上 下
186 / 303
大学生編

10

しおりを挟む


マンションに着くと急いで部屋に駆け込んだ。


「ぁ…ハァハァ…玲人?…玲人?」


部屋に入るなり玲人の姿を探す。

でも部屋は真っ暗で人の気配などしなかった。


「ご飯。…用意しなくちゃ…玲人…帰ってくる」


整理のつかない頭を抱えて僕はキッチンに立った。

何か他の事をしていなければ冷静でなどいられないと思ったから。


すぐに玲人が帰ってくる。

そしたら。

そしたら大丈夫なんだ。


記念日用にといつもより豪勢な料理を作った。

ケーキだって焼いた。

全て終わったのにまだ玲人は戻ってこない。


またさっきの事がよみがえってくる。

身体が震えだす。


「玲人…玲人…。怖い。ねぇ、帰って来て?抱きしめてよ…」


彼のぬくもりが欲しかった。

「大丈夫」と背中をなでて欲しかった。


なのに時間だけが過ぎていく。

もうすぐ今日が終わろうとしている。


玲人。

終わっちゃうよ?

今日が終わっちゃう。

約束じゃないか。

一緒に夕飯を食べるって。


少しでも彼を感じたくて僕は寝室へと行った。

ベッドに横になり玲人の枕を抱え込む。

玲人のにおいがした。

精神的にとても疲れていた僕はそのまま眠っていた。


次に起きたのはキッチンで物音がしたとき。

ぼんやりしながら時計に目をやると二時を過ぎていた。


(夕飯、一緒に食べれなかったな。約束なのに…。でも、今日の約束を先に破ったのは僕なんだよね。)


ノソノソとベッドから這い出てキッチンへ向かう。

そこには先ほどの物音を立てた人物、玲人が立っていた。


「お帰りなさい」

「……あぁ」

「あ…ごめん。今片付けるから」


テーブルの上にある料理を片付けようとそれに手を伸ばす。

さすがにもう要らないだろう。


「お前食ったの?」

「え?」

「飯だよ。それ」

「食べて…ないけど」

「じゃ、食おうぜ」

「でも…もう…日付変わって…」

「…そうだけど。俺腹減ってんだよ」

「いいの?」

「……はぁ、いいから食おうぜ」


ため息をつかれ、片付ける手を止める。

そんな僕から奪うように玲人はお皿を取り上げた。


その際にまた玲人から香る別の人の匂い。

僕がいなかったから?

だからまた別の人を抱いたの?

玲人、玲人僕ね。


(お父さんが来たんだよ。)


そう言いたかった。

聞いて欲しかった。


でも、言えなかった。


僕の問題だから。

またため息をついて欲しくないから。

わずらわしく思われるのは嫌だから。


だから。


「玲人…ごめんなさい」

「は?」

「今日は約束破って…ごめんね」

「……別に」


ねぇ、玲人。

僕を捨てた人が今日来たんだよ。

でも、君に捨てられたくないから。

それは言わないね?

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

僕は貴方の為に消えたいと願いながらも…

BL / 連載中 24h.ポイント:213pt お気に入り:1,785

ちびっ子ボディのチート令嬢は辺境で幸せを掴む

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:6,959pt お気に入り:1,126

充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,428pt お気に入り:209

スピーディーにマニアック

BL / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:119

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:631pt お気に入り:4,515

ハコ入りオメガの結婚

BL / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:1,276

悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

BL / 連載中 24h.ポイント:21,173pt お気に入り:7,336

典型的な政略結婚をした俺のその後。

BL / 連載中 24h.ポイント:326pt お気に入り:2,112

処理中です...