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第六章.Let's get married

82.シュバルツの家

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「兄と弟で、こんなに待遇が変わるとは、思わなかった」
 シュバルツが、朝からうるさい。昨日、しれっと寝室に入って来たのを叩き出したのが、よほど気に入らないらしい。シュバルツにとって、私に会ったのが何日ぶりかは知らないが、私の感覚では、前日までシュバルツと同じ布団で寝ていた。急にどうした? と言いたくなる気持ちもわからないではないけれど、私にも譲れない一線がある。
「可愛い弟が、一緒に寝ようって言うなら受け入れるけど、私が兄と寝る必要なんて、まったくないよね? 私はもう大人なんだよ。1人で寝れるんですー」
「お前な、弟だろうと、こんなデカイ男と一緒に寝るなよ」
「ちょっと前までは、小さくて可愛かったんだよ。御形と大して変わらなかったんだよ」
「ルルー、実弟と弟分をそこまで同じ扱いにしてはいけないと思うの」
「寒かったし、暖房代わりに丁度良かったんだよ」
「このお嬢さんに、これ以上言っても無駄なんじゃないかな。今まで通り、君らが保護するしかないだろう」
 何故だ。確かに、御形は、もう一緒に寝ようなんて言わない。兄弟全員で雑魚寝している環境で言う必要も感じられない。だが、一緒に寝て欲しいと言われれば、全力で一緒に寝るよ。バイトが入ってない日限定だけどね。
「俺は、ただシャルルと寝るまで話したいだけだ。昼間じゃダメなんだ。夜更かしに耐えられなくて、寝ながら話すシャルルの話が聞きたいんだよ」
「何ソレ」
「起きてる時は、俺をバカにしてるのか、面倒臭いのか、難度の高い話はしてくれないだろう。半分寝てるシャルルに質問すると、湯水のように貴重な話が溢れ出すんだ。俺は、それが聞きたいんだ」
 あー。ちょっと心当たりあるかもー。面倒だから話したくないのと、寝ながら受験勉強したり、課題やったりしてた弊害だと思う。
「半分夢見てる状態で話したことに、信ぴょう性を求めないでね」
 勉強したらしいノートや課題に間違いを見つけたことはないが、寝言にまでは責任を持てない。録音してくれればチェックはできるが、そんなものを聞きたくはない。
「そうだな。クロが優勢遺伝だと言うのは、間違っていた。俺の子も孫もひ孫も、クロは出なかった」
「え? 私の地元じゃクロは多分、かなり強いよ」
「クロが優勢遺伝なら、誰も珍しがったりしないだろう。シャルルが俺のひ孫だというから、楽しみにしてたのに、ひ孫にシャルルが出なかった。あの時の絶望は、忘れられない」
「ひ孫だって言ったのは、先生だよ。私の所為じゃないよ」
「鳥頭を先生と呼ぶな。あれは、ロクでもない男だ」
「嫌だよ。名前を覚えたくないんだよ」
「2人とも大好きなのに、酷すぎる」
 先生は落ち込んでいるようだけど、生理的に受け付けない人が、ややこしい長い名前だった時に、頑張って覚えようなんて思える人が、どこにいるって言うの? 先生の名前なんて覚えたって、テストに出ないでしょうよ。

「シャルがひ孫じゃないなら、マジで赤の他人じゃねぇか。兄でも弟でもない」
「ただのそっくりさんだよ。ルルー」
「ジョエルと偽ジョエルみたいな?」
「あれは兄だよ」
「だから、シュバルツが兄なの?」
「お前は、なんの話をしてるんだ?」
「ジョエルがお母さんな私にとって、どうでもいい話だな、って言いたい」
 母ジョエル、父キーリー、兄シュバルツ、弟タケル、誰一人として血のつながりなどない。タケルなんて、人ですらない。今更だ。シュバルツとは、どこかで繋がってる気がするけれども。
「「、、、、、」」
 ふっ。口ゲンカで勝てないキーリーを黙らせてやったぜ! 私も、成長したな。
「ジョエルは、美人なら女性の部屋にノックもしないで入っていい、って言ってたじゃん。シュバルツは黒髪なんだから、文句なしの美人でしょ? 一緒に寝たって安全だよね。実際、今のところ何もないよ。シュバルツが、心労で死にかけた程度だよ」
「お前の所為か!」
 キーリーは、ジョエルを蹴飛ばした。ジョエルは何の痛痒も感じていないようだけど。
「なんで、そんなことだけ覚えているの?!  あの時と今は違うからね」
「都合の良いところだけ覚えてるのが、年長者の嗜みなんだよ」

「その件なら、解決策を作ってきたぞ」
「解決策? 何なにー?」
「お母さんを本物の女に変える薬だ!」
 シュバルツは、どこからかピンクの液体が入った小瓶を取り出した。とても怪しい色だ。
「うわぁ、それも本当に作っちゃったんだ」
 もう化学の知識とか、関係ないじゃん。猫型ロボットとか、そっちの世界じゃん。
「いらないと言っただろう!」
 心が男のジョエルは、怒っているけど。
「なんで?」
「なんで? わたしは、男なんだよ」
「ジョエルが女の子になったら、お母様が喜ぶよね!」
 親孝行で女装しているジョエルだ。親孝行なら、女性になってしまえばいいのに。普通の孝行息子は、親に頼まれても女装はしない。ジョエルの一線がどこにあるのか、わからない。
「10年前ならね。最近は、男装命令が出てるから、もういらないのよ」
「今、女装してるじゃん」
「ルルーが選んでくれた服を着てるだけなのに」
 そういえば買ったね。ジョエルが着れるサイズってだけで選択肢がなかったんだけど、まさか本気で着るとは思わなかったよ。ジョエルは、どんな服でもオシャレにアレンジして着こなすのに、なんで私には緑フリフリ一択なんだろう。手の抜き具合が酷いわ。
「シュバルツ。それは、今度お母様に相談するから、それまで凍結ね」


 村に帰ったら、また変なものが増えていた。
「アレの犯人って、シュバルツ?」
「ああ、クロの村にシャルルが住んでるって聞いたから、俺たちの家を建てておいた」
 壁画といい、銅像といい、結婚式場といい、シュバルツの作る物は、どこか乙女チックだった。そこにきての家だ。
「なんで藁葺き屋根の古民家なんだよ」
 田舎の雰囲気に溶け込みそうな建物だが、周囲の家と建築様式がまったく違うので、とても浮いていた。
「ガッショウヅクリって言ったか? シャルルの理想なんだろう?」
 マジか。アレが私の理想の家だったのか。きちんと保全して欲しいなぁ、と思ったことはあるが、自分が住むという発想はなかった。そして、そんな話をいつしたんだろうか。
「なんでシュバルツと合掌造りについて語り合わなきゃいけなくなったのかが、わかんないんだけど、雪国の理想の屋根の形とか、そういう話だったんじゃないかな」
「シャルルは、半分寝てたからな」
「だろうね」
 建ててしまったものは、仕方がない。一緒に住む予定はないが、中に入ってみる。やはりというか、なんというか、とてもチグハグな内装だった。
 私は、古民家に大した思い入れもないし、入ったことはあるが、相当昔だ。詳しく覚えていないし、寝ぼけて発言したのを聞いたシュバルツが想像で建てた家だ。ちゃんとした古民家が再現されている訳がない。
 囲炉裏や畳や障子や襖はあったが、土間はないし、壁が金色の部屋とか、畳の上にイス席とか、よくわからない部屋がいくつかあった。養蚕部屋とか、なんで作っちゃったかな。言われたままを再現するより、少し疑問を抱こうよ!
「そして、ここが俺たちの寝室だ!」
 城の寝室と内装がまったく同じで、ベッドだけが大きくなっていた。壁画も同じだ。何考えてんだ。
「シャルルが、シングルベッドは1人しか寝れないと言っていたから、大きくしといたぞ」
「へー、そうなんだー」
 気にかけるところが違うと思った。

「一緒には住まないけど、お風呂だけ借りに来ようかな」
 普通に考えたら、お風呂を毎日沸かすなんて贅沢なのだが、燃料や水はシュバルツか先生に頼めば、魔法でどうにかなる。無尽蔵に使えるんじゃなかろうか。
「何故だ!」「ダメだ!」
「お前な、男と風呂に入るな、と何度言えばわかるんだ?」
 おおう。今日も、お父さんは、口うるさい。なんでみんな、過去のうっかりを、そんなにしっかり覚えているの?
「一緒には入らないよ。お湯を張ってもらったら、1人で入るんだよ」
「そんなことを言って、洗い湯が足りなくなったとか何とか、途中で呼んだりするんだろう」
「そうか。先生には頼めないね」
「シュバルツも兄じゃないんだからな? ジョエルも男だからな?」
「そんな不便な物は作らない。蛇口をひねれば、お湯が出る」
 シュバルツ宅は、給湯器付きだった。お湯の蛇口からはお湯がでて、水の蛇口からは水が出る。温かいお湯が出るのにタイムラグがないから、日本のそれよりスゴい。ついでに温水式床暖房も作ったって、意味がわからないんですけど。村には電気も水道もないのに、何やってるの?
「蛇口をひねれば水が出てくるんだ、と城で言っていただろう? シャルルが言っていたのとは方法が違うが、再現してみた」
「シュバ衛門か」
「同居しないのは不満だが、今は諦める。どうせ風呂に入ったら、面倒になって帰らなくなるだろう」
 ありそうな未来を予言されて、冷や汗をかいた。
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