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28.タヌキ王国と緊急依頼

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 今朝は、翡翠が黒曜の引き取りにきた。
 翡翠は、瞳をらんらんとさせて、腕をぶんぶん振り回している。何をしたいのだろうか。
「お兄ちゃん、今日は一緒にいてもいい? ちゃんと言うこと聞くから」
「私は、そんなことで翡翠に不満を並べたことは、ありませんよ。人聞きが悪いですね」
 朝ごはんを食べる手を止めずに、言葉を返した。
 黒曜を引き取りに来たのなら、さっさと黒曜を連れて行けばいい。
「実はね、なんで嫌われちゃったか、わからないの」
「そうですね。翡翠自体が嫌いな訳ではありません。言い方は悪いですが、一緒にいると便利で都合が良い。
 でも、翡翠の後ろに悪意が見えます。その人の命令で、私の監視をしているのでしょう? 仲良くしたくなくなる理由としては、おかしいでしょうか」
 私は、常に翡翠の監視下にあるのだと思う。どこに行くのもついてくる。ついて来ない時も、何かあればすぐに出てくる。1人でどこかに行っても、必ず場所を突き止める。ずっと見ているからだ。唯一、監視がハズれたのは、ダディに誘拐された時だけだった。半竜の監視を外す方法を、ダディに習いに行こうかな。
「命令ではないよ。頼み事はされてるけど。お兄ちゃんが嫌がるからって、断るね」
「断る必要はありません。翡翠の絆を切る権利は、私にはありませんから」
「私は、お兄ちゃんを選ぶから」
 必死の形相で腕を掴まれたが、反対の手で外した。
「責任を負えません。やめて下さい」
 翡翠は、黒曜を抱えて帰って行った。兄なら、受け入れるべきだったかもしれなかった。


「なるほど。家族との交流を断たないための黒曜でしたか」
「なんの話かな? ふふふ、本来なら、3日に1度しか会えないハズの黒曜を毎日独り占めしているだけだよ? 琥珀がミルクをあげてるところが見れるなんて、親として、これ以上の至福があるだろうか」
 パパは、楽しそうだ。私のご機嫌伺いで一緒にいてくれているのだとしたら、大変申し訳ないところだった。少しでもお役に立てているなら、良かった。
「それは、孝行ができて何よりでした」
「シャルルにも、見せてあげたいな?」
「昨日の様で宜しければ、どうぞ」
 どうしたって、冷静でいられる気がしない。パパの頼みでも無理だ。
「そうだね。わたしも、頑張るよ」


 ごはんを食べ終わる前に、翡翠が黒曜を置いて戻ってきた。泣いて帰ったのかと思っていたのだが、勘違いだったようだ。好きにすれば良い、と言ったのだから、追い出さずに放っておくことにした。

 いつものように、パパと森に歩いて行くと、森の手前に父さんが立っていた。
「おはよう、琥珀。今日は、俺に付き合ってくれないか?」
 ただの挨拶が、妙に早口だった。何かを企んでいる? 怪しい。
「大変申し訳ないのですが、今日は外せない会議が御座いまして、ご要望には添い兼ねます。またの機会を楽しみにしております」
 半眼で棒読みで答えた。怪しいなと思っておりますよ、というアピールは、きちんと伝わっているようだ。怪しさを隠すのをやめたらしい。
「今日は、森は休園日なんだ。ちゃんと元に戻しておくから、1日だけ待ってくれないか!」
「キーリー、諦めろ。そんな言い訳に騙されないよ」
 パパは、ため息をついた。
 4歳なのだから、騙されてあげた方が、良かっただろうか。


 翡翠と父さんを従えて、森に行ったら、タヌキ王国ができていた。
 どこからか集めてこられた古狸が、神龍の結界に守られていた。そこまでなら、まだいい。結界を解除して貰えばいい。何がどうして古狸に洋服を着せないといけなかったのだろう。冠をかぶった古狸や、ドレスを着た古狸が、桃花色や空色の可愛いらしいハウスに入れられていた。
 看板を見て、私がタヌキを愛でていると思った奴らの犯行だというのは、わかる。だが。
「あの阿呆共め」
 うっかり口にしてはならない決まりの言葉が、漏れ出した。
 タヌキに服を着せて、どうする? と、私が人形遊びをする趣味があると思っていたのか? だったら、どちらが深く傷を刻みつけられるだろうか。それとも、今度はミンチになって見せようか。
「琥珀、止め切れずに済まなかった。今日中に元に戻させるから、怒りを収めてくれないか」
 父さんは、頭を下げてくれたが、父さんは何も悪くないのは、知っている。謝られても、困る。
「正直に言いましょう。あの阿呆共は、父さんと翡翠には手に余りますよ」
「そうだけど。お兄ちゃんは素直じゃないし、2人とも非常識だし、放っておかなくても大惨事だし。これでも、頑張ってるつもりだったんだよ」
「うちの阿呆共が、大変ご迷惑をお掛け致しました。最早、放置できません。成敗して参りましょう」
 きびすを返して、村に戻ろうとしたら、パパに捕まった。
「琥珀、ダメだよ。今は、黒曜もいるからね。小さくて、理解はしないかもしれないけれど、こないだみたいのを見せたら、心に傷を負わせてしまうかもしれないし、琥珀にも傷付いて欲しくないよ。わたしが話して来るから、それまで待って」
「それも、ダメだろ。村ごと吹き飛ぶじゃねぇか。お前は、黙ってろ」
 父さんの言葉で思い出した。
 そうだった。うちの親たちが、夫婦喧嘩? をすると、人外大戦争になるんだった。本人たちは無傷なのに、周りの何かがひしゃげて吹き飛んでいく恐ろしい光景を、何度か見たことがある。一番ケンカをさせてはいけない組み合わせは、お父様とパパで、次に止めた方が良いのは、お父様とママである。お父様とお母様も、案外ひどい。すべてお父様の所為なのだろう。
「翡翠、お父様とパパを、人様の迷惑にならないところに放置してきてくれませんか」
「人がいなくても、自然破壊が止まらないよ。生態系を脅やかさないで済むとこ、あるかなぁ?」


 村に戻ると、村の入り口にお父様が立っていた。パパが速足になったのを、袖を引っ張って引き留めた。
「琥珀、緊急依頼がある。村にダンジョンが突如出現した。調査を行って欲しい」
 お父様は、仁王立ちで偉そうに発言した。
 バカだ! 阿呆が、馬鹿になった!!
 本当に、何でそんな話を無表情無抑揚で言えるのか、まったく理解できなかった。
 何が緊急依頼だ。お前が、ダンジョンを作ったんだろう。意味がわからないにもほどがある。エスメラルダの魔改造に飽きたのか? 新しいおもちゃもあげただろう?
「なるほど、それは大変だー。依頼料は、おいくらなんですかねー」
 付き合うのも、馬鹿らしい。適当な返事をして、そのまま素通りしようとしたが。
「そうだ、一大事だ。エスメラルダが誘拐されてしまった」
 くそお父様の言葉に返事をすることなく、ダンジョンに駆け込んだ。お父様の後ろにある石垣で作られた地下道の入り口だ。村から出る時までは、こんな物はなかった。きっとこれが、ダンジョンに違いない。
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