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大学生編
10
しおりを挟むマンションに着くと急いで部屋に駆け込んだ。
「ぁ…ハァハァ…玲人?…玲人?」
部屋に入るなり玲人の姿を探す。
でも部屋は真っ暗で人の気配などしなかった。
「ご飯。…用意しなくちゃ…玲人…帰ってくる」
整理のつかない頭を抱えて僕はキッチンに立った。
何か他の事をしていなければ冷静でなどいられないと思ったから。
すぐに玲人が帰ってくる。
そしたら。
そしたら大丈夫なんだ。
記念日用にといつもより豪勢な料理を作った。
ケーキだって焼いた。
全て終わったのにまだ玲人は戻ってこない。
またさっきの事がよみがえってくる。
身体が震えだす。
「玲人…玲人…。怖い。ねぇ、帰って来て?抱きしめてよ…」
彼のぬくもりが欲しかった。
「大丈夫」と背中をなでて欲しかった。
なのに時間だけが過ぎていく。
もうすぐ今日が終わろうとしている。
玲人。
終わっちゃうよ?
今日が終わっちゃう。
約束じゃないか。
一緒に夕飯を食べるって。
少しでも彼を感じたくて僕は寝室へと行った。
ベッドに横になり玲人の枕を抱え込む。
玲人のにおいがした。
精神的にとても疲れていた僕はそのまま眠っていた。
次に起きたのはキッチンで物音がしたとき。
ぼんやりしながら時計に目をやると二時を過ぎていた。
(夕飯、一緒に食べれなかったな。約束なのに…。でも、今日の約束を先に破ったのは僕なんだよね。)
ノソノソとベッドから這い出てキッチンへ向かう。
そこには先ほどの物音を立てた人物、玲人が立っていた。
「お帰りなさい」
「……あぁ」
「あ…ごめん。今片付けるから」
テーブルの上にある料理を片付けようとそれに手を伸ばす。
さすがにもう要らないだろう。
「お前食ったの?」
「え?」
「飯だよ。それ」
「食べて…ないけど」
「じゃ、食おうぜ」
「でも…もう…日付変わって…」
「…そうだけど。俺腹減ってんだよ」
「いいの?」
「……はぁ、いいから食おうぜ」
ため息をつかれ、片付ける手を止める。
そんな僕から奪うように玲人はお皿を取り上げた。
その際にまた玲人から香る別の人の匂い。
僕がいなかったから?
だからまた別の人を抱いたの?
玲人、玲人僕ね。
(お父さんが来たんだよ。)
そう言いたかった。
聞いて欲しかった。
でも、言えなかった。
僕の問題だから。
またため息をついて欲しくないから。
わずらわしく思われるのは嫌だから。
だから。
「玲人…ごめんなさい」
「は?」
「今日は約束破って…ごめんね」
「……別に」
ねぇ、玲人。
僕を捨てた人が今日来たんだよ。
でも、君に捨てられたくないから。
それは言わないね?
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