僕は本当に幸せでした〜刹那の向こう 君と過ごした日々〜

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大学生編

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ちらりと時計を見る。

九時半…か。

「遅くなる」とだけメール来ていたけどどれくらい遅くなるのかなぁ。

ご飯冷めちゃうよ。


そう思ってたときにガチャリと玄関のドアが開く音がした。


(帰ってきた!)


リビングから玄関口を覗くとそこには靴を脱ぎ捨てる玲人の姿。

少し疲れてるみたい。

お酒も入ってる、のかな?


「お帰りなさい」

「……あぁ、ただいま」


僕のほうを一瞬だけちらりと見てすぐに視線をそらす。

僕には痛むだけの心がまだ残っているらしく、握りつぶされるような苦しさを感じた。


「ぁ…ご飯すぐ食べる?先にお風呂入ってくる?」

「…じゃあ、先風呂入るわ」

「分かった。もう沸いてるから。着替えあとで持ってくね。ご飯もあっためなおしとく」

玲人はそう言う僕の言葉を背中で受け止めてお風呂場へと向かって行った。


(ふふっ…本当に家政夫…だね。)


おなべに入ったクリームシチューを温めようとコンロに火をつける。

ぐつぐつと煮え立つそれをなんとなく見つめた。


何を考えるわけでもなくただボーっとぼこりと浮き上がってくる気泡を眺める。

結構長い間その状態だったらしく「着替えくれよ!」という玲人の声でふと我に返った。


(マズイ!)


すぐに火を止めて慌てて玲人に下着とスウェットを持って行った。


「ごめんね」

「なんかしてたのか?」

「ぇと…料理あっためてた」

「あっそ」


髪の毛をタオルで拭きながら玲人は僕を置いてキッチンへと向かった。

そしてその後を追う僕。


「よし、食うか」

「うん。いただきます」


テーブルの上には、クリームシチューにサラダ、それと初めて焼いてみたパン。

初めての割りにうまく焼けたと思う。


シチューを口に運ぶ玲人の様子を伺う。

これもいつもの事。

自分が食べだす前に玲人が食べるのを見てしまう。


そして。


「ねぇ…玲人。あの…」

「…うまいよ」


これも同じ。

最近では「おいしい?」と聞く前に返事が来るようになってしまった。


昔、聞いたことがある。

「男は胃袋で勝ち取れ」

僕も一緒だ。

これをとったら何も残らない。


身体?

そんなの飽きるくらいに玲人には代わりがいる。


「おいしい」

その一言を毎日聞きたい。


だから、どんなにため息をつかれても。

鬱陶しそうな顔をされても。

聞く前に惰性の答えを聞かされたとしても。


僕は尋ねるのをやめられないんだ。


「ねぇ、玲人。おいしい?」

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