僕は本当に幸せでした〜刹那の向こう 君と過ごした日々〜

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最終章

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ーside 水野慶太ー


玲人は必ず待っていると思った。

でも会おうとは思わなかった。

店が閉まる九時。

なるべく外から自分の姿が見えないように片づけをする。


一緒にクローズをしていたスタッフにお願いをしたんだ。

「外に僕を待ってる人がいたら僕は帰ったと伝えてほしい。そしてごめん、と」
そう玲人に言ってもらうように。

少しだけ不思議そうな顔をされたけど聞いてくれた。


彼らが店を出て、電気も全て消して。

真っ暗で物音ひとつしない店内で、それでも息を潜めて隠れた。

どれくらいかな。

二十分、三十分くらいだろうか。


もう大丈夫だろう。

そう思って、ドアをそっと開けて外に出た。

夏だけれど夜になれば少し冷え込む。

その少し冷たい空気を吸い込んで家に帰ろうと歩き出したんだ。


でも。

もうちょっと店の中にいるべきだったんだね。



「慶太」

聞きなれた声で名前を呼ばれて、歩き出したはずの足は止まる。

澄んだ空気、しんとしたこの空間によく通る低い声。


振り返ることなんかできない。

かといって前に進むことも。


「…慶太」

もう一度呼ばれた。

今度は自分のすぐ後ろで声がした。


右肩に手が置かれて。

身体がビクリと大げさに反応した。


「よかった…まだいたんだな」

ほっとしたような声を出す。

肩から手が離れ、玲人は僕の前に回りこんだ。


「もう帰ったと思った」

「………」

「あの人たちに頼んだのか?…もう帰ったと俺に言うように」

「……」

「慶太…」

「…」

「なんか…なんか言えよ。……言えよ」


玲人の声。

震えてる。


黙ってたって仕方ないだろ。

なんか言えよ。

言えよ、慶太。


振り絞って出した声は、情けないほどにかすれていて。

「…僕…帰らないと…」

言った事も。

情けないほどにつまらなかった。

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