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大学生編

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六時半の約束なのに、ただいま六時四十分。

思ったよりも夕飯を作るのに時間がかかりすぎて遅くなってしまった。


とりあえず走ってみる。

だからといってこの十分の遅れを取り戻せるわけ無いけど。

佐倉さん、もう来てるかな?

来てるよね。

時間に正確な人だから。

待ち合わせのあのファミレスが見えたとき。

お店の前に立つ背の高いラフな格好をした男の人が目に入った。

ほらね、やっぱりもう着いてた。


何かが近づいてくるのに気づいたのか佐倉さんの目線がこっちに向く。

それが僕だと分かって笑い出す。


「…ハァ、ハァ…ごめ…なさい。僕…っ…遅れ…」


息が切れすぎて何を言ってるのか分からないだろうけど。

とにかく謝った。


「そんな走んなくてもいいから。…つか、十分くらいだろ?」

「ハァ…でも……遅れ…ました……ハァ…」

「分かったから。いいから落ち着け」


そう言って佐倉さんは僕に息を整える時間をくれた。


「…落ち着いたか?」

「はい。あの、ごめんなさい。急いだんですけど、間に合わなくって」

「はいはい。もうその話は終わり!俺ね、腹減ってんの。お前は?」

「減ってます!」

「そっか、何食う?」

「何って…ファミレス…」

「お前さ、最後までファミレスってことはねぇだろ。…すぐそこ。うまい焼肉屋あんだけど」

「焼肉!…いいんですか?」

「あのね、俺が食いたいの。…行くぞ」


歩き出す佐倉さんの後ろについて僕も歩く。

すぐそこ、って言ったとおり、ファミレスから歩いて五分くらいのところだった。


「そら、好きなもん頼め……ってお前、何見てんの?」


お店について通されたのはお座敷の個室で、なんか格式高い感じ。

僕はものめずらしくってきょろきょろと辺りを見回してた。


「おい、ケイ!」

「だってなんか…すごいなぁって。…ファミレスとは違う」

「だから、ファミレスのことは忘れろよ。…はい、メニュー。タン塩うまいんだよな」

「あ、食べたいです!」

「後、はらみとか……ヒレもマジでうまい」

「食べたいです!」

「ははっ。いや、そんな目キラキラさせんなよ。肉は逃げねぇから。とりあえずそれくらいから始めるか。ケイ…飲みもんは?俺、ビール」

「僕はウーロン茶で」

「…ウーロン茶って…ガキか、お前は。ま、いいか。すみません!」


佐倉さんが店員さんを呼んで注文をしてくれた。

飲み物はすぐにやってきて二人グラスを手に取る。


「ウーロン茶と乾杯って言うのもなんだけど、仕方ねぇよな」

「…すみません」

「謝るなっつーの。んじゃ…ケイの二十二歳の誕生日。…それと…」

「…」

「それから…送別会もかねて…乾杯」

「……乾杯」


チン、とグラス同士をぶつけてみる。

佐倉さんは半分ほどビールを飲み干して。

僕もウーロン茶に口をつける。

程なくして頼んでおいたものが運ばれてきた。

鉄板に肉を載せるとジューっと言う音とともにいい匂いが香る。

そして、また…


グゥ~~っ


「…」

「……」

「……ぁの、今のは…」

「…プッ…お前、なんで、そんな…くはっ…タイミングいいわけ?」

「……そんなに笑わなくっても…だっていい匂いなんだもん」


くんくんと顔を寄せて匂いを嗅ぐと今度は少し控えめにクゥとお腹がなった。


「ぶはっ!お前の腹…正直過ぎるんだけど」

「…先食べますよ」

「はぁーあ、笑わすなよ、あんまり」

「佐倉さんが勝手に笑ったんですよ。僕のせいじゃないです。…ん、これおいしい!」

「そっか?いっぱい食えよ……いや、なんか。思い出したわ」

「んーっ。これも、おいしい。…何をですか?」

「お前と初めてあった日」

「……ぁ」

「おい…別に箸置くことねぇだろ」


知らないうちに箸を止めてたらしい。

指摘されてまた食事に戻る。


「あの日もお前腹鳴らしてたよな。ケイ、いつも腹減ってんの?」

「…忘れてくださいよ…そんなの」

「い・や!…絶対忘れない」


おちゃらけていたトーンから声色が変わる。


「あの日会ってなかったら、今ケイは俺の目の前にいないだろ?だから絶対忘れねぇよ」

「……」

「お前と出会えて、本当に俺は幸せだったと思う」

「……僕も…です」

「そっか。なら良かった」

「…僕も、良かった」

「ケイ?」

「…はい。」

「…まだ言ってないのか?」

「……はい」

「そうか。………ほら、焦げんぞ、その肉!」

「ぁ…はい」


少し焼きすぎてしまったお肉を自分のお皿と僕のお皿にのせてくれた。


「まだ言ってないのか?」

誰が?

誰に?

何を?

口に出さなくても、僕らはそれがなんなのか分かっていた。


せっかくの佐倉さんとの食事なんだ。

しかも…これが最後。

しんみりしてたりしたら申し訳ない。


「佐倉さん…僕、塩カルビも食べたいです!」

「おぅ、頼め」

「はい!」


楽しもう、何も考えず。

たくさん注文して。

少しお酒も飲んだりなんかして。

デザートまでいただいて。


こうして佐倉さんとの最後の晩餐は。

終わりに向かっていった。

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