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第三章.さよなら大好きだよ

40.怖い!

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 さっきまで怒ってた2人から、急にトゲが抜けた。 
「ルルー、記憶はどうなってる? わたしたちのことは、覚えてないよね」
 優しい顔。 
「たすけろ、じょえる」
 あれは、この人のことだったのか。
「覚えてんのか? 俺は? 俺は?」
「知らん!」 
「やべー。くそムカつくけど、絶対コレあいつな気がする」 
 抱きつかれた! 気持ち悪い。
「触るな!」
 部屋に駆け戻り、ドアを閉めた。
 なんなの? 気持ち悪い。気持ち悪い。吐きそう。  


 キーリーは、多分、悪くない。きっとシャルルとそういう仲だっただけだ。私がシャルルになってるのが、おかしいだけだ。
 理解はできるけど、震える。怖い。嫌だ。無理だ。私には、無理だ。還りたい。還りたくない。おぞましい。
「ルルー、ちょっと話せる?」
「無理! 絶対、無理! 嫌だ。怖い!」
「ドアは開けないわ。そのままでいいから、話を聞いてくれないかしら。謝らなければならないことがあるのよ」

 ひどい話だった。
 私とシャルルは、身体が入れ替わっているらしい。今回で、2度目だという。 
 こちらの世界が嫌になったシャルルが、逃げ出すために私と入れ替わった。そして、私は、こちらの世界で生活をするようになって、昨日元に戻ったらしい。
 私は、シャルルを引きこもりから脱却させ、愉快に適当生活を送り、シャルルは、私を休学させ、バイトを辞めて、オーナーさんと付き合いだした。
 急に大学に通えって言われても、無理かもしれない。もしかしたら、弟妹を思って、お付き合いを始めてくれたのかもしれない。だけど、それでも私の身体をそんな風に使って欲しくなかった。私もいけないことをしたかもしれないけれど、そんなことをして欲しくなかった。気持ち悪い。
 私は、元に戻る代償として、こちらで過ごした記憶を失ったらしい。シャルルは記憶をなくしていない。こちらに戻ってきて、またオーナーさんに会いに戻ったようだと言われた。
 止められなかった、と謝られた。ジョエルとキーリーは、悪くないと思う。ある意味では、助かった。ずっと心配していた弟妹を幸せにしてくれるかもしれない。いずれ私のアルバイト生活など、破綻したに違いない。私の気持ち悪さなど、些細なことだ。わかる。理解できるけど。
「私は、こっちで何をした?」 
「ルルーは、外に出た。何もしないで宿にいればいいと言ったのに、薬師を目指した。ケガを瞬時に治す薬を開発して、弟子を得た。ドラゴンの宝を相続して、魔獣を手懐けた。わたしの家族の問題も解決してくれた。発言は突拍子もなかったけれど、素晴らしい人だった。皆が、君を愛しているよ」 
 そんな訳がない。嘘に違いない。
「私とあなたたちは、仲が良かったのよね?」 
「そうだったと思っているよ。わたしは、お母さんと呼ばれていた。キーリーは、お父さんと。初任給は親孝行をするんだと言い張って、イヤーカフを作ってくれた。わたしの宝物だよ」
「ごめんなさい」 
「どうしたの?」 
「あなたは男の人なのに、失礼なことを言っていたのね」
「こんな格好をしているのが、悪いのよ。びっくりはしたけど、嫌じゃなかったわ。大好きだったもの」
「ごめんなさい。怖い。もう無理」 
「部屋に猫を入れてもいいかしら? あなたの猫だったのよ。無理なら、入れなくていいのだけれど」
 私は、少しだけドアを開けた。隙間から、するっと猫が入ってきたので、ドアを閉めた。 
「わたしはもう行くけれど、何かあったら呼んでね」
 もう声は聞こえなくなった。怖かった。
 泣きながら、猫と寝た。


 朝が来た。窓から外を見る。のどかな風景と、ガラスに映る自分が見えた。畑でクワを振るう人。茶色い大きな動物を沢山従えて、どこかへ歩く人。鳥を追いかけて、走る子供。まったく見覚えのない景色だ。懐かしいような気もするが、気持ち悪い。慌ててベッドに戻った。怖い。
 昨日の話で、大体の状況は分かった。現実世界の意味不明さも、弟妹たちの喜びも。あちらの世界には、戻れない。戻りたくない。あえて戻って、全てを壊したい気持ちもなくはないが。シャルルは、皆の救世主だ。奪う訳にはいかない。私には、代われない。
 だったら、こちらの世界で生きていくのか。ジョエルは、いい人そうだった。キーリーも、シャルルと仲良しなのだろう。だけど、顔を見るのも怖い。震える。誰だか知らない外の人も恐怖を感じた。この状態で生きていけるだろうか? 生きていても、生きているだけなのに。

「るる、ごはんのじかん」
 黒猫ちゃんは、可愛い。どうしたらいいかわからずに、戸を少し開けてあげたけど、出ていかなかった。私があげないといけないのだろうか? 外に出たくないんだけど、猫のごはんは部屋の中にあるだろうか? 猫が戸の隙間で止まったので、閉めることもできない。失敗した。
 部屋を家捜ししてみたが、草の生えた鉢植えが窓辺にあるだけで、何もなかった。タンスはあるけど、空だ。一昨日まで暮らしてた部屋とは、別の部屋なのだろう。猫のごはんが必要なら、やはり外へ出ないといけない。諦めて、部屋から出た。 

「やあ、お嬢さん、久しぶりだね。君と添い遂げる障害は、消え去った。さあ、こちらへおいで」
 そろりそろりと、物音を立てないように気をつけていたのに、曲がり角で色素の薄い変な人に出会ってしまった。知り合いなんだろうけど、怖い。
 恐怖に立ちすくんでいたら、後ろからキーリーが走ってきて、変な人を連れ去って行った。見間違いかもしれないと思うほど一瞬だった。そのまま動けずにいたら、引き返してきて、 
「朝飯は何を食いたい?」
 と、ものすごく遠くから言われた。
「猫ちゃんの」 
 ぼそりと口から漏れてしまっただけの声だったのに、納得したように戻って行った。
「猫飯と、お前の飯、持ってくから部屋で待て」

 なんとか部屋に戻って、座っていたら、
「10数えてからドアを開けろ」
という声が聞こえて、指示通りにするとステーキ定食とオムレツセットのような物が置いてあったので、部屋に持って帰った。 
「いただ、まーす」
とタケルがステーキにかぶりついたので、私はオムレツのトレイに付いていたスープを手に取る。キレイな配色の野菜の具を見て、ニンジンを星や花に切っていたなぁ、と思い出す。お金をかけないでできる特別のご馳走だった。私は、残りのカケラを食べながら、喜ぶ弟妹を見ていた。苦しくなった。 
 鈴音、波久部、御形、鈴白、田平。私がオーナーさんを受け入れない限り、もうあの子たちに会えない。大好きだから、会えない。
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