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12.家に帰って欲しかった
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子ども部屋で、目を覚ました。後ろに、翡翠が寝ていた。そうだよな。翡翠が一緒にいないのは、おかしい。どこから夢だったのだろう。胸が苦しい?
「琥珀、起きたな」
「お、お父様? 何故、お父様が?」
「馬鹿者。ここは、シャルルの家だ」
シャルルというのは、母の名だ。だが、ここは母の家ではない。お父様の家だ。お父様が、母を自分の家に置くために勝手に言っているだけの妄想だ。
「何故? ふぐー!」
「いいから飲め」
謎の黒い液体入り瓶を、口に放り込まれた。普通に飲ませてくれないということは、機嫌が悪い証拠だ。苦い、苦い、臭い! これは、機嫌が悪いどころではないようだ。やっぱり私は、お父様の子ではないに違いない。
「その年で、女を連れ帰って来るなど、何を考えているんだ」
「女? なんの話ですか?」
「メイジーという名に、覚えはないか?」
「メイジーさんは、私の恩人です」
「なるほどな。確かに、俺が間違っていたようだ。育てなくとも、似るんだな」
「何の話ですか?」
「うるさい。翡翠が起きる。黙れ。起きたなら、自力で薬を飲んで寝ろ」
激不味い薬を飲むことを強要された
お父様が作る薬は、いつもは美味しい。どんな薬でも、大体美味しい。自分のためにも、母のためにも美味しい方がいいからだ。だけど、機嫌が悪くなると、途端に薬もご飯も不味くなる。お母様が見ている時はやらないが、いない隙を見計らうのは簡単だ。お母様はお父様と同居していた時から、お父様から逃げ回っていたのだ。お父様が捕まえなければ、お母様はすぐにいなくなる。
私は、10本目の薬を飲んだところで、限界を迎えた。
お父様の薬は、美味しくても不味くても、効能は変わらない。痛み止めの魔法が切れた時は、どうしようかと思っていたが、朝には全快していた。元気になった途端に、父さんの家に逃げ出したが、父さんの様子も変だった。
「琥珀、飯は食わせてやるが、食ったらナデシコんとこに行けよ?」
「何故ですか?」
「具合が悪いなら、仕方ねぇのかもしれんが、自分の女は、自分で面倒みろよ」
「お話しが、全くわかりません」
「シュバルツでもダメだったか。すげぇ血だな」
今日の朝ごはんは、焼きおにぎりと伊達巻き、チョップドサラダだった。お母様のお土産は、健在らしい。有難く美味しく頂いてから、パパの家に行ってみた。
そーっと覗いてみたら、ママと翡翠とメイジーさんが、庭で一緒にお茶を飲んでいた。
「おはよう御座います。メイジーさんは、遊びにいらっしゃったのですか?」
にこやかに3人で語り合っていたように見えたのに、急にママと翡翠の目の色が変わった。比喩表現ではない。本当に、黒の瞳が橙色に変わったのだ。初めて見た。どうやったら、色が変わるのだろう。
「琥珀ちゃんも、こちらにお座りなさい」
ママの背中には、緑のモヤまで出ている。ちょっと? だいぶ? とても怖い。顔は、いつもと同じ優しい笑顔で、お茶まで用意してくれたのに、怖い。
「ママはね。琥珀ちゃんのお母様から、琥珀ちゃんを預かっているの。とても大切に育てたつもりだったの」
お母様は、お父様から逃れるため、割りと頻繁に行方不明になっていた。その間、お父様が面倒をみると言うか、勉強を押し付けて来ることも多かったが、小さい頃、本当に面倒をみてくれたのは、ママだった。ママは、血のつながりこそないが、乳母で、翡翠は乳兄弟なのだ。母以上に頭が上がらないのが、ママなのだ。
「ええ、私もママのことを第二の母と、大切に思っております」
「なのに、まだ4つになったばかりなのに、娼館から女の子を身請けしてくる子になってしまうなんて、もうどうしたらいいのか、わかりません」
ママは、泣いていた。私は、メイジーを助けたつもりでいたのだが、悪いことだったのだろうか。
「すみません。メイジーさんに恩返しがしたかったのです。ママを悲しませるつもりは、ありませんでした」
「ね? 話した通りでしょ」
「そうね」
翡翠とメイジーさんは、仲が良さそうだ。
「お兄ちゃんは、呑気に寝てたけど、あの後、ベイリーさんが真っ黒だったからね」
「真っ黒?」
「お兄ちゃんの初恋を叶えようと、全権力を総動員して、メイジーちゃんを身請けしたんだよ。お兄ちゃんが、ベイリーさんを小馬鹿にして、遊んだりするから」
「恩人だと説明をした。初恋だなんて、言っていないよ」
「普通は、リス探しを手伝ったくらいで、命懸けで火蜥蜴討伐に行ったりしないの! 火蜥蜴討伐で死にかけたのに、1日も早く身請けに行こうとか、しないの!」
「目の前に、ちょっとしたバイト代で身請けできそうな人がいたんだ。丁度恩返しを考えていたんだ。身請けを考えるだろう?」
「お兄ちゃん、変に勉強を詰め込まれてるから、みんな4歳だって、忘れてるんだよ。完膚なきまでにからかってきた相手が、そんな考えなしだなんて、普通、思わないから。よっぽどの想い人なんだと思うから」
「じゃあ、どうしたら良かったんだ。放置すれば良かったのか」
「大人に相談!」
「ベイリーさんにした」
「あの人は、大人じゃない。大人は、お父様かママ。話しにくかったら、父さんでも可。パパは不可。お母様は忙しい方だから、お手をわずらわせちゃダメ」
両親が5人もいたのに、一気に人数が減ってしまった。選択基準がよくわからなかったが、お父様が筆頭にいる辺りが、私の都合に合わせて動かない人ということなのかもしれない。それなら、ベイリーさんは不合格だ。私に18歳の身分証明を発行してしまう人など、話にならない。
「琥珀君、身請けされた女の人が、その後、どう過ごすか、知ってる?」
ママと翡翠が怒っているのはわかったが、メイジーさんにまで説教される案件だったのか。メイジーさんは、助かったんじゃないのか。
「自由の身になったのですから、如何様にも好きに過ごせば良いのでは? 翡翠に頼めば、一瞬で家に帰れますよ」
「家に帰って、どうするの? また売られてしまうわ」
なるほど。売られる度に、身請けに行くのは面倒だな。メイジーさんにお土産の金も必要か。
「だからね。琥珀君の未来のお嫁さんとして、ここで仕込んでもらうことにしたの」
「何がどうして、そのような次第になるのですか。メイジーさんは、私の顔と名前くらいしか、ご存知ではないのに」
「女装が得意なお父様と、聡明で可愛らしい妹さんと、真っ黒な伯父様がいることと、ほんのひと時の仲でお金を用立ててくれる気持ちと財力を持っているのも知っているわ。
実際、琥珀君以上の好条件は、この先探しても見つからないと思うの」
顔と名前しか知らないのは、私の方だった。お嫁さんがどうとか言っている相手に、興味の欠片もなかったと正直に言ってもいいだろうか。実際、あの時は、リスのことしか考えていなかった。メイジーさんは娼館にいただけあって、キレイな顔立ちをしているが、ママの方がキレイだね、と思っている。嫁にするなら、ママよりキレイな人がいい。
「そうですか。お金だけで良ければ、用立てます。ですが、縛り付けるつもりは御座いません。ご自由に人生をお楽しみ下さい」
「ありがとう」
お互いまだ子どもなのだ。しばらくすれば、気が変わってどこへなりと行くだろう。それまでの生活費負担なら、特に問題ではない。
メイジーさんは納得してくれたようなので、ママに向き直る。
「私の軽率な行動で、ご迷惑をお掛け致しますが、メイジーさんをしばらく預かっていただきたく思います。よろしくお願いします」
「琥珀、起きたな」
「お、お父様? 何故、お父様が?」
「馬鹿者。ここは、シャルルの家だ」
シャルルというのは、母の名だ。だが、ここは母の家ではない。お父様の家だ。お父様が、母を自分の家に置くために勝手に言っているだけの妄想だ。
「何故? ふぐー!」
「いいから飲め」
謎の黒い液体入り瓶を、口に放り込まれた。普通に飲ませてくれないということは、機嫌が悪い証拠だ。苦い、苦い、臭い! これは、機嫌が悪いどころではないようだ。やっぱり私は、お父様の子ではないに違いない。
「その年で、女を連れ帰って来るなど、何を考えているんだ」
「女? なんの話ですか?」
「メイジーという名に、覚えはないか?」
「メイジーさんは、私の恩人です」
「なるほどな。確かに、俺が間違っていたようだ。育てなくとも、似るんだな」
「何の話ですか?」
「うるさい。翡翠が起きる。黙れ。起きたなら、自力で薬を飲んで寝ろ」
激不味い薬を飲むことを強要された
お父様が作る薬は、いつもは美味しい。どんな薬でも、大体美味しい。自分のためにも、母のためにも美味しい方がいいからだ。だけど、機嫌が悪くなると、途端に薬もご飯も不味くなる。お母様が見ている時はやらないが、いない隙を見計らうのは簡単だ。お母様はお父様と同居していた時から、お父様から逃げ回っていたのだ。お父様が捕まえなければ、お母様はすぐにいなくなる。
私は、10本目の薬を飲んだところで、限界を迎えた。
お父様の薬は、美味しくても不味くても、効能は変わらない。痛み止めの魔法が切れた時は、どうしようかと思っていたが、朝には全快していた。元気になった途端に、父さんの家に逃げ出したが、父さんの様子も変だった。
「琥珀、飯は食わせてやるが、食ったらナデシコんとこに行けよ?」
「何故ですか?」
「具合が悪いなら、仕方ねぇのかもしれんが、自分の女は、自分で面倒みろよ」
「お話しが、全くわかりません」
「シュバルツでもダメだったか。すげぇ血だな」
今日の朝ごはんは、焼きおにぎりと伊達巻き、チョップドサラダだった。お母様のお土産は、健在らしい。有難く美味しく頂いてから、パパの家に行ってみた。
そーっと覗いてみたら、ママと翡翠とメイジーさんが、庭で一緒にお茶を飲んでいた。
「おはよう御座います。メイジーさんは、遊びにいらっしゃったのですか?」
にこやかに3人で語り合っていたように見えたのに、急にママと翡翠の目の色が変わった。比喩表現ではない。本当に、黒の瞳が橙色に変わったのだ。初めて見た。どうやったら、色が変わるのだろう。
「琥珀ちゃんも、こちらにお座りなさい」
ママの背中には、緑のモヤまで出ている。ちょっと? だいぶ? とても怖い。顔は、いつもと同じ優しい笑顔で、お茶まで用意してくれたのに、怖い。
「ママはね。琥珀ちゃんのお母様から、琥珀ちゃんを預かっているの。とても大切に育てたつもりだったの」
お母様は、お父様から逃れるため、割りと頻繁に行方不明になっていた。その間、お父様が面倒をみると言うか、勉強を押し付けて来ることも多かったが、小さい頃、本当に面倒をみてくれたのは、ママだった。ママは、血のつながりこそないが、乳母で、翡翠は乳兄弟なのだ。母以上に頭が上がらないのが、ママなのだ。
「ええ、私もママのことを第二の母と、大切に思っております」
「なのに、まだ4つになったばかりなのに、娼館から女の子を身請けしてくる子になってしまうなんて、もうどうしたらいいのか、わかりません」
ママは、泣いていた。私は、メイジーを助けたつもりでいたのだが、悪いことだったのだろうか。
「すみません。メイジーさんに恩返しがしたかったのです。ママを悲しませるつもりは、ありませんでした」
「ね? 話した通りでしょ」
「そうね」
翡翠とメイジーさんは、仲が良さそうだ。
「お兄ちゃんは、呑気に寝てたけど、あの後、ベイリーさんが真っ黒だったからね」
「真っ黒?」
「お兄ちゃんの初恋を叶えようと、全権力を総動員して、メイジーちゃんを身請けしたんだよ。お兄ちゃんが、ベイリーさんを小馬鹿にして、遊んだりするから」
「恩人だと説明をした。初恋だなんて、言っていないよ」
「普通は、リス探しを手伝ったくらいで、命懸けで火蜥蜴討伐に行ったりしないの! 火蜥蜴討伐で死にかけたのに、1日も早く身請けに行こうとか、しないの!」
「目の前に、ちょっとしたバイト代で身請けできそうな人がいたんだ。丁度恩返しを考えていたんだ。身請けを考えるだろう?」
「お兄ちゃん、変に勉強を詰め込まれてるから、みんな4歳だって、忘れてるんだよ。完膚なきまでにからかってきた相手が、そんな考えなしだなんて、普通、思わないから。よっぽどの想い人なんだと思うから」
「じゃあ、どうしたら良かったんだ。放置すれば良かったのか」
「大人に相談!」
「ベイリーさんにした」
「あの人は、大人じゃない。大人は、お父様かママ。話しにくかったら、父さんでも可。パパは不可。お母様は忙しい方だから、お手をわずらわせちゃダメ」
両親が5人もいたのに、一気に人数が減ってしまった。選択基準がよくわからなかったが、お父様が筆頭にいる辺りが、私の都合に合わせて動かない人ということなのかもしれない。それなら、ベイリーさんは不合格だ。私に18歳の身分証明を発行してしまう人など、話にならない。
「琥珀君、身請けされた女の人が、その後、どう過ごすか、知ってる?」
ママと翡翠が怒っているのはわかったが、メイジーさんにまで説教される案件だったのか。メイジーさんは、助かったんじゃないのか。
「自由の身になったのですから、如何様にも好きに過ごせば良いのでは? 翡翠に頼めば、一瞬で家に帰れますよ」
「家に帰って、どうするの? また売られてしまうわ」
なるほど。売られる度に、身請けに行くのは面倒だな。メイジーさんにお土産の金も必要か。
「だからね。琥珀君の未来のお嫁さんとして、ここで仕込んでもらうことにしたの」
「何がどうして、そのような次第になるのですか。メイジーさんは、私の顔と名前くらいしか、ご存知ではないのに」
「女装が得意なお父様と、聡明で可愛らしい妹さんと、真っ黒な伯父様がいることと、ほんのひと時の仲でお金を用立ててくれる気持ちと財力を持っているのも知っているわ。
実際、琥珀君以上の好条件は、この先探しても見つからないと思うの」
顔と名前しか知らないのは、私の方だった。お嫁さんがどうとか言っている相手に、興味の欠片もなかったと正直に言ってもいいだろうか。実際、あの時は、リスのことしか考えていなかった。メイジーさんは娼館にいただけあって、キレイな顔立ちをしているが、ママの方がキレイだね、と思っている。嫁にするなら、ママよりキレイな人がいい。
「そうですか。お金だけで良ければ、用立てます。ですが、縛り付けるつもりは御座いません。ご自由に人生をお楽しみ下さい」
「ありがとう」
お互いまだ子どもなのだ。しばらくすれば、気が変わってどこへなりと行くだろう。それまでの生活費負担なら、特に問題ではない。
メイジーさんは納得してくれたようなので、ママに向き直る。
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