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大学生編
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しおりを挟むーside 水野慶太ー
ふわりとした感触が唇から離れていく。
それと同時に僕は閉じていた瞼を開ける。
キスの後に目の前にあるのはいつも玲人の顔なのに。
今あるのは佐倉さんの顔。
心の中では「どうしよう」とすごく焦ってるのに。
身体はぼんやりイマイチ反応しない。
佐倉さんの手が顔に触れて。
何かをなぞるように指が動く。
(え、何?)
そこで自分が泣いていた事を思い出す。
一度思い出すと今度は恥ずかしさやら情けなさが込み上げてきて。
でもやっぱり身体はなんか反応しなくって。
ただ。
僕らは笑いあった。
二人同じタイミングで笑い出して。
その笑いにきっと意味なんかないんだけど。
でも、なんか笑えて。
ようやくそれが収まったとき。
佐倉さんの手が僕から離れた。
「…はーあ。…ごめんな、ケイ」
「え?」
「いや…するつもりじゃなかったんだけどさ…ほら、なんか勝手に?」
「ぁ……はい」
「悪ぃ」
「……大丈夫です」
「そうか」
大丈夫。
それ以外に言う言葉が見つからなくて。
そしてそれを言ってしまった今、またしても僕は黙り込む。
次に言う言葉を捜すんだけど。
なかなか見つからない。
そしたら。
「ま、いいよな、これくらい」
佐倉さんのいつもの明るい声がする。
「…え、あの…」
「いや、いいかなぁって」
「…何が…ですか?」
「ん?キ・ス?」
「へ?」
「いや、この前お前言っただろ、俺に救われたって」
「……言いましたけど」
「それに今日も焼肉おごったしさ」
「…それはありがとうございます」
そして少し子供っぽい感じに片目を閉じ目配せをして。
「だから…これくらいもらってもいいよな」
「ぇと…」
「仕方ねぇからさ。……諦めてやるよ」
「佐倉さん…」
「ま、あんだけおまえの思い聞いたらさ。仕方ねぇよな」
「……」
「このチュウ、今までのお前からのお礼として受け取っとくから」
自分の唇を人差し指でトントンとしながら佐倉さんは笑ってくれた。
その笑顔の意図を僕もわかって。
だから。
「ダメです…」
「は?」
「もらいすぎなんで、返してください!」
「…はい?」
「今のキス。僕の人生で二人目なんですよ!もらいすぎでしょ?」
「ははっ!そっか」
「そうです」
大げさにふるまって。
ちょっと怒ったふりするんだけど。
やっぱりおかしくて吹き出してしまう。
「ふぅ。じゃ、ま、いただくものもいただけたってことで」
「…そうですね。いただかれました」
「その言い方なんかエロい!」
「…意味、分かりません」
「冷てぇな。…でも、その言い方お前らしいからいいか」
そして二人もう一度向き合った。
「ケイ…もう一個お願い」
「え?」
「向こうについたらメールしろ」
「……」
「住所とかそんなの教えろって言ってんじゃない。ただちゃんと着いたってことだけは知らせてくれ」
「……分かりました」
「サンキュ。じゃ、そろそろ終わりにしますかね、送別会。……待ってんだろ?」
「はい」
「よし、帰るかね。……お前のその真っ赤な目が普通に戻ったらさ」
「ぇ…うそ!赤い?」
「真っ赤だよ」
「……もっと早くに言ってくださいよ」
「ま、その目直してから帰ったほうがいいだろうからもう少し付き合ってやるよ」
佐倉さんの言葉に従って、それから三十分くらいまた二人で話をして。
僕は大通りに出てタクシーを捕まえ。
そして、僕らは別れた。
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