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35.お茶会準備

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 行商のオーランドさんが、指名依頼の手紙を持って来てくれた。冒険者ギルドに所属して、初めての指名依頼にワクワクして手紙を開封したら、依頼主はお祖母様で、お茶会に出て欲しい、というものだった。何が指名依頼だ。ただの身内の手紙じゃないか。
「良かったね、琥珀。初の指名依頼だ」
 手紙を持ってきたオーランドさんには、虫ケラを見るような目を向けていたのに、手紙の内容を知ったら、パパの機嫌は急に元通りだ。なんでだ。
「私は、ドレスなど着たくはありません。なんでパパは、ドレスなんて着ていたのですか」
「わたしは、女の子だと言われて育てられていたんだ。琥珀くらいの頃にようやく、なんか変だなと思い始めたが、まだ自分は女なんだろうと思っていたんだよ」
 理由を聞いても、やっぱり疑問は解消しなかった。パパはどう見たって男だ。なんでそうなった。
 しかし、指名依頼か。仕事内容はやりたくはないが、できないことじゃない。先日遊びに行った時にドレスを着なかったから、残念に思って、こんな手紙を寄越して来たのだろう。ただのお祖母様の手紙なら無視するが、指名依頼なのだ。報酬は魅力的だった。欲しい物があったら何でも買ってあげる、と書かれていたのだ。今ちょうど、お祖母様におねだりしたい案件を抱えていた。これを断って、別件としておねだりするのは、ダメだろうな。
「ちょっと遊びに行ってくるので、エスメラルダをお願いします」
「わかった。翡翠に連れて行ってもらえばいい」
「そうですね」


 翡翠にお願いして、ベイリーさんのところへ行き、指名依頼の話をしてから、お祖母様の家を訪ねた。
「いらっしゃいませ。来てくれて、ありがとう」
「お招き下さり、ありがとう御座います。セレスティア様」

 応接間に移動すると、既に衣装であふれかえっていた。男の子向けも女の子向けも揃っているので、数が多い。いつもだったら、女の子向けしか準備されていないので、少し安心した。
「ご友人のお茶会に参加されるとのことでしたが、私は何を求められているのでしょうか」
「お友達みんなで孫を連れて来て、自慢し合うお茶会なのよ。琥珀ちゃんを連れて行けば、間違いなく私が一番でしょう? 琥珀ちゃんが、お茶会を好きじゃないのは知っているのだけど、付き合ってくれないかしら?」
「ドレスを着なくて良いのであれば構わないのですが、田舎でのびのびと育った私で、お役に立てるでしょうか?」
 やたらとよくわからない教育を施され、村の中では突出しているかもしれないが、お祖母様の友人の孫であれば、洗練された街の教育を受けた子女に違いない。そんな知り合いはいないので、教育レベルがわからない。ご迷惑をおかけするようなことになれば、報酬をおねだりしにくくなってしまう。報酬がもらえないなら、お茶会もいらない。
「大丈夫よ。座って笑ってくれるだけで、一番になれるもの。姿勢も所作もキレイだし、博識で芸達者。誰にも負けないわ。翡翠ちゃんも、出てくれるかしら?」
「私? 無理むり無理! お兄ちゃんみたいには、できないよ」
 そうだな。ママ似だから、見た目は悪くない。だが、強靭なこと以外取り柄がないのだから、お茶会向きではない。私が女装していく方が100倍マシだと思えるのが、翡翠のスペックだ。
「でも、琥珀ちゃん一人では、ダンスできないでしょう? 適当な女の子を相手にするのは、可哀想じゃないかしら」
 小首を傾げるお祖母様は、今日も可愛らしい。何をしたら、そこまで老化を防げるのか、いつか教えてもらいたい。
「そうですね。私が相手では、申し訳ないでしょう」
「そういう意味じゃなくてね。2人は五男の子だから、私のお友達の孫では、年齢的に釣り合う子が来ないと思うのよ。女の子が小さいのであれば、構わないと思うのだけれど」
 なるほど。どの程度離れているかは知らないが、弟でもない小さな男と踊る物好きはいないだろう。どう考えても姿勢よく踊れない。折角の日々の練習が、台無しだ。孫自慢にならない。
「翡翠、私と踊っていただけませんか?」
「ひぃ。お兄ちゃんとは無理だって」
「それは、私にドレスを着ろと言うことだな?」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんなら、何着ても似合うよ」
「そうだな。翡翠がゴミに見えるくらいの、完璧な仕上がりにしてみせよう」
「ちょ」
「パパのように、幼少期は、女の子として過ごすのもいいな。可愛らしい女の子になりきるのも、面白いかもしれない」
「やめてよ! 私、完全に霞んじゃうよ! 今でも勝てないのに。やるよ。踊ればいいんでしょう?!」
「やると言ったなら、死ぬ気で踊れよ? 
 セレスティア様、翡翠が釣れました。ダンスの先生の手配をよろしくお願いします」


「久しぶり、琥珀くん」
 ダンスの先生をお願いしたのに、やって来たのは伯父だった。次男のベイリーさんではない。四男のパーカーさんだ。
急なお願いですぐ来る人材はいないのはわかるが、想像以上に手近なところで済まされた。伯父がダンス教室でも経営しているなら納得するが、パーカーさんは、公園勤務だ。多分、ダンスの腕なら、パパを連れてきた方がいいくらいだろう。
「大変ご無沙汰しております」
「えっ? 目付き怖っ。なんで?」
 挨拶を交わしただけで、腰がひけている。絶対にこの人は、嗜み以上の踊りは期待できない。踊れないけど、教えるのは上手な人でもない。
「芸事に対する妄執にかられてるお兄ちゃんの先生に、チャラついた伯父さんが来たからだよ。きっと」
「いや、頑張って教えるよ!」
 ガッツポーズをする腕が、細すぎる。何の安心材料もなかった。
「4歳児のダンスなんて、手を繋いで右に左に適当に動いていれば良い」
 という気持ちが、まったく隠れてもいない。嘆かわしい!
「そうだね。2人は可愛いし、それで充分だと思うよ」
「ちっ」
 やっぱりか。
「え? 舌打ちした?」
「お兄ちゃん、私は4歳児ダンスしかできないからね」
「いや、翡翠は私の妹だ。身分証に恥じないダンスができるハズだ」
 半竜なのだから、身体能力だけは期待が持てる。後は、脳を鍛えるだけだ。
「いやぁ! 調子に乗るんじゃなかった!」


 まずは、伯父とお祖母様の模範演舞を見せて頂いた。
 普通の茶会では、ダンスはしない。孫自慢の余興で、もしかしたらある、という程度なのである。ダンスが上手かというより、急に踊れと言われても困らないように、教養として知っておけ、ということなのだろう。踊らないなりに、話題くらいには上るのかもしれない。ただそれだけだ。
 だから、2人のダンスも、基本的な最低限これさえできれば踊っているように見える程度のものだった。
「覚えました」
「やっぱりか!」
 翡翠の声は、無視して、1人で踊ってみせた。2人が踊っていたのと全く同じ踊りを、フリ写しではなく、本気の踊りで。4歳ダンスなど、トロル祭の無茶振りに比べたら、造作もない。表情を取り繕うのも、姿勢をその時々に合わせて変化させるのも、得意だった。お父様を騙すクオリティは、求められていない。楽勝だ。
「素晴らしいわ。流石、琥珀ちゃんね」
 お祖母様に拍手を頂けた。ノルマ達成だ。
「後は、翡翠だけだ。他は、どうにでもなる。足の動きだけ覚えろ。足が揃わないと、恐らくみっともない」
 翡翠のことは、先生様にお任せして、お祖母様と衣装合わせをすることにした。茶会参加時の最重要事項だ。男装を了承されたとして、何を着せられるか、わかったものじゃない。何種類か、候補を見繕っておかねば、安心できない。


「まずは、翡翠の衣装を決めましょう。私のは、それに合わせたもので充分です。翡翠は、きっと何も覚えない。転ばない程度に長いスカートで、適当にふわふわさせて、誤魔化しましょう」
「翡翠ちゃんには、完璧を求めないのかしら?」
「翡翠は、女装回避の恩人です。セレスティア様の恥にならない程度であれば良いと考えています」
「そうね。可愛いらしいドレスを選んであげましょう」
 お祖母様は、嬉しそうにドレスを手に取り、次々と私にあててきた。
「私は、ドレスを着ませんよ?」
 翡翠にドレスを着せたらご満足頂けるものと、翡翠を引っ張り込んだのに、カップルコーデではなく、姉妹コーデを狙っているのか。
「背丈は同じくらいでしょう? 少し我慢してね」
「申し訳ありませんが、誤魔化されません。このような淡い色は、翡翠には似合いません。こちらの桔梗色や瑠璃色、いっそ薔薇色のドレスの方が、よろしいでしょう」
「あら、琥珀ちゃんは、ドレスの見立ても覚えたのね?」
 嫌になるほど、お茶会に巻き込まれて、その度に何時間もドレス選びに付き合わされるのだ。嫌でも多少は覚える。お祖母様の作戦も、身に染みている。
「ドレスを送りたい人が、出来たのですよ」
 ということにしておこう。エスメラルダに着せるなら、黄茶色がいいだろうか。漆黒でもいいかもしれない。あまり可愛くなられても困るから、しばらくはやめておこう。
「それは紹介してもらわないと、いけないわね」
「家族の了承を得られましたら、是非に。今はまだ反対されておりますので、控えさせていただきます」
 笑顔で牽制した。お祖母様に取られたら、敵わない。
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