貴方の鳥籠に喜んで囚われる私の話

刹那

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Prolog─私が彼を避けたい理由─

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 四月、桜が見頃を終え葉桜へと変化する頃。
 私、御嘉 雪麗みよし せつらは大学2年生になった。
特別思いをせたりはしない。今年もいつも通りに過ごすだけ。ただ一年前はそうもいかなかったのを思い出した。

 丁度一年前は大学生になったばかりで精神的に辛かったものだ。
私はいつもそう、少しの変化だけですぐに精神的にまいってしまう。
昔は学校が嫌で嫌で仕方がなかった。
まぁ、それも大学までの話。私は晴れて、念願のこの私立鷲尾わしお大学に入学したのだ。
今は大学は嫌ではなく、それなりに充実した毎日を過ごしている。

 私が心理学に興味を持ったのは、人間の心理を知りたいと思ったからだ。
それ自体は別におかしなことではない。だが、私の場合どうしてそう思ったのか、そのきっかけが特殊だ。
 私の家庭環境はいわゆる複雑な事情を抱えている。
父は精神年齢が育っている人ではなく、自分にとって都合が悪いことが起きると、母にあたるような人だった。
母は、そんな父に怯え精神的に病んでしまった。
一見普通に見えても、どこに地雷があるかわからない、そんな危うい人だ。父にあたられた翌日、いや約一週間くらいは抜け殻のようになってしまう。そんな状態の母を支えるのはいつも私の仕事で、母の気持ちを引き出すのも私の仕事。
それを小学生の頃からやっていたものだから、少なからず私の精神に影響を与えたしまったようだった。

 どうして、私が他の大人を頼らなかったのか、理由は明白だ。頼る人間がいなかった。それだけ。
父の実家も、母の実家もこれまた歪んだ人間ばかりで、とても頼れるものではなかった。
 正に四面楚歌。
 そんな家で育ってしまったからこそ、父と母は歪んだ人間になったのだろう。
今更そんなことを考えてもどうにならない。

私はすっかり人間不信になってしまった。

 それでも、母とは良好な関係だった。
どうしようもない人でも、私は母が好きだった。

 私が中学生になって、ある程度状況がわかる歳になると、母は私によく相談をしてくるようになった。母が傷ついた出来事をただ聴くだけだったが、それでも少しは母の精神安定剤にはなっていたらしい。そのときは気づかなかったが、これが私の精神を大きくむしばんでいた。
 当然だろう、本来守られるのは、子どもである私なのに、私が母を守っている状態だったのだから。

 気になって調べたことがあるのだが、これはアダルトチルドレンのプラケーター型とよく似ているのだという。私も大概歪んだ人間になってしまったなぁと感じた瞬間である。

 そんな訳で、母との話で私は人間の心理についてよく語っていた。それが私が心理学に興味を持ったきっかけである。

 現在は、そんな興味のある分野を学ぶことが出来て、非常に満足している。
なので、最近は私のしたいことが出来ているという訳だ。
だから、別に心を乱されることもなかった。


 あの人を見るまでは──。

 あの人、明堂院 凛翔みょうどういん りひとは、明堂院家の御曹司で、名門国公立大学の法学部を首席で合格。
 だが、心理学を真剣に学びたいからと、心理学に力を入れていると有名な、この私立鷲尾大学に再度大学入試に挑むという、回りくどいことこの上ないことをした人物。現在大学3年生である。
偏差値もそこそこなこの大学に、心理学だけの理由で入るというだいぶ変わった考えをお持ちのようだ。というか、大学生活を二回過ごせるだけのお金があるというのもびっくりである。流石は明堂院家。

 明堂院家は、この日本で絶大な権力を持つお家で、あらゆるところに精通している。政界、医療、警察、芸能界などなど、明堂院家の名前を聞かない日はない。

 明堂院家には、分家が存在しており、権力順に九鳳院くほういん家·明城あきしろ家·天宮てんぐう家と存在する。
それぞれの家にも見目麗しい御曹司、ご令嬢達がいるのだが、その紹介は割愛させていただく。

 何故こんなにも、明堂院家に詳しいかって?
それは勿論自衛の為だ。
敵の情報は知らねばならない。無知は何よりも愚かなことだ。

 彼は、頭脳明晰、容姿端麗、家柄は申し分なく、大学内外問わず彼女になりたいという女性が後を絶たない。
おまけに、性格も良いらしい。

 だが、私は疑問だ。彼のどこに性格の良さを感じるのか?
他の学科の人ならば仕方ないのかもしれないが、仮にも、心理学部の人間は、彼の本性に気づかないのか?
彼が上手く隠しているのか。私にはわからないし、ましてや、彼に群がる人間の心理も全くもって不明だ。
私にもっと勇気があれば、もしかしたら声を大にして彼の危険性を訴えたかもしれない。
......いやしないか。面倒くさいし。怖いし。

 私は問いたい。皆様は彼の目を注意深く見たことがあるだろうか?
普段は上手く装っていてわかりにくいが、ふとした瞬間に見せる濁った瞳。

 私は、初めて彼を見かけた瞬間に、最初は噂のイケメン先輩だなぁ、ぐらいにしか思っていなかった。
なのに、その5秒後に見た、世界の不純物を全て詰め込んだような、濁りきった瞳がグルグル渦を巻いている様子に飛び上がり、そそくさとその場を去った。

 勿論、相手は私が居たことなど知らなかっただろう。
というか、接点がそもそもない。

 私が一方的に知って、一方的に怖がって、一方的に避けているだけの話。
接点がないのなら安心していればいいと思う方もいるかもしれないが、そういう次元の話じゃない。
見かけただけで、私はこの世の終わりを見た。
それぐらいには怖かった。

 今にして思えば、私は予感めいたものを感じていたのかもしれない。

 彼と深い繋がりを持ってしまう予感を──。
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