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9.リスと娼館の女の子

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 見事な庭だった。中央付近に噴水があり、その周囲に垣根が迷路状に作られていた。垣根の間に通路になっている場所と花壇になっている場所がある。花壇には、大輪の青い花と白い花が咲く背の高い木や、それを飾る細身の花が植えられていた。
「素敵なお庭ですね」
 庭の隅の方で座っていた少女に、あえて話しかけた。狐色の髪を前髪だけ上で緩く結っていた。夕暮れのようなキレイなグラデーションの服を着ていたから、外行きの格好だと思ったのだが、油断中だったら、ごめんなさい。
 私は4歳だ。どうせ見つかったところで、追い出される程度だろう。相手も子どもだ。気にしない。
「どこの子? 勝手に入ったらダメよ。誰かに見つかる前に、出て行きなさい」
 誰かに、ということは、この人には見つかってもいい、ということだろうか。
「大事なリスが、こちらに入ってしまったのです。見かけませんでしたか?」
「リス? リスは見つからないんじゃないかしら」
 最もなご意見だった。私も、できることならそう言って、逃げてしまいたい。だが、逃げてはいけないことになった。どうしても、見つけなくてはならないのだ。
「建物内に、入ってしまったのです。どうにかならないでしょうか。お願いします。大事なリスなのです」
 目から、はらはらと涙がこぼれた。


 泣き落としなんて格好悪いマネは、絶対にしないと心に決めていたのに、ついやってしまった。翡翠が見ていないから、ギリギリセーフだ。
 庭の少女の手引きで、屋内に入り込み、誤魔化すために女の子の格好をさせられたが、これもセーフだ! 尊い犠牲だ!! リスめ、覚悟してろよ!?
「なんだか、ちょっとムカつくわね。あなた、可愛いじゃない」
「すみません。女装が得意な家柄なんです」
「何それ。どんな家柄よ」
「私の父は、20歳を過ぎても、女装をすれば男に追いかけ回されたそうです。母よりも、男にモテていたらしいですよ」
「すごいお父さんね。なんだかお母さんが、不憫に思えるわ」
「便利だと言って、母がナンパを依頼していたそうなので、悲しんではいなかったと思います」
「、、、、、そう」

 なるべく人気のなさそうな通路を選んで、リスを捜索する。居場所は大体わかるのだが、どうやってその部屋に行くのかが、わからない。
 人に見つかると、荷物運びをさせられたり、掃除を手伝わされたりするので、なかなかたどりつけなかったのだが、とうとう見つけてやった。納戸の上の屋根裏にいた。ネズミと間違えているんじゃないか、と思ったが、ちゃんとリスだった。
「ふっふっふ。ダイヤの檻から出られる物なら、出てみやがれ」
 某街の追い剥ぎを捕まえたあの魔法で、リスを捕まえてやった。キラキラ輝くダイヤの檻だ。強度も申し分ないし、プレゼントにも丁度いいだろう。
「本当に、いたのね」
 庭の少女は、とても付き合いのいい人だった。最後まで、一緒にいてくれた。
「お姉さん、私を信じてくれて、ありがとう。料金は、おいくらですか?」
「料金?」
「お姉さんと遊ぶお金ですよ」
「私はまだ禿だもの。遊べないわ」
「なるほど。では、買い上げる料金は、いかほどでしょうか?」
「さあ? いくらか、わからないわ。両親は、100万で私を売ったけど、店はいくらで買ったのか、知らないもの」
「100万? やっす! いえ、失礼しました。では、手付けでこれを。今日の遊興費として、お納め下さい」
 少女の手に小金貨を1枚握らせた。
「私は、琥珀と申します。お名前をお聞きしても、よろしいですか?」
「メイジー」
「メイジーさんですか。美しいお名前ですね。今日は、本当に有難う御座いました」
 そのまま立ち去れたら良かったが、着ている服を返さないといけない。元の部屋に戻って、着替えて化粧を落とすまでの間に、何度もお金を返すいらないのやりとりをして、締まらないお別れをした。


 ダイヤの檻を抱えて、意気揚々、翡翠とリスっ子のところに戻ったら、リスがいた。翡翠と猫が、近くの公園で見つけて来たらしい。翡翠のリスが正解だそうだけど、私のリスももらってもらった。頑張ったのに。女装までしたのに。なんだよ、リス野郎。
「翡翠、ごめん。お金なくなっちゃったから、もう帰る」  翡翠に転移してもらえば一瞬で帰れるのに、あえて自分の魔法で飛んだ。泣いてないから。風が目に染みてるだけだから。畜生! 無性に、お母様の顔が見たくなった。


「伯父さん、伯父さん! 稼げる仕事を紹介して下さい!」
 次の日、朝一で、冒険者ギルドへ行き、伯父に泣きついた。
「ええっ!? お小遣いあげたばっかりだよね。もうなくなったの?」
「友人が、売られてしまいました。買い戻すお金が欲しいのです」
「昨日の今日だよね? 何があったのかな!」
「私は、何もしていません。友人一家が、たまたま貧乏だっただけです」
「騙されてるんじゃなくて?」
「恩義を返したいだけなので、騙されていたらいたで、何の問題もありません。私としては、お金を積んだら満足なので、そこで終了です」
「よくわからないけど、リストを持ってくるから、ちょっと待っててね」

「ベイリーさん、私をバカにしてるんですか?」
 伯父が持ってきた依頼書は、話にならない金額の物ばかりだった。薬草摘みなんかしてて、人を買い取れる金額が稼げる訳がない。何年計画なんだよ。そこまでする義理は、感じてないよ。
「そうは言ってもね。高額な緊急依頼なんて、そう頻繁にはないんだよ。そんな危険地域には、住まないよ」
 確かに。毎日飛竜が湧くようなところじゃ大変だ。わかるが、ちまちま稼ぐのは、面倒臭い。やりたくない。
「買取りが高い魔獣は、いませんか? ドラゴン以外であれば、検討します。多少、遠くてもいいです」
「討伐報酬が高い魔獣は、沢山いるけどね。素材が高価な魔獣? いたかな。あんまり詳しくないんだけど、火蜥蜴とかなら高いよね。火蜥蜴の皮は、高かったはず。実物は見たことないけど」
「火蜥蜴なら、火山か。翡翠、火山に連れて行ってくれ」
 翡翠は、すぐ近くのソファセットでゴロゴロしてるのに、返事をしない。
「翡翠?」
「翡翠は、お兄ちゃんの女の買取りには、協力しない」
 やっと返事はしたが、こちらを見向きもしない。可愛くない妹だ。
「女の買取り?!」
「人聞きの悪い言い方をするな! 知り合ってしまったものは仕方がないだろう。見捨てられるか! 薄情すぎるだろう」
 ちょっとした泡銭で、恩返しができそうな人がそこにいるのに。幼児の1日のバイト代でどうにかなるのに、何もしないなんてあるか?
「買い取って、どうするの?」
「どうもしないさ。放っておけば、家に帰るだろう。遠くて帰れないなら、送るくらいは考えるが」
「お兄ちゃんって、バカだよね」
「そうだな。バカだから、歩いて行こう」
 最寄りの火山なら、歩いてだって行ける距離だ。何日かかるか知らんが、歩いて行こう。翡翠に頼るのが、間違っていた。私が兄なのだ。一人でなんとかしよう。


 残り僅かなお金で食料を買い、準備をしていたら、店の前に翡翠がいた。
「お兄ちゃん、さっきは、ごめんなさい」
「別にいいよ。翡翠は、悪くない。頼り過ぎた私が悪い」
「お父様に、バカにバカと言ったら傷付くからやめとけ、って言われてたのに、忘れてたの。許して」
「へぇえー。そうなんだ。もうあんな家には帰らない」
 もう絶対、勉強してやらない。叔父さんに完敗してやろう。お父様め、お母様に負けてしまえ。
「どうして、そんなに怒ってるの?」
「翡翠には、怒ってないよ。少ししか」
「お父様は、お兄ちゃんを心配してるんだよ。お父様の要領が悪過ぎて、まだ勉強しか教えられてないから。もうすぐお別れだから。ずっと一緒にいたいのに!」
 翡翠が、ぎゃんぎゃん泣き出した。なんでだ! バカ呼ばわりされても、怒っちゃダメなのか? 兄と言っても、同じ年だぞ? 3ヶ月しか違わないのに、理不尽すぎないか? 翡翠を泣かせたら、父たちに抹殺される。母には、嫌われる。最悪だ。
「翡翠が生まれてから、私たちは、ずっと一緒にいたじゃないか。風呂もベッドも同じだぞ? もうこれ以上は無理だ。トイレは、一人で行かせてくれ」
「そうだね。翡翠も、トイレは一人がいい。火山は、一緒に行く」
 腕を掴まれ、強制的に転移魔法を使われた。
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