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大学生編
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しおりを挟む敦の言っていたこと。
「失ってからじゃ遅い。」
失う。
慶太を?
どうやって?
だって離さないし。
離さない?
じゃあ、今はなんだ。
なんで慶太はここにいないんだ。
離さないはずなのに。
チッチッ、という時計の音が耳に障る。
二時、三時、四時。
後五分したら。
そしたらきっとあのドアが開く。
申し訳なさそうな、気まずそうな顔して。
慶太が帰って来るんだ。
なのに時間は無情にも過ぎていく。
五時、六時。
眠気なんて一切起きない。
むしろ眠れればどれだけこの焦燥感から解き放たれることだろう。
でもこれは俺への罰だから。
だから、俺は眠ることを許されないんだ。
この気が狂いそうな思いを抱えて一分一秒を過ごさなくてはいけない。
それが俺への罰。
少しずつ窓の外が明るくなり出した。
いつの間にか雨もやんでいる。
本当ならこの時間には慶太はキッチンに立って俺の朝飯用意してくれて。
そのいい匂いで起こされて。
幸せな気分で。
また慶太との1日が始まるんだと。
いつもはそう思っているのに。
今は何の温度もないこの部屋。
匂いも温かさも、人の気配も。
何もない。
寒い。
慶太。
慶太。
慶太。慶太。慶太。
朝八時。
もう外は完全に明るい。
今日はどうしても大学に行かなくてはいけなくて。
そろそろ家を出ないと間に合わないのだけれど。
それに反して俺の身体が動こうとはしない。
慶太が戻るまでここを離れるまいと必死で抵抗する。
その時だった。
カチャリ。
そっと玄関のドアが開く音がしたのは。
ここの鍵を持ってるのは二人しかいない。
俺と。
慶太。
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