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第三章.さよなら大好きだよ

36.閑話、トリスメギストス視点

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 オレは、トリスメギストス。284歳。魔法使いだ。


 年齢を言うと、嘘吐き扱いされるのだが、嘘ではない。多少の数え間違いはあるかもしれないが、大体そのくらいだ。食べ物や美容法に気をつけたくらいでは、こうはいかないだろうが、魔法や魔法薬を駆使すれば、擬似的な不老不死は可能なのだ。自分の能力が低いからと、他人まで勝手に同じ土俵に置いて議論するのは、感心しないことだ。オレならできる、ただそれだけだ。

 若い頃は、魔法と魔法薬の研鑽に明け暮れていた。既存の魔法など10歳を過ぎる頃にはマスターしてしまったので、独自の魔法を考えるのに夢中で取り組んだ。どうしたことか、精霊らしきものが見えるので、他の魔法使いほど苦労せずに、魔法の種類を増やすことに成功した。 
 魔法や魔法薬を売るだけで、生活は潤った。贅沢に埋没したのは、60歳を過ぎた辺りだったか。魔法と金の力で、叶わぬ夢がほぼなくなれば、開発の熱も冷め、ダラダラと暮らした。 
 280歳を過ぎた今も、たいして変わらない生活を送っている。たまに面白そうな話を聞きつけて、外に出かけることもあるが、基本は怠惰な日々だ。


 ある日、初心者魔法使いの魔法の先生をやって欲しい、という依頼が舞い込んだ。初心者相手にオレを起用するなど、失礼がすぎる。どこのバカ御曹司だ! と激昂して依頼書を見れば、依頼料もしょぼかった。完全にバカにしている。隠遁しすぎたのだろうか。少し興味をひかれて、依頼を受けることにした。当たりだった。
 生徒は、大きな瞳が印象的な可愛らしい少女だった。少し若すぎる気もしたが、何番目だか覚えていない嫁の後継にピッタリではないかと思った。 
「トリスメギストスと言います。よろしくね、お嬢さん」 
 とりあえず、唾をつけさせてもらった。男どものやっかみなど耳に入れる必要はない。ターゲットを落とせば、それで完了だ。

 歓迎会を開いてくれると言うので、お嬢さんの横の席に座り、手を取って、オレがいかに素晴らしい人間かを教えてやった。この美貌、この資金力、この魔法力、擬似的ではあるものの不老の力まであるのだ。どれか1つならともかく、これらすべてを持ち合わせる男など、他にいるハズもない。
 大抵、この話をするだけで女は落ちるものだが、お嬢さんはそもそも話を聞いていないようだった。スケールが大きすぎて、嘘だと思われたのかもしれない。たまに、そういうこともある。だが、名前を覚える気もないのは、初めてだ。長すぎるのかもしれないが、親が付けた名だ。仕方ないだろう? 改名しようか、少し悩むくらい覚えてくれない。あだ名にしたって、トリトリはない。ひどい扱いだった。


 次の日は、魔法の先生らしいところを見せようと、外に案内してもらった。
 わかりやすい比較対象として、お嬢さんの魔法を前座にしたら、変なものを見せられた。
 魔法の呪文は合っている。魔力量もなかなかだ。だが、それが全く繋がっていない。こんな事例は、初めて見た。魔法とは、魔力を持った人間が、呪文を唱えると、なんとなく発動するものだ。魔力量が足りなくて発動しないことはあるが、魔力量がこれだけあって魔法が発動せず、魔力だけが放出されるなど、そんなことが起こり得るだろうか? そんなことは、オレにもできない。意味のわからない現象だった。 
「再生の神ヴィリエーミャよ。時を戻し給え」 
 オレの魔法を見て、お嬢さんは喜んだ。第一関門突破か? オレも、研究意欲を少し取り戻した。来て良かった。


 次の日からは、お嬢さんを使った実験だ。お嬢さんにいろいろな精霊と関わらせて、様子を確認する。初めて見た時から違和感があったが、その理由が確定した。 
 お嬢さんは、風と大地の精霊に愛されている。愛されすぎている。他の精霊をまったく寄せ付けないレベルで囲われている。風や大地の力は呪文なしでも借りることが可能かもしれないが、このままでは、それ以外の力は使えないだろう。つまり、風魔法か地魔法なら簡単に発動できるのではないか。 
「ふむ。傾向は掴めた。後に続いて詠唱するように。風の精霊リュフトヒェンよ。我を抱いて歌え」 
 思った通り、お嬢さんの魔法は発動した。まだ変な魔力が漏れているから、完全ではないが。普通なら、使用魔力量に応じた威力を得られる。魔力が漏れることはない。もしかして、このお嬢さんは、魔力なしで魔法を使うことができるのか? だから、魔力が漏れるのか? すごい魔法使いを見つけてしまった! なんとしても手に入れたい。 


 祝い事が好きなお嬢さんらしい。自分で場をセッティングして、自分を祝う会を始めた。謎の菓子を食べて、大変満足そうにしている。こういうのが、好みだったのか。なかなか難しいセンスだ。 
 ぼんやりとお嬢さんを観察していたら、茶色い男に追い出しにかかられたので、応戦する。 
「報酬は、いらないよ。ただの暇つぶしだからね。今は、嫁探しの旅の最中で、目的地もなくフラフラしていたんだよ。この村を気に入ってしまったから、しばらくここにいるだけさ」 
「嫁探しの旅ですかー。この村の妙齢の女性は全員既婚者か、彼氏持ちだった気がしますよ? 他を当たった方がいいと思います」
 1番の注目株が、ズレたことを言っていた。なるほど、そのレベルで刺さっていなかったのか。かなり積極的に口説いても、無視される理由がわかった。
「沢山の候補なんていらないよ。嫁は1人いれば十分だ。そうは思わないかい」 
 もっとガッツリ組みついてやろう。 
「済みません。ケーキを食べれないので、離してください」 
「食べさせてあげよう」
   積極的に組み付いたのに、とてもわかりやすく振られた。ちょっと本気で落ち込んだ。 
「弟子! あー」   
 お嬢さんは、赤毛の少年に食べさせてもらっている。金髪か茶髪が本命馬だと思っていたのに、オレは赤毛以下だった。諦める、という文字が頭に浮かんだ。 
「えーと、口説いているつもりなんだけど、気付いてないのかな? お嬢さん」 
「私は恋愛対象外です。絶対に結婚も恋愛もしません」  
 絶対にとは? 
「「「「何故だ」」」」 
 その美貌は何のためだ! 無駄遣いだ。もったいない。 
「まず1つ。私は、以前の記憶がありません。将来的に記憶が戻ったとして、以前の私が好きだった人が相手じゃなかった場合、とても面倒なことになります。年齢的にないとは思っていますが、既に結婚して子どもがいる可能性もゼロではありません。 
 その2。キーリーに反対されています。お世話になっている手前、裏切りたくはありません。
 その3。まったく興味がありません。
 以上です」 
 お嬢さんは、記憶喪失だったのか。そんな状態であれば、恋愛どころではないのも頷ける。壁の穴より先に相談して欲しかった。  
「なるほど。それなら、大した障害ではなさそうだ。時間遡行魔法を使えば、以前の君に戻るだろう?」 
 記憶を取り戻してから、オレに恋に落ち、結婚する。完璧だ。想い人など、いてもいなくても、相手にもならないだろう。 
「できるのですね」 
「もちろんだとも」
 「少し、考えさせてください」
  尊敬を勝ち取るつもりだったが、オレは置いてきぼりにされた。
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