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第七章.暴かれた効用

88.閑話、シュバルツ視点〈前編〉

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 シャルルは、ガッショウヅクリの家は好きではないと言っていたが、毎日、遊びに来ては、楽しそうに囲炉裏や風呂に入り浸っていた。建て替えを検討していたが、失敗ではなかったようだ。放っておけば、そのうち住み着くかもしれない。

 俺と同じ食性だと思っていたシャルルは、毎日、謎の物体を作らせる。豆は豆として食えばいいだろうに、手間暇かけて臭う液体を作って喜ぶとか、想像外だ。何度でも作れるように、手順と味は覚えたが、豆を食う方が腹にたまる。無駄だ。
 次は、魚を食いたいらしい。


 囲炉裏で焼くのは、川魚がいいらしい。
 護衛とシャルルを連れて出かけたが、シャルルの様子がおかしい。森に入った途端に、挙動不審になった。何かやったのか。頭を撫でてみたら、誤解されていることを知った。戦う博士という謎の称号を与えられていた。
 お母さん、お父さん、鳥頭、ちっこいの、考えてみたら、シャルルの周りは戦闘職ばかりだ。誰も彼も、皆戦えるのが普通だと思っているのか。攻撃魔法は、燃費が悪すぎるから覚えないようにしてきたが、シャルルが手に入るなら、習得してもいいかもしれない。何と戦わされるのかは、知らんが。
 川で釣りをしたいと、繰り返し言っていたから、連れてきたのだが、竿が持てないと言い出した。出会った時からすぐに死にそうだと思っていたが、より一層役立たずになっているようだ。手懐けるために甘やかしていたが、身体を動かす機会は奪わない方が良さそうだ。怠け者を釣る加減が、難しい。

 シャルルが遊ばないというなら、魚取りはただの作業だ。空中に水の玉を浮かべ、その中に次々と魚を放り込んだ。どれが食用魚かわからないので、一通り持って帰って?

 野放しにしていたシャルルが、水に襲われる現場を目撃した。人でなく、魔獣でもなく、水にまでさらわれるだと?  釣り上げる目標をシャルルに変更したが、シャルルは上がって来ない。力負けした。
 鳥頭と、ちっこいのが水に飛び込んだが、中には入れなかった。水面に立って、下に向かって攻撃している。無機物相手では、分が悪かろう。水の精霊と敵対しているのはわかるのだが、精霊を操っているのは誰だ?

 試しに、魔力を叩きつけながら、水に突撃してみた。どうせ無理だろうと、軽い気持ちで挑戦したのだが、何故か通過できた。シャルルの姿は確認できないが、そのまま真っ直ぐ突き進むと、空気がある場所に落ちた。
 もう一度、出入り口に魔力をぶつけてみたが、通れる気配はなかった。しかし、幸いにも、そこにシャルルも落ちていた。意識もなく、ずぶ濡れで倒れていた。今のところは生きていそうだが、放置したら死ぬかもしれない。近寄って、起こそうと歩き出したところで、嫌なものを見た。


「其は誰ぞ?」
 人語を解す銀色の首長竜だった。首の長さだけで、俺の5倍くらいありそうな巨大竜だ。シャルルをさらった犯人がコレなら、鳥頭や魔獣如きが役に立つ訳もない。とても納得できる相手だった。
「俺は、シャルルの元弟で、元夫で、現在兄分だ。名をシュバルツと言う」
「其れは、我が娘だ。娘の証を差し出せ。左すれば、自由を保障しよう」
「娘? 自由?」
 シャルルが、この竜の娘? 男の母親がいるシャルルなら、この竜を母親と呼ぶこともあるだろうか。森に入った時の挙動不審の原因は、これか? スーガクよりも先に、家族構成を確認しておけば良かった。弟妹は、無尽蔵にいるようだった。母親は、何人いるのだろうか。
「証なき場合は、籠の鳥よ」
「わかった。少し待て」
「シャルル! 起きろ、シャルル!」
 軽く叩きながら呼ぶ程度で、シャルルは覚醒した。しかし、目覚めてすぐ、口から水を噴いて苦しんでいる。
「落ち着け。大丈夫か? もう終わりか?」
 身体を支えて、完全に吐き出させてやったが、終わった途端に動かなくなった。体力が尽きたのか、俺に全てを丸投げすることにしたか。竜を見ても暴れ出さなかったので、話をしてもいいだろうか。
「見たな? 落ち着いてるか? いけるか?」
「私、あれ、苦手なんだよ。今まで食べてきたお魚さん、ごめんなさい」
 やはり初見ではなかったか。あんなものがいるなら、焼き魚など諦めればいいだろうに。水に近付かなければ良かっただろうに。保護者たちの過保護ぶりは、過保護ではなかったのか。
「食わせないから。守るから。娘の証とか言うのを出せ。お前は、アレの娘なんだろう? 忘れてるだけで」
「そんな訳ないじゃん。あれ、シュバルツの親族なの?」
 俺とシャルルの血縁関係は否定したのに、また忘れたのか。これでは、シャルルと竜の関係を聞いても、当てにならない。この記憶障害は、どうしたら治るんだ。

「おい、竜。この娘には、記憶がない。娘の証とは何だ。ちゃんと説明しないと、理解しないぞ」
 シャルルでは、埒があかない。あまり話したくはないが、竜の方がまだマシだと思えた。
「我が心臓が、証。天色の石だ」
 シャルルは心臓も持っていたのか。それならば、甘やかすよりも、鍛えあげれば良かった。水の心臓持ちならば、どこででも生きていける。なんでもできる。
「シャルル、青の宝石だ。持っていたら、出せ」
「青の宝石? 知らないよ、そんなの」
 知らないと言いつつ、青の石をつかんでいた。
 シャルルは何でも持っている。出会った時の印象は、幼稚な幻想ではなかった。心臓までガラクタ扱いでは、何を秘めているやら知れない。この場を乗り切ったら、解体してみたい。
「やっぱり忘れてたんだな」
「そうだね。ちょっと違うけど、そうだね」
 シャルルから心臓を奪って、竜に投げつけた。
 もったいないが、本当にシャルルが娘だというなら返ってくるだろうし、嘘だったならいずれ奪われる物だ。
「それで、満足か。もう帰らせてもらうぞ」
 このまま放置すれば、シャルルは死ぬかもしれない。シャルルを抱えて、出口に向かう。

「よくぞ還ってきた。我が心臓よ。もう其等に用はない」
「ふざけるな!」「ひぃいぃっ!」
 竜から、衝撃波が飛んできた。魔法で回避はできたが、いつまで持ち堪えられるか、わからない。
「何なにナニ何? シュバルツも、ガチ喧嘩で友情深めるタイプなの?」
 友情? 何の話だ。お母さんとも、特に仲良くしているつもりはないのに、竜と仲良くしろという命令か? 確かに、これを友人にできたら強いだろうが。
「騙された。アレを渡したら用済みって、シャルル、竜の声が聞こえないのか?」
「え? あれもしゃべるの?」
 声が聞こえない? 無意識にまた面倒な魔法を使っているな。どうせなら、竜を倒せばいい。
 シャルルを使って、適当な魔法を即興で使うのと、シャルルに魔法を使わせるのと、どちらが威力を出せるだろうか。
「回避は任されるが、何か攻撃手段はないか? シャルルに言っても無駄か?」
「シュバルツ。お姉ちゃんはね、ジョエルより強いっていう設定なんだよ。ジョエルは、ドラゴンとソロでガチ喧嘩ができる男だよ。なら、お姉ちゃんは、ドラゴンを倒せてもいいよね?」
 涙も止められないくせに、やけに自信を持った返事が返ってきた。設定って何だ。信じていいのだろうか。
「よし、最大出力でいこう」
 シャルルが本当に最大出力を出せるなら、竜にも勝てる見込みはある。近付けば威力が上がるなら、ゼロ距離を狙うべきだ。身の安全のためには近寄りたくないが、一発勝負なら、妥協はできない。

 竜に向かって走った。風魔法も使って、一瞬で接近を果たしたが、近付けば魔法だけでなく、腕や尻尾も飛んでくる。少しでもかすれば終わる。避けるしかできないから、なかなかシャルルに触れさせることができない。シャルルを竜に投げつけていいなら簡単だが、それをすると俺がシャルルに殺されるらしい。難しい。
「もうこの辺でいいよ。的が大きいし、適当に合わせるよ」
 シャルルが、あっという間に飽きた。待て。竜相手に一発しか使えないんだろう? なんでそう適当なんだ。今だけは、もう少し我慢してくれ。
 だが、止める余裕もなく、放たれてしまった。
「カマイタチ!」
 まさかの分散型広範囲攻撃だった。シャルル、もう少しよく考えろ! それじゃあ、俺しか倒せない!!
 竜からの攻撃があるのだから、魔法射出ポイントに留まることもできない。命からがら逃げ出した。もう竜のそばに寄るメリットはない。
 次撃は、2、3日後だ。それまで逃げ切らないといけない。次は絶対に、シャルル任せにはしない。シャルルの自信など、2度と信じない。俺の即席魔法の方がマシだった。
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