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ss.ホワイトデーの日

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 日本の伝統行事に、バレンタインデーの日と、ホワイトデーの日というものがあるそうだ。バレンタインデーは、女性が意中の相手や、日頃お世話になっている相手、仲が良い友だちなどにプレゼントを渡し、ホワイトデーは、バレンタインデーにプレゼントをもらった人が、くれた人に対してお返しをする日だそうだ。プレゼントをくれた相手に対する気持ちがどうであろうと、頂いた物は礼をしなければ、男が廃るそうだ。

 日本の伝統行事は、くそ迷惑なものしかないのだろうか。ここは日本ではないのだから、伝統行事など知ったことではない、と言いたいのに、我が家は日本の行事を大切に実行することで定評がある。家の中だけでやっているのであれば、ホワイトデーは大した問題ではなかったろうに、何故かこの2つの行事は、村全体に広がっている。とても困る。
 バレンタインデーが、愛の告白だけならば、まだ良かった。他にも色々な理由のプレゼントがあるから、結果として、村中の人からバレンタインプレゼントをもらうことになるのだ。お返しの恐ろしさをわかってもらえるだろうか。くれた人は、村長の息子だからあげとくか、子どもだからあげとくか、と気軽にくれるのだが、それぞれもらったものに対して、ランクを落とした物は返せないし、くれた人に優劣をつけてはいけないなどと言われても、実行できない。4歳相手に、何を言ってやがると言いたい。
 お父様たちには、お返しに困らないように、連名でプレゼントが渡されるのに、何故、私の元へは、同じ配慮がされないのだろう。


 一昨日から、エスメラルダに手伝ってもらって、ほぼエスメラルダにやってもらって、お返しの木の実クッキー作りとプレゼント包装をしているのだが、終わりが見えない。さっき、200個はできたと聞いたが、あと何個作ればいいのだろうか。
「奥さんならともかくも、エスメラルダに手伝ってもらうとか、本命の子が可哀想じゃない?」
 翡翠は、作業を見ているだけで、手伝ってはくれない。
「本命なんて、あったのか。誰から何をもらったどころか、個数すら把握してないからわからないが、そんなのないんじゃないか? 真実、私を愛してくれているなら、バレンタインでない日に伝えて欲しい。迷惑だ。嫌がらせに違いない。紳士とかどうでもいいから、ホワイトデーだけでも廃止にして欲しい」
 返事をしている間にも、ちまちまちまちま袋詰め作業をしている。一袋に入れる数を間違うと、更にクッキーの増産が必要になる。焼くのにそこそこ時間がかかる上に、冷めるまで梱包できない。終わらない。イライラする。
「その中の50個くらいは、本命だと思うよ」
 翡翠に睨まれようとも、この状況で、どうしろと言うのだ。誰がくれたのか、リストを作ってみたら、村の女性全員じゃね? となるだけだった。お婆さんはまだしも、絶対自分で用意できないよね、と思われる赤ちゃんからのプレゼントまであった。1つひとつの内容の把握よりも、予算内でプレゼントを用意するのが大事だった。自分の好きなクッキーを選んだのが、せめてもの誠意だと思っているくらいだ。
 くれた人の過半数は、顔と名前が一致しているか自信の持てない誰だかわからない人だ。声を大にして、お前は誰だと言いたい。
「そうか。それが本当ならば、申し訳ないが、プレゼント配りもエスメラルダに手伝ってもらおう」
「最悪だな。慈悲の心はないの?」
「バレンタインは、悪だ。それに、私は生涯エスメラルダ以外を受け入れる気はない。それこそが、慈悲だろう」
 自分がエスメラルダに同じことをされたら、何をしでかすやら自信は持てないが、今のうちになかったことにしてもらうのが、傷が浅いに違いない。もったいぶるなど、残酷すぎるし、そもそも私とエスメラルダの関係を知らぬ人間などいないだろう。
「エスメラルダに振られたら?」
「関係ない。私の心の問題だ。エスメラルダに嫌われたら、受け入れなくてはならないだろう。だが、嫌われたからと言って、私の心は変わらない。無理だ」
 想像しただけで、胸が痛い。ヘタレすぎて、エスメラルダの気持ちなど、なかなか直球で聞くことはできない。昨日はどうあれ今日は心変わりしているかもとか、そもそも緑小鬼に恋人や夫婦という概念があるかどうかも心配しているだけだ。不安事項が出てくる度に聞いていたら、他の会話をする余地はないし、さぞかし面倒臭い男だろう。強気に出れないのは情けないと思うが、どうにもならない。
「ちょ。例え話で泣かないでよ」
「大好きなクッキーを袋に詰めるばかりで、食べられないのが、つらい」
「なんだよ。紛らわしいな!」

 エスメラルダと手をつないで、村を一周してお返しを配って歩いた。とても嫌な行事だが、数日ずっとエスメラルダと一緒にいられたのは、悪くなかったかもしれない。エスメラルダは、面倒なことを頼まれて、迷惑だっただろうけど。
 プレゼント包装はなかなか終わらないし、配り歩くのも時間がかかった。ホワイトデーのプレゼント対応だけで、今日も夜になってしまった。
「今日も、こんな時間まで付き合って下さり、ありがとう御座いました。大変申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、ホワイトデーのおかげで、キレイな月をともに見ることができました。とても嬉しいです」
 家に帰るまで、あと少しだ。もっと遠回りして帰れば良かったかもしれないが、これ以上歩かせてはいけない。エスメラルダを抱えて、空を飛んだ。
 家の屋根の上に乗ったことで、帰宅したことにして、月見の続きをしようとしたら、エスメラルダに包みを1つ渡された。さっき村中に配ったクッキーの袋だ。
「配り忘れですか?」
 1つくらい配り忘れても、見なかったことにしたいが、エスメラルダに指摘されたら、無視するのはよくない。諦めて、名簿と格闘するほかないだろう。気落ちした顔を見たからか、エスメラルダは笑っていた。
「こはく様の」
 エスメラルダが、可愛すぎて、胸が痛い。一日中、胸が痛んで仕方がない私は、病気かもしれない。またヤケドを忘れているのかもしれない。
「まさか、エスメラルダも同じことをしているとは」
 私も包みを1つ取り出した。私のクッキーは、クッキーの上から更にチョコレートをかけた物だ。私の独占力の現れを、是非受け取って欲しい。
 チョコレートクッキーを渡し、手をふさいだところで、勝手にネックレスをつけさせてもらった。断られたら困るので、許可など取らない。一緒にいてくれるなら、勝手に外堀を埋めて、逃げられないようにするだけでもいい。両想いなど、幻想だけでもいい。
 ホワイトゴールドのダブルループモチーフのネックレスを今日、エスメラルダに渡すために作った。重いと言われようと、好みじゃないと言われようと、押し付けようと決めた。エスメラルダには伝わらないかもしれないが、私の決意表明だ。
「大好きです。明日も来年も、死ぬまでずっと想い続けまふっ」
 頑張って伝えるつもりだったのに、口にクッキーを詰められてしまった。これは一体、どういう意味だろう。やっぱり相手にされていないのだろうか。口に入れられてしまえば、もう食べるしかない。
「いつ食べても、エスメラルダのクッキーが1番美味しいですね。みんなも今頃、幸せを味わっていることでしょう」

 大好きだけど、それだけでは足りない。このままでは、エスメラルダとずっと一緒にいることは、叶わないだろう。エスメラルダと別れる日、私はどうなってしまうだろうか。ずっと先のことであればいい。だけど、いつかは必ず訪れる。その日が来ても、後悔することがないように、精一杯生きよう。心の中で、そう私の月に誓った。
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