に親しげにしているように見える。中途半端に体を押し付けられる結果となっている今、された側の男性はもどかしさでいっぱいになるのではないだろうか。いや、知らんけど、私男じゃないし。

 そんなことはさておき、そうか、鈴白 愛姫か。彼女、明堂院狙いなのか。

 まぁ、そうだろうなとは思った。なんて言ったってステータス抜群だ。自分に釣り合うと思ったのだろう。
全くもってわかりやすい。

 これは、対応が面倒くさいな。無下にはできないし、かと言って優しくすれば、調子に乗って勘違いをし始めるタイプだ。あの手の女は。自分の魅力を理解しているからこそ、自分を中心に考えているし、それを周りにも強いる。

 絶対に関わりたくないな。明堂院も鈴白に興味はないのだろうけど、きっと面倒だろうな。

 そんなことを思いながら、視線を明堂院のほうに向けると、彼は困ったように微笑みながら、その目は全然楽しそうではなかった。

 ほら、やっぱり。





 まぁでも、観察するには全然問題はない。むしろ、彼がどういった対応をするか観察できるので、チャンスだとも言える。
それにしても、周りからの視線が怖い。女性たちからは、鈴白に対する嫉妬と羨望せんぼうの眼差しを。彼女が美人だから、明堂院のそばに居ることに半ば納得もしているのだろう。
対して、男性は明堂院が女性たちから人気を集めていることを恨めしそうにしながらも、彼自身の人柄(まぁ、それはまやかしだが)に憧れているようにも見える。
改めて見ると凄い。女性からも男性からも、人気を勝ち得ているのだ。それに比例するように嫉妬もされるだろうが、こうも、周りから愛されることもないだろうと思う。

 その渦中にいる彼はというと、とても慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、楽しそうに談笑している。それはそれは楽しそうに。

 その様子を見ながら私は白けていた。とんだ茶番だ。これはただのお遊戯だ。明堂院 凛翔もその周りの人間にも、本心なんてありはしない。その場に合わせて、いい雰囲気を提供しているようだ。鈴白はそれに気づかず、彼に近づけていることに御満悦の様子だが、あれでは自分が馬鹿だと公言しているようなものだ。

 彼らの周りで様子を伺っている連中はともかく、明堂院 凛翔、その友人たちと渦中の人間たちはそれを理解している。全てはまやかしだと。鈴白の自己満足に付き合ってやっているに過ぎないと。その証拠に、友人の一人は鈴白に向ける眼差しに、時折嘲笑ちょうしょうの色が見える。

 だんだんと見ていて気分が悪くなってきた。これでは鈴白があまりにも不憫だ。彼女なりに頑張ってアピールしているだけなのに、こんなにも相手にしてもらえないなんて。確かに、空気は読めていないのだろうが、こんなにも頑張っているのに、報われないなんて。
彼らの気持ちもわかる。やんわりと断ってはいるのだろう。なのに、ベタベタとまとわりつく異性は確かに邪魔だ。内心で罵倒していてもおかしくないだろう。


 あぁ、駄目だな。無駄に感情移入しすぎている。
私は、意識してもいないのに、勝手にその人の立場になって、勝手に己の感情を動かしてしまうから、ああいう場面を見ると、どうしてもしんどくなってしまう。

 首を振り、気を取り直して彼らの方を見やる。観察なのだから、客観的に見なくては。明堂院だけを見る。彼だけを真っ直ぐに。楽しそうに見えるが、その実、何も感じていないようにも見える。彼の言動全てが完璧すぎて、逆に嘘臭く感じるからだ。それも上手く隠して、気取られないようにしているが、薄ら寒さをどこか感じる。やっぱり、早くこの場を離れたいのだろう。




 今日はこれくらいか、明堂院もこれ以上感情をあらわにしないだろう。

 私はその場を離れた。


 その後ろ姿を見ている人がいるなんてことには、気づかなかった。
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