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第一章.美女と熊と北の山

2.お仕事体験教室

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 次の朝、こっそり宿を抜け出して、早速バイト探しをすることにした。 
 外に出てわかったことは、ここが割と小さな村だっていうこと。産業の主体は農業で、あんまり店はない。おばあちゃんが1人で切り盛りできる駄菓子屋のような雑貨屋と、今住み着いている食堂付きの宿屋くらいだ。給仕のバイトをしようにも、客候補の村人の人数がたかがしれているので、バイトの出番はない。バイトをしたいなら、畑仕事か畜産系動物のお世話くらいしかなさそうだ。子守は無償のボランティアみたいだし。

  一番の問題は、みんなに面が割れているということだ。すなわち、村中の人が、ジョエルのペットのシャルルは働かない、という認識でいること。雇ってくれそうな人もいないし、強引に雇ってもらうほど役に立てそうな仕事がなさそうだった。
 バイト内容は、基本力仕事で、働かないシャルルのパワーでは、どれもこれもお役に立てず、小さい子がお手伝いやろうと頑張ってるね、というような温かい眼差しを向けられ、お菓子やお駄賃をもらって終了した。挑戦はしてみたけど、むしろ邪魔になってお菓子をもらうとか、余計ダメになった気しかしない。ジョエルどころか、キーリーにまで働くことを否定されるのも納得なダメっぷりだ。これは少し考え直さないといけない。

 「シャルル、気が済んだなら帰るぞ。飼い主が飯用意してウキウキ待ってるから」 
 しゃがんで考えこんでいたら、キーリーに首根っこ掴まれて立たされた。ペット扱いしてるの、お前じゃん。むきー。 
「気なんか済んでないよ! バイト見つかってないんだよ?!」 
 八つ当たりで噛みついたことで、新事実が発覚した。 
「シャルルにバイトは無理だって。村の皆にお仕事体験させてやってって頼んでやったけど、全仕事チャレンジして全滅なんだろ? 無理だって」
 村の皆に話してくれるなんて、実はキーリーいい人だった説! 村をあげてのバックアップで、バイト1つ見つけられない自分の不甲斐なさよ!!
「そうだなー。どうしても働きたいって言うなら、もう妾になるくら!」
 キーリーは、ジョエルに蹴られて、畑に落ちていった。ほうれん草っぽい何かが、潰れてなければいいけれど。
 そして、私は、ジョエルに肩をガッシと掴まれて、宿に連行された。ジョエルが、めっちゃ怒ってる。今日も女装子だけど、めっちゃ怖い。 

「誰が誰の妾になるって?」
 寝ても覚めても自分がシャルルって言う、意味のわからない状況に、これ以上、謎爆弾を投下しないで欲しいと思う。 
「できたら妾業にはつきたくないし、ついたところでやっぱり役立たずになる気しかしないんだけど、村のバイトよりはまだ役に立てる可能性があるか、検討する必要はあるかな?」 
 自分でも何言ってるかわからないけど、伝わったろうか? 
「よし、わかった。今からシャルルは、わたしの妾にするから。大丈夫、手は出さないし、今までと変わらない」
 伝わってなーい! 全然、伝わってない! そして、落ち込んだ。できたらつきたくないって言ってるのに、既に妾みたいなものだった! そういえば、この人男だったし! しかも、仕事しない妾ってー。
「これっぽっちも役に立ってない現状を変えたいの! 仕事しない妾は、仕事する妾以上になりたくないよ」 
「あーのーねー。自分が何言ってるか、わかってる? わたしが、シャルルに手を出せば解決するの? 違うでしょう??? いーいの、何もしなくてもシャルル可愛いし、彼女だって言うだけで、女避けになるから。他で、そういうこと言うのは、およしよ」 
 あーやれやれって、顔された! だが、本当にやれやれだ。私は、何を言っていたんだろうか。那砂時代は、勉強と節約の日々で、恋愛もしたことがないのに! ラブラブデートどころか、片想いすらしたことないのに!!
「女避け?」 
「そう。こんな格好してても言い寄られるこの顔が憎い。ここを拠点にしてるのは、宿代が安いからだけじゃないよ」
「イケメン、爆ぜろ」 
「はぜろ、って何したらいいんだい?」
  すっごい小声で毒づいたのに、ニコニコ笑顔で返されたー。お怒りが解けたみたいなのはいいけれど、問題は何も解決しないまま、飼い主様のくれたご飯を食べて寝た。クリームシチューみたいなスープに浸して食べるパンが、美味しかった。


 という訳で、また次の日も抜け出して、雑貨屋に来たよ。雇われて働くのが難しいなら、雑貨屋に商品を卸す仕事ができないものか、商品を見学に来たのだ。
「ソーヤーさん、こんな商品欲しいなー、ていうのある?」 
 店は小さいんだけど、なんと言っても、村唯一のお店。取り扱い商品が多岐に渡りすぎて、真剣にチェックするのを早々に諦めた。シャルルにダメ出ししてたくせに、私も人のことは言えない根性なしだった。 
「そうだねぇ。薬草の類いが足りてないかねぇ。薬草がアレコレあれば、傷薬も毒消しも作れるだろう? 難しい薬は作れないけど、簡単な物なら村の誰でも作れるからね。ほら、この草なんかは、村の中でも生えてるよ。持ってきたら、買い取ってあげようね」 
 続・キーリーのお仕事体験教室だ! 村の中になんとなく生えてる草を買いに来る人が、どこにいるというのだろう。もうもうもう。シャルルでも出来そうなお仕事考え教室が、おかしな方向に行ってるよ! 
「村の中の草じゃ、買う人いないでしょ。村の外まで摘みに行くよ。行けるよ! ほら、ジョエルやキーリーにも付いてきてもらうし!!」
 情けないけど、シャルル一人じゃ村から出してもらえそうにないのは、昨日歩いていて、なんとなく察した。冒険仲間なハズなのに、実態はあの二人は保護者なのだ。お父さんとお母さんなのだ。年齢は、1つ2つしか変わらないのに、なんてことだ! キーリーみたいなお父さんは、いらない。 
「シャルルちゃんのって言えば、売れそうだけれど。そうだねぇ。それならできるかねぇ。この草、二色草って言うんだけどね。あの森の入り口辺りに生えてるんだよ。取ってきてくれるかい?」 
 高い建物とかないから遠くまで見えるんだけど、あの森というのは、村の入り口から1kmも離れてなさそうな距離。小学校の遠足だって、もうちょっと歩いたよね。保護者連れても、ピクニックから脱却できないとは。いや、保護者の仕事の邪魔にならず、お子ちゃまの自尊心を満足させる提案なのか。完璧だな! 
 しかし、私は大人だからね。文句を言わず、仕事をするよ! その仕事をこなすことで信頼と実績を作って、シャルルはできる子働く子ってイメージアップをはかりつつ、体力付けたら村のバイトができるようになるかもしれないよね。


 決まったら、即実行! こっそり入り口じゃないところから抜け出して、見つかったら嘘を突き通して森まで来たよ!! だって、手伝ってもらったら信頼も実績も、いつまで経っても変わらないでしょう? 自分一人で成し遂げて、やればできる子を見せつけるのだ。シャルルが何歳だか知らないけど、私は大人だ。草の一本抜いてくるぐらい、一人でできるさ。

 「森の入り口って言ってたよね。森の奥は日陰だからないのかな? 日向に生えてたり、、、。ないなー。四葉並みに難しかったら、どうしようー」
 あっちに歩き、こっちに歩き、薮を覗いてみたり、ちょっと森に入ってみたり。
「なるほど。近くても、探すのが手間なら、売れるかもしれない」
 1時間ほどウロウロして、やっとそれっぽい草を見つけた。ただの草だし、あんまり自信はないけど、名前通りツートンカラーなので、きっとこれが二色草に違いない。
 摘み取ろうと手を触れたら、草が増えた。株元から分枝して一株が大きくなった。ファンタジー世界特有の不思議植物だろうか? なくなったら困るが、増える分には困らない。多分。
 摘み取る度にどんどん増えるので、面白くなって、どんどん抜いた。持って帰るのは無理じゃね? ってくらい次々抜いた。夢中になりすぎた。ここがどこだか忘れていた。だから、気付くのが遅れた。二足歩行の熊みたいな大きい動物だか、モンスターだかが、背後に立っているのに、至近距離になるまで気付かなかったのだ。

  咆哮をあげ、腕が振り下ろされる。一瞬で八つ裂きにされるか、吹き飛ばされるだろう。どっちも嫌だ。怖い。だが、今更、避けても間に合わない。
 だから、皆が守ってくれていたのに、私はバカだ。モンスターがいる世界じゃなかったとして、日本だって、場所が場所なら熊くらい出るのに。 
「いやあぁあぁあーーー!! きーいやぁああ! やだやだやだやだやぁーーー!!」 
 逃げることさえできず、そのままうずくまった。ごめんなさい、ジョエル。笑わないで、キーリー。

 ずっと悲鳴をあげて、丸くなっていたけれど、いつまで経っても、どこも痛くならなかった。どうした、熊? 気が変わって、どこかに行ってくれたなら、それはそれでいいのだけれど。 
 おそるおそる顔を上げて、後ろを向いたら、熊がいた。あれ、熊なのかな? 何かに切り刻まれた血まみれの肉塊が落ちていた。 

「ひっ」
 意識を失う途中、 
「やったー! 熊鍋だー」
 という声が聞こえた。
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