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依頼者は死にたがり屋
第3話
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ナイこと、僕の家は中央区の南に位置している。森林に囲まれ、近くには人工の海がある。ベランダから、海辺が一望でき僕のお気に入り。
「……んっ~」
人工の太陽が降り注ぐ暖かい日差しで目が覚め、仕事へ行く準備をする。普段着兼、仕事着でもある青色の上下ジャージに着替え役所へ向かう。
役所に着くと、いつもの定位置の窓際のテーブルに座って声がかかるのを待つ。
役所には、僕と同様に案内の仕事が入るのを待つ同業が多くいた。
そこへ、一人の少女が僕の下へと近づいてくる。
黒色のセーラー服に身を包み青いリボン、青みがかった長い黒髪、無表情だからか冷たい目をしているように見える彼女。背は僕より高く、同年代の平均よりも高いと思う。黒とは対処的な白い肌が目立つ。
「仕事の依頼かい?」
僕を見下ろす青い瞳。その瞳に吸い込まれそうになりつつ、依頼者だろう彼女を見上げ訊く。
「ええ。案内役なのでしょう?」
「ああ。そうとも」
「じゃあ、東三番街までの片道案内を頼みたいの」
「…………」
その依頼内容に驚く。これはまた……。よりによって、東三番街ときたか……。
東地区は屍人の数が尋常じゃない。三番街もむろんで、そこへ行きたがる奴は自殺願望者くらいだ。
この地下街で最も危険で、誰も近寄らない地区として有名。
そんな場所に、こんな十代の少女がいったい何の目的があって行きたがるのか。
「報酬は一括で払うわ。だから、案内なさい」
まじまじと見る僕に、少し不機嫌になりながら命令口調で言う。
やれやれ。さすがに、僕は死にたくない。彼女には悪いが断ろう。
「自殺願望の依頼なら他を当たってくれ」
「他の案内役の人にも言ったけど、全て断られたわ」
「…………」
そりゃあ、そうだろう。好き好んで、あんな死地へ案内したがる同業はいない。
動かない僕にしびれを切らした彼女は言葉を続けた。
「どうしても、あそこに行きたいの。あそこにしか、私にとって大切な人がいない。お金なら用意したわ」
僕の目の前、テーブルの上に封筒を三つ置く。その中には、札束が入っていた。
「全部で三百万。これで案内して。お願い」
「…………」
封筒を見て、彼女を見る。
三百万って……。この額を貯めるのに相当な時間を費やしたはず。それを、死に行くような場所のためだけに用意したのか? 正気の沙汰ではないぞ……。
それほどまでに、東三番街に行きたいってことか。
懇願する彼女を見つめる。その瞳は揺れ、今にも泣きそうで我慢し、でもどこか決心しこの地下街を訪れ後には引けないのだ、と言いたげな顔。
はぁー……。そんな顔されたら断りにくい。
「……分かった。案内しよう」
しばらく考えた結果、僕は彼女の依頼を受けた。
「っ! ありがとう……!」
僕の言葉に胸を撫で下ろし、笑みをこぼす。その笑みに、僕の胸が締めつけられる。
少し、息苦しさを感じた。
場所を変え、喫茶店に入る。
そこで、僕らは自己紹介。
「私は、四ノ宮真冬。高校は今年の春に卒業したわ」
卒業したのに制服で来たのか? まあ、服装は個人の自由だし僕が何かを言う理由もない。
「僕は、案内役のナイだ。ナイと呼んでくれ。敬語も必要ない」
「分かったわ、ナイ。私のことも名前で呼んでくれていいわ。敬語もいらないから」
「了解。じゃあ真冬、依頼内容の詳しいことを聞かせてくれ」
真冬と名乗った彼女は語る。
「高校に入って、死亡者リストを見たの。そこに、私の大切な人が東三番街で家族と心中したってことを知ったわ。大樹がある場所で亡くなった。私は、そこへ行かなければ死ねない。もう、また会えるかもって信じ続けながら生きるのは無理よ……」
語る表情は、辛そうだった。そんなに想っている人が死んだと知りショックなのだろう。真冬は続けた。
「会えると信じて待ち続けて、でも……もう会えないって分かって生きる意味を失くして、それでも死んだらダメだって言い聞かせて生きようとしてきたけど……」
耐え切れなくなった、か……。
表情で言いたいこと察し、何も言えない。真冬にとっては、それだけ依存してしまい生きる意味そのものだった。その大切な人とやらが。
「理由はまあ、理解した。だが、東三番街は本当に危険だ」
行きたがる東三番街の説明を真冬にする。
「あそこは屍人の数が他と違って尋常じゃない。屍人が群がり、足を踏み入れた時点で死ぬ可能性が高い。武器、弾薬がいくらあっても足りないほどだ。真冬が言う、大樹がある場所は三番街を一望できる丘の上。そこに向かうには、屍人の群れから逃れつつできる限り戦闘を避けて進まなければならない。あの街は、屍人の巣窟だ。行けば、ほぼ命はないと思った方がいい。それでも行くか?」
説明しつつ、僕は真冬に確認する。ここで、引き下がってくれないか、という願望も込めて。しかし、真冬は強い眼差しで断言した。
「ええ。それでも、私はあの場所に行きたい」
「……はぁー」
小さな溜め息をこぼず。ここまで言っても引き下がらないか。頑固だな。
仕方がない。東三番街までの道のりで、わざと屍人がいる道を選び、危険で死への恐怖、生への執着を自覚させてやれば諦めるだろう。
あまり気が進まないやり方だが、死なせるわけにもいかない。
「真冬がそこまで言うなら、僕は僕の仕事をする」
「ありがとう、ナイ」
「そうと決まれば、準備をしないとな」
「?」
首を傾げる真冬へ、彼女が報酬のために持ってきた封筒を指す。
「……んっ~」
人工の太陽が降り注ぐ暖かい日差しで目が覚め、仕事へ行く準備をする。普段着兼、仕事着でもある青色の上下ジャージに着替え役所へ向かう。
役所に着くと、いつもの定位置の窓際のテーブルに座って声がかかるのを待つ。
役所には、僕と同様に案内の仕事が入るのを待つ同業が多くいた。
そこへ、一人の少女が僕の下へと近づいてくる。
黒色のセーラー服に身を包み青いリボン、青みがかった長い黒髪、無表情だからか冷たい目をしているように見える彼女。背は僕より高く、同年代の平均よりも高いと思う。黒とは対処的な白い肌が目立つ。
「仕事の依頼かい?」
僕を見下ろす青い瞳。その瞳に吸い込まれそうになりつつ、依頼者だろう彼女を見上げ訊く。
「ええ。案内役なのでしょう?」
「ああ。そうとも」
「じゃあ、東三番街までの片道案内を頼みたいの」
「…………」
その依頼内容に驚く。これはまた……。よりによって、東三番街ときたか……。
東地区は屍人の数が尋常じゃない。三番街もむろんで、そこへ行きたがる奴は自殺願望者くらいだ。
この地下街で最も危険で、誰も近寄らない地区として有名。
そんな場所に、こんな十代の少女がいったい何の目的があって行きたがるのか。
「報酬は一括で払うわ。だから、案内なさい」
まじまじと見る僕に、少し不機嫌になりながら命令口調で言う。
やれやれ。さすがに、僕は死にたくない。彼女には悪いが断ろう。
「自殺願望の依頼なら他を当たってくれ」
「他の案内役の人にも言ったけど、全て断られたわ」
「…………」
そりゃあ、そうだろう。好き好んで、あんな死地へ案内したがる同業はいない。
動かない僕にしびれを切らした彼女は言葉を続けた。
「どうしても、あそこに行きたいの。あそこにしか、私にとって大切な人がいない。お金なら用意したわ」
僕の目の前、テーブルの上に封筒を三つ置く。その中には、札束が入っていた。
「全部で三百万。これで案内して。お願い」
「…………」
封筒を見て、彼女を見る。
三百万って……。この額を貯めるのに相当な時間を費やしたはず。それを、死に行くような場所のためだけに用意したのか? 正気の沙汰ではないぞ……。
それほどまでに、東三番街に行きたいってことか。
懇願する彼女を見つめる。その瞳は揺れ、今にも泣きそうで我慢し、でもどこか決心しこの地下街を訪れ後には引けないのだ、と言いたげな顔。
はぁー……。そんな顔されたら断りにくい。
「……分かった。案内しよう」
しばらく考えた結果、僕は彼女の依頼を受けた。
「っ! ありがとう……!」
僕の言葉に胸を撫で下ろし、笑みをこぼす。その笑みに、僕の胸が締めつけられる。
少し、息苦しさを感じた。
場所を変え、喫茶店に入る。
そこで、僕らは自己紹介。
「私は、四ノ宮真冬。高校は今年の春に卒業したわ」
卒業したのに制服で来たのか? まあ、服装は個人の自由だし僕が何かを言う理由もない。
「僕は、案内役のナイだ。ナイと呼んでくれ。敬語も必要ない」
「分かったわ、ナイ。私のことも名前で呼んでくれていいわ。敬語もいらないから」
「了解。じゃあ真冬、依頼内容の詳しいことを聞かせてくれ」
真冬と名乗った彼女は語る。
「高校に入って、死亡者リストを見たの。そこに、私の大切な人が東三番街で家族と心中したってことを知ったわ。大樹がある場所で亡くなった。私は、そこへ行かなければ死ねない。もう、また会えるかもって信じ続けながら生きるのは無理よ……」
語る表情は、辛そうだった。そんなに想っている人が死んだと知りショックなのだろう。真冬は続けた。
「会えると信じて待ち続けて、でも……もう会えないって分かって生きる意味を失くして、それでも死んだらダメだって言い聞かせて生きようとしてきたけど……」
耐え切れなくなった、か……。
表情で言いたいこと察し、何も言えない。真冬にとっては、それだけ依存してしまい生きる意味そのものだった。その大切な人とやらが。
「理由はまあ、理解した。だが、東三番街は本当に危険だ」
行きたがる東三番街の説明を真冬にする。
「あそこは屍人の数が他と違って尋常じゃない。屍人が群がり、足を踏み入れた時点で死ぬ可能性が高い。武器、弾薬がいくらあっても足りないほどだ。真冬が言う、大樹がある場所は三番街を一望できる丘の上。そこに向かうには、屍人の群れから逃れつつできる限り戦闘を避けて進まなければならない。あの街は、屍人の巣窟だ。行けば、ほぼ命はないと思った方がいい。それでも行くか?」
説明しつつ、僕は真冬に確認する。ここで、引き下がってくれないか、という願望も込めて。しかし、真冬は強い眼差しで断言した。
「ええ。それでも、私はあの場所に行きたい」
「……はぁー」
小さな溜め息をこぼず。ここまで言っても引き下がらないか。頑固だな。
仕方がない。東三番街までの道のりで、わざと屍人がいる道を選び、危険で死への恐怖、生への執着を自覚させてやれば諦めるだろう。
あまり気が進まないやり方だが、死なせるわけにもいかない。
「真冬がそこまで言うなら、僕は僕の仕事をする」
「ありがとう、ナイ」
「そうと決まれば、準備をしないとな」
「?」
首を傾げる真冬へ、彼女が報酬のために持ってきた封筒を指す。
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