僕は本当に幸せでした〜刹那の向こう 君と過ごした日々〜

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大学生編

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ーside 桐生玲人ー


ドアの開く音とともに今まで動こうとしなかった身体が勝手に反応する。

座っていたソファからバッと立ち上がって玄関に向かった。


ドアの開く音。そして閉まる音。

慶太が帰ってきた。

慶太が。


慶太。俺の…。


靴を脱ごうとしてるのか。

しゃがみこむ慶太に向かって一言かけた。


「お帰り」


何を言おうかとあれだけ考えたのに。

「ごめん」と言って抱きしめようか。

それともなんでもなかったようにふるまおうか。


でも、俺の口から出てきたのは。

「お帰り」

その一言だった。


慶太は俺がいるとは思ってなかったらしくひどく驚いた表情でバッと顔を上げた。


何も答えない。

ほんの一言さえも。

こんなにも俺はお前の声が聞きたいのに。


またうつむいてしまう慶太。

顔を見せろよ。


「お帰り」

諦めずに何度もそう言い続けた。


「ただいま」

慶太の口からそう聞きたくて。


家に帰ってきたんだから「ただいま」だろ、慶太?

なのに、あいつは結局何も言うことなく逃げ去るように俺の横を通り過ぎて行った。


そして閉じこもる。

寝室ではなく、もう一つの小さな物置になってるような部屋に。


一瞬寝室のドアノブに手をかけて。

眉をひそめて。

すぐにそこから手を離して小部屋に行ってしまった。


入りたくないのか?

俺が他のやつをそこで抱いたから。


慶太が身を潜める部屋の前まで進む。

ノックをしようとして寸前で手を止めた。


慶太。

なぁ、慶太。


その服、誰のだよ?

お前のじゃねぇじゃん。


そんな大きなトレーナー。

男物の。新品にも見えねぇ。


なぁ、誰のだ?

今までお前は誰と…。


潰れる。俺の心臓が。


「慶太…俺大学行くから。…夕飯…いつもどおりの時間で頼むな」


こう言っておけばいるだろ、俺が帰ってきた時に。

夜になってまたいなくなるなんてことはないだろ?


結局俺はその朝それ以上慶太の顔を見ることも出来ずに家を出た。


痛い。

痛ぇ。


見たこともない。

実際いるかどうかも分からないその洋服の持ち主。


俺の頭を占めるのはそれだけだった。


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