母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月

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32.タヌキ愛好家

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 何故だか、急に周囲が静かになった気がする。外を歩いていても、誰からも声をかけられなくなった。こちらが挨拶をすると、やっと挨拶が返ってくるだけだ。
 今日はいい天気ですねーとか、お母様はお元気ですかとか、大根持ってけとか、暑苦しいほど構われていたのが、ピタリと止んだのだ。おかしい。誰が何をやったのか。とうとう家族だけでなく、村全体で腫れ物扱いになってしまった。

 今日の黒曜お迎え担当は、父さんだった。迎えに来ただけではなく、一緒に朝ごはんを食べている。父さんも変わってしまったろうか。元々そう口数が多い訳でもなく、あまり構ってくれる人でもなかったので、判断がつかない。
「ん? なんか言いたいことでも、できたか?」
 じっと顔を眺めていたら、不審がられてしまった。
「いえ、近頃、村中で避けられているので、父さんもそうなのかと」
 私としては、思い切ってした相談だったのに、父さんはニヤニヤして手で口を覆い、下を向いた。父さんだけならまだしも、パパまでそっぽを向いて肩を振るわせている。
「ひどいですよ! 私は、これでも真剣に!」
 立ち上がって抗議を始めると、にゅっと手が目の前に伸びてきた。父さんの目に涙が浮かんでいる。そんなに面白かったのか!
「悪い。限界だった。タイミングが悪かった。吹き出すところだった。危なかった」
 危機は去ったのか、ひーひー笑いだした。やっぱりひどい。
「俺も驚いた。琥珀が人気者の証拠だ」
「避けられるのの、何が人気なのですか。嫌われたのでしょう」
「それは、琥珀の所為だよ」
 パパの危機も去ったらしい。良かったですね!
「琥珀があんまりエスメラルダだけを可愛がるから、村中全員でエスメラルダのマネをしてんだよ。討伐推奨モンスターを羨んでマネしてんだぞ? 面白いだろ」
 エスメラルダの真似? 最初こそ、堂々と歩いて入村したが、その後はずっとお父様の家にいて、最近、パパの家に引っ越ししたが、外に出たのは、引っ越しの時だけだ。エスメラルダを見たことのある人はいないとは言わないが、真似をするほど詳しい人物など、何人もいないだろう。それが村人全員に流行してるとか、おかしい。何をどうして、そうなった?
「それは、みんながエスメラルダを狙っているということですか?!」
 大変だ。みんながエスメラルダの魅力に気付いてしまった。私だけの天使が奪われてしまう! 
「心配するな。エスメラルダは、お前のものだ。村の誰かがお前に敵うハズもないと、翡翠が落ち込んでいたからな」
「翡翠が?」
「可愛い兄と強靭な妹なのが、嫌なんだと。なんで性別を逆にしてくれなかったのかと、怒り狂っていた」
「私は男です。可愛くありません。可愛い担当は、黒曜に引き継ぎを終えました」
「そうだね。琥珀は得意なものが沢山あるのだから、フィドル担当にでもなればいいよ」
「そうですね。まだまだ黒曜にはフィドルの腕は負けませんよ! 黒曜の情操教育のためにも、芸事を極めてご覧に入れましょう」
 黒曜は、いつも寝ているようにしか見えない。ミルクを飲む時すら、大体目を閉じている。お腹を空かせて泣いてる時すら、目を開けない。寝ながら飲んでる疑惑と寝ながら泣いてる疑惑を持っている。だから、たまに目を開けているのを見ると、それだけで嬉しくなる可愛い妹だ。
 起きているのか、寝ているのかわからないが、騒いでも何も言われないので、毎晩練習がてらフィドルを聞かせている。練習が楽しくなった。新しい教本が、必要だ。
「ジョエル、そろそろ琥珀を返せよ」
「子どもは、全てわたしのものにするんだ」


「そうだ。シャルルから、手紙を預かったんだが、読むか?」
 白い紙を折っただけで、封筒にも入れられていない紙束を差し出された。こちらでは紙は高価だ。封筒になど入れなくても構わないが、渡された紙は、明らかにあちら産だった。
「返事を書かなくても宜しければ、読むくらいは構いませんが」
 なんの用事だろうか。久しぶりに見た母の字は、相変わらずキレイで無機質だった。
 可愛いかわいい琥珀へ?
「却下です。1行目から間違えています。読むに値しません」
 折戻して、父さんにつき返すことにした。
「1行目? 早すぎないか? いっぱい書いてるのに、もう少し読んでやったら、どうだ。まだ本題に入ってないだろう」
「キーリー、シャルルに伝言。可愛い担当は、黒曜になったんだ」
「そんな理由で? それはちょっと、可哀想すぎるだろう」
「現在の息子の趣味嗜好を知る、いい機会だと思うよ」
「わかった。伝えておくが、それ書き上げるのに、頑張りすぎて半分死んだようになってたから、あんまりイジメてやるなよ。、、、なんだ、その目は?」
 私は、寒気を感じて、両腕を擦った。
 母は、見た目普通のおばさんだ。中身は、変な人だ。お父様以上に話が通じないし、家事能力以外は、取り立てて見るべきところは何もない。神龍だが、その力も使いこなせていない。
 それに比べて父たちは、見た目だけなら誰が父でもいいや、と思える程度に整っている。性格はともかくとして、みんな突出した何かを持っている。1人くらい変わった趣味の人間もいるんだろうな、ということにしたとして、他の男と仲良くしている女だけど、まあいいか、と思える何かが母にあるとは思えない。とんでもないタヌキ愛好家揃いなのだ。
「いや、あんなのの何がそんなにいいんだろう、と気味が悪くなりまして」
「琥珀、シャルルは琥珀の母親だよ。そんな言い方は良くないね」
「私も、両親が仲睦まじいのはいいことだと思います。しかし、全員夫とはいえ、男を3人も侍らせて、美女でもない母の存在が、理解不能なのです。私は、男の1人になりたくないですし、女の1人にするつもりもないので」
「仕方がないだろ。惚れた女が、変な女だったんだよ。なんでもいいから獲りにいったら、こうなったんだ」
「なるほど。少しだけ得心しました」
 変な女だという認識は、あったのか。それはそれで恐ろしいな。私は、絶対にエスメラルダだけにしよう。エスメラルダが、緑小鬼を3人くらい連れてきたら、どうしようか。
「お前こそ、スフェーンはどうするつもりだ。随分と口説いていただろう」
 父さんは、私を攻撃する糸口を見つけて嬉しそうにしているが、私は、そんなものにダメージを受けない。
「スフェーンは、緑小鬼キングの右腕ですよ。部下であって、妻でも恋人でもありません。口説き文句を口にしていたのは、単にお父様への嫌がらせでした」
「あんな顔して、あんなこと言っておいて部下って、どういうことだ。シャルル以上のモンスターになる気しかしねぇ。
つまり、あれは演技だってことだろう? 外に出しちゃいけないのは、エスメラルダじゃなくて、琥珀の方じゃないか? ジョエル以上の災害モンスターはいらねぇぞ」
 うっかり秘密を自分で暴露してしまった。いけない。
「スフェーンのいいところは、顔だけじゃないですか。その程度でいちいち結婚してたら、嫁を100人作っても足りませんよ」
「それは、シュバルツの台詞だね」
 パパは、笑顔で恐ろしいことを言った。お父様の女は、そんなに沢山いたのか。そこまでとは思わなかった。
「反省致しました。改善致します」
「あと、キーリーと2人きりにならないように」
「何故ですか?」
「危ないから」
 パパは、いつになく真剣な顔だ。父さんの何が危ないのだろう。父さん相手なら、本気を出せば、勝てそうなのに。
「てめ、こら、子どもを独り占めにするのに、おかしな手を使うな!」
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