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2.父さん

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 今朝のおやすみソングは、地理の歌だった。寝る前の勉強に耐えられず、寝てしまっても怒られないのはいいのだが、一晩中、変な歌を聞かせ続けるのは、辞めて欲しい。寝てるんだから、聞いてないし、覚えないと思うのだが、うっかり鼻歌で歌ってるのに気付くと、とても嫌な気分になるのだ。
 お父様が、食事の支度をしている隙に、父さんの家に逃げた。

 父さんの家に転がり込むと、居間で父さんと翡翠が食卓を囲んでいた。朝ごはんに間に合った。
「父さん、おはよう御座います。朝ごはんを頂くことは、できますか?」
「おはよう、琥珀。子どもが、遠慮なんてするな。好きなだけ食っていけ」
「お兄ちゃん、おはよー」
「おはよう」
 父さんの朝ごはんは、パンプディングと、野菜スープと、果物だった。以前は、もっと肉肉しいごはんだったのに、日々翡翠仕様に変わっている。朝から、野菜と果物の飾り切りが凝っていた。翡翠を可愛がりすぎだと思う。父さんこそ、私の実父だと思っているのに、違うのだろうか。
 琥珀は、茶色の宝石だと聞いた。私に琥珀という名が付いているのは、茶髪茶眼の父さんの子だからではないか、と思っているのだが。
「父さん、今日は狩りに出かけますか? 私に、弓を教えて頂けませんか?」
 父さんは、狩人だ。森に出かけて、弓で獲物を狩る仕事だ。パパに比べたら大したことないと卑下しているが、弓を構えた父さんは、最高に格好いい。村長より絶対、格好良い。
「勉強から逃れたいだけなら相談に乗るが、魔法を使える琥珀に弓なんぞいらないだろ。少なくとも、その腕じゃ、力が足りない。もう少し大きくなってからだな」
 素気無く断られてしまった。そういうところが居心地がよくて、この家に入り浸っているのだが、あまり相手にされないのも、寂しい。
「私を後継にする気はないのですか? 父さんが、私の父だと仰ったではありませんか」
「狩人が一人減っても、誰も困らん。琥珀は、自分のなりたいものになれ。なりたいものがないのなら、村長にでもなる方が、まだいいんじゃないか? シュバルツも、お前を後継にしようと思っちゃいないだろうが」
「お父様は、私を村長にしたくて、勉強漬けにしているのでは?」
「あんな勉強、村長になるのに必要ないだろ。あれは、シャルルと一緒に生きる為に必要な教養だ。あの男は、シャルルのことしか考えてないが、勉強をするのは、お前のためにもなる。俺も昔かじったし、真逆を生きていそうなシャルルは、シュバルツの上だぞ。嫌じゃないなら、やっておけ」
「お母様が、勉強をしていたのですか?」
 母は、文字の読み書きができない。皆がみんな読み書きが出来る訳ではないので、別におかしなことではない。だが、あのお父様に勉強漬けにされて、文字1つ読めるようにならないなんて、信じられない。もし本当だとすれば、頭の出来がかなり心配になる。
 優しいし、作ってくれるごはんは美味しいし、大好きなお母様だが、家事をする以外、何かをしていることは見たことがない。本来の跡取りはママで、血縁もないのに人徳だけで神様龍になったという謎の経歴を持っているが、恐らく、龍としての活動も何もしていない。村の中心にお父様とお母様の立像があって、村人から崇められているが、村の仕事も特にしていなかったと思う。
 精霊を統べる神様龍は、世界最強の存在だ。本来なら、一属性ごとに神様龍がいるのだが、何故かお母様は二属性の龍らしい。最強の中の最強と言われているのだが、父たちにちょっとにらまれるだけで、泣いて逃げ出すただのおばさんなのだ。
 お母様は龍の子孫ではないため、残念ながら、私は普通の子どもだ。お母様に媚を売りたい精霊たちにまとわりつかれているため、魔法の素養や護りの魔法の恩恵は受けているのだが、ただそれだけである。
「恐ろしい事に、シュバルツの先生がシャルルだ。何を何度教えても覚えた試しがないくせに、勉強だけできる不思議生物が、お前の母だ。シャルルについて行きたいなら勉強が必須らしいから、シュバルツが必死になっている。あと少ししたら、お前はずっとシャルルと一緒だ。頑張って来いよ」
 あと1年かそこらで、私は叔母の家に引越して、学校というのに通い、勉強をするのだという話は、以前より聞いていた。お父様から学んだことを、再度勉強し直さないといけない意味がわからないのだが、それがお母様の義務らしい。
「お母様は、お父様が怖くて逃げてしまったのでは?」
「あー、ある意味そうかもしれんが、お前を置いてったんだ。今は無理だが、そのうち、戻ってくるさ」
 父さんの目が、泳いでいる。誤魔化そうとしているサインだ。騙されないぞ。
「そのうちって、いつですか。父さんは、心配ではないのですか!」
「なんの問題もなければ、あと2ヶ月くらいか。心配はいつだってしているが、見に行ったところで俺は何もできない。いらん負担をかけるだけなんだ」
「見に行けるのですか?」
「俺が行くのは問題があるが、お前は息子だからな。受け入れられると思うぞ」
 翡翠が言っていた、寂しがっていたら連れてってもらえるというヤツだ。母の無事な姿を確認したいだけで、泣くほど寂しがってはいない。もう4つなのだ。そんなことは、言わない!
「父さんは行けないのですか?」
「なんだかわからんが、金髪よりはマシだが、茶髪もダメらしい。黒髪ならいいと言うから、シュバルツが行ったら、『お前、イケメンだったのか!』とか激怒してな。それ以来、滅多なことでは行けなくなった。シュバルツが何かしたんだろうな」
「お父様の所為ですか」
「いや、シャルルの所為だろ。未だに腹がすわってないからな。会いたいなら、ナデシコに頼めばいい。ナデシコは、毎日会いに行っている。この飯は、その土産だからな。お前のために作られた、シャルルの手製だぞ」
「父さんが作っているのでは、なかったのですか?!」
「俺が作った飯に見えるのか?」
 お父様の家では、お父様がごはんを作っている。パパの家では、ママがごはんを作っている。父さんの家だけ、家出中のお母様のごはんが届けられるなら、やはり私は、父さんの息子なのだ。
「やっぱり私は、父さんの子なのですね」
「何故、そう思った?」
 父さんの目が見開かれた。あれ? 違うのかな。
「琥珀だからです。琥珀は、茶色なのでしょう?」
「お前が俺の子だったらいいな、と俺が付けた名だからな」
「え?」
 俺の子だったらいいな? それは、違うということか? それとも、父さんにもわからないということか?
「当初は、子が生まれたら、その生母が名付けることで合意していた。そこでシャルルがお前に付けた名が、南瓜だった。シャルルの弟妹が、大騒ぎしてな。俺たちが、名付け親になることになった。翡翠はジョエルが付けた名で、次の子はシュバルツが考える。その次ができれば俺が名付けるのか、ナデシコが名付けるのか、どうするんだろうな」
 私の胎児ネームは、カボチャだった。南瓜は嫌いではないが、名前としては、あまり格好良いとは思えない。止めてくれた叔母叔父ありがとう!
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